Yahooニュースに書いていた「自閉症の科学」はAASJのホームページに引っ越してきます。
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Yahooニュースに書いていた「自閉症の科学」はAASJのホームページに引っ越してきます。

2019年8月13日

唐突ですが、8月より、Yahoo ニュース個人への執筆をやめることにしました、そこでこのサイトに連載していた自閉症の科学は、AASJのホームページに書いていきます。と同時に、これまで書きためてきた記事も、こちらに移して、皆さんがまとめて読める様にしますので、よろしく。

8月13日 膵臓癌の予後を決める腫瘍組織内細菌叢 (8月8日号Cell 掲載論文)

2019年8月13日

8月に入って雑誌Cellに、少なくとも私にとって面白い論文が多く掲載されていたので、昨日に引き続き連続で紹介しようと考えている。今日はガンと腸内細菌叢の話だ。慶応の本田さんたちの研究から、腸内細菌叢の中には感染免疫だけでなく、ガン免疫も高める細菌が存在することがわかっている。そのため、ガンに良い細菌層を探す研究が盛んに行われている。

これに対し、今日紹介するテキサス大学MDアンダーソンガン研究所の論文は、ガンの中でも最も厄介なすい臓ガン患者さんの術後の生存期間が腫瘍内の細菌叢と相関することを明らかにした研究で、8月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Tumor Microbiome Diversity and Composition Influence Pancreatic Cancer Outcomes (腫瘍内の細菌叢の多様性と構成がすい臓ガンの予後に影響する)」だ。

この研究ではすい臓ガンの手術時に組織からDNAを抽出しその中に含まれるリボゾームRNAから、切除組織に存在する細菌叢を調べ、術後10年近く生存したグループと、1年半ほどでなくなったグループに分け、細菌叢の多様性や構成を調べている。ただ、生存カーブから言えることは、10年以上生存できたグループも15年目にはほぼ全員が死亡しており、すい臓ガンの厳しさを物語っている。

さて結果だが、術後長く生存できた組織内の細菌叢は、生存が短かった組織の細菌叢と明確に区別することができ、細菌の多様性が高いことがわかった。またそれぞれのグループに特徴的OUT、すなわち16Sリボゾーム解析から特定される菌でをリストすると、生存期間ではっきり種類が異なることも明らかになった。

そして、これらの細菌叢の違いと並行して、あきらかに腫瘍に対するキラーT 細胞の組織内濃度は上昇しており、ガンに対する免疫反応が細菌叢に影響されていることを示している。同じく、それぞれの細菌叢は代謝活性でも大きく違っている。

すい臓ガン組織の細菌叢の由来を調べるため、便の細菌叢と比べると、ガン組織内の細菌叢の25%は腸内細菌叢由来であることが確認でき、多くは腸内細菌叢から由来すると考えられる。

そこで、マウスにヒト腸内細菌叢を移植したあと、すい臓にガンを移植する実験を行い、腸内細菌叢がガン組織へ移行するか調べ、移植した人間の腸内細菌叢がガン組織で見つかることを確認する。

この結果を受けて、次にガンが進展した患者さん、長期間生存例、および健康人の腸内細菌叢を移植したマウスですい臓での腫瘍増殖を調べると、長期生存例の腸内細菌叢を受けたマウスで最も強く腫瘍の増殖が抑えられ、CD8キラーT細胞の浸潤が強く認められることを明らかにしている。

以上の結果はすい臓ガンの組織内には、腸内細菌叢を中心に細菌叢が侵入し、この細菌叢が多様で特定のOUTが存在する場合、ガン免疫反応を高め、長期生存を可能にするという結果だ。

もしこの話が本当なら、すい臓ガンの患者さんに腸内細菌叢の移植を行う日が来るのも早い気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月12日 末梢感覚神経の感受性を抑えて自閉症を治療する(8月8日号 Cell 掲載論文)

2019年8月12日

自閉症スペクトラム(ASD)の薬剤治療の開発は進められているが、発達期に、脳に対する作用のある薬剤を使うことのハードルは高い。例えばBumetanideのASD症状に対する効果は確認されるが、様々な副作用との競争になることがわかっている。

これに対し、ASDの症状は外界からのインプットに対する過敏症から発生する2次的効果による要因が大きく、脳ではなく末梢神経の感受性を変化させることで治療が可能ではないかという説が現れてきた。今日紹介するハーバード大学からの論文は、動物モデルではあるがこの可能性を徹底的に追求した研究で8月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Targeting Peripheral Somatosensory Neurons to Improve Tactile-Related Phenotypes in ASD Models(抹消の体性感覚を標的にする治療はASDモデルの触覚に関わる症状を改善する)」だ。

膨大な仕事だが、研究の方向性は明確で、脳ではなく末梢感覚神経だけで感受性の変化が起こる様に操作すればASDを誘導したり治療したりできることを示すことが目的だ。

そのためにまず、ASDの原因となるShank3やMecp2の遺伝変異を末梢感覚神経だけに導入する実験を行い、末梢感覚神経の感受性が高まるだけで様々なASD様社会行動が誘導されることを示している。また、この逆の実験では、遺伝変異によるASDモデルマウスの遺伝子変異を、末梢神経だけで正常化してやると、体性感覚が戻るのと並行して、ASD様症状も改善することを示している。

次に、異なる発達時期に末梢感覚神経の遺伝子変異を誘導する実験を行い、28日以降で変異誘導した場合、感覚神経機能は障害されても、ASD症状は出ないこと、一方生後6日目から変異誘導するとASD症状が発生すること、そして驚くことに生後10日から変異誘導すると、不安行動が逆に減少することを示している。すなわち、体性感覚の変化が発達期に応じて、脳のネットワークを変化させることを示している。

多くのASDモデルの異常の原因の一つが、GABA抑制神経の活動が低下しておこる過敏な神経興奮によると考えられている。そこで、末梢神経でのGABA反応性を高めるため、末梢神経特異的にGABARB3を導入する実験を行い、GABA神経の活動を正常化することでASD症状を改善できることを確認する。

そして最後に、脳血液関門を通過できないGABA受容体刺激剤を様々な遺伝的ASDモデルマウスに生後すぐから6週間投与する実験を行い、様々な社会行動を正常化させられるが、記憶力や運動能などは治療できないことを示している。

以上が結果で、末梢神経だけを標的にすることで、ASD症状を改善できること、しかも原因を問わず、GABA受容体を刺激することだけでそれが可能であることを示した意義は極めて大きい。また、個人的には末梢神経異常が脳のネットワーク形成に及ぼす影響が、発達期によりこれほど異なることも興味を引いた。特にMECP2の様に欠損症と過剰症の両方が同じ様な症状を誘導するケースでの研究は重要だと思う。

しかし、期待の持てる薬剤治療が開発された印象を強く持った。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月11日 抗原特異的自己免疫反応には少なくとも3種類のT細胞が関わっている(Natureオンライン掲載論文)

2019年8月11日

利根川さんが抗体V遺伝子の再構成を明らかにし、本庶さんがクラススイッチ時の遺伝子再構成を示した後、研究の方向はT細胞の抗原受容体の遺伝子クローニングが焦点になり、熾烈な競争が行われた。最初の論文は、利根川研からか、あるいは本庶研からかなど免疫学者が注視していた時、最初にクローニングに成功したのが、米国のMark DavisとカナダのTak Makだった。この結果、それまで我が国免疫学を代表していたサプレッサーT細胞の話(ロマン)は完全に消えることになり、100の現象より一つの分子を特定することの重要性を強く認識したのを覚えている。

そのMark Davisは現在ヒトの免疫反応や病気という現象をT細胞受容体(TcR)から定義し直すことを精力的に行なっており、今日紹介する論文も多発性硬化症でミエリンに対するCD4T細胞が刺激される時に並行して刺激されるCD8T細胞を調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Opposing T cell responses in experimental autoimmune encephalomyelitis (実験的脳脊髄炎での抑制的T細胞反応)」だ。

Davisらはすでに、グルテンで誘導する腸炎ではCD4T細胞とともに、CD8T細胞、そしてγδT細胞が末梢血中に動員されることを示していた。この研究では、グルテンの代わりに、ミエリンで免疫して誘導する実験的脳脊髄炎で同じことが起こるか調べ、ミエリンに反応するCD4T細胞、IL-17 を分泌するγδT細胞、そして機能が不明のCD8T細胞の3者が末梢血中に相次いで動員され腸管へ移動することを示していた。

このうち、CD8T細胞はミエリンが抗原でないが、特定のTcRを持つクローンが増殖していることを確認し、CD8T細胞を刺激する抗原を、酵母表面に提示されたMHC-ペプチド複合体をTcRで選択するという凝った実験系を用いて突き止めることに成功する(この活性のあるペプチドをSPと呼んでいる)。

最後に、このミエリンで脳脊髄炎を誘導する際に、同時にSPを注射する実験を行い、このCD8T細胞を誘導することで脳脊髄炎の発症を強く抑制できること、また同じ細胞を移植すると脳脊髄炎を抑制できることを明らかにしている。

ただ、このCD8T細胞は他の自己免疫病には効果がないので、ミエリンに対する反応誘導過程特異的に出現することを示している。

以上が結果で、抗原特異的な新しいサプレッサーT 細胞の登場ということになるが、その誘導メカニズムについてはまだまだ研究が必要だ。今後他の反応についても、各T細胞のTcRと結合する抗原を特定し、この3種類のT細胞から多くの自己免疫病を定義し直して、新しい治療可能性を見つけて欲しい。

昨日に続いて、TcRの抗原を特定することの重要性を認識できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月10日 チェックポイント治療で誘発された伝染性単核症による炎症(Nature Medicine オンライン掲載論文)

2019年8月10日

PD-1に対する抗体を用いて免疫反応の抑制メカニズムを外すことで、長期にわたるガンのコントロールが可能になったが、これと並行して免疫抑制が外れることで起こってくる、これまで誰も経験したことのないような様々な免疫病が現れるようになった。これらは単純に副作用対策というより、人間の免疫システムを知る上でも貴重な症例で、一例一例、解剖も含めて大事な検討が必要だ。

今日紹介するナッシュビルにあるバンダービルド大学からの論文はPD-1治療の結果脳炎で亡くなった患者さんの、お手本ともいうべき丁寧な病因追求調査で一例報告とはいえNature Medicineに掲載された。タイトルは「A case report of clonal EBV-like memory CD4 T cell activation in fatal checkpoint inhibitor induced encephalitis (チェックポイント治療により誘導された脳炎ではEBウイルス様のメモリーCD4T 細胞のクローン増殖が活性化されていた)」だ。

チェックポイント治療により様々な臓器の自己免疫性炎症が起こってくるが、脳炎もその一つで、特に致死率が19%と高い。PD-1抗体治療により多く見られる他の重篤な炎症、例えば心筋炎などと比べると、PD-1に対する抗体でも、CTLA-4に対する抗体でも同じ頻度で見られるのた特徴だが、ほとんどの場合抗原の特定は行われていない。

この研究では、メラノーマに対して18ヶ月抗PD-1抗体を投与してガンがうまくコントロールできた患者さんが、急に精神症状を発症し、脳炎と診断され、様々な治療にも関わらず42日で亡くなってしまった症例の、いわゆる病理検査所見になる。ただ、解剖で得られた組織は単純に組織検査を行うだけでなく、遺伝子検査まで行い、炎症で反応しているT細胞の抗原特異性を見つけようとする徹底した病理調査になっている。

結論は驚くべきもので、CD4T細胞の血管周囲への浸潤を特徴とする脳炎が起こっているが、ここで増殖しているCD4T細胞は活性化されたメモリーT 細胞で、なんとその20%は同じ抗原受容体を発現していることがわかった。すなわち、炎症は抗原特異的に反応したT 細胞のクローン性増殖により起こっている。

次に、この抗原受容体がどの抗原を認識しているのか、これまで蓄積されている抗原特異的受容体のアミノ酸配列を検索すると、なんと伝染性単核症の患者さんに現れるEB ウイルス抗原に対するT細胞と同じであることがわかった。そして、脳炎発症時から死亡まで、血中にEBウイルスが検出されること、また脳組織に少ないとはいえ、EBウイルスに感染したB細胞が存在することも確認している。

調べられるのはここまでで、結論は伝染性単核症のように、EBウイルスに感染したB細胞に対してCD4T細胞の急速なクローン性の増殖がおこり、これがチェックポイント抑制により強い炎症につながってしまったという結果になる。

チェックポイント治療により伝染性単核症が誘発されたかどうかはわからないが、今後同じような病因追求をチェックポイント治療症例で重ねることの重要性を示すいい臨床病理研究だと思う。

同じように炎症で浸潤してくるT細胞の抗原特異性の追求が今後病理にとって重要な課題であることを示すもう一つの論文を明日紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月9日 ドラキュラのようにホストを変えながら6000年も生きてきたガン細胞(8月2日号 Science 掲載論文)

2019年8月9日

細胞培養が可能になってから、ガン細胞がホストとは無関係に増殖を続け、自然に進化する過程を観察することができるようになった。例えばHeLa細胞などはほぼ60年近く細胞独自の進化を遂げていると言える。しかし驚くなかれ、同じように6000年近くも、ホストからホストを乗り移って勝手に進化している犬のガンCTVT(犬の感染性性器腫瘍)が存在する。生殖器官の細胞に発生したガンが、ホストの免疫システムを逃れるようになり、性交を通して個体から個体へ感染するようになったガンだ。同じようなガンにタスマニアデビルの顔面にできるガンがあるが、この歴史はたかだか50年程度のものだろう。

今日紹介するケンブリッジ大学を中心とする研究グループの論文は、世界各地から546種類のCTVTを集め、タンパク質に翻訳される遺伝子部分(エクソーム)の配列を調べ、CTVTの進化を調べた研究で8月2日号のScienceに掲載された。タイトルは「Somatic evolution and global expansion of an ancient transmissible cancer lineage (古代に発生した感染性がん細胞系列の進化と世界規模の伝搬)」だ。

現存の人間のゲノム解析と同じで、現存しているガン細胞の配列からわかるのは、そのガンがいつ発生し、どのように世界中に広がったかという歴史と、進化に関わる選択要因は何だったのかという点だ。

まず歴史だが、おそらく6000年ほど前にシベリア地方で発生し、その地域で維持されてきたCTVTが、2000年ごろインドとヨーロッパに独立に伝播する。おそらく人間の移動とともに、500年前にヨーロッパからアメリカ大陸に移った細胞は、急速に拡大し、またヨーロッパやアジアに再侵入する。その結果、おおくのCTVTは中南米で見られることになる。

現在原因が明らかになって、このガンは収束しつつあるらしいが、壮大な歴史がここに書かれている。しかも、ホストの環境に依存するとはいえ、高等動物の細胞が独立して進化を続けているとは生命の力強さを感じる。

この歴史はゲノム上の変異の蓄積として読み取ることができるが、変異の種類について調べることで、進化に影響した要因を推察することが可能だ。実際には、どのタイプの変異、例えばCからT へといった変異がどの核酸配列(例えばCCCかTCCか)で幾つ見られるかをカウントするのだが、これにより細胞の分裂時のDNA修復ミスか、APOBECによるのか、あるいは紫外線などの一本鎖変異なのかがわかる。

基本的には細胞が増殖する時におこる修復ミスによる変異が中心なのだが、例えば紫外線障害の変異を調べると、性器のガンが皮膚に飛び出て、そこでUVの影響を受けるようになったため新しいタイプの変異を蓄積するようになったガンや、あるいは代謝の変化を反映しているガンなど、様々な要因が特定できる。

しかし、では突然変異は強く選択されているかを調べてみると、変異の蓄積はほとんど中立的に起こっていることがわかる。

他にも色々話はあるが、要するに6000年の歴史を超えてガン細胞が独立に子孫を増やしてきたという驚きが、この研究のハイライトだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

アリストテレス「霊魂論」:本当は「生命とは何か」(生命科学の目で読む哲学書 6回) 

2019年8月8日

今日紹介したいのは、アリストテレスの「霊魂論」(「心とは何か」)で、前回紹介した動物論諸作に先がけて書かれた著作で、現代の生命科学者でもそれほど抵抗なく読める面白い作品だ。

図1 アリストテレスの「Peri Psyches」は、岩波書店版では「霊魂論」、講談社版は「心とは何か」と訳されている。生命科学者から見るとどちらもタイトルとして適切でないと思うが、訳としては圧倒的に講談社版が読みやすく、生命科学の若い研究者や学生でもスムースに入っていける。

しかしこの本を読み通してまず浮かぶ疑問は、なぜこの本を「霊魂論」と訳したのかという点だ。冒頭の写真には、山本光雄訳の岩波版と、講談社桑子俊雄訳「心とは何か」を示したが、他にも京大出版会 中畑正志訳「魂について」の3冊の翻訳がある。それぞれプシューケースを「霊魂」「心」「魂」と訳しており、私たちがこれらの訳から受ける印象は、「心と体」という時の「心」に等しい。しかし、この本を読めばアリストテレスの「プシューケース」を「霊魂」や「心」として訳すと、少なくとも現代人に対して本の内容について間違ったイメージを与えることがわかる。例えばよほどの宗教・哲学好きでない限り、生命科学に関わる研究者や学生は、この本を手にとることはないだろう。

おそらくこの本の内容から一番適切な訳は「生命について」ではないかと思う。実際扱われているのは、無生物と生物の違いだし、その対象はあらゆる生物に及ぶ。もしこのことがわかるようなタイトルがついておれば、膨大なアリストテレスの著作の中でも、もっともっと生命学者に読まれる本になっていたのではないだろうか。例えば、20世紀分子生物学のきっかけになったと言われるシュレジンジャーの「生命とは何か」と同じタイトルでもよかった。

図2 分子生物学の黎明期に読まれた、物理学者シュレジンガーが生命について考えた「生命とは何か」

気になってWikipediaでこの本のタイトル、プシューケースが各国でどう訳されているかを調べると、日本語と英語が「心、soul」を使っており、ドイツ語、フランス語ではラテン語の「Anima」が使われている。なぜこの差が生まれたのか是非知りたいところだが、私自身の印象でも、animaのほうがしっくりくる。

この本の主題についてアリストテレスは、

「そこで私たちは探求の新しい出発点を取り、「生きているということによって」無生物と生物は区別される」と述べることにしよう。しかし、「生きていること」は多くの意味で語られる。そこで、以下のどれか一つが備わっていれば、私たちはそれを生きていると言う。すなわち、理性、感覚、場所的な運動と静止、さらに栄養に関わる運動、すなわち衰退と成長である。」

と、彼の主題が生物を無生物から区別している全ての特徴であり、その背景にある原理であることを明確に述べている。したがって、プシュケーを「心や霊魂」と訳してしまうと、生命の高次機能に限定してしまうことになる。例えば、

「つまり、心とは今述べたような能力の原理であり。それらの能力、栄養摂取能力、感覚能力、思惟能力、運動能力によって定義される」

からわかるように、この場合「プシューケース」は植物の栄養摂取能力のような生命の基本能力の原理でもあるので「心」と言ってしまうと混乱するだろう。この場合は「生気」とか、「生命の原理」とでもおきかえて読む必要がある。一方、理性、感覚といった生命の性質は、生命原理の延長上にあるとはいえ、「生命の原理」で置き換えてしまうと逆にわかりにくい「心=脳科学問題」だ。要するにアリストテレスのプシュケースの範囲があまりに包括的なため一つの単語で訳すのが難しく、哲学の人たちが自分たちに馴染みのある言葉を選んでしまったというのが実情だろう。

しかしプシューケースとは何かを考える哲学者は今もいるのだろうか?

確かに宗教では心とは何か、生命とは何かが問われるが、おそらくそれに真正面から取り組んでいる哲学者は少ないだろう。一方、現代の生命科学はアリストテレスが「プシュケース」として表現した生命の性質を、今や包括的に研究している。ただこの問題を一つの原理として研究することはまだまだ難しく、「無生物と生物の違い」を探る生命起源に関する研究分野から、「脳の認識、記憶、統合」についての脳科学分野まで、多くの分野に分けて研究している。その上で、情報や進化といった全分野を関連づける原理が存在することも認識しており、現代の生命科学は生命を包括的に扱い始めていると言っていい。ギリシャ時代の自然学を現代の科学と比べることは意味がないが、しかし生命と包括的に向き合おうという気持ちは互いに共通すると言える。

少し前置きが長くなったが、本の内容に移ろう。本は2部構成になっており、最初はイオニア以来、アリストテレスまでのギリシャの哲学者や自然学者が生命をどう考えていたかについて、アリストテレスがまとめた章で、2部はそれを受けて自らの考えを展開している。例によって、この時代の議論の一つ一つに真面目に付き合う必要は全くない。重要なのは、アリストテレスがどんな人だったのかという点だ。

すでに述べたように、プラトンやアリストテレスは、方法は全く異なるが、それ以前のギリシャ哲学の集大成を行うことを自らの義務と考えていた。この本の1部は「生命とは何か」に関するギリシャ哲学の集大成を図ったもので、デモクリトスを中心に、ピタゴラス派、エンペドクレス、プラトン、ディオゲネス、ヘラクレイトス、アルクマイオンなど多くの哲学者が述べていた生命の原理についての説が紹介されている。

例えばアリストテレスはデモクリトスの考えを以下のように紹介している(この文脈では心と訳されている箇所は混乱を招くので、プシューケースという原語を添えておいた)。

「デモクリトスは、心(プシューケース)を一種の火で熱いものであると言っている。彼は、形と原子とは無数にあるが、そのうちの球形のものが火と心(プシューケース)だと述べる(それは空気中のいわゆるちりのようなものであり、これは窓の間を通過してくると光線の中に現れる)。そして、あらゆる種類の種子の混合体を全自然の元素と呼ぶ(これはレウキッポスも同じ)。そのうちで球形のものを心(プシューケース)と呼ぶのだが、その理由はこのような形状はどんなものでもよく通過することができ、自分自身も動きながら他のものを動かすことができるから、というわけである」

慣れないと理解しにくいと思うが、 デモクリトスは無生物に生命を付与しているのも原子の一つで、これが私たちが栄養をとり、動く生命特有の性質の元になっていると考えている。なんと荒唐無稽な作り話と思われただろうが、実はこの文章を読んだとき、ライプニッツのモナド論、ボイルやビュフォンの種子説に近いので、驚いてしまった。すなわち、18世紀、自然史という膨大な著作を著したビュフォンでさえ、デモクリトスと50歩100歩だったのだ。いつか議論したいと思うが、おそらく18世紀の自然史家たちもアリストテレスを通してこのデモクリトスの考えを知り、参考にした可能性は高いと思う。

このように、「生命は数だ」とか、「空気だ」とか、あるいは「火だ」とか、本当にあれこれ考えていたのがよくわかる。とはいえ、単純にナンセンスとは言えないように思う。実際、現在も生命を数理で説明しようとする人たちはいるし、「火=エネルギー」の問題として捉える人もいる。大事なことは、最も宗教的と言われるピタゴラス派ですら、宗教くささを排した説明を心がけていることで、これは現在の科学と同じだ。ギリシャの自然学者にとって、生命はあくまでも自然の問題であり、自分で説明を考えなければならない問題だった。柄谷行人が「哲学の起源」で述べていた、イオニア哲学の本質がここにもはっきりと現れている。

これと比べると、その後のキリスト教はこの生き生きした議論を、すべて宗教的ドグマを持って排除した。だからこそ、17から18世紀この重石が取り除かれた時、ライプニッツやボイルたちがイオニアの哲学を再評価し、有機体論の形成へと進んだのではないだろうか。

このように、アリストテレス以前のプシュケース論をまとめた後、2部ではアリストテレス自身の考えが披露される。強調したいのは、プラトンの神秘主義と異なり、アリストテレスは神秘主義を排し、自然学に徹してこの問題に取り組んでいる点だ。先の引用も含めて彼の言葉を見てみよう。

「そこで私たちは探求の新しい出発点を取り、「生きているということによって」無生物と生物は区別される」と述べることにしよう。しかし、「生きていること」は多くの意味で語られる。そこで、以下のどれか一つが備わっていれば、私たちはそれを生きていると言う。すなわち、理性、感覚、場所的な運動と静止、さらに栄養に関わる運動、すなわち衰退と成長である。」

「つまり心(プシューケース)とは、今述べたような能力の原理であり、それらの能力、すなわち栄養摂取能力、感覚能力、思惟能力、運動能力によって定義される。」

と問題を極めてはっきりと提示している。

しかもあらゆるものを説明してしまうと悪い癖もここでは抑えており、

「理性すなわち理論的考察能力についてはまだ何もはっっきりしていない」

と述べて、取り上げた問題が難しい問題である事を告白している。

だからと言って全て「生命の不思議」などと神秘のベールに閉じ込めることはしない。引用から分かるように、生物と無生物の区別は真面目に観察すれば一目瞭然で、さらに生命の特徴は、一つではなく様々な形で(理性から栄養まで)生物に現れることをはっきり述べている。すなわち、これらの特徴は下等から高等まで、階層的に現れる。例えば栄養による運動は全ての生物に共通に存在し、場所的移動を可能にする運動は様々な動物に、感覚、心的表象はより高等な動物に、そして思惟や理性などは、人間に特有の、しかし全て生物特有の性質であると述べている。

まさに現代生物学が、生命共通のDNA情報や代謝の問題から始め、動物の運動、神経系の進化、脳の進化、さらには人間の精神のような高次機能まで対象にしているのに似ていないだろうか?

このように、「生命とは何か」問題を、階層的に現れる生物の特有の性質として定義した後、全ての生物に共通の「栄養摂取と生殖」「感覚の問題」「知ること、考えること」にわけて考察している。しかし、今の生命科学者にぜひ読んで欲しいと思える考えを彼から学ぼうとしても難しい。結局この本を読んでわかるのは、アリストテレスが18世紀まで続く生命についての自然学の基礎を確立しただけでなく、18世紀に至るまで彼が到達した地点から少しも進歩がなかったことだ。

事実習うことはないにしても、ずっと読み進めると、よくここまで考えていると感心する。いくつか印象に残った文章を順番に引用しよう(全て講談社桑子版)。

「心(生命の原理)は物体ではなく、物体の何かなのであり、だからこそ物体のうちにそなわり、しかも、一定の条件を持つ物体のうちにそなわる」(筆者コメント:これは38億年前物理世界に新しい生命に伴う原理が生まれたことに通じる)

「栄養摂取能力は植物以外のものにもそなわっていて、心(プシュケース)の能力の第一のものであり、また最も共通のもので、これに基づいて「生きることが全てのものにそなわるからである」(物質代謝とエネルギー代謝が生命特有の性質であることは誰も疑わない)

「感覚器官の一部が作用を受けた時に、見ることが生じるからである。というのは感覚器官の一部が作用を受けた時に、見ることが生じるからである。見られている色そのものによって作用を受けることは不可能である。すると残るのは、中間媒体によって作用を受けることだから。」(感覚を媒体からの作用と明確に定義している)

「一般的に、全ての感覚について、感覚は感覚対象の形相を質料抜きで受け入れるものだということを把握しなければならない。それは、ちょうど蠟が指輪の印象の刻印をその材料の鉄や金なしに受け入れるようなものである。」(全ての感覚は一度神経の活動に表象される)

「心的表象は感覚とも思考とも異なるからである。心的表象は感覚なしには生じないし、心的表象なしに判断を持つことはない。しかし、心的表象が思惟や思うことでないということもまた明らかである。心的表象の方は、望めば私たちの元に生まれる心的情態であるのに対し(ちょうど、記憶の入れ物の中に物を入れ、そしてその像を作る人々のように、眼前に何かを作ることができるから)、」

「心的表象は感覚器官のうちに残留し、感覚に類似のものであり、動物はこれにより多くの行動を行う。」(現在neural correlatesの研究の全てはこの課題に向かっている)

「「心は形相の場所である」とする人々は上手いことを言っている。ただし、心の全体ではなく、思惟する部分がそうである。」(アリストテレスの形相概念は全く神秘的ではない)

などなどで、問題の整理という意味では素晴らしい思考能力だと思うし、私のような凡人が到底及ぶところではない。実際、プラトンの神秘性と比べると、形相も、今風で言えば私たちの脳の問題として捉えている。しかし繰り返すが、彼の考えを知ったところで生命の原理問題について何か解決の糸口が見えるものではない。

そして生物を動かすものについて、レベルの高い思索を繰り返した後、彼は目的論者アリストテレスに立ち戻り、最後にこう締めて思考を終える。

「動物が他の感覚を持つのは、すでに述べたように「存在すること」のためではなく、「よく存在すること」のためである。例えば、資格を持つものは、水中や空中にいて、一般的に言えば透明なものの中にいて物を見るためである。また味覚を持つのは快と苦のために、食物の中にあるものを感覚し、それに欲望を持ち、そちらへ動くためであり、聴覚を持つのは動物が信号を受け取るためである。」

イオニアの様々な考え方を集大成してついに到達したのが「目的により組織化するのが生命の原理だ」という結論だ。

これは驚く。すなわちライプニッツから始まるデカルト機械論批判の様々な考え方を、カントが自然目的を持つ存在としてまとめるあの18世紀に酷似している。とすると、ダーウィンの登場まで、私たちはアリストテレスの到達点から一歩も抜け出せなかったことになる。

ではアリストテレスの目的論とはなんだったのか、次回は動物緒論を離れて、彼の「形而上学」を取り上げる。

さて稿を終える前に、生命科学をアリストテレスの到達点から大きく前進させたダーウィンの進化論とアリストテレスの「霊魂論」との意外な関係を指摘して終わりたい(と言っても、私がそう感じているだけだが)。

まずダーウィンの種の起源の最終センテンスを読んでみてほしい。

図3ダーウィンの種の起源下巻と、最後のセンテンス

言うまでもなくダーウィンは、「種の起源」の中で、単純な生命から多様な生物が進化するための理論を述べている。この進化の壮大なプロセスが、決して星の運行を考える物理学では説明できないプロセスであることを、「この惑星が確固たる重力法則に従って回転する間に・・・」進化が起こったことを明示した後、しかしこの進化の法則に従う生命も、最初「生命のもと(あまたの力)が、無生物に吹き込まれ」、物理世界に新しい世界が生まれたことを暗示している。そしてこの吹き込む(breath:息)という表現は、ギリシャ語の「プシューケー:息」と完全に重なる。おそらく、ダーウィンもこのセンテンスを書きながら「霊魂論」を思い出していたのではないだろうか。

しかし彼が読んだアリストテレスは「On the Soul」だったのだろうか。

8月8日 米国の幹細胞ビジネス事情(8月13日号 Stem Cell Reports 掲載論文)

2019年8月8日

我が国で幹細胞治療を検索すると、トップに美容形成クリニックが来て、結構細胞自体を使う治療がビジネスになっているという印象をうけるが、その詳しい実態となると把握しきれていないのではないだろうか。

今日紹介するアリゾナ州立大学からの論文はカリフォルニアを含む米国の南西6州で幹細胞を使った治療を行なっているビジネスの実態調査でStem Cell Reportsに掲載された。タイトルは「Characterizing Direct-to-Consumer Stem Cell Businesses in the Southwest United States (米国南西諸州で消費者に直接幹細胞治療を提供するビジネスの実態調査)」だ。

何かストーリーがあるわけではないので、それぞれのセクションで面白いと思った点を箇条書きにしておく。

使われている幹細胞の種類と治療対象

  • 脂肪組織からの幹細胞の使用は実に、60%に達し、その一部は他人からの細胞を用いている。次に多いのが骨髄で40%に達している。驚くのは、羊膜、胎盤を使うクリニックもあることだ。
  • 対象となる疾患の7割は整形外科疾患(半分がスポーツによる異常)で、それに続くのが炎症性(ほとんどが関節炎)疾患になる。意外なことに、美容形成は2割にとどまっている。しかし、自閉症まで実に様々な病気に細胞が使われている。

ビジネスモデル

  • 3つの会社がフランチャイズサービスを提供している。
  • 幹細胞治療だけを行なっているクリニックは25%で、4割は他の治療の一環として幹細胞を提供してもらい使っている。残りは、幹細胞が中心だが他の治療も行なっている。
  • 調査したクリニックは169箇所だが、そのうち51箇所は2つの異なるビジネス(例えば形成外科と再生医療)を同時に運営している。
  • ほとんどが疾患を絞って幹細胞を提供している。

幹細胞クリニックの運営

  • 幹細胞を唯一の治療手段にしているクリニックに絞ってスタッフを調べると、60%がMDで、残りは理学療法士、カイロプラクティシャン、自然療法士など。
  • 働いている医師のほとんどは整形外科か形成外科医。
  • 使われている幹細胞のほとんどは脂肪組織か、骨髄。

以上まとめると、広がりがあるとはいえ、まだまだ完全に確立した標準療法にはほとんどがなっていないことを示すとともに、多くが規制の網から逃れる形で運営されていることもわかる。

今後特に幹細胞治療をうたったクリニックについては追跡が必要で、脂肪組織を始め使われている細胞が適切に処理されているのか調査が必要になる。しかし、このような実態調査は我が国でも進めてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月7日:胎盤の細菌叢:思い込みの恐ろしさ(7月31日 Natureオンライン掲載論文)

2019年8月7日

ずいぶん昔、このブログを書き始めた頃、琥珀の中のDNAは50年持たないという論文を紹介したことがある(http://aasj.jp/news/watch/480)。この結果自体はそれでいいのだが、問題は琥珀からDNA を分離して古代の昆虫のDNA を解析したという論文が1992年ごろトップジャーナルに相次いだことだ。1992年はマイケル・クライトンの「ジュラシックパーク」が出版されて2年目にあたる。小説にヒントを得たとは思いたくないが、琥珀の中の生物の生々しい姿を見ると、確かにDNAも残っていると思いたくなる。結局あの時発表された論文のほとんどは汚染された現代のDNAを見ていたのだと思う。

このように世間が当たり前と思い込んでしまうことについての研究は論文は通りやすいかもしれないが落とし穴が多い。その一つが細菌叢の研究で、あらゆる身体的異常が細菌叢の問題とされてしまう。その一つが、早産や未熟児と胎盤の細菌叢の関連についての研究だ。我々古い世代は胎盤は無菌的と思っているので、出産前から胎盤に細菌叢が存在するというのはそれだけで驚いてしまう。

今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、妊娠中毒症や早産など様々な出生時の異常を追跡するコホート研究で、主に帝王切開で得られた胎盤を用いて、厳密なコントロールを置いた上で、得られたDNAの配列を決めるメタゲノム解析と、16S リボゾームのアンプリコン解析を比べ細菌叢を正確に特定しようとしている。タイトルは「Human placenta has no microbiome but can contain potential pathogens(人の胎盤には細菌叢はないが、病原性のある菌が感染する場合もある)」で、7月31日号のNatureに掲載された。

おそらく最初からこのような結果になるとは想像していなかったのだと思う。しかし結果は驚くべきもので、メタゲノム解析とアンプリコン解析で共に検出できる細菌はポジティブコントロールとして置いた細菌以外は全く存在しなかった。また同じ結果はアンプリコン解析を複数回繰り返す方法でも確認されている。

もちろん、一致はしないが胎盤サンプルから細菌は検出される。しかし結局検出される細菌は実験室の試薬や器具から汚染されており、それ以外は出産時の母親から汚染されたもので、これについては、今回行われたように同じサンプルを異なる方法や試薬で並行して調べるしかないことを示している。

一つだけ明らかになったポジティブな結果は、多くの胎盤で妊娠中にアガラクチア菌の感染が見られることで、感染ルート、その影響を詳しく調べるという新しい課題が生まれた。しかし、この菌の有無は妊娠中毒症や、早産とはほとんど連関はない。

以上、この例は実験研究が陥りやすい罠の典型で、要するに皆が思い込みに基づいてストーリーができてしまう。細菌叢研究で言えば、これまで無菌的とされてきた組織については今後も細心の注意が必要だろう。

もちろん、便を始めもともと多くの細菌が存在している組織やサンプルではあまり問題にならないと思うが、注意するに越したことはない。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月6日 抗PD-1抗体の作用が浮き上がらせるガン免疫のダイナミズム(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年8月6日

抗原によりキラーT 細胞が活性化された後、抗原から離れた細胞はメモリー細胞へと分化し、一方抗原に持続的にさらされるとPD-1を発現するexhausted typeへ分化する。この反応が免疫のブレーキになるが、このブレーキをPD-1に対する抗体で外して、もう一度ガンと戦わせるのがチェックポイント治療で、ガン抗原が常に存在するガン局所では極めて合理的方法だ。

この考え方だと、ガン局所のキラーT 細胞はPD-1抗体によって活性化されても、クローン自体は変化することはないはずだ。ところが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、少なくとも皮膚ケラチノサイトのガンSCCでは、PD-1抗体処理により、局所に新しいキラーT細胞が現れガン免疫に関わることを示し、PD-1の複雑な機能を示唆する研究だ。タイトルは「Clonal replacement of tumor-specific T cells following PD-1 blockade (PD-1阻害の後に見られるガン特異的T細胞の入れ換え)」だ。

この研究ではサンプルの採取しやすいSCCを標的にPD-1抗体治療を通常どおり行い、治療前と、最終投与以後54日までにサンプルを取り、組織中の浸潤T細胞(TIL)について、single cell transcriptomeを行い、ガン局所での細胞の変化を調べている。

期待通り、PD-1投与を行なった組織ではほとんどのタイプのT細胞の数が上昇しているが、期待通り抗原に反応している細胞系統とブレーキがかかりはじめた疲弊型に2分する。

問題はガン局所で増殖しているT細胞が期待通りガン局所で増殖したのかどうかだ。これを確かめるため、それぞれのT細胞の発現する抗原受容体を解析すると、抗体治療の後で増殖しているPD-1陽性のexhausted typeでは、抗原特異的と思われるクローンが選択的に増殖していることがわかる。

ところが驚くことにPD-1抗体治療前のTILと比べたとき、治療前にはなかった全く新しいクローンが増殖していることがわかった。実際、新しくガン組織に現れたexhausted typeのクローンは末梢血にも認めることができるので、おそらく新たに浸潤してきたものだろうと考えている。

以上の結果は、ガン免疫は決して組織内で終始する過程ではなく、またPD-1も疲れ始めたT細胞に鞭打ってガンを攻撃させるのではなく、常に新しいT細胞をリクルートし活性化することがガン免疫成立、そしてPD-1治療効果の鍵になることを示している。とすると、常にガン局所に新しい戦力を導入し、それをより強く活性化する方法の開発が必要だが、現在この分野は賑やかなので、必ずや期待できる治療法が開発されると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ