イントロダクションではなぜ論文で紹介する研究を行うに至ったのかを紹介するのだが、いくら読んでも全く着想の根拠がわからないケースがある。今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、読んだ後はなるほど面白いと思えるのだが、なぜこの研究を始めたのかがイントロダクションからはわからなかった典型だった。
2月14日 Cell にオンライン掲載された論文で、通常とは異なる特殊な機能を持っているT細胞が母乳の生産に重要な働きをしていることを示した研究で、タイトルは「Mammary intraepithelial lymphocytes promote lactogenesis and offspring fitness(乳腺に存在する上皮内T細胞は母乳産生を介して子供の成長を促す)」だ。
様々な免疫不全マウスが作られ、次の世代を繁殖させられることから、母乳を作るのにリンパ球が関与する必要はないことが明らかだ。すなわち、乳腺はプロラクチンなどのホルモンの作用で発達できることは間違いない。ただ、腸管にはいくつかの特殊な上皮内T細胞が存在して上皮を守っていることが知られていることから、同じようなリンパ球が乳腺にも存在しているのではという疑問がこの研究の動機だと思う。
従って、最初から上皮内T細胞に焦点を当て、T細胞受容体 (TcR) α、あるいは γ をノックアウトしたマウスの乳腺の発達を調べ、TcRα をノックアウトしたときだけ、乳腺上皮の発育が遅れ、それで育てられている子供の体重増加が遅れることを突き止めた。そして、ノックアウト実験から、乳腺上皮内T細胞の分化には Tbet と呼ばれる転写因子が必須であることを確認する。
この Tbet転写因子は通常の αβT細胞を CD8 ααT と呼ばれる特殊な上皮内細胞へ分化させるのに必須であることが知られており、この結果から腸管上皮細胞と同じで、乳腺上皮でも、妊娠とともに CD8ααT 細胞が上皮内にリクルートされることが上皮の維持を助けていることが明らかになった。
CD8 ααT 細胞の由来は胸腺で、前駆細胞は妊娠後期に正常の2-3倍増加し、乳腺へとリクルートする体制ができる。面白いのは、前駆細胞を移植する実験によって、正常では前駆細胞は腸管に移動する一方、妊娠時には腸管には行かず、乳腺に移動することを明らかにしている。すなわち、妊娠時には乳腺上皮への選択的移動を誘導するメカニズムが備わっている。
上皮内T細胞の分化には IL-15 が必要であることが知られているが、乳腺上皮も同じで、妊娠により乳腺周囲のマクロファージや乳腺上皮自体の IL-15 が誘導され、上皮内T細胞の分化増殖を助けていることを示している。
次に、上皮内T細胞の作用について、妊娠免疫不全マウスに上皮内T細胞を移植し、移植の有無で起こる細胞レベルの変化を single cell RNA sequencing で調べ、T細胞は乳腺上皮に直接働き、ミルクを分泌細胞と収縮性のある筋肉性上皮への分化を誘導することを明らかにしている
結果は以上で、ストーリーとしては腸管上皮内T細胞での話とほぼ同じで、最終的には納得の結論だが、とはいえ妊娠時に特殊なリンパ球が手を貸しているのは面白い。というのも、以前亡くなった横田君が Peter Gruss の研究室で作成した Id2 ノックアウトマウスを持ち帰って解析した結果、乳腺組織とともにリンパ組織や NK細胞が欠損することを発見し、報告した。詳細は省くが、このとき実感したのだが、哺乳動物から発達した乳腺やリンパ節は、炎症メカニズムを使い回して形成されていることだ。とすると、リンパ球との相互作用など全く驚くことはないのかもしれない。
腸管上皮細胞と同じで、乳腺上皮でも、妊娠とともに CD8ααT 細胞が上皮内にリクルートされることが上皮の維持を助けている!
Imp:
乳腺やリンパ節は、炎症メカニズムの使い回し!?
進化の不思議です。