7月30日 発ガンに必要な変異転写因子を自殺分子に変える(7月26日 Nature オンライン掲載論文)
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7月30日 発ガンに必要な変異転写因子を自殺分子に変える(7月26日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月30日
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発ガンには、増殖や生存に関わるシグナル分子に加えて、様々な転写因子も関わることが多い。しかし、細胞内から核内へ移行するエストロジェン受容体などのようにエストロジェンと拮抗する化合物を用いることで、機能を阻害できる核内受容体分子を除くと、転写因子の機能を標的にする薬剤の開発は遅れている。

そこにサリドマイドの作用機序の研究から生まれた薬剤、すなわち転写因子にユビキチンリガーゼをリクルートして分解してしまう薬剤で、レナリドマイドなど骨髄腫に対する薬剤は成功した例と言える。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、転写因子にエピジェネティックな転写活性因子BRD4をリクルートして活性化することで細胞を自殺に追い込む化合物の開発で、7月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rewiring cancer drivers to activate apoptosis(ガンのドライバーを細胞死活性化に転換する)」だ。

最初に断っておくが、この研究はBCL6遺伝子の変異をベースに発生するB細胞リンパ腫に限っての話で、どこまで一般化できるかわからない。ただ、一年に数万ケースが発症し、その3割は治療に反応しないことから、治療法の開発は重要だ。

さて、この病気を理解するためにはBCL6を理解する必要があるが、これが簡単でない。BCL6はB細胞でノックアウトすると、胚中心が全くできなくなるB細胞成熟に必須のマスター分子で、それが支配する遺伝子は多い。ただ、様々な分子と相互作用してその活性が調節されており、変異による影響が多様であるため、発ガン過程を単純なシナリオに落とし込むことは簡単でない。ただ、BCL6は正常細胞で細胞の成熟を促すため、細胞周期を止め、細胞死を誘導するのだが、多くの腫瘍の発生過程で、BCL6機能がBTBドメインを介してこの機能が抑制されている。

そこで、リンパ腫の変異型BCL6にエピジェネティックに転写を活性化させるBRD4をリクルートして、BCL6本来の機能を回復させ、細胞周期を止め細胞死を誘導して、主要細胞を自殺に追い込もうと考えたのがこの研究だ。

このため、BCL6のBTBドメインに結合する化合物と、BRD4のブロモドメインに結合する三菱田辺製薬が開発したJQ1化合物をリンカーで結合させた化合物を開発した。

これを薬剤耐性のリンパ腫細胞に加えると、期待通り速やかに細胞死を誘導できることがわかった。また薬理的実験から、この作用が期待通りBCL6にBRD4が結合して活性化した結果であることを様々な実験で確認している。

ただこの化合物は単純にBCL6のアポトーシス誘導機能を高めるだけでなく、実際には抑制される遺伝子も多く存在し、中でもMycの転写が阻害されることは、リンパ腫治療から考えると一石二鳥の効果が得られたことになる。他にも、RNA 合成酵素の活性を高める効果もあり、自殺を誘導する様々な遺伝子を速やかに誘導する、多くの機能を備えた化合物になっている。

残念ながら、動物を用いた効果や安全性の実験結果は、十分には解析できていないので、最終評価は難しい。BCL6ノックアウトで見られる胚中心の消失や、炎症は強くない様だが、リンパ系細胞はBRD4とBCL6を発現していることが多く、臨床応用までは副作用の詳しい解析は必須になる。

しかし、アイデアは面白く、多くの遺伝子を動員する点で効果が高く耐性もできにくいと思われ、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月29日 TRIM11はアルツハイマー病の画期的治療を可能にするか(7月28日号 Science 掲載論文)

2023年7月29日
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レカネマブが上梓され、アルツハイマー病(AD)治療も一歩前進した感があるが、本当の治療まではまだまだ先が長いと感じるのは、ADの神経変性を誘導する張本人はリン酸化されたTauタンパク質だとわかっているためだ。神経変性はTauが細胞内で凝集し、それがプリオンのように神経間を伝搬して病気を拡大させることで進行する。したがって、Tauの凝集を止める、さらには凝集したTauをもう一度可溶性にすることができれば、アミロイドの蓄積があったとしても神経変性を抑える可能性が高い。

このための研究として、抗体薬やTau凝集を抑える化合物まで開発されているが、道は険しいと思ってきた。しかし、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、遺伝子治療になるとはいえ、中期から後期のADにも対応できる画期的な治療に結びつくのではという期待を持たせる研究だった。タイトルは「TRIM11 protects against tauopathies and is down-regulated in Alzheimer’s disease(TRIM11はタウ異常症を防ぎアルツハイマー病では発現が低下している)」だ。

TRIM分子は後生動物で初めて見られるユビキチンリガーゼで、タンパク質のクオリティーコントロールに関わることが知られている。この研究では、77種類存在する人間のTRIM分子の中にTau分子の凝集を抑える分子が存在するのではと着想し、全てのTRIM分子をそれぞれ導入した細胞でTau凝集を誘導する十んを行い、三種類のTRIMが凝集を抑える活性があることを発見する。

このなかでTRIM11が最も強い活性があったので、この分子に焦点を当てて研究を続けている。

これまで発見されなかったのが不思議なくらいで、ADでTRIM11遺伝子発現の変化はないが、タンパク質発現レベルで見ると、AD患者さんではTRIM11が低下している。また、TRIM11遺伝子のレアバリアントがADリスクであることも示されていた。すなわち、TRIM11によるタンパク質のクオリティーコントロールがAD発症を抑える重要な働きをしていることがわかった。

次に凝集を起こしやすい変異Tau分子を導入した細胞内にTRIM11遺伝子を今日発現させる実験を行い、ユビキチンではなくTauをSUMOタンパク質を結合させ、これによりプロテアソーム依存的に分解することを明らかにしている。さらに、凝集Tauにより、正常Tauが凝集する、プリオン様の伝搬も抑えることができることを明らかにする。

この様に異常Tauをたまたま分解するだけではなく、正常神経細胞ではTau分子と結合して、一種のシャペロンとして働いていること、さらに一般的なシャペロンと考えられているHSP70やHSP40と比べると、その機能のために全くエネルギーを必要としないシャペロンの役割を演じていることを明らかにしている。

以上の結果から、この分子を導入することでTau異常症を防げる可能性が示されたので、細胞レベルの実験の後、変異Tau遺伝子を導入したADモデルマウスに、アデノウイルスベクターを用いてTRIM11遺伝子を導入する実験を行い、Tauの凝集や拡大を抑えるとともに、行動レベルで記憶など認知機能の改善が見られることを示している。

また、Tau異常症だけでなく、変異アミロイドβ遺伝子を導入して誘導する実験系でも、その後に起こるTau異常症を抑え、ADの症状を改善することを示している。また、直接海馬へベクターを駐車するだけでなく、脳室注射により脳脊髄液を介してもTRIM11遺伝子を導入して、AD症状を改善できることも示している。

結果は以上で、治療のモダリティーとしては遺伝子治療になるが、凝集が始まった後のTau以上症に対応できることから、かなり有望な治療法が開発できるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月28日 心臓病で睡眠が傷害されるメカニズム:臨床研究の手本(7月21日号 Science 掲載論文)

2023年7月28日
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睡眠が足りないと心疾患のリスクを高めることが知られているが、逆に心不全になると睡眠障害が起こることも知られている。この原因は一種の無呼吸症候群によると言われているが、睡眠のサイクルを概日サイクルと連動させてくれているメラトニンが低下しているので、これが最も重要な要因と考えられる。

今日紹介するドイツ・ミュンヘン工科大学からの論文は、メラトニンの分泌異常と心疾患の関係を、臨床例と動物実験をうまく組みあわせながら明らかにした臨床研究の手本と言える研究で、7月21日号の Science に掲載された。タイトルは「Immune-mediated denervation of the pineal gland underlies sleep disturbance in cardiac disease(松果腺の神経が免疫的障害を受けることが心疾患で睡眠障害が起こる原因である)」だ。

松果腺(体)は、視床に挟まれた小さな脳の内分泌器官だが、解剖学的には古くから知られており、その位置からデカルトが人間の心が据わっている臓器と考えたことで有名だが、現在はメラトニン分泌器官として、概日サイクルと睡眠サイクルを連合させるのに重要な働きをしている器官として位置づけられている。

この研究では亡くなった心疾患の患者さんの松果体を、心疾患のない剖検例と比べ、松果体を取り巻く自律神経の数が減少していることを発見する。そこで、今度はマウスの大動脈を縛って人為的心不全を誘導して、同じような変化が見られるか調べると、メラトニン分泌が低下するとともに、松果体を取り巻く自律神経数が減少することを観察し、人間の状態を再現できることを確認する。

松果体に投射する自律神経は上頸神経節由来なので、まずマウスで上頸神経節を調べると、心不全を誘導した場合、神経節が肥大し、線維化が起こっていることを発見する。そこで、実際の心不全患者さんの上頸神経節をエコーで調べると、肥大が認められることがわかり、今度はマウスモデルから臨床症状が示されたことになる。

この肥大の原因を探るべくマウス心不全で肥大が誘導された上頸神経節をsingle cell RNA sequencingで調べると、松果体へ投射する自律神経細胞が低下するとともに、マクロファージの数が上昇していることを発見する。すなわち、原因はわからないが、心不全により上頸神経節の炎症が誘導されることがわかる。ヒトの剖検例で調べた遺伝子発現でも、同じようにマクロファージの増加と交感神経の減少が確認される。

また転写されている遺伝子から細胞間相互作用に関わる分子セットを検索すると、マクロファージと交感神経との間で、密接相互作用を示す分子の発現が見られる。また、直接上頸神経節にマクロファージ活性阻害剤を注射すると、自律神経の減少を止めることが出来ることもわかった。

以上、ヒトの臨床検査と、マウスモデルを組みあわせて、心不全で起こる睡眠障害の原因を上頸神経節炎症として特定し、またこの部位を標的とした局所治療の可能性を示した。ここまで、臨床とモデルをサイドバイサイドで比較するという研究を見ると、臨床と基礎ががっちりタッグを組んでいることがわかり、臨床研究のお手本だと感心する。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月27日 少し見方を変えて人間の条件を探る(7月19日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月27日
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人間の条件を探るため、ゲノムを中心に様々な研究が行われており、多くの論文を紹介してきた。単純化して言ってしまうと、ゲノム上での人間特異的変化が、細胞レベルでの遺伝子発現に影響し、その結果が細胞の数、位置、機能を変化させることで人間の特徴が生まれる。従って、ゲノムの比較は、細胞や組織レベルの解析と相関させる必要がある。

Single cell RNA sequencing はこの比較をより解像度の高いものにしてくれている。しかし、例えば脳の場合、構造や細胞は多様で、ただ脳の single cell RNA sequencing の比較を行えばすむという話ではない。

今日紹介するテキサス大学サウスウェスタン医学センターからの論文は、アカゲザル、チンパンジー、人間の脳細胞の差を徹底的に調べた研究だが、細胞を取り出す場所をブロードマン23(辺縁系の一部で大脳各部に投射を持つ、意識にも関わる領域)に限り、そこに存在する細胞の Single cell RNA sequencing から存在する細胞の種類や、各細胞での遺伝子発現の違いを調べ、人特異的な条件を調べた点がユニークで、7月19日 Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「Molecular features driving cellular complexity of human brain evolution(人間の脳の進化で細胞の複雑性推進に関わる分子的特徴)」だ。

この論文の様に、領域を限った上で細胞を比べるという研究がどのぐらい行われていたかは把握していないが、ここまで徹底的に行ったのはこの研究が最初だろう。このように、全体にこだわらずに少し焦点を当てることで、なかなか面白い話に仕上がっている。

まず面白いのは、発達が終わった成体の脳であるにもかかわらず、成熟オリゴデンドロサイトがヒトへの進化とともに減少し、逆にオリゴデンドロサイト前駆細胞の数がヒトへの進化とともに上昇する点だ。組織学的な解析から、この傾向は脳のほとんどの領域で見られることが確認されており、遺伝子発現でもオリゴデンドロサイトの移動に必要な細胞骨格調節遺伝子が低下するなど、特徴的な変化が見られる。元々オリゴデンドロサイトが関わるミエリン化がヒトでは遅いことが知られているが、しかし既に成体での結果なので、おそらくオリゴデンドロサイトが神経の可塑性など他の機能にも関わることを示している。

遺伝子発現、エピジェネティック解析をそれぞれの細胞で行うと、細胞共通に見られる人間特異的な変化は少ないが、細胞ごとに見ていくと、特異的変化を数多くリストすることが出来る。

中でも面白いのは、ヒトの言語に関わるのではと最初考えられ、サルと人間で発現に差がないので、言語に直接関わる可能性は少ないと断じられたFOXP2遺伝子の発現が、限られた興奮ニューロンでヒト特異的に発現が上昇していることを発見する。また、これらの細胞ではFOXP2が調節する遺伝子の発現上昇も確認できるので、FOXP2の機能を異なる視点で今後見直す必要が出てきた。

遺伝子発現とクロマチン構造両方が各細胞種で調べられており、それを比べると両者の相関性は高い。すなわち、クロマチンが開く、あるいは閉じるエピジェネティックな変化がそのまま遺伝子発現につながっている。しかも、ヒトとチンパンジーのゲノム上の配列変化は、クロマチン変化の場所に集中しており、ゲノム進化の結果、クロマチン状態が変化し、遺伝子発現進化へとつながることが示された。

クロマチン状態が変化した部位に見られる人特異的ゲノム変化の中で最も目を引くのが、神経刺激で誘導されるFos/Junが結合するモチーフの濃縮で、特に皮質の上層の神経細胞特異的に見られる。機能は示されていないが、おそらく神経興奮による変化を遺伝子発現の変化へと転換する過程で強い進化が起こっていると考えられる。

以上が結果で、異なる視点で見ることで、面白い人間の条件を見つけられることを示した重要な貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日 A*02:01型HLAを持つ人への耳寄りな情報(7月24日 Cell オンライン掲載論文)

2023年7月26日
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腫瘍に浸潤してきたT細胞を移植してガンを抑制するTIL治療は、他のガン免疫治療と比べて普及に至っていないが、たまに完璧な効果が得られることがある様で、このHPでも紹介したことがある。この時重要なのは、完璧な効果が得られた症例のガン抗原とそれに対するT細胞を精査して、効果のメカニズムを明確にし、次の治療に生かすことだ。

今日紹介する英国・カーディフ大学からの論文は、ステージ4のメラノーマ患者さんを完全寛解させ、10年以上再発のないTIL治療ケースを解析し、成功の秘密を明らかにした一種のケースレポートで、7月24日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting of multiple tumor-associated antigens by individual T cell receptors during successful cancer immunotherapy(免疫治療の成功例では、個別のT細胞が複数の腫瘍関連抗原を認識していた)」だ。

この研究では、移植したTILを保存しており、成功が確認された一人の患者さんで、注入したTILの中のガン抗原特異的キラー細胞を解析、キラー活性の全てがA*02:01型HLA抗原+ペプチドであること、さらにこの患者さんのメラノーマにとどまらず、同じA*02:01型HLAを持っているガンであれば、キラー活性を持っていることを発見する。 すなわち、ガンのネオ抗原ではなく、ガン細胞で発現が高いガン関連抗原に対して反応するT細胞が、この成功の秘訣であることを発見する。

そこで、同じTILからA*02:01型HLAを持つガンに反応するT細胞クローンを樹立し、T細胞受容体が認識するペプチド抗原を探索すると、驚くことに、メラノーマで発現している3種類の蛋白質由来の3種類の異なるペプチドに対して、同じように反応することがわかった。

T細胞受容体とペプチドが結合したA*02:01型HLAとの構造解析を行った結果、配列は異なるがそれぞれのペプチドは構造的相同性を示す、類似抗原であることが明らかになった。それぞれのペプチドは単独で同じT細胞を刺激できるが、不思議なことに3種類同時に加えると相乗効果も発揮する。

そして、この研究のハイライトと言える発見、すなわちA*02:01型HLAを持つ人であれば頻度は少ないが同じT細胞を有しており、さらにメラノーマに限らず、様々なガンでこれらのガン関連ペプチドは発現しており、骨髄性白血病や、慢性リンパ性白血病でも同じようなメカニズムでガンを消失させることが出来た例があることが示された。すなわち、A*02:01型HLAを持っている人は、ガンのネオ抗原でなくても、この3種類のペプチドのどれかをワクチンとして免役することで、様々なガンに対するT細胞を誘導できる可能性が示された。さらには、同じ抗原受容体を導入したT細胞を用意することすら可能だ。

もう一つ驚くのは、移植されたTILが腫瘍が消えた後も長期間持続している点で、ガンとは異なる細胞で少しづつ刺激が続いている可能性があるが、自己免疫の様な副作用はない。

以上、COVID-19感染でも、B*15:01型HLAを持っていると、他のウイルスペプチドとの抗原類似性のおかげで、T細胞免疫が前もって存在しており、感染しても重症化しないという論文が最近発表されていたが、全く同じメカニズムでA*02:01型HLAを持つ人は、複数のガン関連ペプチドに反応するT細胞が準備されており、様々な免疫治療が可能なラッキーな人たちであることが明らかになった。

ちなみにBardに「A*02:01型HLA抗原を持っていると、ガンになりにくいというデータはあるでしょうか。」と聞いてみると、全般的なガン発症リスクが乳ガンで15%、大腸ガンで10%低いことを教えてくれた。

日本人では10%がこのラッキーな集団と言うことになる。この方達向けの特別な予防や治療プログラムが出来ても悪くはない様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日 統合的組織学の進展(7月19日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月25日
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7月19日 Nature にオンライン掲載された論文の中に、3編の先端組織学の論文が掲載されていた。Single cell RNA sequencing はこの10年で生物学や医学を大きく変革したが、組織の美しい形態は犠牲にせざるを得ない。ただ、形態には多くの情報が隠れており、従って single cell のオミックス情報と、形態をできるだけ簡単に組みあわせたいと思うのは当然だ。

この目的で様々な方法が開発されているが、この3編では既に実験のためのコマーシャルサービスが提供されている方法を用いて行われている。この3編及び、統合組織学の最近のトレンドについては、8月にでもジャーナルクラブで紹介することにして、今日はヒト胎盤の螺旋血管リモデリングを追いかけたスタンフォード大学の研究を紹介する。タイトルは「A spatially resolved timeline of the human maternal–fetal interface(ヒトの母体と胎児の接点についての形態学的変化)」だ。

これまで、様々な金属でラベルした複数の抗体を用いて細胞を染色し、その細胞をフローサイトメーターで流しながら、一個一個の細胞をイオンビームで照射して、金属飛行距離を調べるTOF測定を行うことで、それぞれの細胞に存在する分子の数を、飛行距離の異なる金属の数として調べるCyTOFについては何回か紹介してきた。

この研究では同じ方法をフローサイトメーターではなく、組織上でイオンビームを照射してTOFを行う方法を用いて解析することで、組織上での複数の蛋白質の発現マップを形成している。実際には37種類の抗体を用いて、50万個近い細胞を解析している。

この方法に加えて、バーコード化した核酸プローブを用いて、複数のRNAとin situ hybridizationを行い、その組織に残ったプローブの数から、組織上での遺伝子発現を調べるSpatial transcriptomicsも用いている。

これらの方法については、改めてジャーナルクラブで紹介することにして、この統合的組織学の粋を用いてこの研究が解析したのは、母親から胎児の方向へと進入して酸素供給に関わる螺旋動脈の発達と消衰時の、胎児細胞との相互作用だ。

詳細は全て省くが、螺旋動脈は時間とともにリプログラムされるが、この時隣接する細胞と血管内皮の遺伝子発現の統合組織学を行い、最終的に血管リプログラムを誘導するのは螺旋血管と直接接する脱落膜の絨毛外栄養細胞(ETV)で、これが発現する分子の変化により、血管新生が起こり、さらにNK細胞のリクルートを行い、免疫寛容環境を作ることで、母胎から胎児への拒絶反応が抑えられるという結果だ。

機能的実験ではないので、シナリオについては個々の分子を変化させる実験が必要だが、ここまで進んだ統合組織学のおかげで、組織学者もこれまで以上に想像を膨らませることが出来ることを示す、重要な論文だと思う。是非8月、ジャーナルクラブを計画しよう。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月24日 最近気になった論文をまとめて紹介(7月21日号 Science 掲載論文他)

2023年7月24日
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1、地震2時間前に予知は可能かも知れない(7月21日号 Science )

フランスコートダジュール大学から発表された研究では。5分ごとに位置が記録されるGPSステーションのデータが得られたマグニチュード7以上の地震で、GPSステーションのずれを地震前48時間にわたって解析し、2時間前からはっきりと一方向へのずれが生じる場合が多いことを発見する。個々の地震レベルで言うと79%の確率で予測できることが示されており、東日本大震災でもはっきりと検出できている。2時間から立ち上がりが始まるので確信が持てるのは1時間前になると思うが、それでも8割の確率で予測できるとしたら、真剣に検討する価値はあると思う。

2、米国では認知症になっても車を運転している例が多い(6月29日 Journal of American Geriatrics Scociety オンライン掲載論文)

モントリオール認知症テストで、認知症と診断された635人についてミシガン大学が行った調査で、自動車を運転しているかどうか調べ、なんと61%の人がまだ運転をしていること、またケアをしている人が運転について心配していることを述べている。スペイン語を話すグループと、ヒスパニックではない白人に分けてみると、白人ではそれでもスコアが低下すると運転をやめる傾向があるが、スペイン語を話すグループは、認知症スコアと関係なく自動車を運転している。我が国ではどうだろうか?

3、プラスチックコンテナーに入った食品は電子レンジ照射でマイクロプラスチックに汚染される(Environmental Science &Technology vol57,p9782掲載論文)

ネブラスカ大学からの論文で、ポリエチレンやポリプロピレンに入った食品を電子レンジで3分間照射するだけで、1cm 平方あたり400万のミクロ粒子、20億のナノ粒子で食品が汚染されるという結果で、勿論熱をかけたりしても一定程度の汚染はあるが、電子レンジが圧倒的に多くのマイクロプラスティックを放出することを示している。例えば子供がプラスティック容器で電子レンジを照射されたお湯を飲むと、22ng/kgという量に暴露されていることになる。私も職場では、チンして食べる昼食を取るが、こんなに汚染されるとは知らなかった。

4,医学領域での大規模言語モデルの現状と将来(7月17日Nature Medicineオンライン掲載論文)

医学領域での大規模言語モデル(LLM)についてわかりやすく書かれ他総説で、pretraining, fine-tuning, reward, promptによるtuningなどわかりやすく書かれているとともに、ChatGPTやPaLM以外にも今後多くのLLMが医学領域へ進出することがよくわかる。内容は紹介しないが、医療分野のLLM 紹介としては出色。

以上、夏休みの息抜きです。

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7月23日 肺腺ガンに見られる多様性の分子メカニズム2題(7月19日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月23日
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肺腺ガンは病理的にはいくつかのサブタイプに分かれるが、基本的には進行の遅いほぼ経過観察だけでよい非浸潤性のタイプと、浸潤性で転移の頻度の高いタイプに分かれる。この差を決める分子メカニズムについて、2編の面白い論文が Nature にオンライン掲載されたので一度に紹介する。

最初の論文はスタンフォード大学内科学教室からの論文で、良性型と悪性型の差が発ガン遺伝子KRASの変異が最初に起こった細胞の違いを反映しているという研究だ。

肺胞細胞には完全に分化した扁平なAT1細胞と幹細胞の性質を持つ立方体型AT2細胞が存在するが、これまでマウスを用いた発ガン研究ではAT2に焦点が当たっており、良性型の腺ガンを誘導することは出来なかった。このことから、良性型腺ガンはAT1細胞にKRAS変異が起こったときに発生するのではと考え、AT1特異的に変異RASを誘導すると、細胞は徐々に立方体型でAT2の性質を持つ腫瘍が発生するが、AT2に変異RASが発現した腫瘍と比べると、ヒトの良性型腺ガンと極めてよく似ており、進行が遅い。すなわち、予想通り良性型腺ガンはAT1細胞に由来すると考えられる。

詳細は全て省くが、細胞レベルの解析から、

  1. 変異RASはAT1からAT2への脱分化を誘導する。
  2. しかし、完全な脱分化ではなく、両方の性質を持つ移行型細胞が誘導される。
  3. 特にWntシグナルに依存性の増殖ではAT2由来ガンと全く異なり、逆にWntシグナルで増殖が抑えられる。
  4. 一方、KRAS変異導入によるAT1由来腺ガン細胞ではERKシグナル分子の活性に比例して、増殖や悪性度が変化する。
  5. このように、AT2へのリプログラムが変異RASで起こるが、AT1の性質を持つことからそのまま悪性のガンへと転換しない。

要するに、AT1への分化プログラムがガンの悪性化を抑えるという話だが、次に紹介する同じスタンフォード大学だが放射線腫瘍学教室からの論文は、p53ガン抑制遺伝子が、AT2からAT1への分化を強く誘導することで、悪性化を防いでいるという研究だ。

この研究ではAT2細胞に発ガン遺伝子を導入する実験系に、異なるp53活性を導入してガン発生を抑制したとき、細胞レベルでどのような変化が起こっているのか調べている。

期待通り、p53の活性が高いとガンの発生は抑えられ、p53活性が低いとガンの発生率は上がる。この時、p53の細胞レベルの作用を調べると、AT1への分化が誘導されることがわかった。また、この過程を追跡すると、AT1遺伝子群が、エピジェネティックに活性化されていることがわかった。

また、ヒトやマウスの肺腺ガンにp53を導入すると、AT1への分化が誘導される。また、正常AT2細胞でも、p53導入でAT1への分化が促進する。すなわち、前の論文でも示された様に、AT1細胞の性質を誘導することが肺腺ガンでのp53の役割と言うことになる。

では正常細胞でのp53の役割は何か。この研究では化学物質による肺障害モデルを、p53発現量の異なるトランスジェニックマウスで調べ、修復時のAT2細胞がAT1への分化を誘導し、AT2の過増殖を抑える組織再生のホメオスターシスに関わることを示している。

以上、かなりはしょって紹介したが、これまであまり話題にされなかった良性型肺腺ガンから、発ガンの一丁目一番地とも言えるRASやp53の新しい機能が明らかになった。素晴らしい臨床研究だと思う。

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7月22日 驚くことに、チェックポイント治療に用いる PD-1 抗体は記憶と学習能力を高める(7月21日号 Neuron オンライン掲載論文)

2023年7月22日
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免疫系に発現しているシグナル分子が神経にも発現している例は多い。従って、神経とは関係がないと思っていた分子が神経に発現して、脳機能を変化させることが報告されても、まず驚くことはない。

しかし今日紹介するデューク大学からの論文は、現在何百万という患者さんに使われている抗 PD-1 抗体が学習能力や記憶を高める可能性を示す研究で、さすがに驚いてしまった。タイトルは「PD-L1/PD-1 checkpoint pathway regulates hippocampal neuronal excitability and learning and memory behavior(PDL1/PD-1 チェックポイント経路は海馬神経の興奮性を調節し、学習と記憶行動に関わる)」で、7月21日 Neuron にオンライン掲載された。

元々ミクログリアだけでなく、神経細胞にも PD-1 が発現していることは知られた。ただ、神経での機能を調べようと思い立った研究者はこれまでいなかった様だ。そんな中、このグループは PD-1 をノックアウトしたマウスに脳機能の変化が見られないか、様々な行動実験を行い、KOにより学習能力と記憶が高まること、またこの機能上昇は脳室への抗 PD-1 抗体投与でも再現できることを明らかにする。

まさに、生理的意味はともかく、PD-1 が記憶や学習に直接関わるという結果がこの研究のハイライトと言える。あとは、行動実験だけでなく、神経生理学的、生化学的に神経細胞への PD-1 KO の影響を調べ、本当に PD-1 が神経細胞で機能しているかを確かめることになる。

結果は明瞭で、生理学的には PD-1 は神経細胞の興奮を抑える役割がある。逆に言うと、PD-1 をノックアウトすると、自然発火も含め興奮性が高まっている。すなわちキラー細胞で見られるのと良く似ている。

PD-1 は脱リン酸化酵素を活性化して、細胞内シグナルを抑えることで、キラー活性を抑えているが、神経細胞でも、まず PHP-1 脱リン酸化酵素が高まり、その結果 ERKリン酸化シグナル経路が抑えられ、Kv4.2カリウムチャンネルが抑えられる。また、ERKシグナルで活性化されるグルタミン酸受容体の活動も抑えられ、これが神経の興奮性を高めることがわかった。要するに、興奮しすぎを抑える働きを PD-1は持っており、逆にこのシグナルを抑えると、神経興奮性が上がるとともに、シナプス形成も促進され、長期メモリーが誘導され(long term potentiation)、学習や記憶が高まることになる。

データを示されてみると、十分納得できるが、ではなぜ記憶や学習に特異的効果を持つのか。これについては、海馬の興奮神経特異的に PD-1 をノックアウトする実験や遺伝子発現パターンから、このメカニズムが主に海馬の働いているためであることを示している。

さらに面白いのは、PD-1の発現が極めてダイナミックな点で、常に発現しているのではなく、例えば学習によって神経興奮が起こると、PD-1の発現が低下する。すなわち、学習時には自然に抑制されるメカニズムがある。このダイナミズムを理解するには、PD-1を刺激する PD-L1 がどこから来るかを明らかにする必要がある。様々な実験を行っているが、長い話をまとめると次の様になる。PD-L1 は脳の様々な細胞が発現しているが、興奮神経刺激に関わるのは神経細胞由来のPD-L1で、神経活動により PD-L1 が細胞外へと分泌され、これが PD-1 を刺激して神経活動のフィードバックを行っていると考えている。事実、PD-L1 を脳室に投与すると学習を抑えるし、逆に PD-L1抗体を脳室に投与すると、学習や記憶が高まる。このように、神経活動で PD-L1が分泌され興奮神経へのフィードバックをかける仕組は、免疫反応と極めて似ている。

以上が結果だが、人間でも同じか気になる。人間の脳スライス培養系を用いて人間でも同じようなシグナル経路が働いていることを示しているので、例えば脳の障害で落ちた記憶や学習を高めるための治療にPD-1抗体を用いる可能性はある。ただ、現在ガン免疫に利用されているPD-1抗体が脱ミエリンなど、様々な自己免疫反応を誘導することを考えると、脳機能を標的とする治療は注意深く行う必要がある。

いずれにせよここまで詳しいデータを示されると、本当にびっくりした。

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7月21日 アルツハイマー病リスクを早期に予測する(7月19日 Science Translational Medicine オンライン掲載論文)

2023年7月21日
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エーザイ/バイオジェンの開発した抗Aβ抗体レカネマブが米国で承認され、さらに同じメカニズムの Eli Lilyが開発した抗体薬ドナネマブも承認申請が行われて、急にこの領域が騒がしくなってきた。始め効果を認めることが難しかったこれらの抗体薬の効果が確かめられる様になったのは、アルツハイマー病(AD)の極めて初期、すなわちAβの蓄積からTau異常症への移行が進む前に、Aβフィブリルを除去する治療に切り替えられたからだ。従って、できるだけ早く、欲を言えば軽い認知(MCI)すら出ていない段階で、ADを見つける検査法の開発が重要になる。勿論、MCIが起こる前にAβペットを行うという手もあるが、特別人間ドックならともかく、一般的な検査にはならないだろう。

今日紹介する米国国立老化研究所からの論文は、症状が全くない時期にADの発症を予測できる血液検査の開発研究で、7月19日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Proteomics analysis of plasma from middle-aged adults identifies protein markers of dementia risk in later life(中年の血清蛋白質プロテオミックスによって特定された長期的将来での認知症リスクのマーカー)」だ。

これまでも血清蛋白質を網羅的に調べてAD早期診断マーカーを見つける試みは続けられてきた。ただ、この研究は中年の対象者の血清プロテオミックスを調べた後、25年以上に渡って1万人近い対象者を追跡することで、長期のリスク予測に関わる蛋白質に焦点を当てている点が重要だ。

調べた4877種類の蛋白質の中から、最終的に32種類の蛋白質が15年後(早期発症群)あるいは25年後(後期発症群)のADと相関が見られた。これらの蛋白質を、他の独立したコホートデータと比べることで、15種類に絞っている。

こうして特定された蛋白質のうち12種類は、脳脊髄液に存在し、脳でのAD発症過程に関わることが示唆される。また、これらの蛋白質の多くが、ADの脳で発現が変化していることも確認された。

こうして残った蛋白質は、いくつかの機能的モジュールに分類できる。一つは、ヒートショックタンパク質を含む、細胞内蛋白質恒常性に関わる分子で、Aβなどによる神経ストレスを反映している。

もう一つは、IL3やJak/stat分子の様な免疫炎症に関わる分子で、AD発症に炎症が関わっていることを強く示唆している。これにはSERPINA分子の様に自然免疫に関わる分子や、面白いところでは何度も紹介したGDF-15なども含まれる。特にGDF-15はADの後期発症と最も相関率が高いので、今後の研究の対象になるだろう。

最後にこれらの変化がADの発症要因か、ADの進展を反映しているのか、bidirectional two sample mendelian randamization(説明は省く)を用いて調べている。結果、こうして発見された早期診断マーカーは、ADの発症条件と言うより、ADが始まった早期からAD病理過程により発現が影響されたと考えられる、すなわちAD早期過程の神経細胞変化を反映していると考えられることが明らかにされている。

このように、ADはMCIが発症するずっと前から始まっている可能性が高い。しかし、今回特定された蛋白質をベースの診断予測をすると、AUCで0.66という精度で、APOE4単独でのリスク測定と比べても劣っている。従って、今回の方法で陽性と判断された人たちをAβペットなどを用いて詳しく調べるという段階が今後続けられ、ADの早期診断が確立し、AD抗体治療の最も効果が見られる対象者が最終的に絞られていくと期待される。

カテゴリ:論文ウォッチ