私たちの細胞では9割近い ATP はミトコンドリアで作られており、そのために組織に酸素を届け続ける必要がある。従って、ミトコンドリアの機能が阻害されるミトコンドリア病では ATP受容を満たすことができず、需要の高い心筋や神経から異常が現れてくる。以前患者さんからのリクエストでミトコンドリア病のウェッブ勉強会を開催したが、そのとき最もつらかったのが、理屈はわかってきても、有効な治療法がなかったことだ。
ところが2016年、マウスモデルではあるが、致死的なミトコンドリア病マウスを酸素濃度が半分の低酸素環境に慣らすことで、症状を改善し寿命を延ばせることを示す論文が発表された(Jain et al, Science, 352, 6281,2016)。これは、低酸素状態にならすことで HIF1α が活性化し、グルコース取り込みが上昇、解糖系が ATP を多く作れるようになり、ミトコンドリアの負担を軽減したことによると考えられる。
今日紹介する論文は、サンフランシスコ、Gladstone研究所からの論文で、2016年 Science 論文の筆頭著者が独立して発表した論文で、同じミトコンドリア病モデルマウスを、低酸素順応ではなく、薬剤で治療できることを示した研究で、2月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「HypoxyStat, a small-molecule form of hypoxia therapy that increases oxygen-hemoglobin affinity(HypoxyStat : ヘモグロビンの酸素結合アフィニティーを変化させて低酸素治療を実現する低分子化合物)」だ。
低酸素環境を実現するには高地で生活するのが一番だが、ミトコンドリア病患者さん全て高地に移動するというのは現実性がない。代わりに薬剤で HIF1α などの酸素センサーに介入する方法もあるが、想定通りには働かないことがわかっている。そこで著者らが着想したのが、ヘモグロビンの酸素結合アフィニティーを変化させて、組織で酸素が遊離される閾値を上げて低酸素状態を実現するというアイデアだ。
そこで選んだのが、酸素結合能力が低い鎌状赤血球の患者さんのヘモグロビンの酸素結合を高める薬剤を利用することでヘモグロビンから酸素が離れにくくし、組織への酸素遊離を抑えて低酸素状態を作る方法だ。
現在鎌状赤血球患者さんに利用されている2種類の化合物、GBT-440 と HypoxyStat を極めて重症のLeigh症候群モデルマウスへの投与実験で比べ、ヘモグロビンとの結合様態の違いから、HypoxyStat だけがモデルマウスの寿命を延ばせることを発見する。
酸素濃度を半分に落とした環境と HypoxyStat 投与を比べると、エリスロポイエチン上昇、ヘマトクリット上昇、グルコース取り込み上昇など、高地順応とほぼ同じ効果が得られ、しかも副作用は殆ど認められないことを確認する。
じっさい、寿命の延長は著しく、通常50日で半数が死亡するモデルマウスで、寿命を150日に延長することができる。また、マウスの行動性も上昇し、神経細胞変性も抑えることができる。さらに、病気が進行したあとでも HypoxyStat 投与で症状を改善することができる。
以上が結果で、すでに鎌状赤血球の患者さんに投与されてきた薬剤なので、臨床応用のハードルは低いように思う。ミトコンドリアの機能不全は、糖尿病や老化でも進むことから、将来はこれらを対象にした薬剤になるかもしれない。
1.現在鎌状赤血球患者さんに利用されている2種類の化合物、GBT-440とHypoxyStatを極めて重症のLeigh症候群モデルマウスへの投与実験で比べた。
2.ヘモグロビンとの結合様態の違いから、HypoxyStatだけがモデルマウスの寿命を延ばせる.
imp.
かなり寿命が延びており、ヒトでも期待もてそうです。