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11月13日 ケタミンの抗うつ作用に関する新説(11月5日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月13日
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2000年に、麻酔に必要とされる量より低い用量を静脈注射すると、投与後数時間から効果が現れ、数日効果が持続することが発見され大きな注目を集めたケタミンは、また自由診療として多くの国で使われているが、麻酔に使うケタミンは正式な抗うつ病治療薬としては米国FDAでも日本でも認可されていない。おそらく依存症など多くの副作用を考慮してのことだと思うが、効果を考えると作用メカニズムを明らかにし、新しい薬剤の開発につなげることは重要だ。このブログでも、作用機序についての研究をすでに5報紹介している。逆に5報も異なる論文が出ているということは、作用機序について完全な解明ができていないことを意味する。

今日紹介する中国科学アカデミー北京脳研究所からの論文は、これまでとは異なる視点でメカニズムを解析した研究で、11月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Adenosine signalling drives antidepressant actions of ketamine and ECT(アデノシンシグナルがケタミンと電気的けいれん療法の抗うつ効果を媒介している)」だ。

うつ病に対してはケタミンだけでなく、電気的刺激で脳内のけいれんを誘導する治療 (ECT) が行われることがある。この研究ではアデノシンによる神経細胞への刺激がうつ病抑制に関わる可能性を示した過去の研究に基づき、ケタミンと ECT 共通に脳内でのアデノシンシグナル増強が見られるかを調べるところから始めている。このために、アデノシンシグナルが発生すると蛍光発色するトランスジェニックマウスを作成し、ケタミン投与あるいは ECT 刺激を行っている。この結果、いずれの刺激も脳内のいくつかの領域でアデノシンシグナルの上昇が観察されることがわかった。

アデノシンシグナルは細胞外のアデノシンが2種類の受容体に結合することで発生するが、この受容体をノックアウトするとマウスモデルのうつ病の改善が見られなくなることがわかった。即ちケタミン作用はアデノシンシグナルを媒介としており、A1、A2 両方のシグナルが関わっている。

ではケタミンはアデノシンシグナル刺激にどう関わっているのか。様々な可能性を検討した結果、様々な細胞で細胞内の ATP/ADP 比が低下する。即ちケタミンは細胞内の代謝システムを変化させ細胞内でのアデノシン合成と細胞外への輸送を高めている可能性が高い。事実、ケタミン刺激でピルビン酸が蓄積する一方、他のTCAサイクル中間体が低下することから、ミトコンドリアの代謝を変化させ、ピルビン酸の利用が抑制され、ATP/ADP 比が低下し、アデノシン合成と細胞外以降が高まる。面白いことに、この作用はケタミンのグルタミン酸受容体刺激作用とは異なっている。

そこで、神経作用が低いがアデノシンシグナルを高められるケタミンを設計できないか、有機化学的修飾をケタミンに加えて調べると、塩素を除去したケタミンで代謝を変化させてアデノシンシグナルを高める一方、神経的作用が抑えられる事がわかった。こうして設計したDCKをうつ病モデルマウスに用いると、ケタミンより高い効果を示し、運動異常は見られなかった。

グルタミン酸受容体阻害実験も行い、ケタミンのアデノシンシグナル上昇作用がグルタミン酸受容体とは別であることを確認しており、今後の神経作用のないケタミン由来化合物の設計に道を開いた。

最後に、これまでうつ病に効果があるとされてきた人工的低酸素治療、すなわち5分間9%酸素濃度の環境にさらすサイクルを繰り返す治療についてもアデノシン刺激との関係を調べ、この方法でもアデノシン刺激を誘導できることを示している。心肺機能が正常な人では、様々な副作用が予想されるECTと比べ低酸素療法は安全性が高いので、治療法として定着させる価値があることを示している。

結果は以上で、ケタミンに関するまた新しい説の一つと見ることもできるが、新しい薬剤の可能性や、治療方法について示せた点で、かなり進歩したと言える。

  1. okazaki yoshihisa より:

    うつ病に効果があるとされてきた人工的低酸素治療
    5分間9%酸素濃度の環境にさらすサイクルを繰り返す治療についてもアデノシン刺激との関係を調べ、
    この方法でもアデノシン刺激を誘導できることを示している。
    Imp:
    鬱病に人工低酸素治療!
    アデノシン刺激を誘導する。

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