ハンチントン病はハンチンティン (Htt) 遺伝子のコーディング領域の CAG 繰り返し配列が増加して、その結果異常タンパク質(ポリグルタミン)や RNA が形成され、細胞ストレスを誘導するだけでなく、特に線条体の神経細胞で大きな転写プログラムの変化が起こり、細胞死に陥るため、踊るときの様な動きが不随意に出てしまう病気で、症状から以前は舞踏病と呼ばれていた。
年齢とともに CAG 繰り返し配列が増大するプロセスについては、CAG リピートがヘアピン構造をとりやすく、これが複製されている方の DNA鎖におこる結果リピート数の複製間違いが起こること、そしてこの不安定化に DNA 上のストレスを感知するミスマッチ修復機構が関わることが知られている。おそらく専門でないと理解できない複雑なメカニズムが関わっている。
ただ、この説明だけではなぜハンチントン病は脳の中でも線条体の特定の神経細胞だけで異常が起こるのかはよくわかっていない。
今日紹介する UCLA からの論文は、CAG リピートとミスマッチ修復機構、そして転写異常を統合的に捉えようとした面白い論文で、2月11日 Cell にオンライン掲載された。まだまだ詳細を詰める必要はあるが、ハンチントン病を理解するための新しい視点を与えてくれる。タイトルは「Distinct mismatch-repair complex genes set neuronal CAG-repeat expansion rate to drive selective pathogenesis in HD mice(特定のミスマッチ修復機構が神経細胞の CAG リピートの拡大率を決めてハンチントン病も出るマウスの細胞選択的な異常を決める)」だ。
この研究ではゲノム解析からハンチントン病発症に影響があるとされているミスマッチ修復酵素がノックアウトされたマウスを作成し、これと CAG リピートが発症を誘導するだけの140個を持ったモデルマウスと掛け合わせ、CAGリピートが存在することで起こる線条体の転写異常を調べるところから始めている。
結果、140リピートがあると5000近くの遺伝子発現に影響があり、年齢とともに増加するが、ミスマッチ修復酵素の中でも Msh3 や Prm1 をノックアウトするとこの異常が解消することを発見する。また、この転写異常はクロマチン構造が開いてしまう変化に起因すること、そしてこの変化はこれまでハンチントン病で犯される神経として特定されていた中型有棘神経細胞だけに起こることを示している。すなわち、CAG リピートが存在してミスマッチ修復機構が働くと、メカニズムはまだわからないが、かなり大きなクロマチン変化が起こり、転写異常が起こることが示された。ミスマッチ修復機構はどの細胞にもあるのに、線条体中型有棘細胞だけでこれが起こるのもメカニズムはわからないが、今後重要なポイントになる。
さらに驚くのは、これらの細胞だけでリピートの数がさらに増大することで、140リピートから260リピートまで時間とともに上昇を続ける。そして、この結果としてリピートを持つ RNA の凝集が細胞上で認められるようになる。重要なのはこの凝集は140リピートでは足りないことで、これが中型有棘細胞で見られるようになるということは、この細胞だけでリピートの増大が起こることがわかる。このことはわざわざ中型有棘細胞を精製してリピート数を数える実験で確認している。そして、この拡大は Msh3 がノックアウトされると起こらない。
すなわち、有棘細胞特異的な転写異常は140リピートで十分だが、この転写異常を背景に、Msh3 依存的に CAG リピートの数が増大し始めると、新しい細胞変化を誘導し、細胞特異的変性が起こるとしている。実際、新たなリピート増大により起こる転写の変化には神経機能を担う分子が多く含まれている。
結果は以上で、まだまだ詳細なメカニズムについてはわからないままだが、今後の研究方向と、さらには治療開発のための新しい道を指し示した素晴らしい研究ではないかと思う。少なくとも私の頭の整理には大きく役立った。
CAGリピートが存在してミスマッチ修復機構が働くと、メカニズムはまだわからないが、かなり大きなクロマチン変化が起こり、転写異常が起こることが示された!
imp,
CAGリピートと転写異常の不思議な関連。