運動能力を高めるために行われるドーピング薬に赤血球を増加させるエリスロポイエチンまで含まれるが、最も広く使われているのがアナボリックステロイドだと思う。恥ずかしいことに、この作用は全てアンドロゲンに反応する核内受容体を介するとこれまで思っていた。しかし、精子がプロゲステロンに反応して Caチャンネルが活性化されるという発見以降、核内受容体だけでなく、G共役型の受容体がステロイドホルモンに反応することが知られていたようだ。
今日紹介する中国山東大学からの論文はアナボリックステロイドとして筋肉増強にも使われた5αジヒドロテストステロン (DHT) に反応する Gタンパク共役受容体 (GPCR) を特定し、その構造解析を元になんと筋肉だけに作用を持つ薬剤を開発した研究で、1月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Identification, structure, and agonist design of an androgen membrane receptor(アンドロゲンに反応する膜型受容体の特定、構造、そしてアゴニストデザイン)」だ。
この研究では取り出した長肢伸筋が DHT に反応して筋力を増大することを確認したあと、筋肉が発現する GPCR のリストを作成、それぞれの遺伝子を細胞に導入して反応性を調べる方法で、GPR133 を特定する。
DHT やアナボリックステロイドとして用いられるメテノロンと GPR133 との結合を生化学的に確かめたあと、クライオ電顕を用いた構造解析を行っている。DHT と GPR133 の結合が、縦に突き刺さる形と、横に入り込む形の2種類検出されたという結果から、メテノロンも含めて極めて入念に構造解析を行い、メテノロンと DHT の機能的違いの構造基盤などを明らかにしている。さらには、このような構造の基礎がわかったおかげで、様々な GPCR とステロイドホルモンとの共通結合様式も明らかになった。ただ、この部分はかなり専門的なので、詳細は省く。
この研究のハイライトは、GPR133 と DHT との結合解析に基づいて、小分子化合物を設計し、GPR133 に結合・刺激可能だが、核内受容体に影響が殆どない化合物AP503 を特定したことだ。
分離してきた筋肉に AP503 を作用させると30分で cAMP のレベルが上昇し、筋肉収縮力が上昇する。そしてマウス筋肉に注射すると、直後から筋肉増強作用が観察できる。またオスメス関係なくこの作用は現れる。そして、DHT 投与による核内受容体の活性化で見られる前立腺の変化などは全く見られない。この作用機序についてもマウスで確かめており、GPCR活性化、cAMP上昇、PKA活性化を介することを確認している。
結果は以上で、この研究の本来の目的が新しい筋肉増強剤の開発だったかどうかはわからないが、少なくとも投与後すぐ効果があり、核内受容体活性化による副作用のない増強剤が開発できたと結論できる。もしこの薬剤に副作用が全くないとしたら、アスリートに使用は許可されるのか、気になる。