2025年5月26日
両親が健康な場合、流産児の明らかな形態的異常が見つからない限り、流産の原因を探ることは難しい。幸い、ゲノム解析が進んだ結果、流産胎児のゲノムと両親のゲノムを比べることで、ゲノムレベルの異常を特定できるようになってきた。
今日紹介するアイスランドにあるデコード社とデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は、流産した胎児や胎盤のゲノム解析から流産の原因になる遺伝子変異を明らかにしようとした研究で、5月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sequence diversity lost in early pregnancy(初期妊娠中の流産で見られる配列の多様性)」だ。
デンマークは国民のコホート研究が徹底している国だが、流産についてもコペンハーゲン流産研究というコホートが存在し、すでに467例の初期流産胎児組織が集められ、同時に両親の血液も採取されている。このおかげで、流産胎児のゲノム配列決定を行って、両親と比べることで、どのような変異がいつ発生したのかを特定することができる。この研究で正常胎児のコントロールはないが、代わりに正常に生まれてきた子供のゲノムを両親と比べた多くのデータを参照することができる。
まず流産胎児と言っても血の塊みたいなもので、母親の組織も多く混じっており、研究で最も重要なのは、これらの組織から胎児や胎盤組織を正確に採取することで、これを500例近く行ったことに驚く。この方法では塩基変異まで全ての変異を特定できるが、それが流産の原因になったと特定するのは簡単ではない。研究ではまず、染色体の数の変化が起こる大きな変異を探索している。この結果、流産児の44%は染色体の一部の数の大きな異常が認められ、さらに6.4%が三倍体を示すことがわかっている。即ち、流産の半分以上は染色体の大きな部分に起こる染色体変化によることがわかった。
詳細は省くが、染色体異常の起こり方を特定することもできる。例えば最も数の多い16番目のトリソミーは全て母親の減数分裂のエラーによることがわかる。そして、他の染色体も含めかなりの割合で、減数分裂前の分裂でできる姉妹染色体形成児の異常であることが特定できる。一方父親の減数分裂異常で起こる染色体異常は4番や15番など限られた染色体に見られる。そして、数の増えたり減ったりしている部分の境界を特定すると、減数分裂時に起こる組み替えのホットスポットで起こっていることがわかる。元々減数分裂時に染色体の組み替えが起こり、これが我々ゲノムの多様性を維持するための重要な過程なので、このような初期妊娠中に起こる流産を防ぐためには、卵子や精子の質を決定する手段がない限り難しい。さらに、女性の場合減数分裂途中で長い休止期に入ることが、例えば8番や16番の染色体異常が起こりやすい原因になっている。
このような大きな変化以外に、6.6%は胎児だけに見られる点突然変異や小さな欠失・挿入によるを特定することができる。また、このような変異が見られる頻度は、正常時と両親を比べた場合より明確に高いため、おそらくこれらが流産の原因になっていると想像できる。事実特定された多くの遺伝子は、胎児発生や胎盤形成で強く発現しており、発生異常の原因になっている可能性を示唆している。
なかには明らかに発生異常に繋がることが明確な遺伝子も存在している。面白いのは単一塩基変異の多くが Thiopurine によるガン治療でも見られる C>G 変異で、原因究明が待たれる。
主な結果は以上だが、おそらくこの論文の重要性は、徹底的にゲノムを両親と比べても全く異常が見つからないケースが4割以上存在するという事実だろう。ゲノムの変異の方は、結局前もってゲノムを調べない限り防げない。しかし、残りの4割の原因がわかれば、流産の確率を大幅に減少させられる可能性は残る。
2025年5月25日
細胞系譜の追跡は発生学の重要なテーマで、これまで様々な方法が開発されてきた。追跡時間が長い場合は、分化や成長の跡も変化しない細胞の標識法が必要になる。そのため通常はゲノム上に起こった変異を利用して追跡に使っている。
今日紹介するバルセロナの科学技術研究所からの論文は、これまでの常識を覆し、エピジェネティックな変異も細胞系譜追跡のクローン標識に使えることを示した研究で、5月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Clonal tracing with somatic epimutations reveals dynamics of blood ageing(体細胞のエピ変異は血液細胞の老化による変化を明らかにする)」だ。
この研究の結論は、「DNAのメチル化パターンも細胞クローンの長期間の標識として使えることを明らかにし、これを用いて老化に伴う血液のクローン増殖を正確に解析できる」とまとめられるが、この論文を読んでみて、結論よりも何よりも、single cell を解析する方法がここまで進歩し、いくつかを自由に組み合わせることができるのかという驚きの方が大きかった。
DNAメチル化パターンは様々な要因で変化するので、クローン標識に用いられないと考えるが、染色体として閉じたヘテロクロマチン領域は安定していることが知られている。この研究では、メチル化されると制限酵素で切断できない領域を利用して、少量のDNAでメチル化状態を特定できる部位を約450カ所選んで、の450カ所のメチル化のパターン(エピ変異)を細胞標識に用いられるか調べている。
これがクローン標識になることを示すためには、オーソドックスなゲノム変異に基づくクローン解析と組み合わせる必要がある。そこで、レンチウイルスにバーコード配列を導入し、これをクローン標識にし、ゲノム標識で特定できるクローンとエピ変異で特定できるクローンが一致していることを確認している。
もちろんエピ変異の中には、血液分化により変化したパターンも含まれる。例えばリンパ球と白血球ではメチル化パターンが異なる。実際、single cellエピ変異を調べると、一部は細胞分化とともに変化する変異が存在し、クローン標識としては役に立たない。しかし、血液の分化度を示す標識として用いることができることから、エピ変異を血液細胞分化の標識とクローンの標識として同時に使うことができる。予想通り、分化の標識として使えるエピ変異はオープンクロマチンの遺伝子プロモーター部分に存在し、クローンの標識に使うエピ変異はヘテロクロマチン部分に限局している。
このようにレンチウイルスを用いて遺伝子を導入する方法は人間には使えない。そこで、クローン増殖を誘導することが知られている150カ所のこれまでクローン増殖との関わりが知られている変異をsingle cellレベルで同時に増幅し、epi変異とともに解析する方法を開発し、ゲノム変異とエピ変異の一致について解析している。
結果、ゲノム変異により増殖したクローンはエピ変異パターンでも特定できることを示している。さらに、ゲノム変異は見つからなくても、エピ変異だけが見られるクローン増殖が存在することも明らかにし、エピ変異解析は特にクローン増殖解析に有効であることがわかる。
他にも、今度はsingle cellレベルでミトコンドリア遺伝子の変異を調べる方法と組み合わせて、それぞれはゲノム変異以上にクローン標識に使えることを示している。最後に、エピ変異パターンが血液分化とクローン解析を同時に行える利点を生かして、高齢者の血液を解析し、エピ変異が様々な分化度の幹細胞で起こったあと、長期間維持されること、また人間では50歳ぐらいからエピ変異が起こり始め、これが体内時計の代わりをすることを示している。
いずれにしても、エピ変異の解析方法を開発した上で、それをバーコード導入や、ゲノム変異、ミトコンドリア変異のsingle cellレベルの解析と自由に組み合わせて実験を進めているのを見ると、老兵はただただ目を見張る。
2025年5月24日
今日は少し趣向を変えてアスリートの健康リスクについての論文を2報紹介する。
まず最初のバスク大学からの論文は、プロフェッショナルのアスリートではないが、マラソン完走後の脳変化を調べた研究で、この号の表紙になっている。
これまでウルトラマラソンランナーでは完走後に脳が縮小することが報告されていたが、この研究では様々なマラソン大会参加者からボランティアを募集し、10人についてマラソン前、マラソン後48時間以内、2週間後、2ヶ月にMRI検査を行っている。検査は脳白質のミエリンの量に焦点を当てている。といっても実際にはミエリン層に蓄積された水の量を量って、ミエリンの量としている。従って、脱水など他の要因でミエリンが減って見えることはあるが、今回測定できたのは正確にミエリンの量を反映していることを確認している。
さて結果だが、マラソン完走後48時間以内ではミエリンの量が平均で25%近く減少する。この減少は、運動神経とその調節に関わる領域で高いことから、おそらくグルコースの供給が低い時に長期間神経活動を維持するために、脂質でできているミエリンをエネルギー源として供給しているのだろうと結論している。本当にミエリンが局所でエネルギー源として働いているのかは、動物で実験可能だと思う。
研究ではマラソン完走後2週間、2ヶ月でも同じ検査を行い回復を調べている。2ヶ月ではほぼ完全に回復しているが、2週間ではまだ完全な回復は見られていない。
以上が結果で、マラソン愛好家も少し気になるところだろう。重要なのは、ミエリンが減少しているときにどのような症状があるのかをはっきりさせることだろう。また、脳内のグルコースを高める方法の開発も重要な気がする。
次の論文はイタリアパドバ大学からの論文で、2005年から2020年に開催されたプロフェッショナルのボディービル・コンペティションに参加したボディービルダーを協会の登録をベースに追跡し、平均8.5年の経過観察期間中の死亡とその原因を調べた研究で、4月10日 European Heart Journal にオンライン掲載された。
統計的に妥当な集計が行われていることを確認した上で、死亡率をプロフェッショナルなボディービルダーとアマチュアで比べると、なんとプロはオッズ比で5−6倍死亡率が高い。そして、最も多い死亡原因は心臓の突然死で、37%にも登る。
即ちプロフェッショナルボディービルダーは心臓死の高いリスクを背負っていることが統計的に示された。解剖が行われたケースでは、ボディービルダーの心臓が肥大していることが確認されており、心筋の強化が逆に突発的な心臓死の原因になっている可能性が高い。
これが純粋なボディービルディングの結果かどうかははっきりしない。というのもボディービルディング協会ではドーピング規制がほとんどなく、多くのボディービルダーは筋肉増加ステロイドなどの増強剤を使っている。実際、アマチュアでは突然死がそれほど上昇していないことを考えると、増強剤の影響による可能性は大きい。その意味で、この結果を受けてボディービル協会もドーピング規制を厳しくした方がいいと結論している。
他にも、ボディービルダーはアミノ酸やプロテインを多量に摂取する傾向があり、これが腎不全に繋がることも知られている。とすると、プロもアマも健康第一で競争を楽しむことが重要だといえる。
2025年5月23日
今日紹介するニューヨーク大学からの論文はシステイン欠損を数日続けるだけで身体の脂肪をほとんど燃やすことができることを示した驚くべき研究で、5月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Unravelling cysteine-deficiency-associated rapid weight loss(システイン欠損による急速な体重減少を明らかにする)」だ。
システインはメチオニンとともに硫黄を含むアミノ酸で、タンパク質に取り込まれるとSS結合を通して高次構造を決める重要なアミノ酸として働く。ただシステインはタンパク質の構成要素として働くだけでなく、グルタチオンへと変化して酸化ストレスを抑える。さらには様々な細胞毒の解毒作用も持っている。その上に、分解により生じる硫化水素は細胞のエネルギー代謝調節に重要であることもわかっている。このような多様な機能から、現在ガンの代謝プログラムとの関わりでシステインが盛んに研究されている。
このようにシステインが細胞代謝に重要だとわかっていても、システインが欠損すると数日で体重が3割減るとは誰も想像できなかったと思う。必須アミノ酸やシステインが欠損した状態を詳しく調べる途中で、体内でシステイン合成ができないように合成酵素を欠損させたマウスにシステインフリー食を与えて、完全にシステインの供給を絶つ実験を行っている。
他の必須アミノ酸を欠損させた場合でも急速に体重が減る。これはintegrative stress response (ISR) が誘導され、翻訳が低下するとともに、FGF21やGDF15が上昇して代謝を変化させる結果であることがわかっている。ただ、システインを完全に遮断した場合はこれを遙かに超える体重減少が見られ、1週間でなんと体重が3割低下する。
組織学的に調べると、なんと脂肪組織から脂肪が消える。これは決して脂肪細胞が失われたわけではなく、脂肪が消費される結果であることがわかる。この間マウスは飢えでぐったりするといった症状を示すことは全くなく、正常と同じレベルの活動性を維持している。ただ、酸素呼吸は少し低下する。
脂肪組織を詳しく調べると、白色脂肪組織で脂肪を熱に変えるUCP1を発現した褐色脂肪組織への転換が進み、その結果代謝に脂肪が使われ、また多くは熱として放出された結果、これほど急速な脂肪組織減少が可能になっている。
あとは、肝臓、筋肉、脂肪組織などの遺伝子発現を調べ、この変化の原因を探っている。通常の必須アミノ酸欠損で起こるISRが起こっていることは確認されるが、これに加えて酸化ストレス反応 (OSR) が加わっていることがわかる。これはシステインがグルタチオン合成に必須であるためで、これが低下して酸化ストレスが上昇している。
この2種類のストレスが揃う結果、脂肪やコレステロールの合成が低下し、逆に分解が上昇する。
これがISRとOSRが揃う結果であることを確認するため、必須アミノ酸を欠損させISRを誘導するとともに、グルタチオンの合成を止める化合物を加えると、システインが存在しても同じような効果が見られる。余談になるが、システインの体内での合成を止めることは難しいので、この戦略は短期であれば体重減少治療として使える可能性はある。
ただ、システイン遮断効果は、ISR+OSRよりさらに強いので、システイン遮断独自の要因もあると探索し、エネルギー代謝の中心にあるCoAの濃度が、システイン遮断特異的に低下することで、より強く脂肪依存性のエネルギー代謝へのシフトが起こることを示している。
以上が結果で、理屈よりもともかくその効果に驚く。元々硫黄を含むメチオニンやシステインを制限することで長生きするという話がある。システインは酸化ストレス抑制には必要だが、硫化水素を合成して毒性を発揮するので、このバランスをあまり狂わせるとかえって短命に繋がると思っていたが、今日の論文を読んでシステインにはまだまだ知らない秘密があることがよくわかった。
2025年5月22日
パーキンソン病 (PD) は神経細胞が変性により失われる病気なので、治療としては失われた細胞を取り戻す再生医療、あるいは他の細胞にドーパミン産生を肩代わりさせる遺伝子治療が中心になる。ただ、細胞喪失の原因を少しでも和らげて、経過を遅らせる治療も重要だ。その一つが、神経を傷害する異常αシヌクレインを抗体で除去する方法でおそらく多くの研究が進んでいる。これと平行して、様々な薬剤でαシヌクレインの影響を抑える方法も開発が進んでおり、このブログでも異常αシヌクレインに対する神経細胞の反応を阻害して細胞死を防ぐc-Able阻害剤(https://aasj.jp/news/watch/21414 )、またαシヌクレインの伝搬を防ぐAXLキナーゼ阻害剤(https://aasj.jp/news/watch/26237 )などについて紹介してきた。
まず今日紹介するPDの進行を防ぐ薬剤開発を目指した研究論文を読んで驚いたのは、AXLキナーゼを報告した上海復旦大学大学の同じ研究施設からの論文だが、主要著者が全くことなる点だ。内情はわからないが施設内ですごい競争が行われているのだろうか?今日紹介する論文のタイトルは「MEK1/2 inhibitors suppress pathological α-synuclein and neurotoxicity in cell models and a humanized mouse model of Parkinson’s disease(MEK1/2阻害剤は異常なαシヌクレインと神経毒性を細胞モデルとヒト化したパーキンソンモデルで抑えることができる)」だ。
MEK1/2阻害剤というとメラノーマやRAS活性化ガンに現在使われている薬剤で、タイトルを見たとき「え!これがPDに効くの?」と驚いた。研究ではラベルしたシヌクレインの細胞内の濃度を低下させる薬剤がないか、既存の50種類の化合物を細胞に加えて探索した結果、MEK1/2阻害剤に効果があることを発見している。即ち、正常シヌクレインの細胞内濃度を下げる効果がMEK阻害剤にある。また、神経細胞を異常シヌクレインに暴露して細胞内でのリン酸化シヌクレイン、さらには繊維化シヌクレインを誘導する系では、正常と同じように異常シヌクレインも抑えることができる。すなわち、全てのシヌクレインの細胞内濃度を下げることができる。
このメカニズムについて細胞レベルで調べると、正常シヌクレインについてはMEK阻害剤はオートファジーを抑えるTFEB分子をリン酸化して、オートファジーを促進することで細胞濃度を下げている。ところがこの経路はリン酸化及び異常シヌクレインの除去には関与していないこともわかった。
そこで異常シヌクレインに暴露したときに誘導されるαシヌクレインのリン酸化、その後の凝集に関わる分子として知られるPLK2キナーゼ活性について調べると、MEK阻害剤でPLK2タンパク質の細胞内濃度が低下することを発見する。その結果、正常シヌクレインのリン酸化が低下し、シヌクレイン凝集も抑えられることがわかった。これをまとめると、MEK阻害剤は異常シヌクレインの原料になる正常シヌクレインの濃度をオートファジー促進で下げると同時に、シヌクレインリン酸化に関わるPLK2の濃度を下げることで、リン酸化シヌクレイン、凝集シヌクレインの生成自体を抑えることがわかった。
最後に、米国バイオベンチャーSpringWorksが開発し神経線維腫症の治療治験が進行中の、脳血管障壁を通過できるMEK阻害剤Mirdametinibを投与して、シヌクレインをヒト化して異常シヌクレインを線条体に注射してPDを誘導するPDモデルマウスの症状と病理を抑えられるか調べ、強い副作用なしに症状及び病理レベルでPDの進行を抑えられることを明らかにしている。
以上が結果で、今年2月に紹介した論文よりはずっと臨床に近いところまで研究が進んでいるので、是非治験を進めてほしいと思う。細胞移植と言ってもPD患者さんの数を考えると、そう簡単に治療数の拡大は見込めないだろうが、以前紹介したAble阻害剤と今回のMEK阻害剤による治療は重要だと思う。
2025年5月21日
1mを超す大きさを持つ神経細胞では、細胞本体から離れた局所で、その場所に必要なタンパク質の翻訳を行う複雑な仕組みが存在している。この仕組みが傷害される例としては軸索に沿って翻訳のための材料を輸送し局所翻訳に関わる分子TDP-43やFUSの異常によるALSなどがある。
また、長い神経細胞が末端で障害を受けたときにも局所翻訳は必須で、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所とエストニア・タリン研究所からの論文は、この過程になんとトランスポゾンの一つがmRNA輸送システムを用いて末端に輸送され、翻訳促進に関わることを示した研究で、5月16日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Repeat-element RNAs integrate a neuronal growth circuit(神経増殖回路を繰り返し配列由来RNAが統合する)」だ。
この研究ではトランスポゾンのなかのB2-SINEの一部がアデニル化を受けて軸索を輸送され、神経損傷治癒に関わるとするこれまでの研究に着目し、そのメカニズムを詳しく解析している。
まず損傷を受けた後、根神経でBe-SINEの転写が72時間をピークに上昇することを確認している。これはB2-SINE特異的で、他のトランスポゾンでは損傷では誘導されない。そして、眼球にB2-SINEをAAVベクターで導入して視神経の損傷治癒を観察すると、B2-SINEを導入した神経では明らかに再生が上昇しており、ノンコーディング・トランスポゾンが神経再生を促進することがわかった。
神経損傷でB2-SINEが誘導されるのは、末端の損傷シグナルにより活性化されるAP-1転写因子の作用であることを確認したあと、数あるB2-SINEのなかで損傷で誘導され、アデニル化されて末梢へ輸送されるサブセットを探索し、最終的に特異的な配列を持つ神経損傷治癒に関わるB2-SINEを特定しBI-SINEと名付けている。
最後にBI-SINEが神経損傷を促進するメカニズムを明らかにするため、細胞質内でBI-SINEに結合する分子を探索し、BI-SINEがRNA結合タンパク質ヌクレオリン溶け都合して、ヌクレオリンがリボゾームにmRNAをロードするのを促進することで、翻訳活性が上昇し、局所の修復を促進することを明らかにしている。
結果は以上で、トランスポゾンの一つが、末梢神経特異的に働くようオーガナイズされているのを知ると感激する。すなわち、B2-SINEは神経損傷とは無関係に我々のゲノムで増殖を繰り返したと思うが、その中のおそらく一つがヌクレオリンに結合して翻訳を促進できる機能を獲得したあと、損傷で誘導されるプロモーターとリンクしたトランスポゾンに生まれ変わり、現在も増大し続けていると考えると感心してしまう。今後、再生能力の高い動物と比べることで最も白い話が出てくるかもしれない。
もちろん、BI-SINEそのものも末梢神経誘導因子として臨床応用することも可能だと思う。
2025年5月20日
ガン患者さんを受け持ったことがある臨床医なら経験があると思うが、放射線治療してガンが縮小したのに、他の転移巣が急に大きくなることがある。これは、1)局所照射といえども免疫や造血抑制効果がある、2)放射線により炎症性サイトカインが誘導されそれがガンの増殖を促進する、3)免疫抑制環境が誘導される、など様々な可能性が提唱されているが、今なお明確な答えはなかったようだ。
今日紹介するシカゴ大学からの論文は、この現象の背景に増殖因子の一つamphiregulin (AREG) が放射線治療により誘導される結果である可能性を示した研究で、5月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Radiation-induced amphiregulin drives tumour metastasis(放射線により誘導されるamphiregulinが腫瘍の転移を促進する)」だ。
おそらく実験を積み重ねるというより、何らかのきっかけでAREGがガンの転移巣を活性化するのではと着想して、まず放射線治療前後の肺ガン病巣をバイオプシーして、上昇する遺伝子を調べた結果、ARE は上昇する分子のトップ3に入ること、そして照射後AREGが上昇した患者さんでは、ガンの予後がはっきりと悪いことを明らかにし、あとは動物実験でAREGの効果について調べている。
放射線に比較的抵抗性の肺ガンを移植し、それに放射線照射を行うと、追加にAREGが誘導され、転移の数は減るが、転移巣のガンの増殖が著しく早まることを見つける。そして、ガン細胞から AREG遺伝子をノックアウトして同じ実験を行うと、放射線を当ててもガンの増殖が早まるこはないことを確認する。またAREGを注射するだけでも転移ガンの増殖が高まる。同じ現象は、手術で腫瘍を取り除いても決して起こらないので、放射線特異的な現象であることがわかる。
放射線照射がなぜAREGを誘導するのかについては、インターフェロンが媒介している可能性を示唆しており、放射線照射が炎症を誘導することで、腫瘍を活性化するというモデルに近い。
この研究では、AREGの作用メカニズムにより焦点を当てて研究しており、AREG刺激を受けてリン酸化を受けたEGF受容体が、特に腫瘍組織の単球で発現していること、この結果これまで何度も紹介してきたガンを助けて、ガン免疫を抑えるマクロファージクラスターがAREGで誘導されることを、主にガン組織に集まる血赤経細胞をsingle cell RNA sequencingで解析して明らかにしている。
さらにAREGはEGF受容体を発現する場合、ガン細胞自体にも働いて、CD47の発現を上昇させる。この表面抗原は、マクロファージから正常細胞を守る標識で、この発現が上昇するとマクロファージに貪食されなくなる。この結果、ガン抗原のプロセッシングは低下するので、免疫が抑制される。また貪食されずに死にかけの腫瘍細胞が残り、周囲環境を変化させてガンの増殖を助ける可能性もある。
以上の結果は、AREGに対する抗体を用いて放射線により誘導される負のサイクルを止められる可能性を示唆している。事実、担ガン動物に放射線を当て、そのときAREGに対する抗体も投与すると、転移ガンの増殖を抑えることができる。このとき、AREG受容体、EGF受容体のリン酸化をブロックすると、さらに効果が高まることも示している。
同様に、AREG抗体投与と同時に、ガン細胞を守るCD47に対する抗体を併用すると、さらに高い抗腫瘍活性を見ることができた。
結果は以上で、AREGだけで全て説明できるとは思えないが、AREGに対する抗体のガンを抑制する効果は、臨床でも期待できるのではないだろうか。
2025年5月19日
哺乳動物は1億6千万年前に有袋類と我々真獣類に分かれるが、大小を問わずそれぞれの系統では特に発生過程の大きな差が維持されている。意外なことに胚の初期発生では有袋類は遅れ気味で、また着床しても哺乳動物の胎盤のような複雑な組織は作らない。従って、子宮内で成長するより、早く生まれてから有袋類の特徴である育児嚢と呼ばれる袋の中で成長する。現役時代に発生学を研究していたとはいえ、有袋類のことは全く知らなかった(現在もそれほど進歩していないが)。ところがCDBのシンポジウムで有袋類胞胚期に内部細胞塊が形成されないと聞いて本当に驚いたことがある。真獣類と言っても発生研究が行われている哺乳動物は多くないが、有袋類の研究者は少なく、Nature のような一般紙で目にすることは少ない。
今日紹介する英国クリック研究所からの論文は、有袋類のメチル化DNAマップをを発生過程を追って調べた研究で5月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Divergent DNA methylation dynamics in marsupial and eutherian embryos(有袋類と真獣類でのDNAメチル化動態の多様性)」だ。
DNAメチル化マップを作ることは現在普通に行われるが、有袋類を飼育し、発生過程を追いかけるシステムの構築は簡単ではない。この研究ではテキサス大学リオグランデ校の実験室で飼育されている北米産有袋類(Opossum)を用いており、卵子、精子から様々な段階の初期発生胚を集めることができたことがこの研究のハイライトになる。
結果を一言で言うと、タイトルに書かれているとおり「DNAメチル化のパターンとメカニズムは、有袋類と真獣類で大きく異なっている」になる。いくら研究者が少ないからといって、両者の大きな違いについてはすでに多くが報告されている。この研究では、発生段階でのプロセスを検討し直した点が新しい貢献になる。
我々の精子と卵子でDNAメチル化を比べると、精子でのメチル化程度は卵子と比べて高いが、有袋類ではこの差が少なく、体細胞との差も大きくない。この結果と言っていいのかわからないが、我々の胚発生で起こる、一度DNAのメチル化を消去してから、それぞれの細胞に合わせたDNAメチル化を再構成する過程がない。即ち、受精卵のメチル化レベルの上に、それぞれの細胞に合わせた再構成が起こる。
我々真獣類ではこの再構成過程で、胚自体は高いレベルのDNAメチル化を再構成するが、トロフォブラスト由来の胎盤ではメチル化の再構成はあまり進まない。このメチル化の差が胚と胚外組織の違いに重要とされているが、面白いことに有袋類トロフォブラストではメチル化の程度が持続的に下がる。これは新しいDNAメチル化に関わる酵素の発現がトロフォブラストで抑えられているためで、脱メチル化に関わるTET分子も低いため、積極的な脱メチル化が進んでいるわけではない。このような自然減によるが、最終的に胚と胚外組織でメチル化程度の違いができている天が面白い。
おそらく最も大きな違いはX染色体の不活化だろう。不活化過程は、人間とマウスでも異なるが、最終的にはXistと呼ばれるノンコーディングRNAが発現した方のX染色体がヒストンH2K27のメチル化によるクロマチン構造変化を遂げて不活化される。このとき、どのX染色体が不活化されるかについては、細胞ごとに早くXistが発現した方が不活化されることが知られている。
有袋類にはXistの代わりに、よく似た機能を保つRSXと呼ばれるノンコーディングRNAが存在することが知られている。面白いのは、RSX領域が卵子ではメチル化されており、精子ではメチル化されていない。すなわち、受精後精子由来のX染色体だけからRSXが発現して不活化される。
他にもメチル化場所など詳しい解析がなされているが、割愛する。以上紹介したように、DNAメチル化を視点にして有袋類と真獣類を比べることで、それぞれの発生過程のルールの違いを際立たせることができるし、何よりも物知りになった気がする。
よくエピジェネティックに決まる形質の遺伝が議論されるが、有袋類の方が起こりやすそうなので、その影響を調べることも面白いように思う。
2025年5月18日
ガン免疫の成立を単純化して考えると、「ガンが特異抗原を発現し、それに反応するCD8T細胞があれば十分ではないか」と思われるかもしれない。しかし現実はそう単純ではない。より効率的かつ持続的なガン免疫の誘導には、ガン細胞による直接刺激だけでなく、樹状細胞 (DC) の多様な関与が必要であることが明らかになっている。
さらに実際の腫瘍組織では、ガン細胞、DC、T細胞の三者間の相互作用にさまざまな要因が影響を及ぼし、免疫の成立から最終的なキラー反応の強度までを左右している。この複雑さが、例えば免疫チェックポイント治療において、著効を示す症例と全く効果が見られない症例との予測困難な差を生み出す要因となっている。
本日紹介するミシガン大学からの論文(2024年5月14日付でNatureにオンライン掲載)は、こうしたガン免疫における組織環境の複雑性を、DC内でのSTAT3とSTAT5という2つの転写因子の活性バランスに集約して捉え直すというユニークな視点を提示し、さらにこの知見に基づいた新たな治療法を開発した研究である。論文タイトルは「STAT5 and STAT3 balance shapes dendritic cell function and tumour immunity(STAT5とSTAT3のバランスが樹状細胞の機能と腫瘍免疫を決めている)」だ。
タイトルを見たとき、正直なところ「今さらSTAT5とSTAT3の話か」と感じた。ガン組織では多様なサイトカインが発現しており、それらの最終的なシグナル伝達経路としてSTAT5やSTAT3が関与していることは、既に広く知られている。また、免疫誘導にはSTAT5を活性化するシグナルがより重要であることも、これまでの研究で明らかにされてきた。
しかし本論文を読み進めていくうちに、この研究の意義が見えてきた。それは、ガン周囲組織の複雑な環境を、DCにおけるSTAT5/STAT3のバランスという一つの軸に還元し、そこから免疫の成立機構を再構成しようという試みである。
まず研究チームは、チェックポイント治療を受けた患者の組織を解析し、治療効果が認められた症例では、治療後のDCにおいてSTAT5の発現が優位であることをさまざまな方法で確認した。すなわち、チェックポイント治療の効果がDC内のSTAT5/STAT3バランスに反映される可能性を示唆している。
次にマウスを用いた実験系では、DCにおいてSTAT3を抑制すると、STAT5の上流にある受容体とJak2の結合が高まり、結果としてSTAT5の活性が上昇することを示した。これは、IL-6などのSTAT3を活性化するシグナルが強い場合、GM-CSFによって誘導されるSTAT5経路が逆に抑制されるという、シグナルの競合関係を明らかにしている。
さらに、DC特異的にSTAT3を欠損させたマウスでは、移植ガンに対して強力な免疫反応が誘導されることが示された。以上の結果から、腫瘍組織におけるSTAT3をノックアウトすることで、局所のサイトカイン環境に関わらずガン免疫を増強できる可能性が明らかとなり、STAT3は有望な免疫治療の標的であると考えられる。
ただし、実際の治療においてDC特異的にSTAT3を抑制することは技術的に困難である。そこで著者らは、全身のSTAT3をユビキチン化して分解させるデグロン(degron)型薬剤を用い、ガン免疫が強化できるかを検討した。
その結果は極めて良好であり、移植腫瘍モデルにおいて、STAT3デグロンの投与だけでガン免疫の増強が認められた。さらにこのデグロンを免疫チェックポイント治療と併用することで、より高い治療効果が得られることも明らかとなった。
以上の研究は、腫瘍周囲の複雑な免疫環境を、DCにおけるSTAT5とSTAT3のバランスという新たな視点で整理し、免疫治療の新たな標的としてSTAT3を提示したという点で、大変興味深いものである。もちろん、実際の腫瘍組織においてはそれほど単純に割り切れないという批判もあるだろうが、今後STAT3デグロンを臨床応用していく中で、その評価が定まることになるだろう。個人的には、大いに期待したい研究である。
2025年5月17日
今週号のScienceには常識を超えた生物についての論文が2報も掲載されていた。一つはオランダの海洋研究所、バージニア工科大学が発表した論文で、鞭毛虫クラミドモナスのゲノム中に存在する巨大ウイルスについての研究だ。
ゲノム解読が進み、大腸菌と同じサイズのゲノムを持つ巨大ウイルスの存在が知られていたが、実際にウイルス粒子としてホストゲノムと行き来することが確認されたケースは少なく、一番大きなもので300kbの大きさだった。この研究では、クラミドモナスの染色体に、最大600kbの巨大ウイルスが組み込まれており、そのうちのいくつかは細胞質内のウイルス粒子として特定できることを示した研究と言える。
ホストゲノムを出入りし、粒子としてパッケージされるメカニズムはわからないが、出入りに必要な遺伝子は特定できることから、これから面白い領域に発展する気がする。是非注目していきたい。
もう少し詳しく紹介したもう一つの論文は中国四川大学と、カナダのBritish Colombia大学からの論文で、一揃いの染色体セットをわざわざ複数の核に分けて維持する糸状菌の発見で、生物の多様性を思い知る研究だ。
糸状菌は農作物に対する病原菌で、その対策研究として、この菌に特有の一種の胞子といえる土の中で何年も休眠する休眠体形成について研究する過程で、この糸状菌が16本の染色体を8本づつ2つの核に分けて格納していることを発見した。
糸状菌は1倍体のまま増殖しているが、核を2つ持っている。これまで、フルセット揃った核が2個存在して2倍体のように生活していると考えられてきたが、休眠体に関わる遺伝子を特定する目的で突然変異を誘導し、形質が変わった糸状菌を調べると、2核存在するとすると説明がつかない形質分離が観察された。即ち、変異により起こった形質転換は全ての子孫個体に伝わる。もしフルセットの二核が存在するとすると、正常遺伝子が一定の確率で残るので、子孫への伝達は100%にならない。
この結果から、糸状菌は1倍体で、16本の遺伝子を2核に分けて維持している可能性を着想し、様々な方法を用いてこれを確認している。結果、各糸状菌個体は、16本の染色体を、8本づつ2つの核に格納していることを確認している。
面白いのは、それぞれの核に決まったセットが分配されるのではなく、8本は分裂の度に選び直されている。そして、これまで多核を持つとして知られていたB.cinereaについても改めて調べ直すと、核の数は3個から6個と個体ごとに異なるが、トータルの染色体数は同じで、一揃いの染色体がいくつかの核に分かれて格納されていることがわかった。
結果は以上で、メカニズムはこれからだが、不思議な生命の様式が存在していることに驚かされる。