CRISPRシステムを用いた遺伝子編集は、遺伝子切断による変異誘導や、一塩基変換に関しては定着してきたが、遺伝子を組み換えたり、一定の領域を置き換える方法はまだまだ研究途上と言っていい。そんな一つが2019年にLiuらが開発したプライム遺伝子編集で、Cas9に逆転写酵素を融合させ、標的をカットしたあと逆転写酵素で新しいDNA配列を合成させて、希望の配列に置き換える方法を指す。すでにヒト血液幹細胞を用いた遺伝子編集にも使われるなど、期待は大きいが、新しく合成したDNA鎖と元の配列に当然起こるミスマッチ修復メカニズムが働いてしまって、濃い電子編集効率を大きく低下させるという問題があった。
今日紹介する韓国国立ソウル医科大学からの論文は昨年ノーベル化学賞を受賞したBakerさんらが開発したRFdiffusionを用いてミスマッチ修復酵素複合体をブロックできるペプチドを設計し、それをプライム編集に組み込んで編集効率を8倍近く高められることを示した研究で8月5日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「AI-generated MLH1 small binder improves prime editing efficiency(AIにより設計したMLH1結合ペプチドはプライム編集効率を高める)」だ。
プライム編集はこれまでも様々な改良が加えられ、特にミスマッチ修復システムに関わる酵素の機能抑制酵素を組み込んだ方法などが開発されたり、現在までに7バージョンの編集システムが開発されている。この研究では一歩進んで、ミスマッチ修復に必要なMLH1とPMS2の結合をブロックする全く新しいペプチドを、RFdiffusionを用いて設計し、プライム編集に組み込んでミスマッチ修復を抑えようと考えた。
Bakerさんの方法が本当に多くの研究をインスパイアしているのがわかるが、MLH1とPMS2の結合サイトの4つのアミノ酸残基と相互作用できる80残基のペプチドをRFdiffusionを用いて設計し、最初にリストされたペプチドを、独自に開発したAlphaFold3ベースの拮抗阻害ポテンシャル測定方法を用いてフィルターをかけ、最終的に得られた60種類のペプチドについてはプライム編集時に導入して効率を調べた。効率が3倍以上高まるペプチドが9種類得られており、比較的成功率は高いと言える。
この中から効率が6倍程度上昇した配列の一つをその後の研究に用いている。まずプライム編集システムと別々に細胞に導入してこれまでの方法と比較、全ての細胞でこの方法が最も高い効率を示すことを確認している。また、この阻害効果が設計通りMLH1への結合の結果である事も確認している。
その後、プライム編集コンストラクトにこのペプチドを組み込んだコンストラクトを作成、ヒトiPSを含む様々な細胞でその効果を確認したあと、このコンストラクトを直接動物に注射して、肝臓細胞でのigf2遺伝子編集の効率について調べている。プラスミドを直接導入するという効率が高くないと思われる方法をなぜか用いているが、それでも1%近くの細胞で遺伝子の編集に成功している。
結果は以上で、今後デリバリーの方法を改善すれば、プライム編集が目指していた生体内での遺伝子配列の書き換えもぐっと近づいたと思う。また、RFdiffusionなどで可能になる全く新しいペプチドデザインを細胞内の分子過程の制御に使うアイデアは、遺伝子編集にとどまらず、ポテンシャルは大きい。RFdiffusionをマスターして新しい利用法を開いたソウル医科大学のグループの今後に期待したい。