多くの動物ドキュメントでは子育て中の母の行動が最もド感動的なドラマになる。そして我々もそのドラマに、崇高な愛をかぶせてみてしまう。もちろん多くの動物行動学者も同じように崇高なものを感じているのだろうと思うが、脳のレベルにまで落ちてくると、感動の行動も神経領域の活動の有無で終わってしまう。
今日紹介する米国国立衛生学研究所からの論文は、授乳期の母親の子育てへの指向を、それを抑制する食欲中枢から見直した研究で、母の愛情をを拮抗する回路バランスに帰してしまうと言う寂しさはあるが、面白い研究で、7月30日の Nature にオンライン出版された。タイトルは「A hypothalamic circuit that modulates feeding and parenting behaviours(摂食行動と子育て行動を調節する視床下部回路)」だ。
これまでも視床下部に存在する摂食中枢や、あるいは子育て中枢についての研究は読んできたが、この研究の特徴は、食欲からこ子育て行動を見直そうと、まず授乳期に母マウスに見られる食欲増進から調べ始めているのがユニークだ。驚くなかれ、マウスでは授乳中に摂食量が4倍近くに上昇するようだ。確かに、時には10匹を超える子供に授乳させるためには食べることが重要だ。そこで、愛より先に、まず授乳が始まると急速に高まる食欲を調節する細胞について、授乳期と処女マウスを比較する実験で、視床下部弓状核 (ARC) にある最も食欲に関わることが知られている agouti related protein (Agrp) を発現する神経を細胞が食欲増進に関わることを明らかにしている (ARCagrp)
しかし、食べ物がなくなった場合子育てはどうなるのか?食べることと子育てが対立するような実験系を作り、処女マウスと授乳マウスを行動学的に調べている。食べ物の心配が無い場合、どちらも子育てと食べることを両立させる。しかし、食べ物がなくなると、処女マウスはすぐに子育てをやめ、場合によっては子供を傷害する。ところが、授乳期のマウスでは食べ物にありつけない場合もまず子育てを優先し、実際の摂食量が減る。マウスの場合、空腹がより高まると、子育てへの時間は減ってくる。即ち、食欲と子育ては実際には反発し合っている。
この行動の神経背景には、食欲に関わる ARCagrp と子育て神経活動に関わる細胞の関係があるはずで、次に子育てに関わると知られている内側視索前野 (MPOA) へ ARCagrp は神経回路を形成し、ARCagrp 刺激は子育て活動を抑制することを明らかにする。
子育て時に興奮する神経は複雑であることがわかっているので、子育て時に興奮した神経をマークし操作する TRAP と呼ばれる方法を用いて調べ、ARCagrp と回路を形成しているのが bombesin 受容体を発現している神経で (MPOAbr) 、この刺激を抑制すると、食欲への反応性が高まるという関係にあることを明らかにする。即ち、子育てでは MPOAbr が活動し食欲と拮抗することで、子育て優先へと行動を調節しているのがわかる。また、子育て行動を示さない処女マウスの MPOAbr を刺激すると、食べ物がなくなったときに示す子供に対する攻撃行動が抑えられることも示している。
最後に、神経回路の特性について光遺伝学的に詳細に調べ、飢餓状態で子育て行動を抑える ARCagrp から MPOAbr への抑制回路が基本で、まさに母体保護優先回路が基本であることがわかる。そして、両方の領域は授乳期のホルモン環境によりともに高まることが明らかになった。
ただ、子育て回路の方は愛情を感じさせるほど複雑な回路を形成しているため、今後母親の自己犠牲愛にまで進む感動の回路は見つかる可能性は十分ある。脳回路研究は残酷だが、面白い。