AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 7月26日 データベースを駆使してアルツハイマー病の治療薬を突き止める(7月21日 Cell オンライン掲載論文)

7月26日 データベースを駆使してアルツハイマー病の治療薬を突き止める(7月21日 Cell オンライン掲載論文)

2025年7月27日
SNSシェア

アルツハイマー病(AD)に対する治療は、現在もなお限られている。例えば、エーザイのアリセプトは、ADで低下するコリン作動性神経の機能を補うことで症状の軽減に用いられており、アデュカヌマブは脳内に蓄積するアミロイドβ(Aβ)を除去することで病気の進行抑制を目指している。この他にも、本ブログで紹介してきたように、タウ(Tau)をはじめとするADに関連する分子を標的とした新規治療法の開発が活発に進められている。

こうした原因分子に基づくアプローチとは対照的に、今回紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文(2024年7月21日付で Cell オンライン掲載)は、病因分子にはこだわらず、ADで観察される遺伝子発現の異常を正常化できる薬剤を、既存の薬剤1300種の中から探索した、非常にユニークかつ実践的な研究だ。タイトルは「Cell-type-directed network-correcting combination therapy for Alzheimer’s disease(細胞種別ネットワークを正常化するアルツハイマー病治療薬の組み合わせ)」だ。

この研究の出発点は、AβやTauの蓄積が引き金となって、脳内のさまざまな細胞において遺伝子発現の大規模な変化が生じ、それがADの病態を形成しているという前提になる。研究チームは、原因そのものを取り除くのではなく、その結果生じる遺伝子発現異常をできる限り正常に戻すことが病気の進行を抑制する可能性がある、という仮説に基づき、薬剤の探索を進めている。原因に手をつけずとも、その波及効果を制御すれば治療につながるという点で、ある意味“乱暴”ながらも非常に斬新なアプローチといえる。

まず、既存の3本の論文から、AD患者脳の single nucleus RNA sequencing データを収集し、組織に存在する多様な細胞種ごとに、ADによって変化した遺伝子発現パターンを抽出した。さらに、KEGGなどのパスウェイ解析を用いて機能的に分類し、細胞間のネットワーク構造を整理した。

次に、がん細胞株に薬剤を投与した際の遺伝子発現変化を収録したデータベースを活用し、ADで観察された遺伝子発現の異常を逆方向に修正するパターを示す薬剤を1300種類の中からスクリーニング。その結果、25種類の薬剤が、ADで見られる細胞種ごとの異常を“補正”できる可能性があることを見出した。

仮説が正しければ、これらの薬剤を日常的に使用している患者では、ADの発症率が低くなるはずです。そこで、カリフォルニア州の1000万人分の医療レコードを解析し、最終的に5種類の薬剤がADの発症リスクを有意に低下させていることを確認しました。

その中でも、神経細胞の遺伝子発現異常を改善するアロマターゼ阻害剤レトロゾール(乳がん治療薬)と、ミクログリアに作用するトポイソメラーゼ阻害剤イリノテカン(大腸がん・肺がん治療薬)の組み合わせが、最も広範に遺伝子発現パターンを正常化できると判断している。

両薬剤とも抗がん剤であり、副作用への配慮が必要なので、低用量で2日に1回、長期間投与できる条件を模索し、ADモデルマウスへの単独および併用投与を実施。予想通り、併用群ではマウスの記憶障害が有意に改善している。

加えて、病理学的解析では、海馬の神経細胞変性の抑制、Aβおよびリン酸化Tauの蓄積抑制、ミクログリアの活性化低下が観察されている。さらに、投与マウスの脳をsingle nucleus RNA sequencingで解析したところ、細胞種ごとの遺伝子発現パターンが正常に近い状態に戻っていることも確認された。

この研究は、病因ではなく病態に注目し、遺伝子発現ネットワークの正常化を図ることで病気の進行を抑えるという、ある種漢方的発想にも通じる新しい治療戦略を提示している。しかも、使用された薬剤はいずれもすでに臨床で用いられており、理論上はすぐにでも応用可能だ。しかし、副作用のリスクがある抗がん剤であるため、実際の治験に向けたデザインには慎重な検討が必要だと思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    原因より症状をもたらしている遺伝子発現をできるだけ元に戻すことで病気を治療できるという、漢方の思想にも近い驚く結果!
    Imp:
    抗ガン剤で症状をもたらしている遺伝子発現をできるだけ元に戻すことが可能とは!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。