7月21日 アルツハイマー病リスクを早期に予測する(7月19日 Science Translational Medicine オンライン掲載論文)
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7月21日 アルツハイマー病リスクを早期に予測する(7月19日 Science Translational Medicine オンライン掲載論文)

2023年7月21日
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エーザイ/バイオジェンの開発した抗Aβ抗体レカネマブが米国で承認され、さらに同じメカニズムの Eli Lilyが開発した抗体薬ドナネマブも承認申請が行われて、急にこの領域が騒がしくなってきた。始め効果を認めることが難しかったこれらの抗体薬の効果が確かめられる様になったのは、アルツハイマー病(AD)の極めて初期、すなわちAβの蓄積からTau異常症への移行が進む前に、Aβフィブリルを除去する治療に切り替えられたからだ。従って、できるだけ早く、欲を言えば軽い認知(MCI)すら出ていない段階で、ADを見つける検査法の開発が重要になる。勿論、MCIが起こる前にAβペットを行うという手もあるが、特別人間ドックならともかく、一般的な検査にはならないだろう。

今日紹介する米国国立老化研究所からの論文は、症状が全くない時期にADの発症を予測できる血液検査の開発研究で、7月19日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Proteomics analysis of plasma from middle-aged adults identifies protein markers of dementia risk in later life(中年の血清蛋白質プロテオミックスによって特定された長期的将来での認知症リスクのマーカー)」だ。

これまでも血清蛋白質を網羅的に調べてAD早期診断マーカーを見つける試みは続けられてきた。ただ、この研究は中年の対象者の血清プロテオミックスを調べた後、25年以上に渡って1万人近い対象者を追跡することで、長期のリスク予測に関わる蛋白質に焦点を当てている点が重要だ。

調べた4877種類の蛋白質の中から、最終的に32種類の蛋白質が15年後(早期発症群)あるいは25年後(後期発症群)のADと相関が見られた。これらの蛋白質を、他の独立したコホートデータと比べることで、15種類に絞っている。

こうして特定された蛋白質のうち12種類は、脳脊髄液に存在し、脳でのAD発症過程に関わることが示唆される。また、これらの蛋白質の多くが、ADの脳で発現が変化していることも確認された。

こうして残った蛋白質は、いくつかの機能的モジュールに分類できる。一つは、ヒートショックタンパク質を含む、細胞内蛋白質恒常性に関わる分子で、Aβなどによる神経ストレスを反映している。

もう一つは、IL3やJak/stat分子の様な免疫炎症に関わる分子で、AD発症に炎症が関わっていることを強く示唆している。これにはSERPINA分子の様に自然免疫に関わる分子や、面白いところでは何度も紹介したGDF-15なども含まれる。特にGDF-15はADの後期発症と最も相関率が高いので、今後の研究の対象になるだろう。

最後にこれらの変化がADの発症要因か、ADの進展を反映しているのか、bidirectional two sample mendelian randamization(説明は省く)を用いて調べている。結果、こうして発見された早期診断マーカーは、ADの発症条件と言うより、ADが始まった早期からAD病理過程により発現が影響されたと考えられる、すなわちAD早期過程の神経細胞変化を反映していると考えられることが明らかにされている。

このように、ADはMCIが発症するずっと前から始まっている可能性が高い。しかし、今回特定された蛋白質をベースの診断予測をすると、AUCで0.66という精度で、APOE4単独でのリスク測定と比べても劣っている。従って、今回の方法で陽性と判断された人たちをAβペットなどを用いて詳しく調べるという段階が今後続けられ、ADの早期診断が確立し、AD抗体治療の最も効果が見られる対象者が最終的に絞られていくと期待される。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月20日 睡眠中の脳波と神経興奮(7月10日  Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2023年7月20日
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このHPで何度も取り上げているが、覚醒時に経験した様々な記憶は、睡眠中に長期間持続できる記憶へと変換される。この時短期記憶を担うシナプスが取捨選択され、最終的に形態学的にも機能的にも異なる安定したシナプス結合が形成される。AIのニューラルネットでこのような再帰的なパラメーターの自動書き換えが起こっているのか知らないが、おそらく睡眠中の記憶の固定化という現象は、生身の脳の特徴の一つではないだろうか。

この過程の生理学は動物実験、あるいは人間の脳波を用いた研究で解明が進んでおり、睡眠に特徴的な遅い脳波に、12−16Hzのスピンドル、さらに周期が100Hz前後のリップル波が同期することと相関していることがわかっている。また、この同期に対応する個々の神経興奮についても明らかになっているが、神経興奮の記録が簡単でないことから、人間で個々の神経活動と脳波の同期の関係を正確に調べた研究は出来ていない。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、てんかんの診断目的で内側側頭葉に、個々の神経細胞の活動を拾うクラスター電極と、領域の活動を計測する(脳波に相当する)電極を留置した患者さんの睡眠時の記録を分析し、各周期の脳波同期と個々の神経興奮との関係を調べた研究で、7月10日 Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「How coupled slow oscillations, spindles and ripples coordinate neuronal processing and communication during human sleep(睡眠時に同期した徐波、スピンドル、リップルが各神経の処理や連合過程を調整するのか?)だ。

動物実験では既に行われているので、新しいわけではないが、やはり人間の脳活動として目の当たりにすると感動する。

まず除波、スピンドル、リップルの同期がどう始まるかを調べている。まず、スピンドルなしでもリップルが除波と同期することはあるが、ほとんどの場合スピンドルがリップルの同期を促進する関係にある。

時間的にはまず除波の立ち上がりにスピンドルが同期を始める。そして、スピンドルがピークに達する少し前からリップルの同期が加わることがわかる。

次に3種類の波と個々の神経興奮の関係を見ると、除波の立ち上がりで神経興奮が高まるが、除波が低下するときは神経興奮が急速に、おそらく動的な過程で抑制される。また、スピンドルの場合、この波に合わせて神経興奮もアップダウンする。最後にリップルが発生すると、急激な短い神経興奮が起こる。

以上の結果から、除波が始まることで、続くスピンドルとリップルの発生時間が決まる。リップルは、除波に合わせて神経興奮の閾値を下げることで、リップルの発生とこれに伴う短い同期した神経興奮が誘導される。このタイミングで、自発的な神経興奮を同期させるが、このタイミングは、内側側頭葉全体の神経で同期して起こっている。すなわち、内側側頭葉を始め、領域間で同期した神経活動を、決まったタイミングで起こすことが、人間でもシナプスを介する記憶の固定化に重要であることがわかる。

結果は以上で、残念ながら夢や記憶テストと言った行動的テストが行われていないため、示された現象が記憶の固定化に関わるという結論を出すわけにはいかないが、しかし巧妙な同期メカニズムが睡眠中に誘導されていることははっきりした。勿論、全体を調整する除波がどのように始まるのかも今後の重要な問題で、これが解明できると新しいAIニューラルネット形成にもつながる様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月19日 子供のT細胞は腸や肺で育つ(7月7日 Immunity 掲載論文)

2023年7月19日
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小児期のワクチンの有効性から分かるように、発達期に免疫記憶を成立させることが、我々の免疫システムの形成に重要な過程であることがわかっている。ただ、免疫記憶がどのように発達してくるのか、ヒトでの研究は研究のための組織の入手の難しさから遅れていた。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、さまざまな原因で亡くなり、臓器移植のドナーになった0歳から10歳までの子供で、移植臓器摘出時に腸や肺、及びリンパ組織も摘出して、免疫記憶細胞の発達を調べた研究で、7月7日 Immunity にオンライン掲載された。タイトルは「Site-specific development and progressive maturation of human tissue-resident memory T cells over infancy and childhood(ヒトの組織常在性記憶T細胞の発生と小児期での急速な発達)」だ。

分子マーカーを用いて肺と空腸での、記憶αβT細胞の発達を見ると、最初の2年で急速に増加し、3歳ぐらいでピークに達するが、元々粘膜組織に多いγδT細胞は徐々に減少する。

記憶αβT細胞を各組織間で比べると、特に空腸では1週間以内にCD4、CD8共に、ナイーブT細胞の数を上回るほどの増加を示し、2歳までのほぼ全てのT細胞が記憶型のT細胞になっている。発達はずっと遅いが、肺でも同じ傾向を認める。一方、リンパ節や脾臓で記憶細胞の発達は遅い。すなわち、記憶細胞は抗原に最も晒される腸管で形成される。

ただ、初期段階の記憶細胞は炎症性サイトカインの合成など、機能面ではまだ発達しておらず、インターフェロンやTNFの分泌能の発達には2-3年かかる。

この差を調べるために、腸や肺での遺伝子発現を調べると、転写レベルで大きな変化が起こっていることがわかり、乳児期までは自己再生型幹細胞の性質を維持しているが、その後炎症性サイトカイン合成など、成熟型の記憶T細胞へとシフトしていくことがわかる。興味深いのは、腸管ではTh2型の記憶の成立が目立っており、これが食品などに対するトレランスを誘導しているのかも知れない。

このような記憶細胞の発達に伴い、最初存在していた多様なT細胞レパートリーは、徐々に多様性を減じて行くことがわかる。すなわち、腸管に存在する抗原に反応して、より特異的な抗原に反応する記憶T細胞が増加することが明らかになった。また所属リンパ節を見ると、腸管で発達した記憶細胞がリンパ組織へと移動することも確認できる。

結果は以上で、文字通り記憶T細胞は特に腸管で発達し成長することが見事に示された。わかっていたこととは言え、実際に確認できたインパクトは大きい。人間で組織を精密に調べることの重要性が改めてわかった。米国の様に、幼児から臓器移植ドナーになることを認める国では、腸で起こる免疫の発達という最も大事な過程がさらに解き明かされていくと期待できる。

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7月18日 分泌型細胞レポーターシステムの開発(7月11日 Cell オンライン掲載論文)

2023年7月18日
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細胞標識は発生や幹細胞生物学には必須で、遺伝的マーカーから始めて、ウイルスベクターの利用や、バーコードとの組み合わせへと発展し、技術革新は常に重要な発見につながってきた。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、これまでの標識とちょっと違って、標識された細胞に決まったRNAを分泌させることで、その細胞の状態を、分泌されたRNAから推察するという方法の開発で、7月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Engineering RNA export for measurement and manipulation of living cells(RNAの分泌を操作して生きた細胞の検出と操作に使う)」だ。

この研究のアイデアは、ウイルス排出する細胞の存在は、ウイルスの量をたとえばPCRで測ることで検出できることにヒントを得ている。ただ臨床検査ならともかく、ウイルスは細胞障害性で、しかも自然免疫を誘導するために細胞標識に使うのは難しい。

この研究ではまずウイルスRNAを選択的に取り込んで、粒子として排出する最も単純なシステムの構築から始め、まずHIVウイルスのGagタンパク質とファージの特異的RNA認識分子MCPを組み合わせたシステムを構築し、MCPが認識するRNAを取り込んだ粒子を排出する細胞を作成できることを示す。

次に、ウイルスGagの代わりに、もっと操作のしやすい人工分子が使えないか模索し、既に開発していた一種のナノケージタンパク質EPNをRNA認識MCP分子と合体させた粒子をデザインし、これを細胞で発現することで、同時に導入したレポーターRNAを排出するか調べ、Gagを持ちるより高い効率で、レポーターRNAのみ特異的に粒子に取り込まれ、細胞外へ排出されること、また排出されたRNAをPCRで定量できること、さらに分泌されたRNAはナノケージに守られて分解されにくいことを確認する。

あとは、この分泌型レポーターシステムとバーコードを組み合わせることで、試験管内での細胞間の増殖率の違いや、相互の競争を、細胞を採取することなく、上清を集めるだけでモニター可能であることを示している。

最後に、このレポーターシステムにVSVウイルスの細胞融合分子を組み合わせることで、排出したRNAを他の細胞へ移行させ、一種の遺伝子治療が可能であることも示している。

結果は以上で、細胞にウイルスに似た粒子を排出させることで、細胞を回収せずに動態を追跡する目的には高いポテンシャルをもつ系ができたのではと思う。今後、正常の細胞で同じレポーターが、細胞の生理を犯すことなく使えるとすると、生体内での細胞動態の解析のみならず、遺伝子を移行させる効率を変えることで、その細胞が移動した場所を特定する方法の開発など、いろんなアイデアが浮かぶ面白い系へと発展するように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月17日 心房細動治療開発のための動物モデル(7月14日 Science 掲載論文)

2023年7月17日
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この歳になって周りを見渡すと、心房細動と診断されアブレーションを受けた友人が何人もいるのが普通ではないだろうか。異所性興奮箇所を本来のペースメーカーから切り離すアブレーションは画期的な治療だが、原理的にも、実際にも再発リスクは高い。従って、より根本的な治療法がないか模索が続けられているが、なかなかよい動物モデルがない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、これまでも利用されてきたHOMERと呼ばれるマウスモデルが人間の心房細動病変とほとんど同じであることを single cell RNA sequencing で確かめ、いくつかの治療可能性を示した研究で、7月14日 Science に掲載された。タイトルは「Recruited macrophages elicit atrial fibrillation(動員されたマクロファージが心房細動を誘導する)」だ。

この研究では、心臓手術を必要とした患者さんの中で、持続的心房細動を持つ方を5人選んで心房組織を採取、single cell RNA sequencing を用いて、心房細動を持たない患者さんの組織と徹底的に比べ、CCR2を発現するマクロファージが局所へリクルートされ、局所で増殖しながらオステオポンチンを発現して、炎症をオーガナイズしていることをまず明らかにしている。

心房細動のリスクファクターとして、加齢に加えて、肥満、高血圧、僧帽弁逆流が指摘されているが、このようなリスクファクターの有無が、炎症をオーガナイズするマクロファージの局所での数と関連していることも確認している。

このように、人間の心房細動組織の特徴を徹底的に調べた上で、次に心房細動モデルとして開発されていたHOMERマウスの心房組織との比較を行い、このモデルマウスが人間の心房細動を反映できているか調べている。

HOMERマウスは、高血圧、肥満、そして僧帽弁逆流を人為的に誘導したマウスで、人間のリスクファクターをマウスに実現したモデルと言える。まずこの方法で心房細動が起こるという事実は、心房細動予防にはこのようなリスクファクターを除去する生活習慣が大事であることが改めてわかる。

期待通り、HOMERマウスの心房でも、CCR2陽性マクロファージが動員され、増殖し、オステオポンチンを分泌して炎症をオーガナイズしている像が得られた。そして炎症により心房に存在するファイブロブラストが活性化され線維化が誘導されることも明らかになった。

このように、HOMERが心房細動モデルとして使えることを確認した上で、最も目立った変化、すなわちCCR2マクロファージの動因と、オステオポンチン分泌について、治療標的になるかを調べている。

マクロファージ特異的にCCR2をノックアウトする、あるいはCCR2阻害剤を投与することで、期待通り心房細動を抑えることが出来る。

また、オステオポンチンを欠損したマウスの骨髄移植を行ったHOMERマウスでは、正常骨髄を移植されたマウスと比べて心房細動が誘導されにくくなる。

以上、オステオポンチンやCCR2をそのまま標的に出来るかについてはまだまだ検討が必要だが、HOMERマウスを心房細動モデルとして用いてこれまでの治療を検証したり、より長期にわたる治療法を開発することも可能かも知れない。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月16日 ヒト初期発生観察からわかった高頻度の染色体排出(7月5日 Cell オンライン掲載論文)

2023年7月16日
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ヒト胚の発生過程は試験管内での実験が難しいことから、以外とわかっていないことが多い。皮肉なことに、生殖補助医療の進展で現実には膨大な数のヒト胚が培養されている。

今日紹介するペンシルバニア大学をはじめとする国際チームからの論文は、ヒト胚のF-アクチンと、核内DNAを可視化した上で、試験管内発生過程を追跡することで、これまで見落とされてきた過程を特定しようとした研究で、7月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human embryo live imaging reveals nuclear DNA shedding during blastocyst expansion and biopsy(ヒト胚の生体イメージングにより胚盤胞の成長時とバイオプシー時に核DNAが高率に排出されることが明らかになった)」だ。

この研究では2細胞期にDNAを染める色素と、アクチンを染める色素を注入し、細胞分裂や核の動態と、分裂に伴う細胞骨格の再構成を追跡できる様にして、あとはヒト胚培養でハッチングが起こり、胚盤胞が形成されるまでの過程を克明に観察、時にマウスと比較しながら、新しい発見がないか調べている。色素注入胚はマウスで子宮に戻せば正常発生を遂げて、出産に至ることを確認して、この処理が発生に影響ないことも確かめている。

期待通り、これまであまり指摘されてこなかった様々なことがわかってきた。例えば、コンパクションはマウスでは栄養外胚葉と内部細胞塊が分かれる前の、胚の内外がで出来る過程だが、ヒトでは内外の分離が出来てから始まり、マウスの様にコンパクションが同期する傾向は低い。

またコンパクション時に見られる細胞分裂後の核の位置も、マウスでは娘細胞の核が離れて位置する傾向にあるが、ヒトでは分裂面に近いところに位置する。これは細胞骨格の動きがマウスとヒトでかなり違っていることを示しているが、このような変化の結果、ヒトでは栄養外胚葉と内部細胞塊を結合しているつながりがマウスより数多く見られる。

残念ながらこのような細胞質間のつながりの機能についてはよくわからないが、マウス胚での過程をそのままヒトに移すことが出来ないことは明らかで、今後今回新しく発見された現象の意義を解明する必要がある。

タイトルにある様に、この研究が最も注目したのが、栄養外胚葉形成後の成長期に、高い確率で核内から染色体が一部吐き出され、細胞質に残存していく現象だ。このような大きな染色体の変化は、分裂時に染色体が分離するときに起こるのだが、栄養外胚葉で見られるのは、核から直接染色体の一部が吐き出される現象で、分裂と関係がない。

細胞核は特別なケラチンで囲まれているが、この密度が低い場合に排出が起こりやすいこと、さらにこのケラチンの発現を抑えると、やはり染色体排出が高まることを明らかにし、ヒト胚栄養膜外胚葉で核のメカニカルな強度の変化が染色体の排出を促していることを明らかにしている。

以上のことから、メカニカルストレスを胚に与えることになる、着床前診断のための栄養膜外胚葉バイオプシーが染色体排出の原因になると考え、バイオプシー後の胚での染色体輩出率を調べると、バイオプシーなしの胚と比べて数倍に上昇していることを明らかにしている。

結果は以上で、生殖補助医療の成功率や安全性の向上という目的に絞って、まず胚を見るところから始め、見るだけでこれだけの問題を明らかに出来ることを示した点は大きく評価できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月15日 ChatGPTの労働生産性への効果(7月14日 Science 掲載論文)

2023年7月15日
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昨日に続いて今日も大規模言語モデルの論文になるが、Nature やScienceのような一般トップジャーナルでAIに関する論文の数が急速に増えてきた様に思える。それを反映して、今週号のScienceは、A machine-intelligent worldというタイトルでAIが特集され、様々な論文が発表されている。この最後に編集者が様々な専門家の意見をまとめた記事があり、Marvin Minskyが予言したSuper intelligenceを持つAI技術の課題がほぼ解決されるという時代が来たこととともに、1)Data contamination、2)答えの安定性、3)ハルシネーションの問題がリストされている。いずれにせよ、3年前に我々が新型コロナを経験したのと同じ様なインパクトのある波に科学と社会が直面していることは間違いない。

今日紹介するMITのDepartment of Economyからの論文は、ChatGPTの労働生産性と労働者への影響を調べた研究で、7月14日号Scienceに掲載された。タイトルは「Experimental evidence on the productivity effects of generative artificial intelligence(生成AIの労働生産性効果に関する実験的研究)」だ。

研究はウェッブの呼びかけに応じた453人に、申請書作成のような文章を作るデスクワークを行なってもらうときに、ChatGPTを使うグループと、使わないグループに分け、仕事の速さや質といった生産性を調べている。さらに、その後のフォローアップも2ヶ月間行なっている。

多くの会社で大規模言語モデルをどう使うか考えていると思うが、そのニーズに合わせてこんな実験をやってしまうとはさすがアメリカと思う。実験は今年の1月に始められており、ChatGPTが昨年11月公開を考えると、極めてタイムリーだ。実際、ほとんどの参加者は、月収7万ドルに近いホワイトカラーだが、参加時点でChatGPTを使った経験はなく、存在についても聞いたことがあるという人がいる程度だった。

課題は一種のアルバイトのような形で提供され、基礎時給が10ドル、仕事のできに合わせて14ドルまで追加されるという、実践的な実験になっている。

基本的には、与えられた課題をChatGPTに作らせ、それを自分で添削して提出することになるが、このような仕事の場合、必要な時間は4割減少し、さらに専門家が判断した仕事の質は1割程度上昇する。まさに期待通り、ChatGPTを用いると労働生産性が上がる。

参加した被験者のこの課題についての能力は最初はばらついているが、ChatGPTを使うようになってから、課題をこなすごとに個人差もなくなっていく。

基本的に仕事の質は検証されれいるので、経営者から見たらめでたしめでたし、労働生産性の向上にChatGPTは大きく寄与することになる。

これだけなら世界中のオフィスで経験されていることだが、この研究では同じ仕事をChatGPTに行わせてみて、実際参加した人が、ChatGPTによる結果をどの程度訂正、編集しているかも調べている。すると、ほとんどの参加者がChatGPTからの結果に満足して、添削は最小限にとどまっていることもわかった。

最後に参加者にChatGPTの評価をしてもらうと、仕事が効率化されるので今後も使うというポジティブな評価をしている。その上で、今後仕事が奪われるという恐怖か、さらに楽になるというポジティブな評価かを調べると、楽天的で、ChatGPTのおかげで良くなるという評価が圧倒的に多かった。

また、一度使うと多くの人が自分の仕事に使っていることもフォローアップで確かめている。

結果は以上で、驚く内容では無いが、タイムリーに実験的にChatGPTのポテンシャルを確かめている点と、Science が掲載していることに驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月14日 完璧な医療・医学チャットボットを目指して(7月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月14日
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自分が医学分野で活動していたこともあるが、大規模言語モデル(LLM)は患者さんと医学知識を近づけることが期待され、医学側でも医者に直接意見を聞く代わりになるかについて、様々な検証が始まっている。ただこの目的のためには、チャットボットで出てくる答えに科学的根拠があり、また致命的な間違いが起こらないことを確かめる必要がある。勿論、生身の医者ならもっと間違うという意見もあるが、同じLLMを数多くの人が用いる限り、それぞれのLLMに対して法的な検証と利用ガイドラインができるだけ早く制定される必要がある。

勿論これと平行してLLMをより完璧な医学チャットボットが可能なモデルに仕上げる努力が必要だ。今日紹介するグーグル研究所からの論文は、既存のLLMの医学知識レベルを高めるための Instruction prompt tuning を含む一連の方法を検証した研究で、7月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Large language models encode clinical knowledge(臨床的知識をエンコードした大規模言語モデル)」だ。

グーグルは、様々な領域での生成AIの基礎となる transformer/attention を開発し、ChatGPTと同じスケールの5400億パラメーターを持つニューラルネット上に構築した LLM、PaLM を公開している。もちろん PaLM も医学的質問に答えることは出来るが、専門家から見たときにはなかなか完璧な正解とは行かない。そのため、様々な医学情報を学習させて、医学目的に対応できる様微調整をする必要がある。ただ、これを普通の事前学習と同じように行うと、5400億パラメーター全てを変化させるという膨大な計算量が必要になる。そこで、グーグルはLLMを微調整するための Instruction fine-tuning の方法を開発し、医学医療についての質問と答えを集めたデータベースを用いて微調整した Flan-PaLM では、例えば PubMed を学習したGPTと比べて正確度で17%上昇させることに成功している、

ただそれでも67%の正確さにとどまるので、通常行われる医学ドメインに特化した強化学習を追加するのではなく、instruction prompt tuning を用いることで、元のパラメーターを変化させずに、パーフォーマンスが高まるか調べている。すなわち、この研究の主目的は医学ドメインの知識の質をプロンプト戦略が可能にするかの検証と言える。プロンプト戦略についての解説は省略する。

こうして出来たモデルが Med-PaLM で、Flan-PaLM では60%台にとどまっていた正確性が90%を超える様になっている。これについては複数の答えから正解を選ぶ米国医師国家試験で、平均点60%を大きく上回り85%の正解率であることが報告されている(https://blog.google/technology/health/ai-llm-medpalm-research-thecheckup/)。

この研究では、さらに間違ったことを言っていないかだけではなく、答えに必要な情報が全て述べられているか、答えが科学的根拠に裏付けられているか、医学的問題を起こす間違いを犯さないか、さらに一般の人へのわかりやすさなどを検証し、その全てで Med-PaLM はそれまでのLLMを凌駕していることを示している。しかし、臨床家が時間をかけて示す答えと比べると、かなり近いところに来たが、臨床家の方が勝っていることも示している。

面白いことに、一般の人の評価はJAMAの調査では ChatGPT の方に軍配が上がっていたが、Med-PaLM では、臨床家の方に軍配が上がっている。

以上が結果で、自然な会話が出来るという意味で、パラメーターや学習ワード数が何千億という規模は必須だが、それを医学の様な特定のドメンで微調整したいとき、パラメータを変化させない、すなわち計算量の少ない、しかし極めて効果の高い微調整方があることを示すとともに、患者さんが安心して使える、科学に基づいた医学チャットボットの実現は近いことを実感させてくれる。

様々な処理については私は素人だが、微調整のために、LLM の不確かさを認識させる方法が重要で、今後のさらなる研究が必要であることが述べられていたが、この分野の素人でもなるほどと納得した。

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7月13日 グルタミン腫瘍内投与は腫瘍免疫促進効果がある(7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月13日
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少しガンについての論文紹介が続くが、今日紹介したいメンフィスの St Jude子ども病院からの論文は、腫瘍内ではグルタミンが欠乏する結果、腫瘍免疫を維持する樹状細胞機能不全が起こっており、グルタミンの局所投与でこれを治療できることを示した研究で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SLC38A2 and glutamine signalling in cDC1s dictate anti-tumour immunity(DC1でのSLC38A2とグルタミンシグナルが抗腫瘍免疫を指示する)」だ。

グルタミンはアミノ酸の中でも多様な効果を持つアミノ酸で、TCAサイクルを介したエネルギー生産、活性酸素合成、さらにはエピジェネティックス調節だけでなく、アミノ酸や核酸合成、そしてリソゾーム形成調節を介したオートファジーにまで関わっている。従って、グルタミンがガン免疫に関わることは特に不思議はない。

しかし、この研究は、グルタミンをガン局所に投与するとガンの増殖が抑えられるという想像以上の効果がグルタミンにあることをまず示す。ガン局所にグルタミンを投与するなど、敵に塩を贈るようなものだと考えてしまうが、実際にはガンがグルタミンを取り込む結果、局所でグルタミン欠乏が起こっていること、そしてガン局所にグルタミンを補充してこの欠乏を止めるとガン免疫が高まり、たとえばPD1抗体によるチェックポイント治療効果が高まることを示した。

あとはこのメカニズムを解析し、まずグルタミン欠乏に弱い細胞を探索し、CD8活性に関わる1型樹状細胞(DC1)の機能がグルタミンに強く依存しており、グルタミン投与でDC1が活性化されると、CD8キラー細胞が局所で維持されることを明らかにする。

先に述べたように、グルタミンはさまざまな経路に関わっているので、DC1細胞内のどの経路がこの現象にかかわるかを調べている。詳細を全て省いてまとめてしまうと(実際、この研究過程が極めて複雑)次のようになる。

グルタミンを細胞内に取り込むトランスポーターは複数存在するが、DC1はSLC38A2に完全に依存しており、この分子を通して得られるグルタミン量が細胞内のセンサーに感知されることになる。

おそらくグルタミン欠乏によって他の効果も存在するとは思うが、DC1では栄養欠乏時にリソゾーム膜に結合し細胞内代謝調節の核であるmTOR分子のリソゾームへのリクルートを阻害する分子、folliculinとその結合蛋白FNIP2の結合が低下する。逆にグルタミンを補充すると、folliculin-FLNPが活性化して、リソゾームへのmTORリクルートが阻害される。mTOR活性が低下すると、TFEBと呼ばれるオートファジーを調節する転写因子のリン酸化が低下し、その結果核内移行によりオートファジーに関わる分子の転写が高まり、その結果DC1が活性化される。

以上がシナリオで、結構複雑な経路がグルタミンで活性化されることがわかる。しかしメカニズムはともかく(これがないと論文がアクセプトされないのだが)、この論文のハイライトは、グルタミンを腫瘍組織に補充するという単純な方法でガン免疫を高められるという発見だろう。おもしろい。

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7月12日 変異キナーゼに対する標的薬の効果が長続きしない理由(7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月12日
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21世紀に入ってガンのゲノム研究がすすむと、ガンのドライバー変異が続々発見され、それらに対して開発された標的薬が大きな効果を示すことがわかり、ゲノム研究によりガンが制圧できるのではという高揚した気分が生まれた。しかしその後の研究で、どれほど大きな効果が見られても、最終的に標的薬に耐性のガンクローンが現れることがわかり、今や標的薬だけで根治が可能と考える人はいなくなった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、非小細胞性肺ガンでさまざまな標的薬治療を受け、耐性になったガンのゲノムを調べ、一本鎖核酸のCをU/Tに変換するデアミナーゼAPOBECが、耐性変異誘導に一役買っていることを明らかにした研究で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Therapy-induced APOBEC3A drives evolution of persistent cancer cells(治療により誘導されるAPOBEC3Aが持続的ガン細胞の進化を誘導する)」だ。

非小細胞性肺ガンは、ALKやEGFRなどのキナーゼ変異をドライバーにしていることが多く、この変異型分子に対する標的薬の治療を受けるが、効果は長続きしないケースが多く、ガンのコントロールができなくなる。この研究では、こうして発生した治療耐性ガンのゲノムを調べると、多くがAPOBECによる作用で起こった変異であることに気づく。

そこで試験管内でキナーゼ阻害を行い耐性発生前後の変異の方を調べると、APOBEC型の変異が増えることを確認している。すなわち、治療によりAPOBEC型変異が選択的に誘導されることがわかる。

メカニズムを探ると、なんとAPOBEC A3Aが標的薬にさらされることで、NfKBを解する経路で誘導され、DNA 合成時に複製中の核酸のCを脱アミノ化し、その結果DNA障害が起こりやすくなることで、APOBEC型変異が増えるとともに、さまざまな大きな構造変異が誘導されることがわかった。

そこで、APOBEC A3Aを今日発現させたり、あるいはノックアウトした細胞株を作成し、標的薬施処理する実験を行うと、A3Aが過剰発現した細胞株では耐性ガン細胞が出やすい一方、ノックアウトした細胞株では耐性ガンが出にくいことを明らかにし、APOBECが標的阻害剤耐性ガンの発生に重要な役割を演じていることを明らかにする。

以上が結果で、おそらく標的薬によりガン細胞の起こった一種のストレス反応が、APOBEC A3Aの誘導を介して、変異の誘導効率を上昇させているという恐ろしい話だ。

とはいえ、ここで示されたようにA3A誘導が大きな貢献をしているとすると、APOBECを阻害した上で標的薬治療を続ければ、耐性ガン細胞は出にくいと予想できるので、標的薬の効果を長続きさせる可能性示した大きな貢献だと思う。

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