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2020年8月17日

令和2年度 施設長研修会 

西川伸一先生講演「コロナ現象を俯瞰する」抄録

 Webにより開催:令和2年7月29日

・初めてのWeb研修

・ざくっと話しして、質問に答えていきたい

・若いころは臨床医(肺)、京大から神戸理研に移って、再生医学をやっていた。

・Medlineというサイトで検索すると、今、Corvid-19の論文が3万5千も出ている。

 皆さんがメディアで知る報道より、研究はすごく進んでる。

・いろんな不安に対してきっちり答える様々なしくみも出来てきている。

[時間経過]

・感染したか、してないかという話ではなく、大事なのはどれぐらいのウィルス量に感染しているのかということ。動物実験では少ない量で感染すると症状はほとんど出ないが、免疫はちゃんとできる。多くのウィルス量で感染し潜伏期間中にウィルスが細胞の中で増えて発症する。医療従事者の方は濃厚感染しやすい。

・症状が出るとPCR検査をするが、これも今、陰性陽性ばかり話題になっているが、実はウィルス量もPCRでわかる。いちがいに感染といっても状態は様々である。

・発症はだいたい5日だが、ではいつまで感染力があるのかという話。重症化した人のPCR検査では、長くウィルスが出続ける。しかも体のいろいろな所から出る。重症の人が家に居続けるのは危険。治療開始から陰性になるにはかなり時間がかかる。症状が軽い場合は一週間から10日で陰性になるのではないか。

[IgG、IgM 図]

・ウィルスが増えて免疫ができるのにどれくらいかかるか、抗体がどれくらいで出てくるかというと、中国のデータでは、症状が出始めてからほぼ2週間すれば、ほとんどの人に抗体が出てくる。

・1週間で出てくる人が7割くらい。このあたりが、鼻風邪で終わってしまうか、症状が進むかの違いではないかなと思う。無症状・鼻風邪の人は症状が出てから一週間で感染力はなくなる。従って、ほぼ10日くらいで安全と思う。

・コロナウィルスは、たった10個の遺伝子でできたウィルス。太陽のコロナのような形をしている。この10個の遺伝子を調べるのは現代医学ではあっという間である。実際、いつ頃からコロナが広がり始めたのかはよくわかっていないが、昨年12月には、遺伝子配列は完全にわかっていた。コロナが体のどこで、どうやって増えるのかもわかっていた。わかってないのは、僕らの免疫の状態、基礎疾患など体の状態。これらは人により違う。

[細胞の中で…増え、細胞は死ぬ]

・ウィルスはそれ自身で増えることはできない。体の中、細胞の中に入って増える。ウィルスが細胞に勝手に入ってくるということはない。細胞の中に入るために、コロナやSERSは、ACE2という分子を使っている。これは何かというと、施設の高齢者にも高血圧の方は多いが、そういう方の治療によく使われているのが、アンジオテンシン転換酵素に対する薬がいくつかある。アンジオテンシン転換酵素は血圧を上げる物質で、ACE2はそれを切断し血圧を下げる物質をつくる。また、メタボの人にもアンジオテンシン転換酵素は多い。これがわかって、循環器系の医者はACE2の薬は使えないのではないかと心配した。しかし、現在では、その種のお薬がウィルスの侵入に手を貸しているわけではないということがわかってきた。

・ウィルスが細胞にとりつく時の目印であるACE2という分子だが、今開発中の多くの薬がここを狙っている。しかし、このような細胞への入口を狙う以外にもたくさんのやり方がある。

・ウィルスは僕らの細胞のメカニズムを借りて増殖し、外へ出ていく。ウィルスの膜も細胞の中の膜も使っている。ヤドカリみたいなもの。下手に薬を使おうとすると、細胞も殺してしまう心配があるので薬が非常に作りにくい。しかし、20世紀後半からタミフルとかゾフルーザ、AIDS薬といった、いい薬が出てきた。AIDSも80年代にはかかれば必ず死ぬ病気だったが、現在はもう死ぬことはなくなった。完全にコントロールされている。

・ウィルスが働く場所を叩くという考え方で、このような薬が作られている。ウィルスがタンパク質を作ろうとするところに効く薬や、アビガンやレムデシビルといった、ウィルスが自分のRNAを複製するところに効く薬ができてきた。それ以外にも標的となるウィルスの分子があって、今、徹底的に研究されている。これらの薬は実際にはコロナウィルスに対して作られたものではなくて、タンパク質酵素阻害剤はAIDS、アビガンは新型インフルエンザ、レムデシビルはエボラウィルスに対して作られた薬である。しかし、間違いなく秋くらいには、もっとはるかに良く効く薬が出てくる。ただ、一般の方に安全に使えるかということになるとどうしても今のしくみでは時間がかかる。そういった薬の認可が進めば、最後は、かかるかもしれないけどちゃんと病気として対応できるということになる。製薬会社にとっても大チャンス。

[おそらく最初は鼻から始まる]

・実際には、まず鼻に感染する。防御も鼻が中心となる。ウィルスの侵入に関するACE2を多く持っているのが、鼻の粘液を出す細胞で繊毛がある細胞。間違いなく鼻風邪からおこる。一方、肺入口あたりのACE2はそんなに多くない。あとで問題化することが多い肺に広がっていくためには、鼻や上気道で十分増えて、肺のほうに移っていくということだろうと考えている。防御のためのマスクの意味はここにある。

(司会)ほとんどの人は鼻風邪で終わる、無症状で終わる。ということだが、私たち福祉施設で働くものにとって心配なのは、無症状の職員が施設の利用者に運んで行ってしまう、媒介してしまうことだ。無症状の場合どの程度の感染力があって、何に気をつけたらいいのか?

・上部気道から出てくるウィルスが一番怖い、無症状であっても抗体が出るまではウィルスを作っている。また、その人がウィルスを持っているかは検査しないとわからない。そうなると行政の問題とかいろんな問題が絡んでくる。もう少し別の次元で議論する必要がある。

感染症というのは基本的にはヒトからヒトにしかうつらない。例外的には中東型のMERSは最初はラクダからで、次の段階でヒトヒト感染であるが、新型コロナの場合は必ずヒトヒト感染。ヒトと会わなければ絶対にうつることはない、しかし我々は社会の中で生きており、そこを遮断するというのは、医学とは違う行政とか公衆衛生問題として対応策を考える。そこは協力できると思う。今は検査するしかない。しかし検査しても必ず擬陽性というのはある。

(司会)無症状者が感染させるのを防ぐには、布マスクかサージカルマスクどちらがいいのか?

・マスクの論文も出ているが、布マスクは、かなり性能は落ちる。施設の中にうつさないということだけを考えれば、施設の中に入るときには全員防護服を着るか、中の人が全員防護服を着るかどちらか。まあそれはできないので、うつさないという意味でマスクが必要。また、感染者がウィルス単体をばらまくことはなくて、必ず唾液・粘液を介して外に出す。エボラは汗で出てくる。体液を通して外に出るときに中心になるのは上気道だから、マスクでブロックする必要がある。

(司会)マスクには、自分にうつらないという効果はあるか?

・うつらないという効果は、はっきりいって無い。それよりも、ウィルスがついた手で体のあちこちを触るのが危険。マスクより手洗い。厚労省サイトには詳しく出ているが、もっと詳しいのは米国EPAのサイトに、Covid-19 Disinfectants というのがあって、次亜塩素酸等も含めいろいろな消毒薬の除染効果を、各社の製品単位で詳しく評価している。米国ではこれくらいのデータベースがもうできていて、日本ではこういうものを活用促進するしくみがない。保健所などがPCR検査で忙しすぎて、本来ならこういった啓発をやっていかねばならない。市民の質問にきっちり答えていくことのほうが大事だと思う。

(司会)お年寄りや職員が自然免疫を高めるにはどうしたらいいか

・運動などがいいだろうけど、いろんな方がおられるので一律には言えない。やはりウィルスを入れないようにする、特に家族が持ち込ませないようにする。家族の理解を得ることが大事。来所禁止というのを今は緩めてるわけですが、家族といえどもマスクを外すといったことが絶対ないように、協力をお願いすることが大事。

[ウィルスにかかるとどうして病気になるの?]

・ウィルスは細胞を殺していくが、いずれ免疫が勝って細胞が再生されていく。問題になるのは神経細胞の場合で、神経細胞は再生されない。小児麻痺とか脳炎はこれである。しかしコロナの場合、細胞を殺すのが問題ではない。

[サイトカインストームとは?]

・なんで病気になるかというと炎症を起こすから、といえる。ウィルスが肺の病気を作っているのではなくて、いろんな炎症反応が病気をつくっている。ウィルスに侵された細胞を体が感知して、その細胞を叩きにかかる。だから熱が出たり、いろんな症状が出る。これが行き過ぎるとどんどん悪くなっていく。だから行き過ぎるかどうかというところで病気の形が変わってくる。

[時間経過]

・一番最初に、感染して症状が出てから、軽症者はだいたい9日くらいで治る。ところがウィルスを殺しきれなかったり、ウィルスを運ぶ細胞が全身に回ったり、炎症が強すぎたりすると、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)という強い炎症になり、呼吸困難を引き起こし、血管を通って全身病となる。10日の段階ではどちらに転ぶかわからない。しかし、もう何百万という事例がたまってきているので、ある程度、治療法も見えてきている。例えば初期段階で血が固まらない処置をする等である。最初のころは何もわからなかったので、人工呼吸器にかかる患者さんが続出した。今では重症者であっても治療の方法が確立してきている。

[SnapShot:COVID-19]

・症状は、軽症、肺炎、全身に回るという3段階に分かれる。臨床的にもいろいろわかってきたので、人工呼吸器までいくケースは減ってきている。薬の使い方についても徐々にわかってきて、効果のある薬を早くから使うことが可能になってきた。病気ということであれば医者マターなので、マニュアルができ、診断さえされれば適切な治療が受けられるようになってきている。しかし病院が機能してないとダメ。行政とも相談して、どういうしくみで病院と施設が連携していくのか考えていければいいのかなと思う。

[ウィルスの生活サイクル]

・細胞への入り口をブロックする抗体さえできれば、ウィルスは二度と侵入できない。こういう治療法は抗体さえあればよい。今、たくさんの製薬会社が、回復した患者さんから取ってきた抗体を使って治療法を確立している。さらには大量生産ができるモノクローナル抗体を使った治療を目指し、秋から冬にかけ、モノクローナル抗体の治験が終わりそうで、これは間違いなく効くと思う。皆さん自分で抗体を作れる、それが免疫である。そのためにはワクチンを打つのであるが、皆さん一人一人の体がワクチンにどういう反応を示すかはわからない。インフルエンザワクチンも、Aさんはいい抗体が作れた、Bさんはうまく作れないなど予想ができない。

ところが、よく効くということが分かった人からとってきた抗体、あるいはそれを培養した抗体であれば、これは誰にでも使える。そういう意味では血清療法というのは有望そうである。

ほとんどの人が、感染後2週間もすれば抗体ができている。しかしなんで重症の人もいるのか?単純な話ではない。

[Days after symptoms onset]

発症してから2週間で抗体ができるが、なんと重症化した人のほうがたくさん抗体を作っている。どういうタイプの抗体ができてくるのかということが肝心。感染して起こることとワクチンで起こることは同じ、要するに人によって違いが出てくる、重症化する場合もあるということを覚悟しないといけない。また、重症と軽症を比べた場合、肺の中に出てくるリンパ球を見ると、炎症にかかわるT細胞とがん細胞などを殺すキラーT細胞があるが、これはがん細胞だけでなくウィルスに感染した細胞も殺してくれる。しかし重症化した人の肺の中にはなぜかキラーT細胞が少なく、炎症にかかわるヘルパーリンパ球が多い、つまり重症化した人は、たくさん抗体は作るけれど、キラーT細胞は少ないということがわかった。一方、軽症の人にはキラーT細胞はたくさんある。ウィルスに対する抵抗力があるかどうかということには、キラー細胞を作れる能力にかかっている。ということがわかってきた。

[例えば抗体だけでなくT細胞の免疫が大事]

 感染した人ではリンパ球はちゃんとコロナに反応し、細胞性の免疫はできる。米国人でも、感染していない人の半分くらいはコロナに対しリンパ球が反応できる、そこで更にキラー細胞を作れるかどうかが肝心である。シンガポールの研究ではSARSにかかった人は新型コロナに対しても免疫力が強いとか、また、動物由来のコロナに感染した人は新型コロナに対してもちゃんとした抵抗力を持っているし、キラー細胞も持っている。

 もうちょっと先の話であるが、抗体をつくるというだけのワクチンであれば間違いなくできる。但し、人間一人一人はこれまでコロナに似たウィルスにかかった履歴もあり、かかり方も違う。リンパ球が反応するためには移植抗原というのが重要だ。一人一人違う、だから臓器移植をしても他の人の組織を拒絶する。つまり、免疫反応はヒトにより違う。 そういう意味で、今後、ワクチンは効く人と効かない人が出てくる。

コロナに対し、いい抗体というのはヒトは生まれつき持ってるのではないかという考え方がある。普通、外からいろんな物質が来ると、リンパ球は突然変異を繰り返してより強い抗体を作るが、生まれつき持っている抗体の働きもすごい。ほとんどの人が鼻風邪で終わるというのも、人間は新型コロナに対してうまくできていると考えられる。一番大事なのはいい治療法をきちんと開発して、風邪と変わらないという状態にするのが、医学の務めであると思う。

ワクチンは安価だが、抗体薬となると例えばオプジーボは、100mgが10万円を超える。レムデシビルは、5日間投与して30万円かかる。どこの国でも使える医療は難しいが、少なくとも日本のような先進国では、抗体を組み合わせたような完璧な治療法を作り出せるはずだ。

まあ、あと半年頑張ってもらえればなんとかなるんじゃないかと思う。どれまでの間どうするのかというと、行政などのシステムが大事で、県老協のような組織もちゃんとできてるんだから、対応を共通化しておくとか、しっかりしたマニュアルを作っておくべき。医学としては、そう心配することはないと思っている。

(司会)もし職員、利用者、利用者家族の感染がわかったら、どんな対応をすればいいのか?

・今多分、入居されている人はまず感染してない。外側からしか来ようがない。接触が一番多いのは、職員だろうけど、症状をベースにするしかなくて、濃厚接触されたという認識がある場合、症状が出た場合。この二通りしかない。このときはPCRの結果が出るまでは、施設に来てもらっては困る。外からくる人にはすべて抗原検査がきればいいのだが、日本ではできない。それを前提としてどういうマニュアルを書くのか、それがつらいところ。

(司会)職員の家族が感染した場合、職員は施設に来てはだめなのか。

・今の状況であれば、来てはいけない。必ずPCR検査をやってもらわないといけない。そこで兵庫県がどれくらいの能力を持っているかだ。兵庫県にはシスメックスをはじめ、いい医療系の企業がある。そういうところに、「お年寄りのためにひと肌脱いでもらえないか」と、持ち掛けて、ちゃんと検査ができるような体制を独自で作れないか。施設長さんが、まず保健所に相談に行くのではなく、そういうルートがちゃんとある、そういう迅速なしくみを構築されるのがいいのではないか。Jリーグではそういう体制ができている。

 やはり社会が、どう高齢者を見守っていくのかというしくみを作る、ひょうごモデルを作るのが大事ではないか。費用も問題。今だと健康保険でいけばPCR検査は16000円くらいかかるが、もっと安価にはなっていくだろう。また、唾液で検査するならもっと迅速にできるし、そういう工夫もすべきだ。そういう会社に、別枠の検査体制をつくるためにボランティアでやってよ、と言いにいったらどうか?中継ぎはします。

(質問)職員の家族の関係者がPCR検査結果待ちの場合、職員の出勤をどう考えるか?

・何人規模の会社なのか?濃厚トレーシングができなければ、PCR検査をやるしかない。可能性ゼロでないときにどういう判断をするのか。トレーシングの結果がわかるまでは来てもらっては困る。医学としては、怖くない病気にしていくしかない。

(質問)施設内で発熱者が出た、さあ検査だ、となった場合、防護服はどうすればいいのか?

・防護服を着て病院と同じ体制をとるというのが理想だが、難しい。訓練しないと装着もできない。県老協で、感染させない方法だけじゃなく、病院搬送の優先順位とかも考えたうえで、今あるリソース前提で、感染したら、というマニュアルをつくるべき。例えば38度が4日続いたら優先的にいれてくれる病院はあるのか? 細かいところまで決めて提案していく話し合いをしたらどうか。

(記録:森田拓也)

カテゴリ:新着情報活動記録

8月17日 白血球とガン免疫(8月20日号 Cell 掲載論文)

2020年8月17日

リンパ球が20種類を越すサブセットに分かれて、免疫の微細な調節が行われており、その中一つがチェックポイント調節であることは、かなり広く知られるようになった。しかし、白血球となるとついつい単球、好中球、樹状細胞ぐらで済ましてしまう傾向があるが、実際には単球にも様々なサブセットがあり、免疫反応や炎症に異なる役割をしていることが明らかになってきている。例えば最近の新型コロナ感染でいうと、non-classicalと呼ばれる単球が低下し、好中球から吐き出されるcalprotectinが高い人は高率に重症化することが示されており、これまでこのブログでも強調してきたような細胞性免疫だけを見ていると、思わぬ落とし穴に落ちる可能性を示唆している。要するに、感染症の理解は一筋縄ではいかない。

同じように、チェックポイント治療で一躍主役に躍り出たガンに対する免疫反応も、周りに存在する白血球により強く影響されていることがわかっている。例えばCSF-1受容体を阻害して単球の増殖を止めたり、腫瘍局所への単球の移動を止めると、チェックポイント治療の効果が高まることが明らかにされ、治験まで進んでいる方法も多くあると思う。

今日紹介するワシントン大学からの論文は単球による腫瘍免疫の抑制効果のシグナルとして、マイクログリアの活性化因子として知られているTREM2が関わることを明らかにした研究で8月20日号のCellに掲載された。タイトルは「TREM2 Modulation Remodels the Tumor Myeloid Landscape Enhancing Anti-PD-1 Immunotherapy (TREM2シグナルを偏重すると腫瘍組織の顆粒球の状況が変化して抗PD-1免疫治療効果が高まる)」だ。

この研究はTREM2ノックアウトマウスに肉腫細胞株を移植すると、正常に比べて腫瘍の増殖が低下し、この低下がCD8陽性キラーT細胞の作用を介していることの発見に始まる。

この原因を調べるためにsingle cell RNA sequencingを用いて腫瘍組織に浸潤する顆粒球系細胞の種類を調べると、正常マウス腫瘍組織で見られる単球のサブセットが大きく変化し、その結果T細胞やNK細胞の浸潤が高まることがわかった。さらに、抗PD-1抗体をノックアウトマウスに投与すると、腫瘍の増殖が完全に抑制されることも示している。ただ、残念ながらこの研究ではなぜTREM2シグナルが欠損すると、このような変化が起こるのか、またなぜTREM2が腫瘍組織で免疫を抑制するタイプの細胞浸潤を誘導するのかについては、全く解析できていない。

その代わりに、ノックアウトの代わりに抗TREM2抗体を作成して、抗TREM2抗体と抗PD-1抗体を組み合わせたガン治療の可能性を探り、TREM2抗体でもノックアウトマウスと同じようなガン浸潤白血球の状況を変化させ、肉腫モデルではほぼ全てのマウスでガンを除去することに成功している。

最後に、人間のいくつかのガンのバイオプシー標本の免疫組織学をおこない、TREM2が浸潤マクロファージ特異的に発現しており、ガン自身では発現がみられないことを確認したあと、様々なガンのデータベースを用いてTREM2の発現と予後との関係を調べ、TREM2の発現がガン組織で高いケースでは、ガンの予後が悪いことを明らかにしている。

以上、TREM2に対する抗体も、ガン治療の新しいレパートリーに加わった。手段が増えることは良いが、本当に適正価格の治療が実現できるのか少し心配になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月16日 多焦点ソフトコンタクトが学童の近視の進行を抑える(8月11日号 米国医師会雑誌掲 載論文)

2020年8月16日

知り合いのKさん家族の中学1年のお嬢さんが、学校検診で急速に近視が進んでいることを指摘され、驚くとともに、どこまで進行するのか心配になったことをFBに書いておられた。何かアドバイスができないかと、いろいろ近視の治療を調べていたら、メガネ、ソフトコンタクト、眼内レンズ、コンタクトレンズによる角膜形状の矯正、そしてアトロピン点眼まで多くの方法が開発され、実際に臨床に提供されている。しかし、それぞれの方法の効果判定は経験的観察研究で行われた場合が多く、厳密な臨床治験として行われていないため、その効果についてはエビデンスに乏しいと一刀両断にしている先生もおられるので、軽々に推薦できないなと思っていた。

ところがなんとタイムリーに、オハイオ州立大学のグループが、多焦点ソフトコンタクトレンズを用いた近視の進行阻止に関する無作為化治験を行なっていたので紹介することにした。タイトルは「Effect of High Add Power, Medium Add Power, or Single-Vision Contact Lenses on Myopia Progression in Children The BLINK Randomized Clinical Trial (学童の近視の進行に及ぼす、強い屈折率の違いを持つ多焦点コンタクトレンズ、中程度の違いをもつ多焦点コンタクトレンズ、そして単焦点コンタクトレンズの効果)」だ。

近視は、網膜より前方で焦点が合ってしまうため像がボケる。すなわち、眼球が奥に伸びてしまう結果だ。従って、凹レンズで焦点を奥に伸ばすのが一般的な矯正だが、矯正を行っても近視は進行することがわかっている。これは同じ屈折率のレンズの場合、辺縁は網膜より後ろに焦点がくるため、これに合わせるうちに眼球が伸びてしまうと考えられていた。

そこで、網膜中心窩に焦点を結ぶようにしたソフトコンタクトレンズの周辺に度数を加えて(加入度数:add power)、辺縁でも網膜に焦点が結ぶようにした多焦点レンズ、あるいは加入度数をさらに強めて辺縁では網膜より前に焦点が合うようにしたソフトコンタクトレンズを使うことで、物を見るときの焦点調節運動を変化させることで、視力が回復するのではないかと考えられ、主に観察研究でその効果が示されてきた。

この研究では、7歳から10歳の-0.75~-5Dの近視の学童294人を、単焦点ソフトコンタクトレンズ、辺縁が中程度の加入度数(+1.5D)を持つコンタクトレンズ、そして高度の加入度数(+2.5D)を持つソフトコンタクトレンズの3群に無作為に振り分け、3年間装着した結果近視の進行度を調べている。実際には極めて専門的な検査方法が用いられているが、詳細は割愛していいだろう。

結果は期待通りで、高度の加入度数が辺縁に配置されたソフトコンタクトレンズを装着した群では、3年目の近視の進行程度が-0.5Dに抑えられていたが、単焦点では-1D、中程度加入度数では-0.85D進行が見られた。これと対応して、眼球の軸の長さも、高度の加入度数を持つ多焦点レンズを装着した群では、伸びが抑えられていた。

全研究機関を通じて-1D近視が進行した児童の比率を調べると、単焦点レンズ装着群では56%だったのに対し、中程度加入度数レンズで36.5%、高度加入度数多焦点レンズではわずか16.5%と、はっきりと進行が抑えられた。

児童が遠近両用とも言える多焦点レンズを使って、副作用はないのかについても詳しく調べているが、コンタクトレンズを装着したことによる問題以外は、ほとんど副作用が見られなかったと結論している。

以上の結果は、多焦点ソフトコンタクトで児童の近視の進行を抑えることができることを示しており、コンタクトレンズ装着で問題が起きない場合は、使ってみても良さそうに思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月15日 ハンチントン病は発生異常?(8月14日号 Science 掲載論文)

2020年8月15日

この論文を読むまで、ハンチントン病(HD)はHantingtin(HTT)遺伝子のCAG繰り返し配列が増大し、時間をかけて神経細胞が消失する病気だと考えていた。しかしよく考えてみると、グルタミンが余分についたHTT分子が正常な機能を完全に果たせるとはなかなか考えにくい。事実、動物実験モデルではHDと同じCAGリピートの変異を導入したマウスの神経発生に異常が見られることは知られていたようだ。

今日紹介するグルノーブル大学からの論文はHD変異を持つヒトの胎児と、マウスモデルの両方を比べながら、HDの胎児では神経発生異常が存在することを示した研究で8月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Huntington’s disease alters human neurodevelopment (ハンチントン病はヒトの神経発生を変化させる)」だ。

この研究のハイライトは、HD変異を持つ受精後13週目のヒト胎児の脳組織でHTTがアピカル側に偏在し、ZO-1やβカテニンなどの細胞接着分子がそれに引っ張られてアピカル側に偏在する一方、極性を調節する分子PAR3のアピカル局在が障害されており、神経細胞の極性異常が見られることを明らかにし、人間のHDも動物モデルと同じように神経発生異常が見られることを明らかにした点だ。

あとは、変異型HTTの機能についてマウスモデルを用いて検討し、そこから得られたデータに基づきヒト組織を見直すという作業を進めている。詳細を省いて結果をまとめると、

  • もともとHTTはエンドゾームからゴルジへの小胞体輸送に関わっているが、この機能が変異型HTTで障害され、HTTがエンドゾームに停留する。
  • この小胞体輸送の異常が、先に述べた神経細胞の極性の異常の原因になっており、その結果細胞同士の接着機構が障害される。
  • この結果、神経細胞核のエレベーター運動が阻害され、増殖が抑えられ、神経細胞分裂が低下する。
  • 組織全体の極性が障害され、アピカル側の未分化型幹細胞の増殖が阻害されることで、分化型前駆細胞の比率が増える。

以上が結果で、神経発生の初期過程を調節する細胞極性維持機構がHDで障害されており、その結果正常な脳構造発生が強く阻害されていることがよくわかった。

一方、実際にはHDの人は発症するまではっきりとした神経異常を示さないことを考えると、発生初期の異常はその後ほぼ完璧に代償されていることも示している。この発生過程での異常が後期の異常とどう結びつくか、また早期に介入して病気を止めることができるかなど、まだまだ研究が必要だが、HDの概念が大きく変わろうとしていることは確かだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月14日 新型コロナウイルスの突然変異の機能的帰結を調べる(8月6日 Cell 掲載プレプリント)

2020年8月14日

先日AASJの理事の一人藤本さんから「巷では、新型コロナウイルスが世界中に広がる間に感染力の高い突然変異が選択されている。」とか「わが国で発生した変異が第二波として広がりつつある。」という話を聞くが、それを裏付ける論文を紹介してほしいと頼まれた。

その時、このウイルスは他のRNAウイルスと比べると複製を正確に行う検閲機構を持っており、変異速度は比較的低いこと、また突然変異による系統樹は詳しく調べられており、ウイルスの広がりを予測するには極めて重要だが、それぞれの変異の機能的検証は極めて難しくほとんどできていないため、感染性の高いウイルスが選択されたなどといった話は全て推察で、エビデンスに基づく話はほとんどないと答えておいた。

幸い、今日紹介するワシントン大学からの論文はウイルスが細胞に侵入する際に使うスパイクタンパク質だけに焦点を当てた研究で、ウイルス全体の感染性を必ずしも反映するものではないが、3000種類を越す突然変異についてその機能を調べた研究で8月6日Cellにプレプリントが掲載された。タイトルは「Deep mutational scanning of SARS-CoV-2 receptor binding domain reveals constraints on folding and ACE2 binding (SARS-CoV-2の受容体結合ドメインの網羅的突然変異スキャニングはタンパク質の折りたたみとACD2結合での制限を明らかにした)」だ。

この研究では現在発見されている突然変異の機能を一つ一つ調べるのではなく、スパイクタンパク質のACE2と結合するドメイン(RBD)にあらかじめ突然変異を導入したライブラリーを作成し(理論的に3819種類の変異が考えられるが、そのうち3804種類の変異が生成されている)、それぞれの変異は16塩基のバーコードで特定できるようにしている。

次にこのライブラリーを酵母の細胞表面に発現できるようにして、それぞれの変異を細胞表面上のRBDと細胞側の受容体ACE2との結合などを指標に、機能的検証を行えるようにしている。酵母を使うことで、糖鎖の負荷による影響も調べることができる。

この研究では基本的にRBDに導入された一個のアミノ酸変異のみに絞って検証を行い、

  • 酵母を使った方法で、タンパク質の細胞表面への発現量と、ACE2結合の生化学的検査が可能であること。すなわち、各変異の帰結を正確に記述できること。
  • 半分以上の変異が特に大きな機能変化を誘導しないこと。すなわち、途中性の変異が蓄積しやすいこと。
  • 多くの変異では、タンパク質の3次元構造が形成できないため、細胞表面に発現できなくなったり、ACE2との結合が失われること。一方、実際に発見されるウイルス変異ではこのようなケースは少ないことから、このような変異は活動性のプールから除去される。
  • ACE2結合能が高まる突然変異もかなりの数存在するが、実際の患者さんから分離したウイルスで、特にそのような変異は見られない。一方、SARSと同じ程度のACE2結合親和性を持つ程度の機能低下変異は数多く存在する。
  • 人工的に多くの変異を導入し、そのタンパク質の機能を調べることで、RBDの構造学的特徴を明らかにすることができ、この情報はワクチン抗体のエピトープ解析に重要な資料を提供できること。

などを明らかにしている。

要するに今後感染者から新たに分離される変異の機能的側面を推察するための重要なレファレンスデータが揃った。ただ、このレファレンスをもとに、これまで分離された変異を見直すと、特にACEと結合性が高い変異が選ばれているような傾向はない。

もともとSARSに比べてCoV-2のRBDは高いACE2結合性があることから、より感染性が高まったとされてきている。ただ、これが新型コロナ誕生の要因とするにはまだまだ早い。驚くことに、この方法でも、またこれまでの研究でも、CoV-2の起源とされるセンザンコウのコロナウイルスの方がACE2に対する親和性は高い。従って、ACE2結合性を単純にウイルスの感染性と決めつけるのは早すぎる。

一方、抗体やワクチンによる介入が始まると、強く選択圧が働いて特定の変異が選択される可能性がある。この時、その変異の特徴を特定し、新しい治療抗体を用意するという意味で、今回得られたライブラリーの意味は大きい。

以上、RBDだけでもこれほど複雑で、多くのウイルスタンパク質が働くこのウイルスの場合、感染力はこれらの分子の総合結果であり、悪性、良性などと軽々しく決められないことがよく理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月13日 オキシトシンの作用に必要な刺激依存性翻訳調節(8月13日号 Nature 掲載論文)

2020年8月13日

自閉症スペクトラム(ASD)に見られる高次の行動変化をマウスモデルで研究できるかどうか、昔から議論されている。しかし、人間のASDの中にもrare variantと呼ばれる直接異常につながる遺伝子変異が明らかになってきたこと、またモデル動物から何らかの治療のヒントが得られる可能性があることから、遺伝子操作によるモデルマウスはアクティブに利用されている。

モデル動物で研究する場合、行動変化の一致だけでASDと対応させるのは無理がある。そこでよく利用されるのがオキシトシンの効果で、ヒトASDでも短期的に行動異常を正常化させる効果が知られている。

今日紹介するバーゼル大学からの論文は、遺伝子変異、行動異常、オキシトシンの作用を結びつけるタンパク質翻訳システムの異常を明らかにした研究で8月13日号Natureに掲載された。タイトルは「Rescue of oxytocin response and social behaviour in a mouse model of autism(オキシトシンへの反応と社会行動をマウス自閉症モデルで治療する)」だ。

この研究で使われたモデルマウスはシナプス間の接着に関わるとされているニューロリギン3(Nlgn3)ノックアウトマウスで、人間のASDでも変異が見つかっている。マウスでは新しい事物に対して示す好奇心の低下が明確な症状として特定できる。この研究では、同じような好奇心の欠如が、オキシトシンの機能を阻害する化合物を投与することで起こること、そしてこの症状が、オキシトシンが作用する腹側被蓋野から側坐核へ投射するドーパミン神経で発現するNlgn3の作用でおこっていることを特定する。すなわち、Nlgn3変異、行動異常、オキシトシン、そしてそれに関わる神経回路が特定できたことになる。

この結果に基づいて、次にオキシトシンによる作用のメカニズムについて、Nlgn3ノックアウトによる発現タンパク質の変化を網羅的に調べ、mRNAの翻訳に関わる分子が大きく変化していることを突き止める。翻訳というのは細胞機能の核といえるので、本当にそんなことが起こっているのかメチオニンアナログの取り込みを脳スライス培養で行い、Nlgn3ノックアウトマウスの被蓋野では翻訳全体が亢進していることを発見する。さらに驚くことに、翻訳を調節しているエロンゲーション因子elF4Eのリン酸化を阻害して、elF4EがmRNAとより強固に結合させる働きをしているMNK1/2を阻害すると、翻訳レベルが低下し、その結果Nlgn3欠損マウスのオキシトシンに対する反応が正常化し、さらに新しいものへの好奇心が現れることを示している。

結果は以上で、そのまま人間に当てはめるのは危険だが、オキシトシンの作用の一つが被蓋野ドーパミン神経の翻訳を低下させる効果があることがわかる。この研究ではMNK1/2阻害剤がすでにガン治療の目的で治験が行われているので、少なくともNlgn3の変異のあるASDには使用可能であると示唆しているが、もし翻訳レベルを変化させるという治療が可能なら、画期的なことだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月12日 末期骨髄腫に対する新しいT細胞治療(8月29日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月12日

チェックポイント治療やCAR-Tの登場で、それまで行われていた様々な免疫治療はエビデンスがない治療法として退けられる傾向にある。しかし、今もCAR-Tの利用ができない多くのガンが存在し、またチェックポイント治療はすでにガンに対する免疫が成立していることが条件になると、やはりガンで自分のT細胞を免疫する方法はこれからも開発を続けていく必要がある。

この時ガン抗原として何を使うかが重要な問題になる。理想的な方法として、ガンのエクソーム解析から突然変異を特定し、それをネオ抗原ペプチドとして用いる方法がある。すでにサービスも提供されているようだが、解析からペプチド作成までの時間を考えると、対象は限られる。

これに対して、ガンが発現している正常細胞では、ほとんど発現が見られない様々なガン抗原を利用することが可能だが、キラー細胞が認識するクラス1MHCに使うためにはあらかじめペプチドにしてロードする必要があった。しかしどのペプチドがガン抗原として使えるのかは組織抗原がそれぞれ異なっており、決めるのは難しい。

今日紹介する米国ベイラー大学からの論文は4種類のガン抗原から生成されることが予想される何十種類ものペプチドをあらかじめ作成してそれを抗原に末梢血を刺激し、T細胞を増殖させ、それを末期の骨髄腫患者さんに投与した臨床研究で7月29日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The safety and clinical effects of administering a multiantigen-targeted T cell therapy to patients with multiple myeloma (複数のガン抗原に対するT細胞による骨髄腫治療の安全性と効果)」だ。

すでに新型コロナウイルスに対する反応性T細胞をMHCに関わらず検出するための方法として、理論的にウイルスタンパク質から生成される何百種類のペプチド抗原を使う方法を紹介したが、この研究ではまさにこの方法の一種コンパクト版を使っていると考えていい。

骨髄腫で特異的に発現していることが知られている4種類のガン特異的分子それぞれに対する20merペプチドを用意し、患者さんの末梢血から調整した樹状細胞にロード、これを抗原として、やはり末梢血から調整したT細胞を刺激、様々な増殖因子を加えて反応するT細胞を増殖させる。これを、患者さんに投与して、安全性と効果を調べている。

今回治療の対象になったのは、これまでの治療で再発した骨髄腫の患者さん21人で、半分は他の治療薬に加えるアジュバント治療として、残りは使える薬がないことから、T細胞治療単独で経過を見ている。この研究では治療法を検証するために、遺伝子解析やscRNAseqなどのハイテク解析が行われた意欲的な臨床研究だ。

結果だが、

  • この方法で全ての患者さんから増殖するT細胞集団を調整することができ、遺伝子解析から、平均で4000種類のT細胞クローンから構成されており、ペプチドをロードしたガン細胞のキラー活性も存在することを示している。すなわち、この方法でT治療用のT細胞を増殖させることができる。
  • 2〜8回に分けて細胞を投与しているが、CAR-Tとは異なりほとんど自己免疫症状は起こらない。一人強い貧血になっているが、治療を止めることなく回復している。
  • アジュバント治療として行ったグループでは、9例全員が完全寛解し、2例を除いて、最長で40ヶ月近く再発が見られていない。続けている薬剤の効果も当然考える必要があるが、これまでの経験から考えると間違いなくT細胞の効果がある。
  • 一方単独で治療した群では、1例を除いてほとんどで再発が見られている。それでも平均22ヶ月間進行を止めることができた。
  • 複数の抗原を用いているので、ガン抗原が失われて効果がなくなるより、T細胞の方でチェックポイントが働いたり、共シグナル低下によりガンの抵抗性が上がる。

他にも、かなり詳しいデータが集められているが割愛する。結論としては、ペプチドミックスを用いれば、ガン特異的T細胞を、遺伝子操作なしに調製して治療に使えるということで、

  • 末梢血をそのまま用いることができる。
  • ペプチドミックスはガンに合わせてあらかじめ用意しておけばいい。
  • これまで免疫治療を行ってきたクリニックでも実施可能。
  • 将来ペプチドの相性についても、MHCに合わせて選ぶことも可能。

など、新しい免疫治療として発展できるのではと期待する。

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8月11日 細胞表面上のタンパク質をリソゾームで分解する治療法の開発(8月5日号 Nature 掲載論文)

2020年8月11日

サリドマイドが上肢の発生異常を誘導するメカニズムの解析から、標的タンパク質にユビキチンリガーゼをリクルートしてプロテオソームタンパク質分解システムに誘導して不活化する治療法が開発され、転写因子イカロスを標的としたレナリドマイドが現在骨髄腫の治療に利用されている。もともと機能阻害分子を開発するのが難しい転写因子を標的にする治療薬開発の方向性として、現在も研究が進んでいると思う。ただ、この方法では細胞表面分子や分泌分子は標的にならない。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、プロテオソームの代わりにリソゾームへ標的分子を誘導して分解する方法についての研究で8月5日号Natureに掲載された。タイトルは「Lysosome-targeting chimaeras for degradation of extracellular proteins (リソゾームへ移行するキメラ分子は細胞外タンパク質の分解を誘導できる)」だ。

この研究の鍵はcation-independent mannose 6 phosphate receptor (CI-M6PR)と呼ばれる分子で、マンノース6リン酸(M6P)が結合したタンパク質と結合してリソゾームに引きずり込み、標的タンパク質をリソゾーム内で遊離したあと、自らはまた細胞表面にリクルートされる分子で、例えば細胞表面のIGF2成長因子はこのメカニズムで不活化されている。

この研究のハイライトは、M6P分子がN-carboxyanhydrideベースのポリペプチドに結合した血清中で安定なCI-M6PR結合分子(LYTAC)を設計したことで、この分子を運び屋シャトルとして、細胞表面や細胞外分子に結合する分子と結合させ、リソゾームに引きずるための様々な条件を検討している。

まず予備実験として蛍光分子が結合したアビジンタンパク質を、ビオチン結合LYTACでリソゾーム内に引きずり込めるか、蛍光の局在を指標に確かめ、ビオチン  LYTACと結合したアビジンはリソゾームで分解できることを確認している。また、リソゾームへの輸送に関わる分子がノックアウトされると、アビジンは細胞内に取り込まれないことも確認しており、期待通りリソゾームに引き込むことでタンパク質分解を誘導する治療法が可能であることを示している。

この結果をもとに、発癌遺伝子として働くことがわかっているEGF受容体に対する抗体をLYTACに結合させた分子を設計し、この分子が培養細胞表面上の70%のEGFRを分解し、増殖因子反応性を低下させることを明らかにしている。

次に、エンドゾームに取り込まれてもリソゾームに輸送されないトランスフェリン受容体CD71を、抗CD71抗体結合LYTACがリソゾームに引き込むことができることを示している。CD71 も現在、抗体による癌治療の標的として研究が進んでおり、LYTACによりさらに完全に分解することが期待できる。

このようにガンのドライバーに対する抗体治療の効果をLYTACはさらに高めることができるが、他にもアルツハイマー病を促進するAPOE4分子を細胞外からリソゾームに集めて分解する可能性も示されている。もちろんリソゾームで分解できないと、逆に問題が起こるが、分解できるタンパク質ならこのシステムを利用できる様々な病気があるように感じた。

臨床応用まではまだ時間がかかると思うが、面白い可能性だと思う。

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8月10日 地道に進む1型糖尿病リスク予測(Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年8月10日

少し専門的な論文が続いたので、糖尿病の臨床診断に関する論文を取り上げることにした。

2型と異なり、1型糖尿病の患者さんの多くは、知らないうちに高血糖が進み、意識障害に至るケトアシドーシスで発見されることが多く、命の危険を伴う。したがって、まだ決定的な発症を抑える方法は開発されていないとはいえ、早期にリスク予測をして、ケトアシドーシスに至らないよう指導することは重要だ。

今日紹介するPacific Northwest Research Instituteを中心とする国際チームからの論文は小児の1型糖尿病を少なくとも4ヶ月前に予測してケトアシドーシスにしないことを目的としたコホート研究で8月7日Nature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「A combined risk score enhances prediction of type 1 diabetes among susceptible children (高い発症リスクを持つ子供の発症予測精度を高める総合リスクスコア)」だ。

現在1型糖尿病リスクの予測確率が高い指標は組織適合性抗原(HLA)タイプなので、この研究では出生時に特定のHLAを持っている子供約8000人を15年追跡して、診断精度を高める指標を確立し、実地臨床でのマニュアルを策定しようと試みている。

10年以上にわたって8000人をフォローして発症を調べたことがこの研究のハイライトで、この豊富な臨床データから相関が示唆された様々な形質、さらには最近新しく示されたHLA以外のSNP アレーを用いた遺伝的リスクスコア(GRS2)などを、このコホートで改めて検証し直し、最終的にGRS2+膵臓に関する自己抗体+そして家族歴を組み合わせた総合指数を用いると、2歳までに診断がつく子供達の数が倍加することを示している。

残念ながら、例えば副鼻腔炎など、臨床的にリスク要因としてこのコホートでも確認しているが、これらを加えてもそれほど予測頻度は高まらない。今後AIなどを用いた方法で、せっかく集めた他の指標を加えた新しい診断法が生まれることを期待したい。

残った3つの要因のうち遺伝的スコアと家族歴は生まれた時から決まっているので、結局この研究から示唆されるのは、ハイリスクの子供をゲノム検査でまず選別し、膵臓に関わる自己抗体(グルタミン酸デカルボキシラーゼに対する自己抗体、インスリノーマ抗原2に対する自己抗体、そしてインシュリンに対する自己抗体)を定期的に調べて総合リスクスコアを毎年計算し直すというプロトコルになる。

これをあらゆる子供で続けるのはコストから考えても非現実的なので、結局新生児でのゲノム検査が広く行えるかどうかが鍵になる。考えてみると,今回の新型コロナウイルスPCR検査能力で浮き彫りになったわが国の後進性から考えると、希望する子供のゲノム検査を受けれるようにすることが、わが国の最も重要な課題ではないかと思う。

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8月9日 新型コロナウイルス感染とType I インターフェロン (8月7日号 Science 掲載論文)

2020年8月9日

新型コロナウイルス(Cov2)がコードする分子についての論文を読んでいると、Cov2が最も嫌う免疫機構がType Iインターフェロン(IFN-I)(= IFNα、IFNβ)ではないかと思う。すなわち、感染したホストがIFN-Iシグナルを動員しないように操作する仕組みを何重にも備えている。

このブログでも紹介したように、Cov2のコードするタンパク質のうちOrf6はimportinに結合してSTAT1の核内移行を妨げて、IFN-Iシグナルを抑える(https://aasj.jp/news/watch/12749)。イベルメクチンはOrf6のインポーチン結合を阻害してIFN-I誘導を回復させるから、抗ウイルス薬として使える。さらに、PLproプロテアーゼはIRF3からISG15を引き剥がして、IFNβが誘導されるのを防ぐ(https://aasj.jp/news/watch/13619)。重要なことはISG15自体、IFN-I/STAT1により誘導され、Orf6にも間接的に関わることから、Cov2はIFN-Iシグナルを抑え、加えてIFN-Iの誘導自体も抑える仕組みを持っていると言える。このブログでは紹介していないが、これに加えてウイルスRNAのCapメチル化を通して、侵入したばかりのウイルスRNA が自然免疫系に感知できないようにするメカニズムも持っている。

もちろんこれらの仕組みは、感染したウイルス量依存的で、ある意味で自然免疫とウイルス感染量とのせめぎ合いで、自然免疫を強く抑制できると、自然免疫の方が低下して、多くのウイルスが分泌され、結果重症化していくというシナリオが考えられる。

前置きが長くなったが、この仕組みが実際の患者さんで働いていることを強く示唆する臨床データがパリ大学から8月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Impaired type I interferon activity and inflammatory responses in severe COVID-19 patients (重症Covid-19患者さんで見られるtypeIインターフェロンの活性と炎症反応)」だ。

この研究の目的はcovid-19重症化をいち早く予想する指標を確立することで、発症後10日目で患者さんを、軽症、重症、重篤の3ステージにわけ、血液を採取、CyToFと呼ばれる、質量分析器とフローサイトメーターを組み合わせた方法で単一血液細胞レベルで発現タンパク質を詳しく調べて、以下の所見を明らかにしている。

  • これまで指摘されているように、リンパ球の現象が重症・重篤症例で著明に見られるが、様々な解析から、T細胞でアポトーシスが高まることを反映している。
  • 他にも、重篤者で特にNK細胞の減少が著しいが、逆にB細胞は増えている。
  • すべての白血球を集めて遺伝子発現を調べ、自然炎症に関わる遺伝子発現と、IFNに関わる遺伝子発現で主成分解析を行うと、発症10日目の段階で、軽症、重症、重篤の3群を完全に分離できる。
  • この解析から、IFN-Iに対する反応が高い患者さんは軽傷で、逆に低い患者さんは重症化することがわかる。また、IFN-Iシグナルが低下しているグループでは血中のウイルス量が減少しない。ただ、試験管内でIFN-I刺激を行うと、重症か患者さんの細胞も反応できることから、IFN-I刺激自体が低下していることを示す。
  • 血中のIFN-I が重篤者では強く抑制されている一方、IL6やTNF αのような炎症性サイトカインは上昇している。

この論文では、ウイルスのIFN-I抑制機能についてはまったく言及していないが、結果の多くは最初に述べたシナリオに合致しており、Cov2が肺に感染した時、IFN-I を首尾よく抑えきれた時、ウイルスから見れば増殖し続けられ、患者さんから見れば重症化することを示している。

では、なぜIFN-Iは抑えても、IL-6 やTNFαが上昇するのか?もしCap-メチル化でウイルスRNAがステルス化するとしたら、サイトカインストームも抑えられても良さそうだ。おそらく血管内皮や血球系に感染がおこると、NFκβ経路がより強く反応してしまう可能性もあるが、今後細胞レベルで詳しく検討が必要だろう。昨日述べたように、自然炎症に関わるHDAC3の2面性も関係しているように感じる。

いずれにせよ、肺炎の段階でCov2の最も嫌うIFN-Iを吸入させる治療などは有効な治療になり得るような気がする。、

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