Aβ アミロイドに対する抗体治療が Tau 異常症が進行していない患者さんの治療に効果があることがわかり、多くの先進国で薬事承認されている。ただ治験段階から、抗体治療の副作用として脳出血が希に起こること、更には患者さんの多くで MRI 画像上で浮腫や微小出血を示す異常像が認められることがわかって、使用に黄色信号がともった。その後の症例検討で、ほとんどは無症状で注意深く経過を見れば良いということで、承認が取り消されることはなかった。
ARIA が生じる原因については諸説あるが、血管に沈着したアミロイドプラークに抗体やマクロファージが集積して血管炎症が起こるのが最も大きな理由と考えられている。今日紹介する米国サンフランシスコにある Denail Therapeutics からの論文は、トランスフェリン受容体に結合力を付与した抗体を用いると、脳血管関門を通りやすくなり、抗体が脳全体に拡散する結果、プラーク除去を低濃度の投与量で達成するだけでなく、ARIA も防げるという重要な研究で、8月7日号の Science に掲載された。タイトルは「Transferrin receptor–targeted anti-amyloid antibody enhances brain delivery and mitigates ARIA(トランスフェリン受容体結合性抗アミロイド抗体は脳内への供給が高まり ARIA を軽減する)」だ。
抗体は脳へ拡散する率が低いため、効果を上げるため様々な方法が試されてきたが、トランスフェリン受容体を介して毛細管血管内皮に組織へくみ上げさせる方法が最も研究されている。このグループは、トランスフェリン受容体結合サイトを Fc 部分に埋め込む独自の技術を開発して脳への移行を高めることに成功していた。脳移行は高まっても、トランスフェリン受容体を多く発現する網状赤血球に結合して Fc 部分を介してマクロファージをリクルートして除去してしまう結果、貧血になる副作用があった。そこで、FC 部分のリジンをアラニンに変化させる突然変異を誘導し、Fcγ 受容体への結合を低下させる抗体を作成し、片方の Fc 部分にトランスフェリン受容体結合部分の埋め込みと、Fc 受容体結合低下変異が共存する抗体が、貧血を誘導せず、通常の抗体より8倍脳内に移行する事を明らかにしている。
様々な試験管内でのテストを経た後、アミロイドを遺伝的に蓄積しやすくしたマウスに投与実験を行い、マウス脳への高い移行性を示すとともに、脳全体に拡散し、アミロイドプラークと結合し、高い効率で除去できることを明らかにしている。
次に同じ治療で ARIA が起こるかマウス脳の MRI 撮影で調べると、通常の抗体投与ではほとんどのマウスに ARIA が生じるが、今回作成した抗体ではほとんど ARIA は起こらない。また組織学的に調べると、通常の抗体では血管の炎症が起こり、漏出がおこるが、これを新しい抗体は防ぐことができる。
以上が結果で、これまで追求されてきたトランスフェリン受容体を用いて脳内拡散を高めるという戦略は、脳へ抗体を届けたいとき重要な方法になることがわかった。さらに、脳内への拡散を高めることで ARIA が防げるという事実は、ARIA がこれまで考えられていたように、血管内のアミロイドに抗体が結合しやすいためで、トランスフェリン受容体と結合させトランスポートさせることで、脳内抗体濃度を上げるだけでなく、血管内でのアミロイドとの結合による副作用を防げることを示した点で大きな進歩だと思う。
これを組み込むことでどれだけ価格が上がるのか知らないが、人間での効果を早急に調べる必要があると思う。