8月15日 赤血球内のミトコンドリア残存がSLEの全身炎症を誘導する(8月19日号 Cell 掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

8月15日 赤血球内のミトコンドリア残存がSLEの全身炎症を誘導する(8月19日号 Cell 掲載論文)

2021年8月15日

SLEは全身の炎症を特徴とするが、以前からこの炎症の主役は、1型インターフェロン(IFN1)の過剰発現であることが示唆されてきた。事実、IFN1を誘導する細胞内DNAの分解や、自然免疫系遺伝子の多型が強くSLEと相関することも知られている。そこで次の課題は、IFN1の過剰発現を誘導するDNAの起源を調べることになるが、中でもミトコンドリア由来のDNAは最も疑わしい刺激ではないかと考えられてきた。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、赤血球内に処理できずに残存しているミトコンドリアがマクロファージに取り込まれてIFN1を誘導して、SLEの炎症の強さを左右していることを示した研究で、8月19日号のCellに掲載された。タイトルは「Erythroid mitochondrial retention triggers myeloid-dependent type I interferon in human SLE(SLE患者さんに見られる赤血球内のミトコンドリア残存が白血球を介してIFN1の引き金になる)」。

我々の赤血球からミトコンドリアは完全に除去されている。この研究は最初から、この過程がSLEで障害されていると決めて研究を行い、SLEでは患者さんによっては30%を超える赤血球にミトコンドリアが残存していることを発見する。そして、SLEの重症度とミトコンドリア残存赤血球(MtRBC)の数が完全に相関することを発見した。実際には以前にも報告されていたようだが、その後ほとんど研究が進まなかったというのに逆に驚いてしまうほどの発見だと思う。

この結果は、赤血球に残ったミトコンドリアがマクロファージに取り込まれることでIFN1炎症が高まることがSLEの病態を説明する可能性を示唆している。そこで、SLEでなぜミトコンドリアが赤血球内に残存してしまうのかという問題と、MtRBCがIFN1を誘導するのか、の2つの問題に取り組んでいる。

残念ながらなぜSLEの赤血球でミトコンドリア処理異常が誘導されるのかについては不明のままだが、正常赤血球の成熟過程とSLE赤血球を丹念に調べ。SLE赤血球のミトコンドリア残存を誘導するメカニズムを探索している。赤血球成熟過程では、酸素濃度の上昇に伴いHIF-1αが分解され、その結果HIF1α支配分子の発現が低下、代謝が酸化リン酸化へシフトするが、このとき同時に上昇するミトコンドリアタンパク質のユビキチンによる分解過程が、SLE赤血球分化過程では傷害されていることを明らかにしている。すなわち、何らかの過程でHIF1αの分解が阻害された結果、ユビキチン経路によるミトコンドリア分子の分解が遅れ、ミトコンドリアが赤血球に残存すると結論した。

最後に、MtRBCがIFN1誘導シグナルになるかどうか、MtRBCを抗赤血球抗体と結合させた後、マクロファージに貪食させる実験を行い、MtRBCだけでIFN1が誘導されることを示している。そして、実際の病気との関わりを調べる目的で、患者さんをMtRBC陰性、MtRBC陽性・抗赤血球抗体陰性、そして両方陽性群に分け、IFN反応性遺伝子発現を調べると、MtRBC陽性群はIFN1スコアが高く、また両方陽性群ではさらに上昇していることを示している。

以上が結果で、SLEの病態、特にIFN1による炎症に、赤血球の分化異常と、その結果としてのMtRBC生成が関わるという新しいシナリオを示した、専門家向きだが面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月14日 プロリン異性化酵素Pin1阻害剤は膵臓ガン治療のゲームチェンジャーになるか(9月2日号 Cell 掲載予定論文)

2021年8月14日

プロリン異性化酵素Pin1は リン酸化されたセリン/スレオニンに隣接するプロリンに結合してタンパク質の構造を安定化(時には不安定化)させ、リン酸化タンパク質の様々な機能を調節する役割を持つ分子で、多くのガン細胞で強い発現が見られ、ガンの発生から進展まで、大きな役割を演じていることが知られている。もちろん様々な分子特異的阻害剤が開発されているが、作用が多様なためか、ガン治療にPin1阻害剤を使った研究はまだお目にかかったことはなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文はPin1阻害剤とgemcitabinおよびPD1抗体を組み合わせた治療が、膵臓ガン治療のゲームチェンジャーになる可能性を示した論文で、9月2日号のCellに掲載される。タイトルは「Targeting Pin1 renders pancreatic cancer eradicable by synergizing with immunochemotherapy(Pin1を標的にすると免疫化学療法と相乗して膵臓ガンを完治させる)」と、かなり自信に満ちたタイトルだ。筆頭著者はKoikawaさんで、所属が九大医学部にもなっているので、より期待できるのではと思っている。

おそらくこのグループはPin1の研究を続けているのだと思う。この研究ではマウスモデルではあるが、最も治療困難な膵臓ガン治療を目標に定め、Pin1阻害剤を使える可能性を探っている。そして、比較的低い用量のgemcitabinと、PD-1抗体によるチェックポイント治療にPin1阻害剤を加えたとき、なんと9割近いマウスで膵臓ガンが消失し、その状態が1年以上続くことを発見する。

この効果の元を探っていくと、Pin1阻害剤で膵臓ガン自体の増殖が抑えられることもあるが、なんといっても膵臓ガンの周りの強い線維化を伴う間質が消失し、さらにキラーT細胞の浸潤も強く増強していることがわかった。

すなわちPin1はガンだけでなく、ガンの周囲環境も整える。事実、膵臓ガン組織でPin1はガン細胞および周囲組織で高い発現が見られる。さらに、人間のガンデータベースを調べると、ガンと間質でPin1の発現が高いケースほど予後が悪いことも明らかになった。

後はこの効果の背景にあるメカニズムを丹念に探っている。ガンの間質については、ガンと間質でのサイトカインや炎症物質の分泌を正常化させることが重要なポイントになっている。これに加えて、ガン自体の治療感受性に関わる最も重要な要因として、gemcitabinの取り込みに関わるENT1分子とチェックポイント反応を誘導するPD-L1の発現が、Pin1により抑制されており、阻害剤によりこれらの発現が高まることを発見している。PD-L1の発現が高まること自体は逆に免疫抑制効果があるので、完璧に理解できないが、ENT1の上昇は、低い濃度のgemcitabin治療を可能にしている。

メカニズムの解析は、さらにこれらの分子のリソゾームでの処理過程にまで及んでいるが、割愛する。ただ、これまで膵臓ガンの薬剤感受性を高める因子としてクロロキンが着目されていたのも、オートファジー抑制ではなく、このリソゾーム処理過程に関わる可能性が示されたのは面白い。

最後に、ras/p53変異を導入したマウスで膵臓ガンが発生するのを待って、同じ方法で治療実験を行い、1ヶ月間、3者の組み合わせで治療するだけで、7割のマウスでガンが消失し、その効果が半年続いたことを示している。

ついこの前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/17240),多くの膵臓ガン浸潤T細胞がPD-1ではなくTIGITチェックポイント分子を発現しているという結果を考慮すると、TIGITを加えることで、反応を100%にすることも可能かもしれない。いずれにせよ、早く臨床治験を進めてほしいと切に願う結果だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月13日 海馬を介した血糖調節機構(8月11日 Nature オンライン掲載論文)

2021年8月13日

昨日に続いて、ちょっと風変わりな糖代謝の論文を取り上げようと思っている。というのも、私は全く気づかなかったが、今年はインシュリン発見100周年ということで、Nature Medicineが特集レビューを掲載していた。このレビューは、インシュリンの発見から、Eli Lilly社の助けによる薬剤としての確立、そしてこの発見が世界中の多くの人の命を助けると知ったトロントのインシュリン発見者たちが、なんと彼らの特許を1ドルで売ったというドラマから、インシュリン薬の進化、さらに1型糖尿病についての治療法の進化などが紹介されている。医学生の一読を勧める。

さて、今日紹介するニューヨーク大学からの論文は最初に仮説ありきの典型研究で、脳の海馬の興奮と血中グルコースの関係を調べている。タイトルは「A metabolic function of the hippocampal sharp wave-ripple (海馬の鋭波リップルの代謝調節機能)」だ。

この研究では、予測される活動に前もって代謝調節機能を備えておくためには、脳を通して調節するしかなく、そのためには海馬のように多くの領域からインプットとアウトプットを受ける領域の関与が必須であると仮説を立てて研究を始めている。

活動のための代謝調節といえば、まず最初に来るのが当然インシュリンとグルコース代謝になるので、海馬のCA1領域の興奮と血中のグルコースを連続モニターし、両者に関係がないかどうか調べている。

海馬では1ヘルツ程度の大きな脳波に重なって、80−100ヘルツの短い波が重なったsharp wave rippleと呼ばれる興奮パターンが見られる。これは、ノンレム睡眠時に多く見られ、記憶の呼び起こし(https://aasj.jp/news/watch/11119)に関わる可能性を示唆した論文を以前紹介した。この研究のハイライトは、著者の期待通り、このsharp wave ripple(SWR)の出現頻度と、血中グルコースレベルが、逆相関することの発見だ。すなわちSWRの頻度が高まった後は、グルコースのレベルが低下することになる。

これを確認する意味で、今度は光遺伝学を用いて海馬に人工的にSWRを発生させる実験を行い、グルコースレベルが低下することを観察する。

最後に、海馬CA1からの回路を探索し(これも仮説に基づいて調べている)、海馬と下垂体をつなぐ外側中隔核を、やはり遺伝子工学的に発現させた神経抑制システムを用いて抑制すると、SWRとグルコースのレベルの結合が低下することを示している。

結果は以上で、考えてみれば血中グルコースを調節するインシュリン、グルカゴンもホルモンで、自律神経により調節されると考えると納得できる話だ。

いずれにせよSWRが深いノンレム睡眠で多発することを考えると、本当は寝ているときのリラックスに役立っているのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月12日 白色脂肪組織の驚くべき多様性(9月7日号 Cell Metabolism 掲載予定論文)

2021年8月12日

脂肪組織写真を見ると、細胞質が脂肪で周りに押しつけられた大きな脂肪細胞が集まった均一な組織に見える(例えば:https://www.researchgate.net/figure/Histology-of-the-epididymal-white-adipose-tissue-WAT-of-mice-in-the-a-low-fat-LF_fig2_236925039)。ところが今日紹介するスウェーデン・カロリンスカ研究所からの論文は、この均一に見える組織に、20種類の異なる細胞が組織化され、インシュリンに対する反応もこの組織化された構造の中で行われていることを示す研究で、今後の脂肪代謝の研究に重要な示唆を与えている。タイトルは「Spatial mapping reveals human adipocyte subpopulations with distinct sensitivities to insulin(脂肪組織の空間的マッピングによりヒト脂肪細胞サブセットの異なるインシュリン感受性が明らかになった)」で、9月7日号のCell Metabolismに掲載されル予定だ。

この研究は以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/5490)、カロリンスカ研究所で開発された、組織構造を壊さずにそれぞれの細胞の遺伝子ライブラリーを作成し遺伝子発現と組織の空間情報を合体させる方法を用いて、均質に見える脂肪組織上で遺伝子発現マップを作成している。

後はこの解析だが、組織上での遺伝子発現マップのおかげで、均質に見える脂肪組織に少なくとも20種類の異なる細胞が存在し、それもただランダムに存在するのではなく、特定の細胞同士が集まっている。例えば、脂肪細胞は3種類のプレアディポサイトと3種類の白色脂肪細胞(WAT)に分けられるが、プレアディポサイトのうちの一つは、M2マクロファージと隣接しており、一種のニッチが形成されている。

もちろん解析の焦点は、全く均質に見える白色脂肪細胞で、それぞれレプチンを発現したWATlep, ペリリピンを発現したWATpln、そして血清アミロイドを発現したWATsaaの3種類にきれいに分けることができる。実際、組織からWATの細胞浮遊液を作成して抗体で染めると、発現が完全に分離している3種類の細胞が特定できる。

つぎに、それぞれの細胞の機能的違いを調べる目的で、大きさや、肥満などとの関係を調べている。それぞれのサブセットに大きさの違いはあるが、差はわずかで、細胞の大きさでサブセットが決まっているわけではないことがわかる。

一方、肥満との関係を見るとBMIの高いヒトほどWATlepが上昇し、WATplinが低下している。そして驚くことに、WATplinだけがインシュリンに対して誘導される脂肪合成遺伝子の発現と高い相関を示していた。

もちろんすべてのWATは脂肪を蓄えており、脂肪代謝と蓄積のメカニズムを持っているのだが、この結果はインシュリンにすぐに反応する細胞はWATplinだけであることを示唆している。

この結果をはっきりさせるために、インシュリンクランプを行ったボランティアの脂肪組織を採取し、インシュリンに対する2時間目の反応を遺伝子発現で調べると、WATplinのみで様々な脂肪合成遺伝子が誘導される一方、ほかの2種類の細胞でインシュリン反応性に誘導される遺伝子はほとんど存在しないことが明らかになった。

結果は以上で、それぞれのWATの分化がどのように調節されているのかなどさらに詳しく調べる必要があるが、なんといっても一部のWATしかインシュリンに反応せず、またそれがレプチンを分泌するWATと異なるという結果は驚きだ。

また、時間はかかってもこの技術が着実に成果を上げていることも実感した。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月11日 2種類の顔認識カテゴリーに対応する神経細胞(7月30日号 Science 掲載論文)

2021年8月11日

障害されると顔の認識ができなくなる相貌失認症が起こる脳の「顔領域」は、記憶したイメージからのトップダウンの神経活動と、視覚刺激からのボトムアップの活動を統合する領域で、私たちの社会生活には欠かせない。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、アカゲザルの顔認識をさらに細かくカテゴリー化して、親しい顔にだけ反応できる神経細胞を特定し、その性質を調べた論文で、7月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「A fast link between face perception and memory in the temporal pole (脳側頭極での顔の感知と記憶の早い結合)」だ。

研究は、アカゲザルに様々なカテゴリーの人間やサルの顔写真を見せ、特定のカテゴリーに反応する神経細胞を、一個づつ電極を刺して調べる、今では古典的ともいえる方法で行われており、私のようなロートルには懐かしい。

ただ、無闇に電極を刺すわけではなく、最初に機能的MRIを用いて、あらかじめ反応する領域を大まかに決めておいて、次に電極で神経活動を記録すると言う順序で行っている。実際には、これまで顔領域として知られている、側頭極の下側(anterior-medial area :AM)と、最近馴染みの顔に反応する領域ではないかと示唆されている側頭極上部(temporal pole area:TP)に焦点を絞って記録を行なっている。

あらかじめ用意した270種類の写真を猿に見せながら、それに対する個別の神経反応を記録すると言う、いわゆるムスケルアルバイトで、ほとんどコンピュータによる処理が行われていない点も、ロートル向きだ。

結果は極めて満足できるもので、これまで知られていたようにAMは、人間であれサルであれ、見ているのが顔であれば反応する神経が存在しており、一方TPには馴染みのあるサルの顔だけに反応する神経が存在することを発見している。すなわち、TPは馴染みがあると言う記憶を、網膜から得た形の感知と繋げている。

一旦細胞が特定できると、様々な実験が可能になる。例えば、写真のコントラストを落として細部がわからなくして、徐々にコントラストを上げていくと、TPの馴染み細胞はコントラストがないと細部がわからず反応できないが、コントラストが上がると徐々に反応が高まる。一方、AM細胞は、コントラストがなくても顔とは認識できるので、コントラストにかかわらず一定の反応を示す。

今度は、写真全体にマスクをかけて、霧で見えないような状態から順々に霧をはらしていくと、TPもAMも霧が晴れ始めた時点で反応が始まる。

さらに面白いのは、馴染みかどうかの判断だが、輪郭、目、口、鼻など部分で記憶しているわけではないが、顔の輪郭を外しても全ての部分が残って居れば馴染みとして反応する。一方、顔のカテゴリーに反応するAM神経は、輪郭、目、鼻などの部分にも反応できる。ただ、なぜか口には反応しない。

最後に、顔認識の後馴染みの認識がくるのか、階層性について様々な実験を行って調べ、それぞれのリンクは独立して感知されたインプットに即座に反応するのに役立っていることを示している。

結果はこれだけで、馴染み細胞を見つけただけで、どうつながっているのか全く不明のままだと言う人もいるかもしれないが、馴染みとは何かを考えさせる意味でも面白い論文だった。おそらく馴染みと、顔の特定とはかなりリンクしていると思うので、知り合いかどうかわからないといった症状を示す人を集めてくると、新しい相貌認識異常の定義も可能かもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月10日 ファイザーワクチン接種後の抗原特異的T細胞解析(7月28日 Nature オンライン掲載論文)

2021年8月10日

ワクチン接種後のδ株ブレークスルーが問題になっている。この問題が注目されたのは、マサチューセッツで大規模集会後に起こったδ株感染についてのCDCレポートだと思う。かなり不完全なレポートなので取扱注意なのだが、ワクチン接種でも安心できないことを強調する目的で使われている。しかし、行きすぎるとワクチン接種も意味がないと言う話になる。実際には、感染したかどうかだけを指標にする臨床研究では、ワクチンの生物学を理解することにはならず、抗原に反応する細胞レベルの解析が必要になる。

今日紹介するドイツ・フィライブルグ大学からの論文は、ファイザー/ビオンテックワクチンを接種した医療機関の従業員の末梢血の抗原特異的T、B細胞について詳細に解析した研究で、このようなデータが積み上がらない限り、今後の方針など立てようがないことがよくわかる。タイトルは「Rapid and stable mobilization of CD8+ T cells by SARS-CoV-2 mRNA vaccine(SARS-CoV2 mRNAワクチン接種後に急速かつ安定的に動員されるCD8T細胞)」だ。

これまでの研究で、mRNAワクチン接種で誘導できる抗体のδ株に対する中和活性は他と比べて5−10倍低下することが知られている。一方で、δ株に感染しても、ワクチン接種者は重症化しにくいことも知られており、この差を埋めるのが、ワクチン接種により誘導されるCD8T細胞の活性だろうと考えられていた。ただ、これまで紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/17067)、MHCの異なる集団で、スパイク由来ペプチドに対する免疫を調べるためには、何百ものペプチドを用意して反応に加える必要があり、簡単でない。また、抗原反応性細胞の頻度となると、算定は極めて難しい。

この研究では、スパイク由来の3種類のペプチドに対する反応だけに焦点を当てると言う割り切りを行い、ペプチドとMCHの複合体に反応するT細胞の数を直接測ることで、この問題を切り抜けている。したがって、この結果が、ワクチンに対する反応のどの程度を説明するのかはわからない。ペプチドを絞らないLa Jolla研究所の結果などとセットで考えるといいように思う(https://aasj.jp/news/watch/17067)。

この論文を読むときもう一つ注意する必要があるのは、全ての検査が末梢血に流れてきたリンパ球で行なっている点で、mRNAワクチンが所属リンパ節で強い持続的な反応を誘導することを考えると、この結果が感染防御とどれだけ相関するのかも今後調べる必要がある。

とは言え、研究はあくまでも臨床を考えて設計されている。特に選ばれた3種類のペプチドは、SARSも含め他のコロナウイルスとは全く交差せず、Cov2特異的反応を調べることができる。さらに重要なのは、この3種類のペプチドはαからδ株まで保存されており、変異株に対する反応も予測することができる。

結論的には、ワクチンの効果は十分信じるに足ることを示す結果だ。

  1. 末梢血で見たとき、最も効果がわかるのはCD8T細胞で、3種類のペプチドに対するCD8T細胞は、1回目の免疫直後からすぐに誘導が始まり、1週間でピークがくる。その後21日目に2回目の接種を受けると、この数はまた増加し、なだらかに減っていく。すなわち、CD8T細胞は、早い時期から所属リンパ節から、身体中にリクルートされる。
  2. これに対し、クラスIIとペプチドに反応するCD4T細胞やB細胞は、末梢血に流れてくる量が少ない。おそらくリンパ節濾胞で反応に参加しているからだろう。実際、抹消には濾胞型ヘルパーT細胞はほとんど流れてこない。
  3. スウィッチが起こったメモリー型B細胞は、2回目の接種後に抹消に流れてくる。
  4. 抗原特異的細胞を特定できるので、その細胞が発現する様々なバイオマーカーを調べることができる。1回、2回接種後、活性型T細胞が抹消に流れてくるが、またその後の感染に反応してくれるメモリー細胞も1回目の早い段階で出現する。
  5. 基本的にT細胞の検出はフローサイトメータを用いているが、試験管内で同じMHC-ペプチドで刺激することもでき、確かに抗原に反応して増殖し、インターフェロンなどの炎症物質を分泌できることを確認している。
  6. 機能実験で注目すべきは、120日後でも試験管内刺激に反応する細胞が存在する点で、T細胞免疫はさらに長期に続く可能性がある。
  7. 選んだ抗原に関する限り、ワクチンの方が自然感染例と比べると特異的T細胞誘導効率が高い。ただ、それぞれの末梢血T細胞の効果は異なっており、メモリー型でも、early memory型、central memory型T細胞は自然感染で多く末梢血に検出され、逆にeffector memory型はワクチンの方で高い。

主な結果は以上だが、ペプチドを絞っていること、末梢血しか調べられないと言う限界を頭に置いてみると、それでもいろいろな可能性が想像できる。特に、1回目のワクチン接種時から、CD8T細胞は全身を循環し始めていることは、ワクチンが重症化阻止に関わることと関係する可能性が高い。

最後に行って欲しい実験の希望を言うと、ウイルスを感染させたホストの細胞を用いたT細胞の効果を調べる実験だ。ハードルは高いが、ペプチド反応を生物学的効果に転換する意味で重要な実験で、これが可能だと、本当にワクチン接種を繰り返す必要があるのかどうかもわかるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月9日 膵臓癌の免疫療法は可能か2 (7月28日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年8月9日

昨日に続いて、ras/p53変異で誘導した膵臓ガンモデルを用いて免疫療法が可能かどうかを調べた論文を紹介することにした。

昨日の論文は、膵臓ガンが免疫治療に反応しにくいのは、決してガン特異的ネオ抗原が存在しないからではなく、様々なチェックポイント分子が浸潤してきたT細胞で誘導されるため、PD-1だけではコントロールし切れていないことを示していた。

今日紹介するコロラド大学、イエール大学からの論文は、直接免疫治療に関わるわけではないが、免疫反応が起こりやすい腫瘍組織を整えることの重要性を示す研究で、7月28日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Blockade of the CD93 pathway normalizes tumor vasculature to facilitate drug delivery and immunotherapy (CD93経路の阻害は腫瘍血管を正常化して薬剤供給や免疫治療を高める)」だ。

現在腫瘍血管新生に関わるVEGFを抑制して、ガンを兵糧攻めにする治療法が行われているが、個人的意見だが、最初期待したほどの効果が得られているわけではない。逆に、網膜の血管新生を抑制する目的の使用が成功を収めている様に思う。

実際、腫瘍血管はもともと階層性がなく、異常な血管なのでそれがガンの悪性化を助けているとする考えもある。そのため、毛細血管だけでなく、正常な動静脈の支配を確立することで、抗ガン剤や免疫細胞が集まり易くする研究開発も行われている。

この研究はおそらくVEGF阻害の問題を解決する目的で始められたのだと思う。VEGF阻害剤に血管内皮で強く発現が抑制される分子を探索し、最終的に血管形成に機能的影響がある分子としてCD93 を特定している。

最初から期待したのかどうかははっきりしないが、CD93に対する抗体を用いてras/p53変異膵 臓ガンを移植したマウスに投与すると、驚くことにこれだけで腫瘍の増殖が抑制できる。しかも、この効果には、血液でのCD93発現は全く必要なく、血管自体の変化によりガンを抑制できている。

では、「腫瘍血管が抑えられているのか?」と調べてみると、なんとCD93抗体処理をすることで、腫瘍血管は逆に増強し、また血管自体の構造も階層性を回復していることがわかる。さらに、CD93抗体処理により、腫瘍内T細胞の数は3倍以上に増加し、またCD93抗体効果は、免疫不全マウスでは全くみられないことが明らかになった。

すなわちCD93が強く発現すると階層性のない異常な血管構造ができ、これが免疫細胞のリクルートを抑え、ガン増殖を助けていることになる。逆に、他の治療を行わないのにCD93処理だけで腫瘍が抑えられることは、膵臓ガンでもリンパ球が組織に浸潤できれば、何もしなくても免疫系が働いてガンの増殖を抑えることを示している。

あとは、CD93がIGFBP7(insulin growth factor binding protein 7)と結合することで、おそらく血管内皮やペリサイトとの相互作用が変化し、腫瘍内で階層性のない、しかもバリアー機能が障害された異常血管が誘導されてしまうことを明らかにしている。

最後に、CD93あるいはIGFBP7に対する抗体と、他の治療法の併用の効果を調べ、

  1. 抗ガン剤の効果が高まることで生存率が上がる。
  2. PD-1抗体を用いたチェックポイント治療の効果を高める。

ことを示している。

以上が結果で、血管を正常化することができれば、免疫治療もうまく働くことを示しており、今後特に膵臓ガンでは重点的な研究が行われる様に思う。もちろん昨日紹介した様に、チェックポイント分子も多様で、これらを考慮した治療カクテルが必要になるが、個々の問題を解決するたびに必要な薬が増えることは、実現性を損なうのではないかと心配だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月8日 膵臓癌の免疫療法は可能か?(10月11日号 Cancer Cell 掲載論文)

2021年8月8日

多くの膵臓ガンはPD-L1を発現していないため、チェックポイント治療の対象ではないとされている。しかし、CTLA4に対する抗体で進行を遅らせたケースもあり、ガン免疫が全く働いていないわけではない。なぜ膵臓ガンが免疫から逃れられるのかについては、1)MHC遺伝子発現が焼失している、2)T細胞のガン組織へのリクルートが抑えられている、3)抑制性T細胞が誘導されやすい、など様々な可能性が示唆されているが、治療法として確立された可能性はまだ存在しない。

今日紹介するMITからの論文は、マウスモデルをベースに、ガン抗原が発現していて、PD1チェックポイント治療を行っても、膵臓ガンがガン免疫システムを回避することができるメカニズムを探索した研究で10月11日号のCancer Cellに掲載予定だ。タイトルは「The CD155/TIGIT axis promotes and maintains immune evasion in neoantigen-expressing pancreatic cancer(CD155/TIGIT経路は、ネオ抗原を発現している膵臓ガンの免疫回避を促進し、維持している)」だ。

この研究ではまず、データベースを含む様々なゲノム解析から、膵臓ガンでも高い抗原性を持つネオ抗原が発現していることを示し、ガン抗原が発現してもガンが免疫を逃れる仕組みを研究することの重要性を確認している。これは重要な指摘だと思う。

その上で、明らかにネオ抗原を発現している膵臓ガンが免疫から逃れる過程を研究するために、凝りに凝った実験系を組み上げている。まず、マウスに、必ずネオ抗原と認識できる卵白アルブミンなど外来抗原由来ペプチド遺伝子にネオ抗原が発現していることをモニターするための蛍光色素遺伝子(これも抗原になるはず)を融合し、これを導入したトランスジェニックマウスを作成する。

次に、このトランスジェニックマウスとCreリコンビナーゼでK-rasの発現とp53欠損が誘導できる様にしたマウスから、膵管上皮細胞のオルガノイドを形成させ、これにCreリコンビナーゼを導入して発ガンを誘導し、ネオ抗原の発現をモニターできる膵臓ガンモデルを作成している、

こうして作成したネオ抗原発現膵臓ガンを免疫不全マウスに移植すると、ガンはそのまま増殖するが、正常マウスに移植すると、完全に除去される個体がいる一方、ガンが免疫を逃れる個体が一定数出てくる。大事なのは、ネオ抗原をモニターできるおかげで、ネオ抗原が消失した結果ガンが免疫を逃れているのではないことを確認して、免疫回避のメカニズムを探索できる。さらに、ネオ抗原がわかっているため、ネオ抗原特異的なT細胞を特定して、その機能を調べることができる。

この様に凝ったモデル実験系を用いて膵臓ガン細胞が免疫を回避しやすい理由を探り、

  1. 移植したガン組織に浸潤しているネオ抗原特異的T細胞が複数のチェックポイント受容体を発現しており、ネオ抗原に対するキラー細胞の活性が抑制されやすい、
  2. 数種類のチェックポイント分子の中で、特に現在各社で抗体薬の開発が進むTIGITの発言が膵臓ガン浸潤T細胞では目立つ。
  3. これに対応して、膵臓ガンでは、PD-1を刺激するPD-L1よりはるかに強くTIGITを刺激するCD155の発現が見られる。ガンの遺伝子データベースで調べると、rasが活性化し、p53が欠損して誘導されるガンでは、膵臓ガンだけでなく、大腸ガンでも同じ様にCD155の発現が見られることから、ras/p53発ガンとCD155は連関している。
  4. ネオ抗原特異性はわからないが、人間の膵臓ガン組織のT細胞でTIGITの発現が高い。

以上の結果から、ras/p53セットの遺伝子異常を持つ癌では、PD1だけでなく、TIGITを抑えないと、ガン免疫を維持できないことがわかる。

この発見を基盤に、では免疫系のみでマウス膵臓ガンを抑制できるか、様々な抗体の組み合わせを検討して、チェックポイント分子抑制抗体として、PD-1、TIGITに対する抗体を組み合わせた上に、T細胞の活性化を誘導するCD40活性化抗体の3者を組み合わせたときに、約半数のマウスで、ガンの増殖を抑えることに成功している。

結果は以上で、最終的には3種類の抗体併用という、これほど凝らなくても導き出せるのではと思える結果で終わっているが、個人的にはこのマニアックなところを評価したい。

マウスの実験系でも、半数のマウスではガンを抑制できないことから、キラー細胞の組織への浸潤など、他にも検討すべき問題は残っているが、膵臓ガンも免疫系だけでコントロールできるという可能性は示された。難敵膵臓ガンも、少しづつ克服への道が見えてきた様に感じる。

当面は、TIGIT抗体の治験結果が待たれる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月7日 安全なTGFβシグナル阻害法は開発できるか?(8月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年8月7日

TGFβシグナルは様々な線維症などの主役であることがわかっているが、薬剤の開発は難しい。というのも、このシグナルを抑制すると全身の強い炎症が副作用として起こることがわかっている。そのため、肺線維症をTGFβ阻害剤で治療する試みは全て頓挫している。

これに対し、今日紹介するGenentech社からの論文は、流石に伝統ある創薬ベンチャーと思わせる発想でこの難題に取り組んだ力作で、8月4日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「TGFβ2 and TGFβ3 isoforms drive fibrotic disease pathogenesis(TGFβ2 と TGFβ3アイソフォームは線維症の病因となる)」だ。

この研究はTGFβシグナルには3つのアイソフォーム、TGFβ1、TGFβ2、TGFβ3が存在し、最終的なシグナルは同じ経路に集約されるので、TGFβ1シグナルに比して、残りのアイソフォームの研究がほとんど行われていないことに着目している。そして、TGFβ1以外のアイソフォームを抑制することで、TGFβ1抑制により発生した副作用なしに一定程度繊維化を止めることができるのではと着想した。あとは、さすが伝統的創薬ベンチャーの仕事と思わせる実験を重ねて、マウスの線維症モデルを治療する前臨床にまでこぎつけている。

  1. 肺線維症が起こっている組織では3アイソフォームすべてが発現しているが、TGFβ1は血液系細胞で発現しているのに対し、TGFβ2、TGFβ3はともに線維芽細胞で発現している。また、それぞれは不活性化型で分泌されるが、活性化させるメカニズムは異なっており、TGFβ2、TGFβ3の活性化の閾値が低い。
  2. TGFβ2、TGFβ3を組織特異的にノックアウトしたマウスでは、ブレオマイシンにより誘導される肺線維症が抑制されている。そして何よりも、TGFβ1を抑制することで起こる副作用が全く起こらない。

かなり割愛したが、要するにTGFβ1ではなく、TGFβ2、TGFβ3アイソフォームを抑制する戦略で肺線維症が抑えられる可能性をマウスモデルで示している。これでも面白いのだが、さすがGenentechで、なんとそれぞれのアイソフォーム特異的に、TGFβシグナルを抑制するモノクローナル抗体を開発し、TGFβ2、TGFβ3特異的、さらには両方の機能を抑制できる抗体の開発に成功している。

さらに分子結晶解析で抗体の作用を調べ、TGFβ2、3両方のシグナルを抑制する4A11抗体の作用が、TGFβの立体構造を変化させ受容体結合がうまくいかなくなるアロステリック作用によることまで確認し、肺線維症、および肝臓繊維化モデルを用い、4A11抗体投与が完全ではないにせよ、強く繊維化を抑制できることを示している。

以上が結果だが、驚くのは、このために抗体の体内動態まで調べて投与量を決めている点、4A11だけでなくTGFβ2、TGFβ3特異的な抗体もキメラ抗体として使えることを示唆している点、さらにはモノクローナル抗体をラットだけでなく、ウサギを使って作っている点など、持てる技術を総動員できる創薬企業から学ぶことは多い。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月6日 細菌性腸炎は腸上皮細胞のアポトーシスにより促進される(8月4日 Nature オンライン掲載論文)

2021年8月6日

新しいNatureオンライン版を読み始めて最初に目に止まったのが、100歳以上生きることができた百寿の人たちの長寿の一因が、胆汁酸を分解して抗菌力の高い代謝物質を作り、腸内細菌叢を常に健康に整えているためであることを示す、面白い論文だった。ただ著者を見ると、京大時代の大学院生だった、現在慶應大学教授の本田さんの研究室からだったので、泣く泣く関係者の論文は紹介しないと言うルールに従った。もちろん慶應大学からプレスリリースが出ているので、是非ご覧いただきたいと思う(https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:3xDi4ZkIGb8J:https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2021/7/30/210730-1.pdf+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=firefox-b-d)。

代わりにベルギー・ゲント大学から同じ号に発表された、腸内の細菌感染を細胞死に陥った腸上皮が増悪させると言う少し恐ろしい研究を紹介する。タイトルは「Microbes exploit death-induced nutrient release by gut epithelial cells(細菌は腸上皮細胞死により誘導される栄養物質を利用する)」だ。

おそらく最初から、腸上皮細胞から遊離される栄養物を病原菌が使っていると言う仮説があったように思う。Caspase3による腸上皮細胞のアポトーシスを誘導したときに得られる上皮細胞上清を、サルモネラ菌培養に加える実験を行い、期待通り細菌の増殖が10倍上昇することを確認する。また、サルモネラ菌だけでなく、病原性大腸菌やクレブシエラ菌でも同じことが見られることを明らかにしている。

その上で、腸上皮上清により誘導されるサルモネラ分子の中に、pyruvate-formate lyaseを発見、細胞死により分泌されたピルビン酸がサルモネラ菌の増殖を誘導していると結論した。事実、この酵素が欠損したサルモネラ菌に上清を加えても増殖は促進されない。また、上皮のピルビン酸合成を止めた後、細胞死を誘導した場合、上清の活性は消失する。

以上の試験管内での結果を踏まえて、今度は実際に腸内で細胞死が高まると、サルモネラ感染が促進されるか調べている。まず、caspase3を誘導する実験系で、サルモネラ菌の定着が促進されることを確認した後、TNFにより炎症を誘導したときに起こる細胞死、あるいは抗ガン剤のような細胞障害性化合物を投与したときに起こる細胞死のような、より臨床的なセッティングでも、同じことが起こるか調べている。結果は期待通りで、炎症による細胞死の結果、腸内に遊離される代謝物が、病原菌の増殖を促進していることを示している。

様々な実験が行われているが、結果は病原菌は炎症を利用しているという話に尽きる。実際には人間で確認することが必要だが、腸だけでなく様々な臓器で炎症が細菌感染を誘導する普遍的なメカニズムかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ