10月26日 クマムシの放射線抵抗性(10月25日 Science 掲載論文)
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10月26日 クマムシの放射線抵抗性(10月25日 Science 掲載論文)

2024年10月26日
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昨日に続いてユニークな生物についての研究を紹介する。今日紹介する北京プロテオーム研究センターからの論文は、クマムシがなぜ放射線照射に強いかを、ゲノムをはじめとする様々なオミックスを組み合わせて調べた研究で、クマムシの驚くべき強さを知るという意味では、かなり面白い研究だと思う。タイトルは「Multi-omics landscape and molecular basis of radiation tolerance in a tardigrade(クマムシの放射線耐性のマルチオミックスから見た分子基盤)」で、10月25日 Science に掲載された。

クマムシはなんとなく一種類という先入観があるが、実際には何種類も存在し、この研究では long read も加えて新しく解読したゲノムをこれまでのデータと比べ、系統樹を描いている。これにより、遺伝子発現を調べるための基盤が作成できるとともに、各遺伝子の保存状況が明らかになり、重要な機能をゲノムから推察することができる。

さて驚くのはここからで、放射線を 200Gy、2000Gyと照射したときに誘導される遺伝子を調べている。しかし、2000Gy も照射して生きているというのが驚きで、しかも照射によって2801個もの遺伝子の発現が変化し、その多くは発現が落ちるのではなく、上昇する。 さらに驚くのは、200Gy から2000Gy へ線量を上げると、変化するのは同じ遺伝子だが、発現量がさらに上昇する。すなわち、線量を感知して発現を上昇させることができる。このように、多くの遺伝子を線量に合わせて放射線への耐性を獲得している。

研究では2801個の中から、おそらくバクテリアなどから水平遺伝子伝搬してきて放射線で強く誘導される遺伝子の中から 4,5-DOPA dioxygenase1 (DODA1) に着目してその機能を調べている。この酵素は betalain と呼ばれる植物の赤い色素を合成する酵素で、この合成系を導入するとヒト細胞でも betalain を合成するようになり、その結果放射線耐性が獲得され、放射線による DNA 分断が大きく減少する。この効果の一つは直接 DNA 損傷を抑えることだが、もう一つは活性酸素の誘導も強く抑えることができ、結果として DNA 損傷が抑えられる。このように、重要な酵素を水平伝搬により獲得し、クマムシの放射線耐性が実現している。この研究のゲノム解析から、クマムシでは459種類の遺伝子が水平遺伝子伝搬により獲得されたと考えられ、他からの遺伝子を積極的に使うことが放射線耐性に大きく寄与している。

次に 2000Gy を照射したときにクマムシ特異的に誘導される遺伝子の中から、放射線抵抗性やストレス反応に関わるとされている3次元構造がとりにくい分子を探索し、TRID1 を特定し、その機能を探っている。これも驚くべき分子で、それ自身で相分離することで、DNA 損傷箇所の分子コンプレックスの濃度を上げる役割があり、この分子をノックダウンするとクマムシも放射線で死ぬことを明らかにしている。

このようにクマムシ特有のメカニズムだけでなく、放射線照射で誘導される遺伝子の中には、ミトコンドリア呼吸チェイン分子群の発現上昇が目立つことに注目し、ヒト培養細胞にこの遺伝子の一部を導入することで、放射線耐性が生まれることを示している。この酵素群では NAD が合成され、DNA 損傷箇所に PARP1 をリクルートして修復を高める役割を持つことを明らかにしている。

以上が結果で、ここで示された3種類の経路は、それぞれ放射線抵抗性獲得に大きな寄与があることが示されることが証明された。実際には検討されなかったもっと多くの遺伝子が、放射線照射で誘導されることを考えると、おそらく他のメカニズムも動員され寄与している可能性は高い。このように、多くのメカニズムを放射線に反応して誘導し、集中的に DNA 損傷を抑えているクマムシの像がよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日 大蛇の腸の中(10月18日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2024年10月25日
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考えたことはなかったが、言われてみると蛇の消化器は面白そうだ。というのも、我々のようにかみ砕いて胃に送るのではなく、大きな動物でもまるごと飲み込んで消化する。従って消化に何日もかかると言うことは知っていても、いつどこでどう消化するのかは考えたことがなかった。いずれにせよ、丸呑みにした餌は長く胃にとどまり、骨まで溶かされ、そこから小腸へ少しづつ移動すると想像できる。

今日紹介するテキサス大学アーリントン校からの論文は、解剖学的構造を説明せず、消化に何日もかかる大蛇パイソンの食後の腸の細胞構成変化に注目して、single cell RNA sequencing を用いて解析した研究で、蛇の消化器についの知識不足のため、よく理解できない点は多かったが、蛇という特殊なボディープランをもつ脊椎動物の特殊性と共通性を学べる論文で、物知りになった気分になる。タイトルは「Single-cell resolution of intestinal regeneration in pythons without crypts illuminates conserved vertebrate regenerative mechanisms(Single cell 解像度のクリプトの存在しないパイソン小腸再生は背椎動物共通の再生メカニズムを明らかにする)」だ。

腸の再生というと我々はクリプトに存在する幹細胞の活動を思い浮かべるが、パイソンの腸にはそのようなクリプトは全く存在しないようだ。しかも、消化管に食物が存在しない時期には文字通り痩せ細ってしまう小腸は、食物が入ってくると急に活性化し、ものを飲み込んだあと48時間で小腸の大きさは2倍になり、絨毛の長さは5倍にもなるらしい。ただ、消化管の細胞構成は、我々と大きく異なってはおらず、幹細胞とパネット細胞からなるクリプトの幹細胞システムのようなファインな仕組みはよくわかっていないが、ゴブレット細胞や消化管ホルモン産生細胞などが小腸上皮の中に散らばって存在している。

丸呑みにした餌は胃の中で消化されて少しづつ腸へ送られると想像するが、胃からの刺激で小腸組織の大きな再構成が誘導されるのだろう。ただこの点には言及がない。研究では、食事をおそらく詰め込んだあと、6時間、12時間、1日と極めて短時間の変化を single cell RNA sequencing で調べ、細胞がどう変化するかを調べている。

6時間という極めて早い時間で調べると、最も大きな変化が見られるのが間質細胞で、特に急速に多様化する。例えば、PDGFRα を発現した細胞が現れて絨毛の伸長を助ける点は、我々の絨毛が伸びるのとよく似ており、線維芽細胞が大きな変化の先導役を務めていることがわかる。

この先導役線維芽細胞に導かれ、ゴブレット細胞や上皮細胞の中に幹細胞様の遺伝子を発現した細胞が見られこれが増殖を支えている。このとき、我々の腸の幹細胞と同じで、Wnt シグナルが働いている証拠も認められる。これと平行して細胞の遺伝子発現パターンが大きく変化し、上皮細胞ではこれから襲ってくるストレスに耐えるための遺伝子と、上皮内で脂肪を処理するための遺伝子発現が誘導される。

これも全く知らなかったが、BEST4 細胞として知られる上皮の増殖が他の脊椎動物と比べて特に上昇している点で、発現しているシグナル分子を調べると、上皮以外の様々な細胞の増殖を誘導するための相互作用のハブになっており、特に脂肪吸収に必要なリンパ管形成に重要な働きを演じていることがわかる。我々人間では、この BEST4 細胞は神経刺激、炎症刺激を調節する上皮と考えられているようだ。ただ、タイトルにあるように、増殖要求性や転写因子は我々人間に至るまで共通性も多い。

以上が結果だが、具体的解剖学の理解がないのと、組織学的に示されないと、やはり浅い理解で終わる。いずれにせよ、パイソンの腸を考えてみるという希有な機会になった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月24日 ガンを樹状細胞にリプログラムして味方につける(10月18日 Science 掲載論文)

2024年10月24日
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ガンに対する免疫を誘導するために、ホストの免疫機能を操作する治療法は、ワクチンやチェックポイント治療など急速に進んだ結果、臨床への導入が進み、ガンの根治は免疫システムの利用なしに成し得ないとまで考える人は多い。

今日紹介するスウェーデン・ルンド大学からの論文は、ホストのガン免疫増強に、ガン自体を樹状細胞へプログラムしなおしてガン抗原を提示できるようにして、ホストの味方につけようとするダイナミックな計画で、10月18日 Science に掲載された。タイトルは「In vivo dendritic cell reprogramming for cancer immunotherapy(生体内で樹状細胞へのリプログラミングをガン免疫のために誘導する)」だ。

このグループは、PU1、IRF8、 そして BATF3 をレンチウイルスベクターを用いて線維芽細胞に導入すると、樹状細胞へリプログラムされることを発見し、その後この3種類の転写因子をガン組織に導入することで、ガン免疫を誘導できることをすでに示していた。

この研究はその延長で、まず試験管内でガン細胞から樹状細胞へのリプログラミングを行い、それをマウスに移植する実験で、この3因子を導入したガンだけが、ホストの免疫を誘導し、ガンが除去されることをいくつかの腫瘍株を用いて示している。

次は、ガンを先に移植して、そこに3因子をレンチウイルスベクターで導入する実験を行い、遺伝子導入によりガンの一部が樹状細胞様に変化するだけでなく、キラーやヘルパーT細胞がガン組織に浸潤し、リンパ節様の組織まで形成され、その結果ガンが免疫により除去されることを示している。また、こうして誘導したガン免疫には、CD8細胞だけでなく、CD4T細胞も必要で、特にガン自体が樹状細胞様になることで、クラスII MHCとガン抗原によるガン抗原特異的CD4T細胞の増殖が起こることを示している。そして、この方法は、強い免疫記憶も誘導できることを示している。

以上のマウスを用いた実験を臨床へ進めるため、ヒトのガンで3因子をガンのオルガノイド培養で導入する実験を行い、マウスと同じように樹状細胞へのリプログラミングが可能で、その結果強いガン免疫を誘導できることを示している。

ただ、レンチウイルスベクターはゲノム内に組み込まれるため、ガンをさらに悪性化する可能性があるので、ゲノムに組み込まれないアデノ随伴ウイルスベクターを用いる方法を検討して、ガンのオルガノイド培養でヒトガン細胞の樹状細胞へのリプログラミングを誘導できることを示している。

その上でもう一度マウスモデルに移って、ガンを移植した局所にアデノ随伴ウイルスを注射するとともに、PD-1 や CTLA-4 に対する抗体を用いるチェックポイント治療と組み合わせることで、半数のマウスでガンの除去が可能になり、また除去できた個体では、免疫記憶が長期に維持されることを明らかにしている。

ガン自体がガン抗原のオリジンであることを考えると、ガン自体を樹状細胞へと変えてしまうことはダイナミックな、納得のグッドアイデアだ。リプログラミングによりガンの増殖も低下するようだが、これが目的ではないので、一部のガン細胞がリプログラムできれば、免疫誘導には十分だと思う。また、リプログラミングしにくいガン細胞が存在するという問題も、メカニズムが明らかになると克服できる可能性がある。そう考えると、意外とガン免疫誘導操作の切り札になる可能性は十分あると期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

フンボルト協会zoomセミナー「生命誕生からChatGPT 38億年目の創発」

2024年10月23日
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日本フンボルト協会のzoomセミナーでの話をYoutubeに公開していただきました。ぜひご覧ください。

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10月23日 我々は複雑な有機化合物に晒されて生きている(10月18日号 Science 掲載論文)

2024年10月23日
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血中に存在する様々な代謝物の研究者から、血中に含まれる数多くの人工化合物のために測定に苦労することを聞いたことがある。すなわち、我々は途方もない数の人工的に作り出された化合物に晒されて生きていることになる。もちろん、それぞれの化合物の存在は把握されており、一つ一つについては安全性のレベルが決められているが、複数の化合物が合わさった場合の安全性評価は簡単ではない。

今日紹介するドイツ・ライプチヒのヘルムホルツ環境研究センターからの論文は、600名を超す妊婦さんの血液に含まれる有機化合物をできるだけ多く特定して、それが合わさったときの神経毒性を評価する方法の開発研究で、10月18日号 Science に掲載された。タイトルは「Neurotoxic mixture effects of chemicals extracted from blood of pregnant women(妊婦さんの血液から抽出される化合物の集合効果)」だ。

まず624人の妊婦さんの血液に含まれる、すでに知られている1199種類の化合物と参照しながら、それぞれの濃度や割合を特定している。その結果、294種類もの化合物が、濃度に至るまで明確に検出することができている。定量的な測定が難しくても、存在については確かめられる化合物に至っては473種類も存在している。

そこで検出できた化合物それぞれについて神経毒性を試験管内で調べ、なんと妊婦さんの血中に検出できる143種類の化合物に何らかの神経毒性が検出できることを確認している。実際には神経毒性の高い化合物は、産業排出物として暴露されているもの、食品添加物に含まれる化合物、そして化粧品や石鹸などのバーソナルケアに含まれる化合物で、ライプチヒの住民では殺虫剤に含まれる化合物は少ない。

次に、この血中の化合物の濃度と割合、またそれぞれの神経毒性から、一人一人の血中に含まれる混合化合物全体の神経毒性を計算するモデルを作成している。この結果、一つ一つの化合物だけではわからない、混合されたときに初めて現れる効果を計算することが可能になった。

ただ、この計算によって本当の混合効果が計算されるか検証する必要があるので、血液で検出された4種類から29種類の神経毒性のある化合物を、実際の血液で検出できた割合にした人工的血液を再構成し、この毒性を検出して、効果が上の計算式による予測と概ね一致することを確認している。

研究は以上で、これまでのように一つ一つの化合物の安全性を調べるだけではなく、混合される効果を、特定の化合物に絞らない血液検査データから算出することで初めて、我々が晒されている人工的有機化合物の評価が可能であることを強調している。

以上が結果で、妊婦さんの血液データだけにインパクトは大きい。もともとEUでは産業排出物や、食品添加物に対する厳しい規制が存在するとされているが、それでもこれほど多くの人工的化合物が血中で検出されているのに驚く。今後は、混合効果のメカニズムを、神経細胞を支える分子の上にマッピングすることで、より正確な混合効果を計算できるようになるだろう。いずれにせよ、私たちの生活のあり方について一石を投じる研究であることは間違いない。

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10月22日 マウス初期発生過程に見られるブドウ糖代謝の微細な調節(10月16日 Nature オンライン掲載論文)

2024年10月22日
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同じ肺ガンでも、腺ガンと扁平上皮ガンではブドウ糖の取り込みが全くことなっていることを、以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21748)。もちろんエネルギー産生だけでなく、糖代謝は様々な過程に関わるため、細胞分化自体にも関わる可能性がある。実際、細胞培養を用いている発生研究者の多くは、培養中のグルコース濃度で細胞分化が大きく変化することを実感している。しかし、正常の発生過程で、グルコース代謝様態を詳しく調べた研究を目にすることは少なかった。

今日紹介するイェール大学からの論文は、マウス原腸陥入期の中胚葉分化過程で、グルコース要求性が上下するという克明な観察に基づいて、細胞分化を支えるグルコース代謝メカニズムを明らかにした研究で、10月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Selective utilization of glucose metabolism guides mammalian gastrulation(選択的グルコース代謝が哺乳動物の原腸形成をガイドする)」だ。

研究ではまず、グルコーストランスポーター Glut1 の発現や、蛍光グルコースアナログの取り込みで、グルコース利用状態を調べ、エピブラストから中胚葉ができて原条が形成される過程、及び原条から離れた中胚葉細胞が移動する時期に、グルコースの取り込みが高まることを明らかにしている。図からその様子を目にしてみると、これほどファインな調節が行われているのかと感心する。

グルコースは取り込まれたあと、メインのグリコリシス経路、糖修飾に関わる Hexosamine 合成経路(HBP)、そして核酸や NADPH 合成に関わる pentose phosphate 経路(PPP)に分かれるが、特異的阻害剤を用いた研究から、最初の原条を通って上皮から中胚葉が分化する過程には HBP が関わっているが、グリコリシスや PPP 阻害剤は影響がほとんどないことがわかった。

試験管内での胚培養や細胞培養の実験から、HBP はエピブラストから中胚葉への上皮間葉転換に関わり、Heparan sulfate proteoglycan を細胞外にマトリックスとして形成することで、発生誘導に必要な FGF など細胞外シグナルの機能を高めることを示している。

まとめ直すと、分化の過程に糖代謝に関わる分子の発現が組み込まれ、これが HBP 経路を介して、中胚葉形成を誘導するマトリックスを形成するという話で面白い。

ただ面白いことに、同じ経路が中胚葉の移動時に見られる第二波のグルコース利用には使われていない。同じく阻害剤を用いた実験から、第二波では、グリコリシス経路をブロックすると、細胞の増殖は維持されたままで、中胚葉細胞の移動が止まってしまう。この過程に関わる分子メカニズムははっきりしていないが、ERK 活性化と様々経路で強調することで、中胚葉が胚全体に広がり、血管や体節を作る発生の一大イベントを支えていることになる。

以上が結果で、グルコース代謝から見るだけで、発生の巧妙なメカニズムの新たな側面が見えてくる。同じような隠された細部が、その後の発生過程のあらゆる段階で明らかになっていくことだろう。

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10月21日 プラトンの哲人王ではなく、ルソーの一般意志を探してくれる、ハーバーマス型熟議 AI  (10月18日Science掲載論文)

2024年10月21日
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ギリシャの民主主義を衆愚政治だと絶望したプラトンは、人知を超えた哲人王を夢見た。そして現代では哲人王ではなく、カリスマ性を持った鉄人王を求める結果、プーチンのような怪物が誕生することになる。これに対し、市民が熟議を繰り返し、一つの一般意志に到達することを夢見たのがルソーだが、東浩紀さんは2011年、「一般意志2」を書いて、新しい IT 技術を使えばルソーの夢見た一般意志を実現できるのではと大胆な提案をして、若い世代が本当に新しい可能性を示していると感心した。

そして今日紹介するグーグルからの論文は、大規模言語モデルを用いることで民主主義的熟議が可能であることを示し、東さんの夢が可能であることを実際に示した研究で、10月18日 Science に掲載された。タイトルは「AI can help humans find common ground in democratic deliberation( AI は民主主義的熟議の共通基盤を見つけることを助けることができる)」だ。

しかしノーベル賞の熱気そのままに、Google の進撃が止まらない。今回は LLM を用いて熟議が可能かを検証しているが、完成したモデルにドイツの社会哲学者で、熟議民主主義を唱えたユルゲン・ハーバーマスの名前をとってハーバーマスマシン (HM) と名付けている点でも知性を感じる。現代最もホットな研究現場の一つだろう。

この研究ではチンチラと名付けた、パラメーターのサイズは小さくても、学習するトークン数が1兆を超えるよう至適化した LLM を用いている。

具体的には6人からなる75グループに、英国が抱える様々な問題について、意見を書いてもらったあと、多数派意見を割り出し、そこからグループの結論をアウトプットして、それに対して批判した意見を再度集め、それを計算して新しいグループ意見をアウトプットすることを HM に行わせている。そして、様々な民主主義の問題について、HM が役立つかどうか検証している。

最初は、同じ意見、批判、それを聞いた意見を聞いたあとで、そのグループの議論の共通基盤を人間にも書いてもらって、HM から出てきた答えと、参加者に評価してもらう実験を行い、グループ全体の意見を反映したまとめを書くという点では HM の方が優れていることを示している。

その上で、意見の調整がある程度できる結果、HM によりグループ内で異なる意見は合っても、分断意識はかなり解消される。

というのも、それぞれの意見をエンコーダーで多次元(768次元)空間としてエンベッディングしたあと、多数意見と少数意見にまず分類し、そのあと批判を聞いたあとでの意見を加えてできた新しいエンベディングを調べると、少数意見が尊重され、専制主義に陥っていないことがわかる。

そして、HM を200人の参加者による議論の場で利用してもらうことで、議論の基盤をそれぞれが理解し、よりまとまった意見に集約できることを示している。

実際に示されたデータを正確に評価する能力は持ち合わせていないので、著者らの結論をそのまま紹介したが、東浩紀が「一般意志2」で期待していたことが、可能になっている実感がある。今回は小さなグループについて意見調整するという形の使用だったが、モデルの能力を考えると、スケールアップは問題ないように思える。

さらに感心したのは、科学のように単純に多数決ではない手続きでコンセンサスをとる方法と、HM は全くことなる点をわかっている点で、今後科学的判断も尊重する熟議モデルが形成されると期待できる。

いずれにせよ、またGoogleから今の社会に一石が投じられた。

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10月20日 αシヌクレイン症誘誘導に関する新しい経路(10月18日 Cell オンライン掲載論文)

2024年10月20日
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パーキンソン病 (PD) やレビー小体認知症、さらに他系統萎縮症は通常シナプスで働いている αシヌクレインが異常構造をとることで凝集し、オリゴマーや繊維化を形成することで細胞障害性が発揮されるとされている。レビー小体のように繊維化したシヌクレインが集まるとかなり目立つが、細胞毒性で見るとオリゴマーが毒性を持つとされている。

元々変異を持つ αシヌクレインは別として、どうして正常の分子が異常構造をとるのかについては諸説あってまだよくわかっていない。ところが、今日紹介する熊本大学からの論文は、シヌクレインのオリゴマー形成を誘導するのが RNA G-quadruplex である可能性を示した論文で、少なくとも私にとっては全く新しい話なので驚いた。タイトルは「RNA G-quadruplexes form scaffolds that promote neuropathological a-synuclein aggregation(RNA G-quadroplexes は神経病原性の αシヌクレイン凝集のスキャフォールドを形成する)」で、10月18日 Cell にオンライン掲載された。

RNA G4 についてはほとんど知らなかったので調べてみると、グアニンを多く含むリピートを持つ mRNA や non coding RNA で、Gがカチオンを中心に4つ集まった環状構造をとり、それが重なってできる特殊な構造で、人間のゲノムにはテロメアを中心になんと376000箇所もこの構造をとる部位が特定されており、特に相分離を通して RNA 結合タンパク質を隔離したりする役割、そして様々な神経疾患での関与が知られるようになり、急速に研究が進んでいる分野だ。

この研究ではシーズと呼ばれるシヌクレインを加えた神経細胞で起こるシヌクレイン凝集形成過程を詳しく調べ、最初 RNA 結合タンパク質とともに相分離体を形成することに気づく。そして、それ自身では相分離が起こらない αシヌクレイン相分離させる分子機構を探索して、RNA G4 がシヌクレインのN末端と結合して凝集を誘導できることを発見する。これが研究のハイライトで、私の知る限りシヌクレインの凝集メカニズムについての全く新しい可能性が示されたことになる。

次に、細胞質の Ca濃度が高まったストレス神経細胞を用いて、シヌクレインシーズで処理された神経細胞でシヌクレインと RNA G4 が相分離体を形成していることを証明している。そして、パーキンソン病の患者さんの死後脳でもリン酸化されたシヌクレインが RNA G4 と結合していることを確認している。

次に RNA G4 の由来を、凝集が起こっている神経細胞内でシヌクレイン結合RNAの配列から、すでに G4構造をとることが知られている CAMK2a と Dlg4 遺伝子の mRNA と特定している。

次にこの凝集が神経細胞機能を傷害することを調べるため、光を当てると凝集が誘導される cryptochrome2 分子を利用した一種の光遺伝学を用いて、シヌクレインが RNA G4 により凝集すると、シナプス発火が抑えられることを示している。また、同じシステムがドーパミン神経に導入されたマウスの中脳に光を毎日照射し、シヌクレインの凝集を誘導し続けることで、ドーパミン産生細胞が低下すること、そしてその結果運動障害が現れることを示している。

これだけでも十分面白いのだが、さらにシヌクレインシーズを中脳に注射することで誘導されるドーパミン神経細胞の減少を、RNA G4 のシヌクレインとの結合を阻害分子PPIX に転換される 5-ALA を経口摂取することによって抑えられることを示している。

以上が結果で、全くオリジナルなアイデアに基づいて、利用可能な薬剤まで示した力作で、今後はシヌクレイン・シード注射という急性モデルから、患者さんの iPSモデルや、遺伝子改変マウスを用いた検証実験が必要だと思うが、期待したい。

また 5−ALA はサプリとして利用されているので、治験のハードルも低いように思う。

私自身は熊本大学と縁が深い。その意味で、このようなオリジナルな研究が発表されたことは単純にうれしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月19日 大腸菌を使ったガンワクチン(10月16日 Nature オンライン掲載論文)

2024年10月19日
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ガンワクチンというと、ペプチド、mRNA、ウイルスベクター、抗原パルス樹状細胞などを思い浮かべるが、バクテリアをガン免疫を含む様々な治療に使おうとする試みも盛んに行われてきた。このHPでガンとバクテリアで検索すると(https://aasj.jp/?s=%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%80%80%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2&x=0&y=0)実に様々な可能性が試みられていることがわかる。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、大腸菌にガンのネオ抗原を組み込んでワクチンとして使うためには、バクテリアの方の操作がいかに重要かを教えてくれる研究で、10月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Probiotic neoantigen delivery vectors for precision cancer immunotherapy(バクテリアによるガンネオ抗原デリバリーを用いたガンのプレシジョン医療)」だ。

すでに述べたように、バクテリアにガン抗原を発現させて使うアイデアは、バクテリア自体の自然免疫誘導性が高く、また遺伝子操作が簡単であることを考えると、当然のことだと思う。

この研究では、マウス大腸ガンやメラノーマをモデルに、エクソーム解析からガンのネオ抗原セットを特定し、それぞれ19種類、42種類の抗原遺伝子をプラスミドに組み込んで、腫瘍局所、あるいは静脈内に注射している。

まず結論から述べてしまうと、今回設計した大腸菌は、腫瘍局所でほとんど増殖せず、すぐに免疫系に取り込まれ、CD4及びCD8T細胞免疫を誘導するだけでなく、免疫抑制的な細胞を抑える働きがある。その結果、ガンの予防だけでなく、すでにガンが大きくなってからワクチン投与を行っても、ガンを抑制することができる。また、静脈注射を用いれば、転移ガンについても免疫を誘導できるという素晴らしい結果になる。

このような最終結果もそうだが、この研究のハイライトは大腸菌の操作が尽くされている点だ。もちろん、ネオ抗原遺伝子も大腸菌の転写翻訳系に合わせて設計するのは言うまでもないが、大腸菌ゲノムに隠れているプラスミドを除くことで、発現が抑えられないようにしている。

その上で、Lon、OmpT と呼ばれるプロテアーゼ遺伝子を除くことで、外来のタンパク質が大腸菌内で蓄積できるようにしている。大腸菌が取り込まれると、結果大量のネオ抗原がマクロファージや樹状細胞に取り込まれる。ただ、これだけならエンドゾーム内でクラスII MHC に提示されるので、大腸菌にリステリア菌の持つ listeriolysin を発現させることで、エンドゾーム内で pH が上昇すると、穴が空いて細胞質へタンパク質が流れるようにして、クラスI MHC と結合した抗原が、CD8キラー細胞を誘導しやすくしている。

その上で、大腸菌を静脈から全身投与しても体内で増殖ができないよう、マクロファージに取り込まれやすくするとともに、血液に触れると増殖ができないように操作している。

こうすることで、マウス実験では全く安全だが、ネオ抗原の生産が80倍を超え、期待通りTh1型ヘルパーT細胞とキラーT細胞の両方が誘導できるシステムを作り上げている。

以上が結果で、できれば多くのガンでシェアされている、例えば変異KRASなども抗原として用いられるかも調べられると、より多くの人に使えるワクチンになると期待できる。他にも、ガンを制御する分子のデリバリーにも使えるので、意外と主流になるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月18日 低血糖を起こさないインシュリン(10月16日 Nature オンライン掲載論文)

2024年10月18日
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私とほぼ同い年の西田敏行さんを偲ぶ報道で一色のありさまだが、糖尿病を煩っておられたと報道されている。西田さんの死亡の直接原因についてはほとんど報道がないが、突然死と聞くと、私たちの頭に浮かぶのが、糖尿病で血糖コントロールを強化した結果起こる低血糖による心臓突然死の可能性だ。

2型糖尿病だけでなく、インシュリン治療法が進歩した今も、1型糖尿病の最大の問題はインシュリン過剰による低血糖だ。この問題を解決するには、血糖が高いときだけ効果を示すインシュリンがあればいいのだが、開発は簡単ではない

今日紹介するデンマーク、ノボノルディスク社研究所からの論文は、低血糖時には働かないインシュリンが開発できたという夢のような報告で、10月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Glucose-sensitive insulin with attenuation of hypoglycaemia(低血糖を弱めるグルコース感受性インシュリン)」だ。

この論文を読むと、低血糖では働かなくなるインシュリン開発はすでに1970年代に始まっており、様々な可能性が試されてきた歴史がイントロダクションで述べられており、勉強になる。そこで紹介されている、血糖が高いとインシュリンが溶けでる仕組みはなじみ深いが、反応性の面から実現できていない。

この研究では、ブドウ糖及び配糖体と異なる親和性で結合するマクロサイクルと呼ばれる環状化合物をインシュリンの片方の端に結合させ、さらにもう一方の端にリンカーでつながった配糖体を結合させたインシュリンを設計している。通常配糖体が近くのマイクロサイクルと結合するので、インシュリンの活性部位がカバーされて、作用が抑えられる。そこに、一定以上の濃度のブドウ糖が来ると、アフィニティーに応じて配糖体を追い出し、マイクロサイクルに結合する。そうすると、インシュリンの作用部位が解放されて、インシュリンとしての効果が発生するというわけだ。

様々な調整を加えた結果完成した NNV2215 と名付けたインシュリンは、グルコースと配糖体がマイクロサイクルを競合する構造になっていることを、化学的、構造学的に確認し、また血清存在下条件でも期待通り働くことを確認したあと、ラットとブタを使った実験で、体内で使えるか調べている。

NNC2215 は L-グルコース、D-グルコースのどちらにも反応することを利用して、L-グルコースを投与して血中等濃度を高めると、D-グルコース値が低下する実験で、確かに生体内でもブドウ糖濃度に合わせて作用することを示している。他にも、インシュリンを一定にしてブドウ糖を上昇させる耐糖試験で、血糖に合わせて NNC2215 がインシュリン効果を発揮することを確認している。また、ブタでも NNC2215 連続投与とインシュリン連続投与で、NNC2215 で低血糖にならないことを確認している。

最後に、薬剤で β細胞を破壊した糖尿病ラットを用いて、インシュリン補助剤として十分利用可能であることを示している。

結果は以上で、例えば長期投与で免疫反応が誘導されないかなど、確かめる点は数多く残るが、低血糖に陥らないインスリンにかなり近づいたと思う。ただ、気になるのは値段で、おそらく通常のインシュリンの量を減らして、レベル維持に使うといった使い方がされると思うが、現実的な値段が示されるのを期待して待とう。

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