2023年4月28日
2016年8月、ガラパゴスのグンカンドリにGPSと脳の活動を拾うため、両半球に脳波測定器を装着して、 飛行中に両方の脳半球が完全な睡眠状態に入るかを調べた研究を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/5615 )。事実、寝るために高い高度に飛び上がった後、上昇気流をつかむと完全に寝るようだ。すなわち、寝るための行動がしっかりパターン化している。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、まさにこの逆で、長期間休むところのない大海で狩りをするゾウアザラシは、潜水の最後に徐波睡眠に入り、REM睡眠でバランスを失った後覚醒を始めて浮き上がることを示した研究で、4月21日号の Science に掲載された。タイトルは「Brain activity of diving seals reveals short sleep cycles at depth(潜水中のゾウアザラシの脳活動は深海での短い睡眠サイクルであることを明らかにした)」だ。
グンカンドリと比べるとゾウアザラシは大きいので、装置は大きくていいが、しかし長期間海水や水圧に耐える必要がある。実際、頭全体を覆う脳波計と、紡錘のロガー、発信装置という大がかりな仕掛けをゾウアザラシに装着し、長期間の記録に成功している。
ゾウアザラシは陸で休んでいるときはほとんど寝ている。しかし、海に入るとほとんど睡眠時間が減っていき、一回30分ほどの潜水時に眠ることになる。この潜水時の睡眠は同じようなパターンをたどるが、300m近く潜る30分程度の潜水では、200m潜ったぐらいから浅い徐波睡眠。続く深い所徐波睡眠の後に、REM睡眠が現れる。面白いことに、徐波睡眠中は泳ぐ姿勢を保っているのだが、深い徐波睡眠が途切れる頃から、急に仰向きに反転し背泳ぎのような姿勢になった後、REM睡眠で身体の筋肉が動き始めるとらせん状にグルグル回転しながら落ちていく。そしてREM睡眠が終わると、覚醒して正常の泳ぐ姿勢を回復し、水面目指して急上昇するという一連の過程が明らかになった。
深く潜ったときは同じようなパターンをとることが多いが、岸近く潜水深度が浅い場合は、REM睡眠が現れないことが多い。
以上が結果で、
外洋に出たゾウアザラシはほとんど睡眠をとらないこと、
睡眠のほとんどは潜水中に短く済ませていること、
潜水の睡眠では徐波睡眠だけでなくREM睡眠も存在すること、
一方、陸上や棚のある海岸では、寝るときはもっぱら陸に上がったときであること
などを明らかにしている。
ライオンのように四六時中寝ているように見える動物がいる中で、睡眠がこんなに短くていいのだろうかと心配になるが、草食動物は体重が増えるほど睡眠時間が短いことが知られているようだ。従って、どんな状況でも、睡眠を少しでも確保するシステムが進化していることに感心すべきだろう。
2023年4月27日
タスマニアデビルの顔に発生するガン(DFT)についてはこれまで4回も紹介してきた。これまで注目してきた理由は、DFTが個体から個体へと感染する致死的なガンという驚くべき性質を持っているからだ。これまで、細胞レベルで感染できるがんについてはいくつか報告されているが、現在もなお感染が進行中で、研究が進んでいるケースはDFTだけだ。さらに、最初1996年にDFT1が発見されたあと、2014年には独立して新しい地域にDFT2が発見されている。
通常のガンももちろん進化を繰り返すが、個体の死亡によってその進化は一回限りで終わるが、DFTは個体から個体へと感染するため、進化が終わらない。どこまでガンがホストの環境に適応し、どのような形質変化が起こるのか、そしてどこかで進化が止まることがあるのかなど、通常では難しい研究が可能になっている。
今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、DFT1、DFT2それぞれ78種、41種を集めて全ゲノム解析を行いDFTの発生や進化について詳しく解析した研究で、4月21日号 Science に掲載された。タイトルは「The evolution of two transmissible cancers in Tasmanian devils(タスマニアデビルに発生した2種類の感染性ガンの進化)」だ。
実験としては、独立したガンのゲノムを解読し、それぞれの関係を調べた研究なので、最終的に明らかになった結果について箇条書きでまとめおいた。
DFT1とDFT2は全く独立したガンで、ガンの変異タイプから、人為的要因(たとえば環境汚染など)や気候要因などは考えにくいので、自然発生したものと考えられる。とすると、同じようなガンは、タスマニアデビルの進化過程で何回も発生し、タスマニアデビルはそれを乗り越えてきたと考えられる。
ゲノムの系統樹から、DFT1が発生したのは1986年と推定されるが、発見されるまでに10年を要している。一方、DFT2の発生は2011年ごろと推定され、発見まで3年を要している。DFT2の方は発見が早いので、悪性化と感染性の関係を結論できないが、DFT1について、その地域でのガンの報告が全くなかったことから、まず感染性のガンとして始まり、その後ホストに適応する過程でガン化したと考えられる。
これまでDFTの発生に関わるガンのドライバーについては決定的な結論はない。この研究では、おそらくゲノム上の大きな変化によりDFT1では転写因子LZTR1、DFT2では増殖因子受容体PDGFRαのコピー数が変化して感染性と増殖優位性が発生したと考えている。
それぞれのガンでは、多くのタイプの変異が蓄積し続けており、またホストに適応して変異が選択されていることがわかる。この過程で、よく知られた様々なガンのドライバーの変異が進み、ガンがさらに悪性に変化していることがわかる。現在まで、DFT1、2とも変異数は上昇し続けており、進化の果てがあるのかについてはわからない。
進化の過程で、DFT2はDFT1より増殖速度が速くなっており、この結果DFT2は新しく発生したにもかかわらず、あらゆるタイプの変異数が多い。ただ、増殖速度の変化だけでこれが起こったわけではなく、修復異常やトランスポゾン活性化などは、DFT2で見られている。今後もDFT1、DFT2の違いが維持されるのかどうか興味深い。
一頭の個体から分離したDFTのかなりの割合で、2種類以上のクローンが特定できることから、複数のクローンが共存して感染するケースは多い。
以上が主な結果だが、タスマニアデビルでDFTが稀なイベントが起こったのではなく、今後も新しいDFTの発生が考えられるということと、30年近く経っても進化の果てには到達できていないことが最も重要な結論になる。
2023年4月26日
皮膚の損傷治癒というと生体内で経過が詳しく追えることから、高等動物の再生研究では最も進んでいると思っていたが、今日紹介するロックフェラー大学、Fuchs研究室からの論文を読んで、まだまだ解析を必要とする重要問題も存在していることがよくわかった。タイトルは「A tissue injury sensing and repair pathway distinct from host pathogen defense(病原体に対する反応とは異なる組織損傷の感知及び修復過程)」で、4月24日 Cell にオンライン掲載された。
様々なストレスによる自然炎症というスキームを知ってしまうと、入り口は様々でも結局同じストレス、炎症反応が誘導されると思い込んでしまうのだが、「損傷の感知特異的に誘導される損傷治癒も存在するのでは?」と問うたのがこの研究だ。
皮膚に上皮が削れる小さな傷をつけたとき、傷の縁に発現する遺伝子を調べ、想定外の分子IL24が損傷後1日目で、特に上皮幹細胞に強く発現することを発見する。無菌動物や免疫不全動物でも同じ反応が起こることから、一般的な自然免疫経路ではなく、IL24刺激により誘導されるSTAT3分子により引き金が引かれる過程であることを発見した。
そこでIL24を欠損したマウスを作成すると、全く正常に発生・成長するが、外傷による損傷治癒が4日ぐらい遅れる。組織的にこの遅れを調べると、傷の縁での上皮幹細胞の増殖が遅れるだけでなく、損傷部位の線維芽細胞の増殖が抑制され、さらに血管新生も抑えられる。また、同じ遅れは、IL24を上皮だけで欠損させた動物でも起こる。
次に損傷によりIL24を誘導する刺激を探していくと、損傷部位に生じる低酸素刺激によりHIF1αが活性化され、これがIL24の誘導に関わること、さらにはIL24シグナル自身もHIF1αと協調して、誘導されたIL24刺激が継続するように働いていることを明らかにしている。
以上の結果は、皮膚の損傷自体が低酸素、そしてIL24を誘導して、損傷治癒を組織化していることがわかる。損傷治癒自体は、この経路が存在しなくても起こるのだが、時間がかかる。
主な結果は以上だが、面白いのはIL24がグルコーストランスポーターであるGlut1の発現を高めて、グルコースからピルビン酸、乳酸への嫌気的過程を誘導している点で、ガンと同じように損傷部位の代謝をリプログラムして、変化に備えるところまでIL24が受け持っているのがわかる。また、マクロファージを、外来の光源処理に備える態勢をとらせることも面白い。すなわち、多くの過程を指揮している。
最終的な損傷治癒は起こるが、IL24自体で皮膚全体の増殖活性を高めることも示されており、ひょっとしたら褥瘡などの医療や美容にも使える気がする。読んでみると、特に驚くことはないが、重要な発見だと思う。
2023年4月25日
オメガ脂肪酸とかDHAといった必須脂肪酸は、一般の人にも知名度が高い。勿論、リノール酸から合成されるオメガ6はアラキドン酸、オメガ3はEPAを経てプロスタグランジンなど炎症調節の主役分子の材料として極めて重要だが、有名になった最大の理由は、脳の働きをよくするという様々なコマーシャルのおかげではないかと思う。
事実、脂質異常を伴う自閉症スペクトラム(ASD)が存在するし、またASDの方では動脈硬化などの発症率が高い。ただ、極めて希な遺伝異常を除くと、脂肪代謝の変化と脳機能を結びつけるのは簡単ではない。
今日紹介するオーストラリア、クイーンズランド大学を中心とする多施設からの論文は、主にASDの児童について行われている徹底的なコホート研究で得られた血清中の網羅的脂質分析結果を、症状やゲノム解析と相関させ、ASDで脂質代謝異常が起こっている可能性と原因を探った研究で、4月号の Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Interactions between the lipidome and genetic and environmental factors in autism(自閉症での網羅的脂質解析データと遺伝的、環境的要因の相互作用)」
現在、様々なところで、ゲノム、エピゲノム、遺伝子発現に加えて、蛋白質や脂肪の網羅的解析が行われ、膨大なデータの中に見られる相関から、病気を理解する研究が進んでいる。この研究ではオーストラリアで進むASDのコホート研究を材料に、脂質データの解析方法を探ったのがこの研究だ。
我々も受けるような検査では、ASD児はコレステロールが低い傾向がみられるがオメガ6など限られている。一方で、睡眠障害で相関をとると、DHAが上がってくる。一方、知能ではDHAのようなオメガ3ではなく、オメガ6脂肪酸との相関がはっきりしている。
ただ、血中の脂質は、遺伝、食事、環境、薬剤、年齢、性別など様々な要因で変化する。この研究では統計学の苦手な私には理解出来ないレベルの様々な情報処理方法で、この相関の実際の原因について探っている。
あらゆるデータを省略してこのグループの結論だけ述べると、
生活習慣などの要因は大きいものの、ASD、知能、睡眠障害の遺伝的相関と関連して現れる脂質異常は確かに存在する。
しかしASDでDHAなどが低下するのは、ASDによる生活習慣の変化が先で、その結果、肉の消費が減少したりする二次的な可能性が高い。
一方、睡眠障害や知能障害は、神経機能とは無関係の食生活の乱れに起因して、この結果DHA等が減少するだけでなく、さらに腸内細菌叢にもこの乱れが働いて、血中脂質異常が起こっている可能性が高い。
ただ、脂質異常の影響が有意なのは睡眠障害だけで、DHAが低下すると睡眠障害が起こっていると推計学的に結論できる。
以上のことから、児童の睡眠障害にリノレイン酸やDHAを摂取させる治療は有効性が期待できる。
血中脂質はあまりに複雑な要因で形成されるため、一筋縄ではいかないという結果だが、それでもこの藪をかき分けて進む情報処理方法が進んでいることに感心した。
2023年4月24日
まず Nature誌から提供されているURL(https://www.nature.com/articles/s41586-023-05964-2/figures/4 )をクリックして見てください。
この図は脳に少しでも興味のある人なら一度は見たことのある運動野が身体とどう繋がっているかの地図だ。左側が私たちが見慣れてきた地図で、脳の上に描かれたホムンクルスは、決してバランスが取れておらず、複雑な動きが必要な手や、口に多くの領域が割り当てられていることが表現されている。この図は、カナダの脳外科医ペンフィールドが、てんかん手術時に、これらの部位を刺激し、反応があった身体部位を書いている。論文は1937年発表だが、この図自体は1948年版とされており、まさに私が生まれた年で、私も医学部で初めて目にしてからずっとこの図と付き合ってきたことになる。
勿論ペンフィールド自身もこの図は一種のメモのようなものと言っているように、これをそのまま受け取ることの間違いは指摘されてきた。この疑問を精度の高い機能的MRI(fMRI)を用いた神経領域間の結合解析を用いて調べ直したのが、今日紹介するワシントン大学からの論文で、4月19日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A somato-cognitive action network alternates with effector regions in motor cortex(体性-認知行動ネットワークが運動野のエフェクター領域と交互に存在する)」だ。
この研究の答えは、同じ図の右側に示されており、ペンフィールドマップと大きく異なっているのがわかる。一つは、直接身体につながるエフェクター領域の間に、認知と運動を調節する領域が交互に存在すること、そしてエフェクター領域が末梢を中心に体幹の方に向かって同心円的かつ対照に領域が分布していることがわかる。
研究では安静時に領域間の結合を調べるRSFCと呼ばれる方法と、決まった運動を指令して身体を動かしたときの運動野の活動の記録を組みあわせ、運動野各領域の機能を特定している。そして図に示すように、直接運動には関わらない領域がエフェクター領域を分断していること、この領域が注意や行動選択に関わるcingulo-opercular networkをはじめとする中枢ネットワークと強く結合するとともに、エフェクター領域とも結合していることを明らかにする。
すなわち、何らかの意志を持って、行動をプランするときの活動が、エフェクター領域に伝わる前に、このinter-effector領域に投射され、様々なエフェクター領域を一つの運動にまとめ上げるという構造を運動野が持っていることを明らかにした。
面白いのは、詳細な運動に関わる指や舌といった領域は、inter-effector領域から離れていることで、おそらく意志を持った行動は体幹へとまず伝わるような構造になっている点だ。勝手に思っているだけだが、手続き記憶により無意識に行われる運動と、意志を持って行われる運動もこのような構造でうまく分離されている可能性もある。
このような大きなマップが書き直されることは、一番重要なのは卒中などによる障害に対するリハビリ戦略だ。おそらく、発話に関わるような失語にも重要な地図になるような気がする。さらには、意図や意志といったプランに基づく運動支配の理解が重要なのがパーキンソン病なので、運動野のみならず感覚野も統合された正確な地図が描かれることを期待する。
2023年4月23日
筋ジストロフィーなど,筋肉に遺伝子を導入すれば治癒が可能な病気は多い。ただ、筋肉は体中に分布しており、それらの全てに遺伝子を導入することはそう簡単ではない。たしかに、アデノ随伴ウイルス(AAV)のように筋肉に効率に遺伝子を導入できるベクターは存在するが、筋肉特異的ではないのと、筋肉全体に導入すべくシステミックに遺伝子を注射すると、ウイルス中和抗体が出来て、繰り返し投与が出来なくなる。
これを克服すべく2021年、ハーバード大学でインテグリンを標的にするペプチドを表面に発現するMyoAAVと名付けられたAAVベクターが開発され、静脈注射でかなり筋肉特異的遺伝子導入が可能になった。そして、これを静注することで、全身の筋肉に遺伝子が導入できることも示された。
今日紹介するシンシナティ小児病院からの論文は、AAVではなく、導入遺伝子がホストゲノムに統合されるレンチウイルスを筋肉特異的に導入するベクターの開発で、4月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Enveloped viruses pseudotyped with mammalian myogenic cell fusogens target skeletal muscle for gene delivery(哺乳動物の筋肉融合分子を発現したエンベロップ型ウイルスによる遺伝子導入)」だ。
この研究ではコロナウイルスのようにエンべロップを持つウイルスVSVに注目し、筋肉発生時に筋肉同士が融合する過程を調節するMyomakerとMyomergerの2種類の分子を発現しつつ、VSV自身の細胞融合分子を欠損したVSV粒子を合成するパッケージャー細胞をまず作成し、この細胞にレンチウイルスベクターを感染させ、このウイルスがVSVエンべロップにパッケージできるシステムを開発している。
正直、ハーバード大学の論文と比べると、パッケージ法が複雑で、どうしても遺伝子導入効率は低い印象がある。さらに、Myomaker+Myomergerは特異性は抜群だが、筋肉が融合する段階でしか遺伝子導入が出来ない。そのため、筋肉に負荷をかけて肥大を誘導するとか、筋肉を傷害する必要がある。
しかし、レンチウイルスを用いているので、一度導入されると一生遺伝子発現が維持される。さらに、一部の筋肉幹細胞もこのウイルスで遺伝子導入が可能で、この結果、この幹細胞に由来する筋肉細胞は全て遺伝子が導入されることになり、筋ジストロフィーの場合、正常細胞が時間とともに増加することを期待できる。
実際、生後2週間の筋ジストロフィーモデルマウスに2週おきにディストロフィン遺伝子導入をすると、全身の筋肉で2−4割の筋肉にディストロフィンが発現し、機能的にも大きな改善を示すことが示された。
以上が結果で、導入効率という点ではMyoAAVに後れをとっているのと、最終的に問題になる心臓には全く導入できない点で問題がある。ただ、エンベロップ型ウイルスを細胞特異的ベクターとして使えることが示されたことで、今後はより効率の高い方法の開発、あるいは人工エンベロップなど様々な方向への発展が期待できる。おそらくワクチンと一緒で、いくつかの方法を組みあわせて患者さんの根治を目指すことになる気がする。
2023年4月22日
ダウンロードした論文の一部しか紹介しきれないので、紹介せずにファイルに残っている論文のサマリーを眺めながら整理するのだが、たまに整理し残した論文で面白いと思って、紹介することがある。今日紹介した古代人ゲノムから人類と感染症との戦いを調べた論文も、昨日整理していたときに目にとまった。
面白いので紹介したところ、読者の方から同じ論文は既に1月17日に紹介していると指摘を受けた(https://aasj.jp/date/2023/01/17 )。確認した後、耄碌したと愕然としたが、仕方がない。ただ、毎日新しい論文を紹介するという日課が果たせないことになるので、少し小ネタになるが最近Scienceのメルマガに載っていた、温暖化によって大リーグのホームランが増えたという気象学会誌の論文を改めて紹介する。タイトルは「Global warming, home runs, and the future of America’s pastime(地球温暖化、ホームラン、そして将来の米国娯楽)」だ。
気象学の専門家の視点だと思うが、1980年から一時期を除いて大リーグのホームラン数が上昇しているという話を聞いて、これは地球温暖化で大気密度が低下したせいでないかと考えたことが、この研究の全てだ。事実、ホームラン数と球場の温度、さらには球場の大気密度は完全に相関している。
それでも他の要因が考えられるので、温度の影響を受けないドーム球場を調べてみると、ホームラン数の増加は認められない。さらに、この傾向はナイターより、デイゲームで強く見られることから、地球温暖化を反映している可能性は高い。
最後に、温暖化にこだわらず、それぞれの試合での温度と、ホームランの数を調べると、温度が高いほどやはりホームラン数が多くなる。大体、1度温度が上昇すると、1.83%のホームラン数上昇が観察できる。
一方で、打者やピッチャーのデータを詳しくビデオに残している球場で見ると、個人の技量が大きく変わったという傾向はなく、やはり大気密度の性だと考えて良い。
以上から将来を予測すると、おそらく私がこの世に存在しない、2050年には全ホームラン数は192本増え、2100年にはなんと467本も増えることになる。
とすると、ベースボールを楽しむために、温暖化を止めるか、あるいはボールやバットをか変えるしかメジャーリグも困るのではと結論している。
2023年4月22日
今日は、2月に発表されたが見落としていたパストゥール研究所から Cell Genomics に掲載された論文を紹介する。タイトルは「Genetic adaptation to pathogens and increased risk of inflammatory disorders in post-Neolithic Europe(新石器時代以降の病原体や炎症リスクの増大に対する遺伝的適応)」だ。
脳を発達させて様々な環境に適応してきた人類に対して最も大きな選択要因になったのが感染症と言える。昨年10月、ペスト大流行前後で埋葬された人骨のゲノムからペストという選択圧によりゲノムに残された変化を調べ、間違いなく細菌感染抵抗性のSNPが上昇していることを示した論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/20803 )、人間のゲノムにはこのような感染症との戦いの歴史が残されていることは間違いがない。
ただ、ペストのように歴史として記録が残っているイベントは、選択を容易に調べることが出来るが、歴史記録が残っていない時代の感染症に対する人間の戦いの後を調べることが出来るのか?
まさにこの課題にチャレンジしたのが今日紹介する論文で、発表されて2ヶ月以上たっているが紹介することにした。
この論文は新石器時代以降、ヨーロッパ先史時代の2400近いゲノムデータを集め、500の現代人ゲノムと比較している。ヒトゲノム解読が終わった後、1000人ゲノムプロジェクトがスタートしたが、まさに10年一昔で、今や先史時代の2500近いゲノムを調べられることに感動する。
さすがにこのレベルの数のゲノムがあると統計学的な検討が可能になり、まずこの1万年で明らかにpositive selectionが起こったと思われる多型をリストアップすると、選択度の強かったトップ102遺伝子は、抗原提示を含む免疫機能に関わっていることがわかる。面白いのはコロナ感染の時に問題になったABOに関わるSNPで500年以降その割合が1. 8倍近くになっている。
では、いつからこのような変化が起こったのかを様々な遺伝子で見ると、ほとんどが新石器時代以降、5000年ぐらい前から始まっていることがわかる。おそらく、人口が増え、人の移動が増えた結果ではないかと思う。
蛋白質自体が変化するSNPも存在するが、ほとんどは遺伝子発現に関わる多型の変化で、同じくネアンデルタール人由来でコロナウイルス抵抗性に関わるとして問題になった、ウイルス増殖抑制分子 OAS1の発現を高めるSNPも、5000年前から急速に割合が増えている。
さらに、これまでのゲノム研究で血液細胞数を調節するとして知られるSNPを集めて計算するリスクスコアを使うと、この5000年で我々のリンパ球や白血球が上昇している一方、血小板や好酸球は減る傾向にあることなどもわかる。
感染症で見ると、良い方向に進んでいるように見えるが、この結果炎症性腸疾患など自然炎症に関わる多型は着実に上昇している。
では、ゲノムに残った変化から、先史の人類が遭遇したイベントを推定できるか?結核免疫に関わる遺伝子の変化をリストすることが出来るが、そのほとんどは2000年以降のイベントで、まさに人口増加と移動の増加とともに、選択されているのがわかる。
それぞれの遺伝子の機能まで調べているが割愛する。このように、古代ゲノムを様々な目で見るこで、われわれは人間の文明自体の人類ゲノムへのインパクトを理解できるようになる。おそらく現在我々が経験しているパンデミックは、飛行機という文明がもたらしたパンデミックとして、いつか研究されるのだろう。
2023年4月21日
アルツハイマー病(AD)で神経死の直接原因となるのが、微小管結合分子Tauの繊維状沈殿で、やっかいなことに異常Tau沈殿線維は神経から神経へと伝搬し、病気を拡大させる。この過程に、Tauのリン酸化と、それによる微小管結合の変化があることがわかっており、この結果微小管から離れたリン酸化Tauが細胞質で増えると沈殿が始まる。従って、Tauのリン酸化を抑えるか、あるいは脱リン酸化を促進することが治療につながるが、簡単ではない。
今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は、直接リン酸化酵素や、脱リン酸化酵素を標的にするのではなく、脱リン酸化酵素とTauとの結合を高め、さらにはオートファジーを抑制する機能を持つペプチダーゼ(prolyl oligopeptidase)を阻害して、Tauのリン酸化のみならず、オートファジーを活性化して沈殿Tauの除去を高める一石二鳥の治療法が可能であることを示した研究で、4月12日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A prolyl oligopeptidase inhibitor reduces tau pathology in cellular models and in mice with tauopathy(Prolyl-oligopeptidase阻害剤は細胞とマウスのTau異常症の病理を軽減する)」だ。
Prolyl-oligopeptidase(PP)がTauの凝集を高める活性を持つことに注目し、まず試験管内の実験系で、PPが確かにTauの凝集を促進させ、これをPP阻害剤が抑えることを確認した上で、異常Tauを発現した細胞を用いて、PP阻害剤のTau異常症への効果を確かめる実験を行い、
PP阻害剤がPP2Aの活性を高め、リン酸化Tauを減らし、Tauの凝集を阻害すること。
同時にオートファジーによる沈殿Tau分解も促進されること。一方、プロテアゾームによる分解には影響がないこと。
その結果、細胞死が抑制されること。
を明らかにしている。
次に、変異Tau遺伝子を持つ実際の患者さん由来のiPSから誘導した神経細胞でPP阻害剤の効果を調べ、変異場所によっては効果に差が見られる者の、患者さんの神経細胞でもリン酸化Tauを低下させること、またオートファジーを誘導できることを確認している。
後は、変異Tauトランスジェニックマウスを用いた治療実験を行い、症状が現れた時に1ヶ月PP阻害剤を投与すると、
様々な記憶テストが改善すること、
運動機能異常が改善すること、
海馬のリン酸化Tauの量が低下すること、
脳内の不溶性Tauの上昇を抑えられること、
を示している。
以上が結果で、割愛したがPP作用の生化学的機序などもしっかり調べており、副作用や臨床にも使える阻害剤などの開発が進めば、ADをはじめ様々なTau異常症の治療に使えるのではと期待している。
2023年4月20日
老化は遺伝子に変異が蓄積するぐらいで済ましていた我々の時代とは違って、調べれば調べるほど様々な老化の原因が見えてくると言うのが最近の現状だろう。
今日紹介するケルン大学からの論文は、DNAをRNAへと転写する酵素PolIIのスピードが年齢とともに増加して、転写の失敗が増えることが細胞の老化につながることを示し、老化の原因が意外なところにも存在することを示した研究で、4月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ageing-associated changes in transcriptional elongation influence longevity(転写伸長の経年変化が寿命を決める)」だ。
全ゲノムについて転写速度の平均値を割り出すことは簡単ではないが、転写中のRNAの配列を決めて、特定のイントロンに注目して転写産物がどこまで到達したかを丹念に読み取ると、転写スピードが速いほど遠くまで読み取られたRNAの数が増える。
これを利用して、線虫から人間まで、年齢と転写速度を比べると、全ての動物で年齢とともに転写速度が上昇する。さらに面白いことに、ダイエットやIGFシグナルを変化させたりして、老化速度を遅くしてやると、転写速度も元に戻る。すなわち、転写速度の指標は老化の指標になる。
では、PolIIを変異させて、転写速度を遅くしたら老化を遅らせられるか?線虫とショウジョウバエで転写速度が低下したPolIIを導入すると、線虫で20%、ショウジョウバエで10%寿命が延びる。
次にPolIIによる転写速度が高まると、老化が起こる原因を調べ、転写が早いためどうしてもスプライシングにミスが発生すること、また転写時のミスマッチによるエラーが増えることを示している。わかりやすく言うと、転写という細胞活性の根幹が少しせっかちになってミスが増え、それが細胞の老化を促進しているという結果になる。
しかし老化したからと言って、PolIIの構造が変化したわけではない。なぜ同じPolIIの転写スピードが速くなるのか原因を調べ、最終的にクロマチンを形成するヒストンの量が減って、染色体がルーズになっている可能性を突き止める。
そこで単純に H3、H4ヒストンの遺伝子量を増やす操作をヒト細胞で行うと、細胞老化を抑えることが出来る。また、ショウジョウバエで同じようにヒストンH3を強発現させると、寿命が1割程度延びる。
以上が結果で、結局は高齢になるとクロマチンが緩んでしまって、その結果転写速度が高まり、変異した転写産物が増えるという、新しい老化のシナリオが示された。