組織学と遺伝子発現を統合することは、組織学者の長年の夢だが、この HP でも紹介したように、まずスウェーデンカロリンスカ大学のグループが(https://aasj.jp/news/watch/5490)、その後MITのグループが(https://aasj.jp/news/watch/9926)、これを可能にする技術を報告している。基本的には、スライドグラス上にバーコードのついた RNA トラップを敷きつめ、その上に組織を置いて、組織に発現する RNA をトラップし、バーコードから採取された場所が特定されるライブラリーを形成、遺伝子発現を解析する方法だ。
今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、前者の方法を改良した方法で、ガン組織の多様性ではダントツの前立腺ガンの多様性をこの方法で定義できるかという課題にチャレンジした研究で、8月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spatially resolved clonal copy number alterations in benign and malignant tissue(良性及び悪性の組織で、遺伝子コピー変異クローンの局在を特定する)」だ。
同じに見えても、一つの組織内のガン細胞が既に多様化していることはよく知られている。また、最近急速に普及する single cell technology により、この多様性をクローンレベルで特定することも可能になり、ゲノム変異および遺伝子発現から見て、ガンが増殖過程で多様化していることを疑う人はいない。
Ultima Genomicsだけでなく、ついに100ドルゲノムを実現する技術開発が完成しました。勿論、文明的にも大きな意義がありますが、研究でもさらにシークエンスパワーが利用しやすくなり、これを起点に新しい方法論が発展するでしょう。その例が6月27日に紹介した、新しい技術Perturb-seqの論文(https://aasj.jp/news/watch/19994)で、この論文でもUltima Genomicsのシークエンサーが使われていました。この論文を読みながら、新しい時代の研究についても考えてみましょう。
この通説に真っ向から異論を唱えたのがウィーン大学の Fitch で、生きたサル(マカク族)が様々な状況で鳴くときの口から喉にかけての構造変化をX線ビデオで撮影し、発せられる音と対応させることで、サルも人間と同じ複雑な音を発することが出来ることを明らかにした(Fitch et al. Sci. Adv. 2016; 2: e1600723、9 December 2016)。
今日紹介するウイーン大学 Fitch と京大霊長類研究所 西村さんの共同論文は、複雑な音を出せるという条件は同じなのに、何故人間だけがそれをフルに使得るようになったのかについての系統生理解剖学の研究で、8月12日 Science に掲載された。タイトルは「Evolutionary loss of complexity in human vocal anatomy as an adaptation for speech(人間が解剖学的複雑性を捨てることで言語に合わせた発声のための解剖基盤を獲得した)」だ。
最後に、西村さんの所属が Primate Research Institute となっており、安堵した。いくら不正があったからと言って、簡単に霊長研の名前を捨てる京大の暴挙に怒っていたが、研究は国際的なポジションが大事なので、形にこだわる役人や大学執行部を日本語でだまして、英語で元を取るという作戦は評価したい。とはいえ、私たちの世代にとって、霊長研という日本語も、多くの先生の顔が浮かんできて捨てがたいのも事実だ。
ガンの増殖には他の細胞と比べて高いエネルギーが必要なため、多くのガン細胞はエネルギー代謝システムを再編して、高い増殖能を維持できるようになっている。特に、グルコースの取り込みを高めて、ピルビン酸、乳酸という経路を用いる ATP 合成が高まっている。このおかげで、グルコースの取り込みを指標として、多くのガンの存在を PET で診断できる。
今日紹介するスウェーデン・カロリンスカ研究所からの論文は、同じように代謝経路を変化させてガンを抑制する方法なのだが、栄養制限ではなく、なんと寒さに晒すことで、脂肪組織を変化させガンを抑制するという意外な方法についての論文で、8月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Brown-fat-mediated tumour suppression by cold-altered global metabolism(低温により代謝全体が変化し、褐色脂肪組織が活性化されることで腫瘍が抑制される)」だ。
昨日はLINEトランスポゾンが、long noncoding RNA として炎症に関わる遺伝子発現を抑える論文を紹介し、ジャンク DNA も機能が持てるように我々の進化が進んでいることを紹介した。このように明確な機能が見つかることは希で、多くの場合、LINE や Alu と呼ばれる霊長類のレトロトランスポゾンは、ゲノムの多様性生成に大きな役割を果たしていると考えれている。
というのも、昨日紹介したように、同じ起源を共有する配列が、我々のゲノムに驚くほどの数で散らばっているという事実は、良く似た配列(相同)がゲノムのあちこちに存在することを意味し、何らかのh拍子で DNA が切断されると、この相同性を元に、相同組み換えが起こり、ゲノムに欠損や重複の大きな変異が生まれるきっかけになるからだ。これは、通常の相同染色体同士の組み換えと異なり、ゲノム上に存在する相同領域同士で起こるので、non-allelic 相同組み換え(NAHR)と呼ばれている。ただ、これだけ多くの繰り返し配列が存在すると、実際には変異を特定することは簡単ではない。ましてや体細胞では、細胞ごとに起こるイベントは異なっており、組み替えによる変異をシステミックに特定することは簡単ではない。
私たちのゲノムの大きな部分がジャンクDNAと呼ばれる、機能が全くわからないDNAにより閉められているのは、読者の皆さんにもよく知られていると思う(LINEについてはJT生命誌研究館で書いていたブログを参照してほしいhttps://www.brh.co.jp/salon/shinka/2015/post_000011.php)。このジャンク DNA の中で、レトロウイルスによく似て、一部は転写もされる DNA の一つが LINE と呼ばれる7kb程度の、レトロトランスポゾンで、ヒトゲノムでは数千の LINE が特定されている。ほとんどの場合、LINE もジャンク DNA として片付けられているが、マウスでは多くの LINE が免疫関係の遺伝子に飛び込んでいることがわかっており、何らかの機能があるのでは考えられてきた。
今日紹介するオーストラリア・Garvan 医学研究所からの論文は、LPS やコクサッキーウイルス感染により発現が誘導され、しかも Schlafen と呼ばれる細胞周期を止め、コクサッキーウイルス感染に重要な働きをすることが知られている分子の上流に飛び込んだ LINE、Lx9 遺伝子をノックアウトし、その機能を調べた研究で8月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The retroelement Lx9 puts a brake on the immune response to virus infection(Lx9レトロエレメントはウイルス感染で誘発される免疫反応にブレーキをかける)」だ。
LINE トランスポゾンの数は膨大なので、特異的ノックアウトは簡単ではないが、極めて保存されたスプライスサイトを選び出して、ノックアウトに成功している。この結果、Lx9 から転写される long noncoding RNA の発現は完全に消失している。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、皮質各層のミクログリアの分布や性質が、それぞれの層に存在する神経細胞との相互作用で形成される可能性を示した研究で、8月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Pyramidal neuron subtype diversity governs microglia states in the neocortex(新皮質の錐体神経細胞の特性がミクログリアの性質を支配する)」だ。
今日紹介するウィーン医科大学からの論文は、それまで HER2 抗体を含む様々な治療の効果が見られ亡くなった15人の脳転移の患者さんに、DS8201 を3週間に1回、通常治療に使われるのと同じ量(5.4mg/Kg)の治療が脳転移にも高い効果を示すことを示した第二相治験で8月8日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Trastuzumab deruxtecan in HER2-positive breast cancer with brain metastases: a single-arm, phase 2 trial(Trastuzumab deruxtecanの脳転移を起こした HER2 陽性乳ガンへの効果:単一群第二相治験)」だ。
今日紹介するデューク大学からの論文は、ケニア・アンボセリ国立公園に生息する黄色ヒヒの群れを9世代50年にわたって記録し続け、そこで行われたアヌビスヒヒとの交雑で流入したゲノムの動態を調べた本当に頭が下がる研究で、8月5日号の Science に掲載された。タイトルは「Selection against admixture and gene regulatory divergence in a long-term primate field study(長期にわたる霊長類の野外研究により、他種間交雑と遺伝子発現の多様性が選択圧にさらされていることがわかった)」だ。
しかし、こんな常識を全く気にせず、炎症性腸炎をプロモートする細菌をバクテリオファージで除去する課題にチャレンジしたのが、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文で、8月4日号 Cell に掲載された。タイトルは「Targeted suppression of human IBD-associated gut microbiota commensals by phage consortia for treatment of intestinal inflammation(ヒト炎症性腸炎と連関する腸内細菌叢をファージを組み合わせて標的にすることで腸炎の治療が可能)」だ。