2025年7月29日
現在ミュンヘンからコスタリカまでの長い移動の途中で、短い論文を選ぶことにした。感染症研究の長い伝統を持つパストゥール研究所からの論文で、21世紀に入ってアメリカで発見された新しいらい病菌 Mycobacteria lepromatosis のアメリカ大陸での広がりと進化についてゲノムレベルで調べた研究で、7月24日号の Science に掲載された。タイトルは「Pre-European contact leprosy in the Americas and its current persistence(ヨーロッパ人がアメリカ大陸に侵入するより前かららい病はアメリカに存在し、現在まで続いている)」だ。
治療中のらい病を見る機会があったのは我々の世代が最後だろう。私の学生時代では我が国で新たならい病の患者さんの発生はなくなっていたが、京大には皮膚科特研と呼ばれる西占先生が主宰されている臨床施設があり、東南アジアから受け入れていた患者さんかららい菌を分離する実習を行った記憶がある。それでも、一見してらい病とわかる進行した患者さんは見たことがない。
一方で人類とらい病の関係は古く、聖書をはじめとして、らい病を治すというのは最もわかりやすい奇跡として書かれてきたし、最近では変形が見られる古代人の骨かららい菌のゲノムが分離され、らい病と人間の長い歴史が明らかになりつつある。この歴史の中で、アメリカ大陸のらい病はヨーロッパ人がアメリカ大陸に侵入し始めたときに持ち込まれたとされてきた。
この論文を読むまで私も全く知らなかったが、21世紀に入ってアメリカ大陸のらい病の患者さんの中に、らい病菌として特定されている Mycobacterium leprae とは系統的に大きく離れた M.lepromatosis が存在することが明らかになり、アメリカ大陸には固有のらい菌とらい病が存在すると考えられるようになった。
この研究では、アメリカ大陸でのらい病患者さんから分離された400例以上の菌のDNA配列を見直し、M.lepromatosis の頻度を調べたところ、南米では360例の菌のうちアルゼンチンで発見された1例だけが lepromatosis だったのに対し、米国ではほとんどが、そしてメキシコでは半数近くが lepromatosis だった。もちろん米国の症例数は少ないのでこれが実情をどの程度反映しているのか判断できないが、最近まで lepromatosis が持続していたのに驚いた。
この研究では患者さんから分離したらい菌だけで無く、1300年、940年、そして860年前に埋葬され、骨格かららい病と考えられる骨のらい病菌、そしてヨーロッパには全くないはずの lepromatosis に感染が確認されている英国のリスについてもらい菌を分離し、DNA配列を決定し、それぞれの系統関係を調べている。
まず3体ではあるが、ヨーロッパ人が侵入するより前の骨格に残るらい菌は全例 lepromatosis で、アメリカ大陸でヨーロッパから持ち込まれて Leprae が広がったのは間違いは無いが、それ以前から lepromatosis 感染によるらい病が存在したことが明らかになった。
一方で、中米から北アメリカの最近の患者さんから分離された lepromatosis はよく似ており、系統関係から280年ぐらい前に分岐してきた菌の子孫であることが明らかになった。即ち、おそらくメキシコや中米で進化した lepromatosis が現在まで中米、北米で維持されてきていることがわかる。
現代に分離された lepromatosis と1300-800年前の骨から分離した lepromatosis を比べると、2500−1500年前に分岐した系統であることがわかり、アメリカ大陸では古くから lepromatosis によるらい病が持続していたことが示唆された。さらに面白いのは、英国のリスの lepromatosis を調べると、さらに古く3200年前に現代の lepromatosis 系統から分岐していることがわかり、おそらくアメリカ大陸で何千年も前からリスに維持され進化した lepromatosis が人間によりアメリカから英国に持ち込まれた菌であることもわかった。
最後に、リスも含めて現代まで続く lepromatosis 全体をカバーする先祖が発生した時期を計算すると、ほぼ1万年前になり、アメリカ大陸でへ人類が移動した早い時代かららい菌との深い関係があったことをうかがわせる。
系統樹から leprae と lepromatosis が分離した時期も計算し、これまでの推定と比べてかなり古い時期、70万年前から200万年前と推定している。この先祖がどこで現れ、最終的にユーラシアと、アメリカで独自に発展したのか、今後の面白い課題だと思う。しかし、らい病はまさに人間の歴史と言える。
2025年7月28日
先日、抗体の作成が難しいタンパク質の天然変性領域に結合するタンパク質の設計を可能にした David Baker さんの研究を紹介したばかりだが(https://aasj.jp/news/watch/27138)、今回は、T細胞受容体では認識できても抗体の作成が難しい主要組織適合抗原 (MHC) に結合した抗原ペプチドに対して、全く新しい結合タンパク質を設計する研究についての論文を紹介する。この分野において、1編はBakerさんの研究室から、もう1編はコペンハーゲン大学から、いずれも7月24日号の Science 誌に掲載された。
本来であれば、システムを開発したBakerさんの論文を紹介すべきところだが、この手法がすでに広く普及して他の研究室でも使われていることを示す観点から、今回はあえてコペンハーゲン大学の論文を取り上げることにした。論文のタイトルは:
“De novo-designed pMHC binders facilitate T cell–mediated cytotoxicity toward cancer cells”
(ペプチド-MHC複合体に対して新たに設計した結合タンパク質が、T細胞によるガン細胞の細胞障害反応を媒介する)
Baker さんが開発したタンパク質設計システムでは、まず標的となるアミノ酸構造に対応した3次元構造を、RFdiffusion と呼ばれる方法で設計する。続いてその構造を ProteinMPNN によってアミノ酸配列に変換する。その後、得られた配列が本当に標的と結合できるかどうかを AlphaFold2 を用いて予測し、構造の適合性を検証する。適合が不十分であれば、再度 diffusion による部分的に設計をし直し、再び配列化し適合性を検証する。このサイクルを繰り返すことで、最適な結合タンパク質を計算的に設計する。
本研究でもこの手法をそのまま踏襲している。具体的には、結晶構造が明らかとなっている MHC 結合型腫瘍抗原ペプチドをもとに、どのアミノ酸と結合すべきかという指示に基づいて RFdiffusion で結合タンパク質を設計し、ProteinMPNNで配列化、その後さらに配列をファインチューニングしている。独自の工夫としては、AlphaFold2 による予測構造に結合スコアを表示させるようにしている点が挙げられる。
設計した結合タンパク質の遺伝子配列を、T細胞受容体の細胞外ドメインと置き換えてキメラ型T細胞受容体 (CART) を作成し、これをレンチウイルスでT細胞に導入。その後、MHC/ペプチドテトラマー複合体を用いた染色法により、標的と結合するかを評価した。その結果、多くの設計タンパク質が目的のMHC/ペプチドに結合可能であることが確認された。
その中で最も高い結合力を示した「NY1-B04」を選抜し、その結合力の構造的基盤を解析した結果、予想通りペプチドとの密接な接触が高い結合力の要因であることが示された。
次に、NY1-B04 を細胞外ドメインに持つ CART細胞を用いて、腫瘍細胞に対する細胞障害活性を評価し、ペプチド特異的なキラー活性を確認。このことから、本手法がそのままCART療法に応用可能であることが示された。
さらに、新たな抗原系として、転移性メラノーマで発現が確認されている腫瘍ネオ抗原ペプチドと MHC の組み合わせに対しても、AlphaFold2 で構造予測を行い、それをもとに同様の方法で96種類の結合タンパク質を設計した。これらを全てT細胞株に発現させ、FACS を用いて結合活性を評価。その中から高い結合を示した SILSY1-G05 を選び出すことに成功している。
本研究は、これまで抗原特異的な抗体やT細胞受容体に依存してきた CART の開発が、抗原ペプチドの情報さえあれば、in silico で個別に設計可能であるという道を開いたことを示している。今後、CART が効きにくい固形ガンを対象に、本手法を用いた実証研究が進むことが予測される。
何よりも驚くべきは、進化の過程で形成されてきた「MHC/ペプチド/T細胞受容体」の複雑な三者関係を、人為的に再構築し、しかもまったく新しい分子設計により代替可能にしたという点である。
2025年7月27日
アルツハイマー病(AD)に対する治療は、現在もなお限られている。例えば、エーザイのアリセプトは、ADで低下するコリン作動性神経の機能を補うことで症状の軽減に用いられており、アデュカヌマブは脳内に蓄積するアミロイドβ(Aβ)を除去することで病気の進行抑制を目指している。この他にも、本ブログで紹介してきたように、タウ(Tau)をはじめとするADに関連する分子を標的とした新規治療法の開発が活発に進められている。
こうした原因分子に基づくアプローチとは対照的に、今回紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文(2024年7月21日付で Cell オンライン掲載)は、病因分子にはこだわらず、ADで観察される遺伝子発現の異常を正常化できる薬剤を、既存の薬剤1300種の中から探索した、非常にユニークかつ実践的な研究だ。タイトルは「Cell-type-directed network-correcting combination therapy for Alzheimer’s disease(細胞種別ネットワークを正常化するアルツハイマー病治療薬の組み合わせ)」だ。
この研究の出発点は、AβやTauの蓄積が引き金となって、脳内のさまざまな細胞において遺伝子発現の大規模な変化が生じ、それがADの病態を形成しているという前提になる。研究チームは、原因そのものを取り除くのではなく、その結果生じる遺伝子発現異常をできる限り正常に戻すことが病気の進行を抑制する可能性がある、という仮説に基づき、薬剤の探索を進めている。原因に手をつけずとも、その波及効果を制御すれば治療につながるという点で、ある意味“乱暴”ながらも非常に斬新なアプローチといえる。
まず、既存の3本の論文から、AD患者脳の single nucleus RNA sequencing データを収集し、組織に存在する多様な細胞種ごとに、ADによって変化した遺伝子発現パターンを抽出した。さらに、KEGGなどのパスウェイ解析を用いて機能的に分類し、細胞間のネットワーク構造を整理した。
次に、がん細胞株に薬剤を投与した際の遺伝子発現変化を収録したデータベースを活用し、ADで観察された遺伝子発現の異常を逆方向に修正するパターンを示す薬剤を1300種類の中からスクリーニング。その結果、25種類の薬剤が、ADで見られる細胞種ごとの異常を“補正”できる可能性があることを見出した。
仮説が正しければ、これらの薬剤を日常的に使用している患者では、ADの発症率が低くなるはずです。そこで、カリフォルニア州の1000万人分の医療レコードを解析し、最終的に5種類の薬剤がADの発症リスクを有意に低下させていることを確認しました。
その中でも、神経細胞の遺伝子発現異常を改善するアロマターゼ阻害剤レトロゾール(乳がん治療薬)と、ミクログリアに作用するトポイソメラーゼ阻害剤イリノテカン(大腸がん・肺がん治療薬)の組み合わせが、最も広範に遺伝子発現パターンを正常化できると判断している。
両薬剤とも抗がん剤であり、副作用への配慮が必要なので、低用量で2日に1回、長期間投与できる条件を模索し、ADモデルマウスへの単独および併用投与を実施。予想通り、併用群ではマウスの記憶障害が有意に改善している。
加えて、病理学的解析では、海馬の神経細胞変性の抑制、Aβおよびリン酸化Tauの蓄積抑制、ミクログリアの活性化低下が観察されている。さらに、投与マウスの脳をsingle nucleus RNA sequencingで解析したところ、細胞種ごとの遺伝子発現パターンが正常に近い状態に戻っていることも確認された。
この研究は、病因ではなく病態に注目し、遺伝子発現ネットワークの正常化を図ることで病気の進行を抑えるという、ある種漢方的発想にも通じる新しい治療戦略を提示している。しかも、使用された薬剤はいずれもすでに臨床で用いられており、理論上はすぐにでも応用可能だ。しかし、副作用のリスクがある抗がん剤であるため、実際の治験に向けたデザインには慎重な検討が必要だと思う。
2025年7月26日
腸管が我々の食欲調節に深く関わっていることはよく研究されている。お腹がいっぱいになったことを感じるメカノセンサーを起点とする神経回路だけでなく、L細胞と呼ばれる内分泌細胞から分泌されるGLP-1 や PYY などの内分泌系による視床下部への作用を介する食欲抑制など、極めて複雑なネットワークが形成されている。このブログでも何度も紹介したように、このような消化管ホルモンを誘導する刺激の多くは、グルコースや脂肪、タンパク質などの栄養分で、グルコースに対数 SGLIT1 など様々な受容体が特定されている。
今日紹介すデューク大学からの論文は、このような栄養分に加えて、なんと鞭毛を持つバクテリアを L細胞が感知して食欲抑制の PYY などを分泌させる事を示した研究で、腸の細胞の多様性が覗える。論文は7月23日 Nature にオンライン掲載され、タイトルは「A gut sense for a microbial pattern regulates feeding(腸管は細菌叢のパターンを認識して食欲を調節する)」だ。
消化管ホルモンを発現する腸内の感覚上皮細胞をラベルして、これらの細胞がバクテリア由来分子の刺激を受けるとしたら必要な受容体について探索すると、なんと消化管ペプチドPYY を発現する上皮細胞がバクテリアの鞭毛を感知する TLR5受容体を特異的に発現していることを発見する。即ち、バクテリアの鞭毛に反応して PYY を分泌して食欲を落とすというドンピシャの関係が示唆された。
そこで、PYY を発現している細胞特異的に Tlr5 をノックアウトすると、代謝自体には大きな変化はないものの、食べる量が増えることが明らかになった。この効果が Tlr5 が鞭毛を感知しているためであることを確認するために、PYY分泌細胞を鞭毛成分フラジェリンで刺激するとカルシウム反応が高まり、また PYY の分泌量が Tlr5 をノックアウトすると抑えられることがわかり、確かに Tlr5 が刺激されることで誘導されるカルシウム反応の結果、PYY の分泌が起こっていることがわかる。
PYY の食欲抑制効果は直接視床細胞に働く可能性もあるが、フラジェリンを腸内に注入する実験では、迷走神経の興奮が検出できるので、鞭毛刺激による PYY分泌はまず迷走神経の興奮を誘導し、これが視床下部の食欲制御に繋がると考えられる、実際迷走神経には PYY に対する受容体P2受容体が発現しており、迷走神経のP2受容体をノックダウンするとフラジェリンによる興奮は消失する。以上の結果は、フラジェリンによる Tlr5 刺激→ PYY 分泌による迷走神経刺激→視床下部を介する食欲抑制という経路が明らかにされた。
最後の仕上げに、実際にフラジェリンを腸管に注入すると食欲が抑えられるかを調べ、1㎍/ml のフラジェリンを浣腸で腸内に直接投与すると、食欲が強く抑制される急性反応が起こること、そしてこの急性反応は PYY細胞の Tlr5遺伝子ノックアウト、あるいは P2受容体ノックアウトで消失することを示し、鞭毛に対する反応が10分単位で現れる早い反応であることを明らかにしている。
以上のフラジェリン浣腸刺激実験から、Tlr5遺伝子がPYY細胞でノックアウトされたマウスで食欲が上昇するのは、フラジェリンを感知して食欲を抑制する回路が欠損した結果である事がわかる。
以上が結果で、鞭毛細菌が腸内で増えると食欲が落ちるという話になるが、鞭毛を持つ細菌が腸炎や加齢で増加することを考えると、これらの状態でしばしば食欲が落ちるので、この話は納得できる。さらには、高脂肪食でも鞭毛を持つ細菌が増えることが報告されているので、高脂肪食をフラジェリンの刺激の強さから眺めてみると面白いかもしれない。
2025年7月25日
現在移動中なので軽めで少し風変わりな現象を扱った2編の論文を短く紹介することにする。
このブログでも幻覚剤シロシビンを一回投与して幻覚を誘導するとうつ病の症状が一定期間消失するという論文を紹介した。この効果は全てシロシビンが持つセロトニンを介する神経作用によると思っていたが、シロシビンがテロメアの短縮を防ぐことがこの効果の背景にあるのではと言う途方もない可能性が提案されているようだ。
この研究はこれを確かめるため、細胞レベルや個体レベルでシロシビンを投与し、驚くなかれ細胞老化を押さえ、マウスの寿命まで延長できることを示した研究で、7月8日 npj-Ageing にオンライン掲載された。タイトルは「Psilocybin treatment extends cellular lifespan and improves survival of aged mice(シロシビンは細胞の寿命を延長するだけでなく老化マウスの生存期間を延長する)」だ。
まず胎児肺から調整した線維芽細胞の継代培養を続ける細胞老化を誘導する実験で、シロシビンを培地に加えて様々な老化指標を調べる極めて単純な実験だ。シロシビンを加えた培養では増殖が続き老化が抑えられる。また定番の β-gal 染色で老化した細胞を調べると、陽性細胞数は半分にまで低下している。
メカニズムについては詳しくは解析していないが、老化を抑える転写因子の代表 Sirtuin1 の発現が上昇し、活性酸素の産生が低下し、期待通りテロメアの短縮が強く抑えられている。
そして20月齢のマウスに月一回づつ15mg/Kgのシロシビンを投与し続け、生存曲線を調べている。この量がどの程度か正確に判断できないが、投与後のマウスの状態から脳症状が発生しているのがわかる。いずれにせよ驚くべき結果で、コントロールのマウスは28ヶ月で50%が死んだのに対し、シロシビン投与群では80%以上が生きているという結果だ。メカニズムがわかれば、幻覚とは切り離した薬剤も可能かもしれない。
もう一編の論文はさらに不思議な論文で、訓練された犬はパーキンソン病 (PD) 患者さんを匂いで嗅ぎ分けるという報告で、7月14日 Journal of Parkinsons Disease にオンライン掲載された。タイトルは「Trained dogs can detect the odor of Parkinson’s disease(訓練された犬はパーキンソン病の匂いを嗅ぎ分ける)」だ。
PD患者さん及び正常人の皮膚のスワブを集め、これで10匹の犬を訓練し、高い能力を持つ2匹に新しいサンプルを嗅がせて診断率をテストしている。結果は2匹とも、80%近い感受性と、90%を超す特異性でPDを嗅ぎ分けた。確かに面白いが、診断という点ではよほど早期診断が可能でない限り、今後も犬に頼ることはないと思う。
いずれも再現がとれれば、メカニズムを探求するのに値する現象だと思う。
2025年7月24日
細菌やウイルスと比べると、肉眼的大きさの寄生虫を我々はどのように対処しているのか、イメージするのは簡単ではない。IL-4や IL-13などのサイトカインが中心にあり、Th2細胞を誘導により局所に好酸球や好塩基球が局所に浸潤する特殊な炎症を誘導し、さらに IgEアレルギー反応まで動員して寄生虫の排除に当たる。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、Th2細胞はIL-4を介して腸管の感覚神経系を動員して寄生虫に対する免疫反応を増強していることを示した研究で、7月17日 Science に掲載された。タイトルは「Type 2 cytokines act on enteric sensory neurons to regulate neuropeptide-driven host defense(2型サイトカインは腸管感覚神経に働き神経ペプチドによりホストの防御反応を調節する)」だ。
以前から寄生虫免疫では腸管神経系も様々な神経ペプチドを分泌して関与することが知られていた。この研究では免疫系と神経系の関係を探るため、single cell RNA sequencing を用いて神経系が発現する遺伝子を調べ、2つの神経ペプチドを neuromedin U(NMU)とcalcitonin gene-related peptideβ(CGRP) を発現している腸管感覚神経が、寄生虫免疫の核となっているサイトカイン IL-4や IL-13シグナルを伝える全ての遺伝子を発現していることを発見する。まさに、寄生虫免疫を考える上で最も太いパイプが神経系と免疫系の間につながった。しかも、IL-4を投与すると NMU や CGRP の分泌が20-200倍上昇することを発見する。
生体内でこのパイプの寄生虫免疫での機能を調べるため、腸管感覚神経特異的に IL-13受容体をノックアウトして、IL-4 や IL-13 に反応しないようにして、ネズミの腸に寄生する回虫(ポリギルス)を感染させると、正常と比べ寄生している回虫や卵の数が増加する。すなわち、神経系の動員は寄生虫を抑制していることがわかる。また、IL-4 に神経が反応できなくても、マウスに神経ペプチドを投与すると寄生虫の活動を抑えられるので、IL-4 に反応した感覚神経は、神経ペプチドを分泌することが寄生虫抑制のメカニズムであることがわかる。
残るは神経ペプチドが寄生虫の活動を抑制するメカニズムだが、神経から分泌される神経ペプチドが結合する受容体は腸管の筋肉層に存在する自然免疫に関わる ILC2細胞に発現しており、ペプチド刺激により IL-5 が誘導され、これにより好酸球が寄生虫の周りに誘導されることで寄生虫を閉じ込めることがわかる。
加えて筋層に存在するマクロファージは、IL-4と神経ペプチドの作用で寄生虫と接着する分子や、寄生虫免疫に関わるArg1をはじめとする様々な分子を発現し、また好酸球の遊走を促すケモカインも発現することで、ILC2 が分泌する IL-5 とともに好酸球の局所への浸潤を促進することで、寄生虫を抑制していることを示している。
以上が結果だが、まず神経細胞が IL-4 に直接反応することに驚くが、寄生虫は、神経、Th2免疫細胞、そしてマクロファージや ILC2 などを総動員しないと対応できないやっかいな対象であることがよくわかる論文だった。
2025年7月23日
炎症が起こると身体が酸性になるとよく言われる。実際様々な組織で pH は調べられており、感染でリンパ節が酸性になるし、細胞は pH を感知して様々な方法で pH の安定性を保っている。
今日紹介するイエール大学からの論文は、炎症組織に浸潤するマクロファージが、これまでとは全くことなるメカニズム、即ち転写因子の相分離調節を介して pH 依存的に炎症を抑える方向に転写をスイッチさせることを示した面白い研究で、7月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Regulation of inflammatory responses by pH-dependent transcriptional condensates(pH依存性の転写因子の相分離体による炎症反応の調節)」だ。
この研究では LPS を注射して TLR4 を刺激して炎症を起こしたとき、マクロファージは炎症によって引き起こされる pH の急速な変化を感知して反応することで炎症の調節に関わるはずだと考え、pH 7.4 、あるいは pH 6.5 で培養したマクロファージを LPS で刺激し、pH 環境で変化する遺伝子を調べている。
すると、pH 6.5 の環境では炎症を促進する遺伝子が軒並み抑えられることを発見する。すなわち、酸性条件では炎症を抑える方向にスイッチが入ることがわかる。このとき pH センサーとして働く分子機構を調べる目的で、これまで知られているセンサーをノックアウトしたマクロファージで同じ実験を行って、マクロファージで見られる転写のスイッチはこれまで知られている pH センサーを用いていないことを確認する。
そこで pH 依存的に転写が変化する様々な可能性を探索した結果、最終的にエンハンサーとプロモーターをつなぐ BRD4 が核内で形成する相分離体がこのスイッチに関わることを発見する。BRD4 は離れたエンハンサーとプロモーターが結合する時に必須で、このとき BRD4 が持つ IDR(天然変性領域)を介して相分離体を形成し、様々なタンパク質をリクルートすることが知られている。
マクロファージの BRD4 を調べると pH 7.4 で形成されている相分離体が pH 6.5 になるとかなり減少すること、そしてこの減少に伴い炎症をプロモートする遺伝子の発現が低下することを発見する。
実際に BRD4 の相分離体が pH センサーとして働いているかを、蛍光ラベルした BRD4 を発現させたマクロファージを異なる pH 環境を行き来させる実験で調べている。この結果は、酸性環境では BRD やそれと結合して働く MED1 などの機能が損なわれるため、転写が低下することが天然のスイッチになっていることを示している。実際、BRD4 の機能をブロックすると、転写は低下するが、pH 6.5 で見られるよりは広範な遺伝子の発現が低下する。おそらくこの差は、エンハンサーとプロモーターの距離が離れているほど BRD4 相分離に依存性が高いためと考えられる。残念ながらこの研究で pH 6.5 環境で低下するとしてリストされた遺伝子調節に関わるエンハンサーの距離は調べられていないが、説得力のある説明だと思う。
以上、pH の変化による物理的相分離シフトが、遺伝子調節に関わり、炎症では病原体に対する反応の結果起こってくる環境の pH 変化を、炎症の抑制のスイッチとして使っているというシナリオは面白い。BRD4 は他にも多くの遺伝子の転写に関わっていることから、同じメカニズムを使った生理学過程が今後明らかになると期待できる。
2025年7月22日
社会問題も当然科学的分析をベースに議論されるべきなのだが、トランプに代表されるように多くのポピュリズムでは敢えて科学を否定することが重要な手段の一つとなる。これに対して、科学は真面目に業績を積み重ねるしかないが、科学雑誌もそのような論文を積極的に掲載して、この努力を後押ししている。
先週 Nature にオンライン掲載された論文にはこの編集方針を示す論文が2編もあったのでまとめて紹介することにした。いずれもトランプ政権が意識されているように思える。
一つ目は中国・武漢大学からの論文で、温暖化の入院の必要な病気発生への影響について調べた研究で、タイトルは「Temperature-Related Hospitalization Burden under Climate Change(気候変動による気温により起こる入院負荷)」だ。
元々外気温の変化により死亡率が変化することはよく知られており、例えば低温傾向が続くと過剰死亡が増えるので、特に高齢者は暖かい部屋にいるように推奨される。特に気温のように一定の時間差の後影響が出る様な原因と結果の相関を調べるために Distributed Lag Nonlinear Model が開発され、広く用いられているが、この研究でもこれを用いて中国各地の病院の入院動向を詳しく調べ、異常気温による発病率の変化を、過剰入院数というフィルターで調べている。
特に新しさを感じる研究ではないが、301都市の7000を超す病院について調べたという規模の大きさと、地域別の温度と過剰入院数を克明に調べているが評価されている。この結果、気候変動、特に温暖化による異常高温の影響は、元々気温の高い地域ではなく、冬は気温が下がる中国北部地域で強く見られること、また地域のGDPが低いほど影響を受けることを示している。最後に、これまでのデータに基づき、いくつかの気候変動シナリオの元、将来の過剰入院数を予測し、最悪のシナリオで気候変動が進んだ場合、中国だけで過剰入院数が500万人を超えるとと警鐘を鳴らしている。
過剰入院数を指標に Distributed Lag Nonlinear Model を用いて解析したことがアイデアで、もう一つの大国中国がアメリカに同調せずこのような科学に基づく政策を進めることを期待したい。今後中国だけでなく、様々な国でデータが集まることが重要だと思う。
もう一編のスウェーデンからの論文は、今回の選挙でも問題になった移民問題の研究で、タイトルは「Immigrant–native pay gap driven by lack of access to high-paying jobs(移民と Native の収入格差は給与のいい仕事への壁によって発生している)」だ。
移民及びその2世の職業及び給与をそれぞれの国で調べ、全体の給与格差、同じ仕事をしている場合の給与格差、子供の職業と給与格差などについて克明に調べている。また移民する前の地域別での差別についても調べている。対象国は、スペイン、カナダ、ノルウェイ、ドイツ、フランス、オランダ、米国、デンマーク、スウェーデンになる。全般的な給与格差は、今並べた国別順に大きい。特に移民も多く、移民に寛容と個人的に思っていたスペインやカナダで移民の収入格差が大きく、特にカナダでは同じ職種の中での格差が大きいのに驚いた。一方、ノルウェイ、ドイツ、フランスは大体同じレベルの格差で、nativeより2割収入が低い。そしてこの調査で最も驚いたのは、米国がデンマークと並んで移民の収入格差が低い点で、10%前後で収まっている。
結論的には、収入格差を生むのは、移民にアクセス可能な仕事が給料が低いという問題が一番大きな要因だが、これら先進国でもまだ同じ仕事についても給与格差が根強く残っている事がわかった。
救われるのは、子供世代になるとこのような格差は大きく改善されることで、語学力が収入のいい仕事につきにくい要因である事もわかる。
出身国での差別も存在する。アフリカからの移民は、アジアや南米と比べると格差が大きい。一方、ヨーロッパからの移民は、例えばアフリカと比べると格差は1/4に低下する。即ち、肌の色や習慣も格差の原因になっている。ただここでも、子供世代になると、格差は大きく減少している。
以上が結果で、米国とカナダを除くとほぼ予想通りの結果だ。もちろんトランプの厳しい反移民政策はまだ半年で、トランプ前にインフレと人手不足が続いていた米国では移民の収入格差が低いことは予想できる。今後トランプの新しい政策で、米国でこの格差が広がるのかどうか注視したい。
一方、格差がないという点ではスウェーデンは予想通り優等生になる。しかしそのスウェーデンでも反移民政策を掲げるスウェーデン民主党が第二党の地位を得ている。また、収入格差の大きいスペインでもVOXのような反移民と「スペイン人ファースト」を掲げるポピュリズム政党が第三党になっていることを考えると、移民が収入の低い職業に甘んじているからといって、移民に対する国民の不満を抑えられないことがわかる。
我が国に目を移すと、今回の参院選では外国人が優遇されているという情報が飛び交い、既存のメディアが否定に躍起になったが、社会問題にも科学的データを積み重ねておくことが、不安定でポピュリズムが高まる時代には必要だ。宗教でも政治でも焚書を市民が支持したことを忘れてはならない。
2025年7月21日
一昨日に紹介した 「天然変性領域」(https://aasj.jp/news/watch/27138)の事がよくわかる論文が同じ Science に出版されているので紹介する。ハーバード大学からの論文でタイトルは「Polyglycine-mediated aggregation of FAM98B disrupts tRNA processing in GGC repeat disorders(GGCリピート病でのポリグリシンにより媒介されるFAM98Bの凝集はtRNAの転写後の処理を抑制する)だ。
最も典型的な天然変性領域 (IDR) は同じアミノ酸が繰り返す領域で、例えばグルタミンの繰り返しが異常に増加するとタンパク質の凝集により細胞の変性が起こる。これが有名なハンチンティン分子のグルタミンリピートによるハンチントン病だが、グリシンリピートでも神経軸索膨化症 (NIID) 、眼咽頭遠位型ミオパチー (OPDM) 、そしてFragileX 関連性振戦/運動失調症候群 (FXTAS) などの病気が起こることがわかっている。
この研究ではまずグリシンが99回繰り返すペプチドを細胞で発現させ、これが核周囲で凝集塊を形成すること、そしてその中に同じようなグリシンリピートを持つタンパク質が多く取り込まれていることを発見する。中でもFAM98Bと呼ばれるtRNAがスプライスを受けて成熟型に変化するときに働くRNA リガーゼ複合体の中心をなす分子が強くトラップされることを発見する。面白いことに、このリガーゼ複合体の中でFAM98Bだけがグリシンを多く含むC待つ領域を持っており、これがグリシンリピートによりできた凝集塊に取り込まれる原因であることがわかる。即ち、IDRによってできる凝集塊に、同じようなIDRを持つタンパク質が取り込まれ病気が起こる可能性が示唆された。このようにIDRは生理でも病理でも重要な働きをしている。
本来RNA スプライシングに必要なFAM98Bは核内で働くが、ポリグリシンにトラップされると、核内から隔離されてしまう。その結果、イントロンを持つ tRNAのスプライシングが、リガーゼによる結合前で止まってしまい、成熟型の tRNAができないことがわかった。
FMR1分子内とNOTCH2NLC分子内のグリシンリピートによりおこるFATASとNIIDの患者さんのサンプルを調べると、FAM98Bが核の周囲に凝集しており、また成熟型 tRNAの形成が強く抑制され、結合前の異常RNAが増えていることが確認された。
以上の結果から、ポリグリシンによる神経変性のメカニズムは、ポリグリシン凝集自体の毒性というより、これによりFAN98Bがトラップされて働かなくなる結果と考えられる。そこで最後に、FAM98Bを脳神経でノックアウトする実験を行い、神経変性による進行する運動障害が発生することを示している。
以上の結果は、IDRによって正常タンパク質が隔離され、特定の機能が失われることがリピート病の原因になるという、新しいリピート病メカニズムを示した点で重要な貢献だが、同時にIDRがどのように働くのかを知る上で面白い例を示していると思う。
2025年7月20日
海外のメディアでは報道されているのに我が国ではほとんど報道されていないようなので、正常な卵に変異ミトコンドリアを持つ患者さん夫婦の受精卵から取り出した前核を移植して、異常ミトコンドリアを減らしてミトコンドリア病の発症を防ぐ、英国ニューカッスル大学からの治療論文を紹介することにした。タイトルは「Mitochondrial Donation and Preimplantation Genetic Testing for mtDNA Disease(ミトコンドリア提供と着床前遺伝子診断によるミトコンドリア病治療)」で、7月16日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。
ミトコンドリアには13種類の呼吸チェーン分子をコードする遺伝子、22種類の tRNA をコードする遺伝子、そして2種類のリボゾーム遺伝子が存在し、これらはミトコンドリアの機能と量の維持に必須で、変異が起こると心臓、目、神経を中心に様々な症状が起こる。ミトコンドリアは母親の卵に由来するので、卵の段階でミトコンドリア異常を見つけて治療するという可能性が早くから認識されていた。
手っ取り早いのは、正常なミトコンドリアを移植する方法だが、マイトファジーなどで外来のミトコンドリアが排除されて定着しない事がわかって、中断されている。代わりに登場するのが、着床前診断で卵子の異常ミトコンドリアの割合を調べて、正常ミトコンドリアが多い卵だけを移植する方法で、ニューカッスル大学などから報告がある。これは、異常ミトコンドリアが存在する卵でも、正常ミトコンドリアと混じり合っている(ヘテロプラスミー)のが普通で、正確に正常/異常比が測定できれば治療法として有効だ。
ただライ症候群のような異常ミトコンドリアが常に高いと予測されるケースでは着床前診断では妊娠不可能と出るので、最後の手段として今回治験が行われた正常卵に患者さん夫婦の受精卵から前核を取り出し移植して、ミトコンドリアだけを置き換える治療が考えられる。
理論的には可能だが、正常ミトコンドリアが一定比率存在する中で、ここまで踏み込んでいいのかという議論が行われてきた。しかし、2016年、米国の患者さんがメキシコで前核移植による三親児誕生治療を行い、大騒ぎになった(https://www.newscientist.com/article/2107219-exclusive-worlds-first-baby-born-with-new-3-parent-technique/)。このケースでは論文としての報告もなく、ただ成功報道だけが行われた。
これに対し、今日紹介するこの分野のパイオニア、ニューカッスル大学のグループは、英国の HFEA のガイドライン作成とそれに従うプロトコルを確立し、ガイドラインに基づいて異常ミトコンドリアを持つ母親131人を、着床前診断に基づく卵の選択グループと前核移植グループにわけ、異常ミトコンドリアの比率を減らすことができるか調べた系統的な治験研究で、試験管ベイビーからの長い伝統を持つ英国の力がよくわかる研究だ。
前核移植のプロトコルについても図入りで詳しく示されており、正常卵、患者さんの卵をメタフェーズ II時期に同時に、しかも同じ夫の精子で顕微授精し、卵由来、精子由来の二つの前核ができた時点で移植するプロトコルを用いている。
結果だが、着床前診断プロトコルからは39人中16人、前核移植からは22人中8人の子供が生まれ、どちらもほぼ同じ確率で子供ができることを示している。そして、前核移植を受けた6人ではミトコンドリアはほとんど正常に置き換わっており、残りの二人も正常ミトコンドリアが77%、88%と、ミトコンドリア症発症を強く抑えられるレベルになっていることを示している。
同時に行った着床前診断で正常ミトコンドリアが高い卵を選んだ場合でも、異常ミトコンドリアは全例で7%以下に抑えられており、これも治療法としては極めて有効であることが示された。
今後今回生まれた子供たちの長期追跡により、ミトコンドリア病の発症予防についての効果が確定していくと思うが、現在のところここまで正確な診断と移植技術が可能なのは限られているので、この治療がどこまで広がるかはわからない。ただ、今回プロトコルから経過まで長い時間をかけたデータが公開されたことで、社会の議論も進むように思う。