12月15日 我々現生人類に流入したネアンデルタールゲノムの歴史(12月13日号 Science 掲載論文)
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12月15日 我々現生人類に流入したネアンデルタールゲノムの歴史(12月13日号 Science 掲載論文)

2024年12月15日
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太古の昔、ネアンデルタール人と我々現生人類が同じ場所に生きていた時代、交雑が行われ、そのとき流入したネアンデルタールゲノムは我々のゲノム中に維持されていることは、21世紀ゲノム研究から生まれた大発見の一つだ。ただ、交雑は限られた場所と時代に1-2波で起こったと考えられているが、ほとんどは現代人のゲノムとネアンデルタール人ゲノムを比較する研究により決められている。しかし、流入したネアンデルタールゲノムの運命を知るためには、交雑時期から現代までの古代人ゲノム内のネアンデルタールゲノムを調べる必要がある。

今日紹介する Paevo さんにより設立されたこの分野を担うドイツ・ライプツィヒマックスプランク研究所と米国のロチェスター大学、カリフォルニア大学バークレー校から共同で発表された論文は、45000年から2200年までネアンデルタールゲノム流入後の現生人類のDNAに残るネアンデルタールゲノムを調べ、流入後のネアンデルタールゲノムの運命を詳しく調べた研究で、12月13日 Science に掲載された。タイトルは「Neanderthal ancestry through time: Insights from genomes of ancient and present-day humans(ネアンデルタール人祖先を現代と古代の原生人類ゲノムから探す)」だ。

基本的にはインフォーマティックスの研究といえ、世界全土から現生人類ゲノムを集め、その中のネアンデルタールゲノムを特定して、いつゲノム流入が起こったのか、また流入したゲノムが我々の中で維持された進化的理由を探っている。

これまでネアンデルタール人と現生人類の交流は2波に渡って起こったとされていた。しかし、ヨーロッパからアジアに至るまでの古代現生人類ゲノム解析から、おそらく交雑は5万年から6千年ぐらいの間に起こり、このあと現生人類は多様化しながら世界各地に分布したことがわかる。

面白いのは、現代人で見るとアジア人はヨーロッパ人よりネアンデルタールゲノムの比率が高い。一方、古代原生人ではこの差が見られないことから、おそらくアジアでは別の交雑機会があった可能性がある。さらにアジアの古代ゲノムを解析する必要がある。

さらに面白いのは、今回解析した中で最も古い45000年前の現生人類のネアンデルタールゲノムは、その後の現生人類にのこるネアンデルタールゲノムとははっきり異なっており、6000年という長い期間に起こった交雑の中の一部のネアンデルタールゲノムだけが生き残っていると言える。

こうして導入されたゲノムは、流入が止まると自然に薄まっていく。しかし、現代の人間に残っているのは全ネアンデルタールゲノムの6割程度で、これが薄まって人類に散らばって存在している。これは散らばっている遺伝子を集めたときの数字で、一人一人の個人に残るネアンデルタールゲノムはたかだか2%程度だ。もちろん時代を遡るとこの割合は増加するが、交雑後100世代で急速に各個人のネアンデルタールゲノム比率は低下しており、3万年前にはすでに3−6%になっている。

それぞれの遺伝子に着目して進化的に選択され残りやすい遺伝子を調べると、これまで報告されていたような選択的に残りやすい遺伝子リストが形成できる。一方で、4割以上のネアンデルタールゲノムは現生人類では消失しており、自然選択されたことがわかる。

残った遺伝子の例として特に6割以上の現代人に残る遺伝子として神経シグナルや発達に関わる TANC1、 BAZ2B、そしてこの論文では皮膚の色素形成に関わるとしてBNC2遺伝子があげられ、これらがネアンデルタールから受け継いだ重要な遺産として我々が使っていることを示している。

この最後のデータを見て驚いたのは、彼らが皮膚の色素に関わるとして上げている BNC2 は、まさに11月6日紹介した Friedman の論文で、新しく摂食反射をコントロールすることが指摘された分子だ。従って、BNC2 によって危ないものを食べないという神経回路のおかげで我々が生き延びたとする方が、皮膚の色より面白そうだ。今後の研究に期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月14日 不完全脊髄損傷の回復を助ける視床下部深部刺激(12月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年12月14日
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2018年11月に慢性脊髄損傷の患者さんを歩けるようにする硬膜外刺激システムを紹介してから(https://aasj.jp/news/watch/9166)今日まで、このブログで紹介した論文は全てローザンヌ工科大学とそこから派生した企業からの論文を紹介している。脊髄損傷と行っても損傷場所から手損傷の程度まで多様だが、それぞれの状態に合わせた動物モデルの生理学に基づいて研究を進める点が特徴的で、昨年の9月に述べたようにこの研究施設は世界の脊髄損傷治療の一大センターになっているように思う(https://aasj.jp/news/watch/22954)。

今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、リハビリテーションで回復が可能な不完全脊損患者さんの回復を、視床下部への電気刺激が促進できることを示した研究で、12月2日 Nature Medcine にオンライン掲載された。タイトルは「Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury(脊髄損傷の後の歩行を視床下部の深部刺激が増強する)」だ。

所属を見ると、ローザンヌ工科大学には脊髄損傷を研究して歩けるようにするための様々な研究グループができているようで、成果に合わせて規模も発展していることがわかる。そして様々な研究が行われているようで、今日紹介するのは、リハビリテーションで回復する可能性がある不完全脊損の研究だ。

自然に回復が見られる胸椎下部脊髄の片側に損傷を受けたマウスが回復する際の脳全体の活動を調べ、脊髄損傷で活性が低下し、歩行が回復するときに活性が高まり、腰椎への投射が損傷で低下し、回復とともに上昇する神経領域を Fos などの神経活性化転写因子を指標に探索し、視床下部害側部だけがこの条件を満たすことを突き止める。

なぜ回復時に外側視床下部 (LH) が関わるのか完全なメカニズムの研究はこれからだと思うが、視床下部は何度も紹介しているように摂食の調節や報償など様々な機能に関わるので、今後の研究が楽しみだ。

この研究ではストレートに、この領域を光遺伝学的に刺激したとき歩行機能にどう影響するか調べ、期待通り歩行筋肉を増強し歩行回復を助けることを確認している。その上で、外側視床下部は直接脊髄神経へ投射するのではなく、線条体の前巨細胞性網様核を介したシグナルで歩行を高める。逆に LH の活動を止めると、歩行回復は遅れる。

実際には詳細な生理学的解析が行われており、これに基づいて機能回復のための方法を模索している。そして次の段階としてより臨床に近い深部刺激で同じ回復が見られるか、人間の腰椎下部脊損に模したモデルで傷害したラットを用いて確かめている。

以上の前臨床実験を元に、リハビリテーションが遅れ、腰椎下部脊損により歩行障害のある2人の患者さんをリクルートし、深部刺激がリハビリテーションを助けるかを検討している。もちろん人間への適用のためには、まず LH の歩行での役割、MRI を用いた投射の詳しい解析などから、動物と同じ機能を持つことを確認して電極を挿入している。電極挿入時も、意識を保ったまま様々な生理的試験を繰り返しながら至適挿入部位を決めている。患者さんの一人は、手術中に刺激を受けて足が動かされると思わず叫んで、LH 刺激が期待通りの効果があることを示している。

あとは患者さんのリハビリテーションを深部刺激が助けるか長期の経過観察を行い、効果がすぐ現れること、確実にリハビリテーションを助け、歩行器なしの歩行を可能にし、最終的には深部刺激なしに、手すりを持って階段を上ることができるところまで回復できることを示している。

以上が結果で、LH と歩行の関係の発見は、脊髄損傷理解に生理学がいかに大事かを教えてくれる。

1月には、伏見さんたちと脊髄損傷の YouTube 配信を考えており、ローザンヌグループのこれまでの軌跡を振り返ってみようと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月13日 ほぼ全ての膵臓細胞に分化できる幹細胞の培養(12月2日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月13日
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多能性幹細胞からインシュリン分泌するβ細胞を誘導して1型糖尿病を治療することは、ヒトES細胞が樹立されて以来の大きな目標で、このブログでも紹介したように実現しつつある(https://aasj.jp/news/watch/25297)。慶応の佐藤さんたちが開発した腸管オルガノイド培養からもわかるように、もう一つの重要な可能性は組織幹細胞から膵臓のオルガノイド培養を行う方法の開発で、オランダの Cleavers 研究室では胎児膵臓細胞を用いた地道な研究が行われていた。

今日紹介するオランダ Hubrecht 研究所の Cleavers 研究室からの論文は、ヒト胎児膵臓組織からほぼ全ての膵臓細胞へ分化できるオルガノイド培養システムの開発と、その培養から膵臓オルガノイド形成可能な幹細胞の分離についての報告で、12月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「 Long-term in vitro expansion of a human fetal pancreas stem cell that generates all three pancreatic cell lineages(3種類全ての膵臓細胞ヘ分化可能なヒト胎児膵臓幹細胞の長期試験管内増幅)」だ。

おそらくこの論文の前に多くの実験が繰り返されたと思うが、様々な時期のヒト胎児膵臓組織を基底膜抽出マトリックスに埋め込んで長期にオルガノイド培養が維持できる条件を調べ、最終的に一つの培養条件を決定している。そしてこの条件で長期に培養を維持できるのが妊娠中期14-16週の組織で、それ以前でもそれ以後でも長期培養は難しいことを明らかにしている。そして、試験管内で増幅し凍結融解可能なオルガノイド培養株を21種類樹立している。

このオルガノイドでは培養を続けると管腔細胞だけでなく腺房細胞と呼ばれる構造が飛びだしてきて、マーカー解析から管腔上皮、外分泌、内分泌各組織への分化能が維持されていることが明らかになった。増殖因子を除去した分化培養を行うと、消化酵素を分泌する外分泌細胞が現れる。

次はインシュリンやグルカゴンを分泌する膵島細胞分化だが、これにはES細胞分化で開発されてきた培養を用いている。この培養にオルガノイドを移すと、期待通り内分泌細胞が形成され、樹立した胎児膵臓オルガノイドが全ての膵臓構成要素へと分化できることを確認している。

次に、オルガノイドの長期維持を可能にしている多能性幹細胞を特定するため、オルガノイド培養と胎児膵臓細胞、成人膵臓細胞を single cell RNA sequencing を用いて詳しく解析し、各細胞の分布チャートから推察される分化経路の解析から幹細胞特異的マーカーを探索している。この実験で、通常使われる 10xgenomicsのCAP-sequencing ではなく、polyA―RNA をわざわざ使っていることを見ても、方法について厳しい検討が行われているのがわかる。

その結果、多くの幹細胞のマーカーになる Lgr5とTyro が幹細胞マーカーとして利用できることを明らかにした上で、今度は Lgr5 細胞を精製し、一個の Lgr5 幹細胞から、胎児膵臓組織を使ったときと同じオルガノイド培養が形成できることを明らかにしている。

結果は以上で、多くの人が求めていた膵臓の幹細胞を単離し、維持し、分化させることに成功している。この胎児の短い時期だけに現れる細胞の性質が今後さらに明らかになると思うが、膵臓の幹細胞治療にとっては大きな進歩だと思う。

1型糖尿病については、病気発症を防ぐ方法の開発は着々進んでおり、個人的には時間の問題だと思う。しかし、すでに発症した人には細胞移植が重要で、この論文に限らず多くの進展が見られることは、完治も可能な病気になってきたという実感がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月12日 ヒトの一生でおこる造血幹細胞の変化(12月5日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年12月12日
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遺伝子の網羅的解析が可能になって、まず調べてみようという研究も評価されることが多くなった。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校とハーバード大学からの論文もそんな一つで、胎児期から77歳の高齢者まで22種類のタイムポイントでCD34陽性細胞を分離し、これを single cell RNA sequencing で解析した研究で、12月5日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「The dynamics of hematopoiesis over the human lifespan(人の一生で見られる造血の動態)」だ。

CD34陽性細胞には、多能性の幹細胞から各系列に分化した幹細胞まで様々な造血細胞が含まれる。この研究では、それぞれのコンパートメントが一生でどう変化するか、そしてそれぞれのコンパートメントでの遺伝子発現の変化を比較して推察される分化能を調べることが研究の目的になる。

胎児肝臓造血、臍帯血、そして骨髄と場所を変えて調べているが、基本的に検出できるコンパートメントは一緒で、造血のプログラムは一生涯安定に維持されていることを示している。

考えてみると、これほどまとめて一生涯の造血幹細胞パターンを見たことはなかった。最近の mRNA からクロマチンまで調べるオミックス研究と比べると単純だが、それでも見ているだけで面白い。

まず胎児肝臓では当然のことながら多能性の幹細胞が多い。しかし生まれたあとの骨髄造血では、リンパ系へのコミットメントが急速に高まり2割ぐらいからなんと7割ぐらいへと上昇する。その後、徐々に赤血球、顆粒球造血へのコミットメントが上昇し、中年期まで安定に維持される。ただ、最も驚いたのは、老化に伴いコミットした細胞が増えるのではなく、逆にコミットしていない幹細胞が増えている。老化に伴い起こってくるクローン性増殖もこの変化を反映しているのかもしれない。残念ながら遺伝子発現だけではメカニズム解明には限界があるので、今後エピジェネティックスに焦点を当てた研究も必要だろう。

それぞれのコンパートメントの遺伝子発現のパターンを定量化する非負値行列因子分解(NMF)を用いてそれぞれの分化プログラムを調べると、一生涯を通して多能性の幹細胞は同じようなプログラムが維持されるが、少し分化した前駆細胞レベルでは分化能が制限された幹細胞が維持されている。各時期によってどのタイプのコミット幹細胞が維持されるかは違うのだが、成人期では主に顆粒球系、リンパ球/巨核球系、そして赤血球/巨核球/好塩基球系の3種類が中心になる。ただ驚くことに、老化とともにこのようなコミット前駆細胞は減って、多能性だが前駆細胞の性質を持つ特に小児期に見られる前駆細胞が増えてくる。これは意外で、詳しいメカニズムの解析が必要になるだろう。

最後に、同じ解析を造血幹細胞のガンといえる急性骨髄性白血病で調べている。すると、正常造血幹細胞と同じように、老化でみられるのと同じような、多能性からコミットまでの変化を認めることができる。ただ、どのタイプになるかは罹患年齢とは関係ない。しかし、老化幹細胞型の白血病ほど予後が悪い。

結果は以上で、全て現象論だが、特に老化に伴う変化に関しては新しい問題が多く提示されたと思う。

昨日、被団協に対してノーベル賞が授与されたが、高齢の被爆者には骨髄異形成症候群や骨髄性白血病の頻度が高まっていることが知られている。すなわち、被爆と老化、ガンの関係をもう一度調べ直す必要がある。おそらくサンプルは残っていると思うので、今後被爆者の方々の造血を、この研究と同じように調べることは、我が国の重要な課題だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月11日 Covid-19 死亡例の包括的解析(11月27日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2024年12月11日
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現在は新型コロナ流行の底に有るようだが、新しい株も発見されている上昇してくるだろう。感染の波は何度も訪れているがパンデミック初期のような多くの死亡者を出すまでには至っていないのは幸いで、教科書通りウイルスとの共存状態が成立しているようだ。ただ、安心は禁物で、常に新しい状態に備える必要がある。その意味で、過去の例をゆっくり調べ直すことは極めて重要だ。

今日紹介する多くの機関が参加している Covid-19 国際研究チームからの論文は、感染後死亡までの鼻咽頭粘膜スワブのデータが揃っている40例の死亡例について詳しく解析した研究で、11月27日 米国アカデミー紀要 にオンライン掲載された。タイトルは、「Lethal COVID-19 associates with RAAS-induced inflammation for multiple organ damage including mediastinal lymph nodes(Covid-19 死亡例はRAAS により誘導された炎症による縦隔リンパ節変化を含み他臓器障害が認められる)」だ。

まず鼻咽頭スワブから死亡例では高いレベルの感染が認められる。また、呼吸器系以外の臓器でも細胞死に至る炎症が認められ全身に病気が広がっていることがわかるが、死亡時の肺以外の臓器では全くウイルスは検出されていない。従って、呼吸器感染からどのように全身病へと発展するかが問題になる。

解析は膨大で、気になった点は動物実験まで行ってデータを集めているので、ここのデータについて紹介するのは避ける。幸い、この論文はオープンアクセスで自由に図を見ることができるので、論文にアクセス後、最後に示されたサマリーの図をみながら読んでいただきたい(https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2401968121)。

タイトルにもあるように、全身に広がる最大の原因として RAAS(レニンアンギオテンシン系)の異常が重要な要因になっていると結論している。事実、患者さんでは遺伝性の血管浮腫の原因遺伝子の発現異常が認められ、レニンアンギオテンシン系が強く活性化され、その結果として血管炎症、さらに血栓が生じ、これが臓器のストレス反応を誘導している。さらに、フィブリン沈着により、補体系の活性化も誘導され、心臓、腎臓などの細胞の炎症反応から細胞死へのプロセスが進む。

これまであまり気づかれなかった病理所見として、やはりタイトルにあるように呼吸器につながる縦隔リンパ節でリンパ球の数が低下する一方、繊維化が進んでいることを報告している。これもおそらく一種のストレスによる炎症の結果で、ウイルスに対する特異的免疫が成立しにくい状態ができている。

この二つの原因が続くことで、各臓器の細胞で様々なストレスがかかり、これがそのままミトコンドリアの酸化的リン酸化の抑制、活性酸素の合成を誘導する。その結果、ミトコンドリアが破壊され、そこから DNA や RNA が放出されることで、ウイルス感染がなくても核酸センサーを介する自然炎症が誘導持続し、最終的に細胞死に陥ると結論している。

結果は以上で、進行例の治療の基本は、レニンアンギオテンシン系の正常化、ミトコンドリアの活性化、そして自然炎症の抑制になるが、抗体や抗ウイルス剤が存在する現在では、まず感染を早期に制御し、悪いサイクルが始まるのを防ぐことが最初の治療ラインになるだろう。弱毒化しているとは言え、直近の80歳以上の死亡率は5%程度で、感染すると100人に5人は亡くなる。その意味で、今こそ剖検例を詳しく検討し、全身に対する治療方法を確立することは重要だと思い、久しぶりに新型コロナの論文を取り上げてみた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月10日 乳ガンのプレアジュバント治療は排卵期に行うと効果がある(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月10日
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女性は卵子が成熟する卵胞期から、排卵期、そして黄体期を経て、月経と続く生理サイクルを繰り返しているが、このとき卵巣から出るエストロジェンは排卵期をピークに、またプロゲステロンは黄体期がピークになり、月経前に急減する。このほかにも下垂体系の卵胞刺激ホルモンや、黄体形成ホルモンが生理サイクルに合わせて上下する。閉経後は基本的にこれらのサイクルは停止する。とすると、当然閉経前のガン細胞もこのサイクルに影響されるはずで、ひょっとしたら治療効果も生理サイクルに影響されるかもしれない。といった素朴な疑問を真面目に調べたのが今日紹介するオランダ癌研究所からの論文で、12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The oestrous cycle stage affects mammary tumour sensitivity to chemotherapy(発情周期は乳ガンの化学療法に対する感受性に影響する)」だ。

ガンの化学療法により生理周期は乱されるため、生理サイクルとガンの治療開始時期についてあまり真剣に考えてこなかったことは確かだ。しかし乳ガンで手術前のネオアジュバント治療が当たり前になった今、治療開始時期には生理サイクルは維持されており、エストロジェン受容体を発現していることが多い乳ガンでは重要な問題になる。

これをマウスの乳ガンモデルで確かめたのがこの研究のハイライトで、まずガンの状態と生理サイクルを調べると、エストロジェンがピークになる排卵前後(動物の場合はこれをestrous(発情期)と呼び論文でもこの単語が使われているが、ここでは排卵期を用いる)で、ガン細胞の増殖は2倍近くになる。

乳ガンのプレアジュバント治療にはエストロジェン受容体阻害剤を用いることが多いが、この研究では系をシンプルにするため、増殖を抑制する抗ガン剤、doxorubicin あるいは cyclophosphamide に絞って投与時期による効果の差があるかを調べている。

結果は驚くべきもので、排卵期に投与した場合と、黄体ホルモンが高まりエストロゲンが低下する黄体期に投与した場合、ガン細胞の抑制効果は2倍に達する。これは一回投与の実験だが、その後生理サイクルが狂った後も抗ガン剤を1週間ごとに投与するプロトコルで生存期間を調べると、一ヶ月後の生存数が黄体期投与で0に対し排卵期投与で40%と大きな差になっている。

エストロジェン受容体がでているから当然のことかと思ったら、Brca1 陰性のトリプルネガティブ乳ガンでも差は大きくないが、やはり排卵期に化学療法を行った方が効果が高い。

そこでメカニズムを調べるため、ガン側の変化として化学療法に対する耐性を高める上皮間葉転換の可能性を調べると、確かに間葉転換が黄体期に起こっていることがわかった。ただ、これではトリプルネガティブ乳ガンについての実験結果を説明できないので、腫瘍血管を調べると黄体期の血管の内径は排卵期と比べ30%近く低下している。一方腫瘍組織に浸潤しているマクロファージの数を調べると、黄体期の方が遙かに高く、このレベルの差が治療中も維持されている。そこで、腫瘍組織のマクロファージを CSF-1 をブロックして除去すると、黄体期でも化学療法の効果が見られるようになる。このように、ガン細胞だけでなく、腫瘍組織を形成しているホスト側の細胞も生理サイクルにより活性が変わることから、エストロジェン受容体の発現に関わらず、ネオアジュバント治療は排卵期に行うことが良いと結論されている。

最後に、マウスの結果が人間にも当てはまるか、排卵期と黄体期をプロゲステロンの血中濃度で区別して、ネオアジュバント治療の効果を調べなおしてみると、一目瞭然、明らかにプロゲストロンが低いときにネオアジュバント治療を始めたときの方が効果が高い。

以上が結果で、極めて素朴な質問から初めて、臨床的には極めて重要な結論に到達している。今多くのガンでネオアジュバント治療が行われるようになっているので、他のガンでも同じことが言えるのか調べるとともに、エストロジェン受容体陽性の乳ガンに対しては排卵期から始めても良いと思う。私が患者なら、医者にそうお願いする。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月9日 筋肉の伸張を感知する筋紡錘はマクロファージの調節を受けている(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月9日
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筋肉を急に伸ばすと筋肉を収縮させて過度のストレッチが防がれるが、筋肉伸張を感知して反射を誘導するのが筋紡錘で、我々が安定した姿勢を保てるのも筋紡錘が大きく寄与している。ただ、筋紡錘のシグナルメカニズムについては研究する人も少なく、わかっていないことが多い。

今日紹介する Imperial College of London からの論文は、筋紡錘を単離して遺伝子発現を調べるところから始めて、筋紡錘は従来考えられていたように求心性の感覚神経と γ 運動の神経による支配を受けるだけでなく、筋紡錘カプセルと求心性感覚神経と密着したマクロファージにより調節されていることを示した研究で、12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Macrophages excite muscle spindles with glutamate to bolster locomotion(マクロファージはグルタミン酸を介して筋紡錘を刺激し運動を支える)」だ。

この研究ではまず筋紡錘を分離し遺伝子発現を調べ、神経系の分子に加えて、免疫系の分子の発現が見られることを発見し、これと反応する血液細胞を探索した結果、CX3CR1 ケモカイン受容体陽性マクロファージが伸張レフレックスに関わる筋紡錘と固有受容感覚神経の接合部に接して存在することを明らかにしている。

続いて、筋紡錘と接するマクロファージの遺伝子発現を調べ、血液系の分子とともに、神経や筋肉に関わる分子を発現しているユニークなポピュレーションで、しかもグルタミン酸を分泌する能力があることを発見する。

そこで、光遺伝学システムを筋紡錘マクロファージ (MSMP) に発現させ刺激すると、筋紡錘の関わる伸張リフレックス回路に直接影響して、筋肉の収縮を誘導することを明らかにする。すなわち、筋紡錘による伸張リフレックスはマクロファージによっても調節されていることを発見する。この発見が研究のハイライトで、あとは調節に関わるメカニズムとしてマクロファージがグルタミンを取り込み、グルタミン酸へと転換して分泌することで、NMDA や AMPA などのグルタミン酸受容体を介して伸張レフレックスを調節していること、そして筋紡錘と相互作用しているマクロファージを欠損させると水泳中の足の動きの協調がうまくいかないことを明らかにして、筋紡錘が神経系だけではなくマクロファージともサーキットを形成して伸張レフレックスに関わることを明らかにしている。

結果は以上で、マクロファージ自体が神経系の持つ能力を獲得して、神経・筋回路に関われるとは驚きだ。しかも、神経自体もグルタミンを介してマクロファージを刺激でき、さらにマクロファージも神経と同じように Fos など神経興奮で誘導される転写因子を発現することを見ると、本当にうまくできていると驚く。

いずれにせよ、マクロファージを参加させることで、回路は神経系だけでなく、神経以外にも開かれることになり、筋肉疾患や筋トレーニングを新しい目で見ることが可能になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月8日 進化する SynNotch 遺伝子スイッチシステム(12月6日 Science 掲載論文)

2024年12月8日
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抗原に出会うと Notch シグナルが活性化して、同時に導入した遺伝子の発現のスイッチを入れる synNotch システムについては以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21145)。この論文では、腫瘍特異的 CAR-T に IL-2 を分泌させる synNotch システムを組み込んで、CAR-T が腫瘍に到達したときキラー標的抗原を synNotch 刺激にも使いキラーが働く局所だけでT細胞を増殖させる方法で、CAR-T が苦手とする固形ガンの増殖を見事に抑制しているのに驚いた。残念ながら ClinicalTrial Gov. で調べても IL-2 の治験は登録されていないが、synNotch でキメラT細胞受容体が発現する And型の CAR-T は現在リクルートが進んでいるようだ。

今日紹介する、同じカリフォルニア大学サンフランシスコ校から12月6日 Science に発表された2編の論文は、同じ synNotch を使うと、免疫を抑制するサプレッサーT細胞を作ったり、あるいは脳でだけ働くキラー細胞やサプレッサーT細胞をつくることが可能で、様々な分野に応用が可能になることを示した研究だ。タイトルは、「Engineering synthetic suppressor T cells that execute locally targeted immunoprotective programs(局所で免疫反応を抑える人工サプレッサーT細胞)」と、「Programming tissue-sensing T cells that deliver therapies to the brain(組織を感知してそこでだけ治療効果を発揮するT細胞をプログラムする)」だ。

基本は synNotch で特定の抗原に反応して転写がオンになるシステムだ。今回は、免疫を抑制するサプレッサーシステムの設計で、局所で免疫抑制サイトカインが分泌されるよう設計している。これまでも抑制性 CAR-T をデザインする試みは行われてきたが、この研究ではい免疫抑制性サイトカインだけでなく、いくつかの遺伝子も加えてデザインし、様々なコンストラクトを調べ、最終的に TGFβ1 と CD25 を同時に発現さる synNotch コンストラクトが、キラー細胞の増殖を抑え、標的細胞を守る効果があることを明らかにする。CD25 は最初組織中に分泌されている IL-2 を取り除いて他の細胞の増殖を抑える目的で発現させるが、その後の実験でサプレッサー細胞に選択的に IL-2 が利用されるのも助けていることがわかった。

タイトルを見て IL-10 を使うのかと思ったが最終的に TGFβ1 担ったのも面白く、実験的に確かめて最も有効なシステムをくみ上げている。最初は移植した腫瘍に対する CAR-T の作用を抑えることを指標としてサプレッサーT細胞機能を詳しく検討したあと、最後は試験管内で形成させた膵臓 β細胞に対するキラーT細胞をサプレッサーT細胞で抑えられるか検討している。

もちろんこの方法を1型糖尿病の発症予防に使うことを目的でシステムを構築しており、人工的抗原を発現させた β細胞を移植し、これに対するキラー活性をがサプレッサーT細胞により抑えられることを示している。

残念ながら NOD マウスの糖尿病発症抑制実験までには行っていないが、すでに特異抗原に対する抗体は開発されているので実験が行われていると思う。これができると1型糖尿病の発症抑制が現実のものとなる。

もう一つの論文は、現在 synNotch を用いる治験の対象になっている、グリオーマ治療の特異性を高めるためのシステム構築になる。グリオーマに対する CAR-T 治療は期待を集めているが、標的に選ぶ抗原の特異性の問題がつきまとう。そこで、脳には発現していない抗原を選んだ上で、これに対するキメラ受容体を、脳組織だけに存在する分子でスイッチが入る xynNotch を用いて誘導し、脳でしか働かない CAR-T の開発にチャレンジしている。

研究のハイライトは、脳特異的な分子の特定で、最終的に BCAN と呼ばれるマトリックス分子に対する抗体を用いた synNotch を構築し、これによりグリオーマに発現する抗原を標的にしたキメラ受容体をただ発現させただけの CAR-T と比べても強い活性を持つキラー活性を誘導できることを示している。同じ腫瘍を脳以外に移植した場合は、全く抑制できないことから脳特異的に働く CAR-T ができた。

最初、synNotch として発現させる抗体によって脳内にトラップされ、腫瘍に到達できないのではと思ったが、全く杞憂で、この形で様々なケモカインも誘導でき、腫瘍にしっかり到達して、高い活性を示してる。

また、この方法を脳に転移した乳ガン特異的キラー細胞として使えることも示しており、かなり大きな期待ができる。

そして最後に同じ synNotch システムで IL-10 を誘導することで、多発性硬化症のような脳内での免疫性炎症を抑えられることまで示している。

結果は以上で、同じシステムの使い回しで、多様な免疫操作が可能になることが示されており、またこのシステムの治験も始まっているようなので期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月7日 複雑な果糖の毒性(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月7日
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コーンシロップという形状で多くの飲料や食品に果糖が含まれており、我々の健康を損なっていることがわかっている。小腸上皮で代謝されるが、そのキャパシティーを超えると直接肝臓に果糖が流れ込んで脂肪肝の原因になる。さらに、APC遺伝子欠損マウスのポリープ発生をコーンシロップが上昇させることも知られており(https://aasj.jp/news/watch/9897)害は代謝にとどまらない。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、腫瘍の増殖速度を果糖摂取が上昇させるのは、果糖が直接ガンの栄養補給に寄与するのではなくホストの肝臓で処理された脂質が増殖を助けていることを示した研究で、果糖の効果の複雑さを示す典型研究。12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Dietary fructose enhances tumour growth indirectly via interorgan lipid transfer(食品に含まれる果糖は臓器間の脂質の移動を通して間接的に腫瘍の増殖を高める)」だ。

これまでも腫瘍の増殖を果糖が促進することは報告されており、この研究でもゼブラフィッシュ、マウスの移植ガン実験システムを用いて、果糖摂取がガンの増殖を促進することを確かめている。最初はメラノーマを用いて調べていたが、乳ガンや子宮頸がんでも同じ効果が得られることを確認し、一般的にガンの増殖はフルクトース摂取により促進されると結論している。実際示された図を見ると、効果は著しく、ガンによっては1ヶ月後のサイズが2倍を超える場合も見られ、驚く。これを見るとガンがあるとわかったら、間違ってもコーンシロップ入りの清涼飲料水を飲まないようにしようと思う。

ただ、これは移植ガンの話で、試験管内でのガン増殖系に直接果糖を加えても何の効果もない。これは、ガン細胞では直接果糖から F6P が形成される酵素システムがないためで、ガンが果糖をエネルギーとして利用できる能力は限られている。

とすると、果糖が肝臓で処理されるときに、ガンの増殖を助ける分子が形成されると考えられる。そこで果糖を摂取したとき肝臓で合成されるガン細胞で消費される分子を探ると数種類の lysophosphatidylcholin (LPC) がクローズアップされてきた。果糖の利用に必要なKHK阻害剤を投与すると、LPC の合成が抑えられ、腫瘍の増殖も低下する。また LPC を直接投与すると、ガンの増殖が促進される。そして、腫瘍は取り込んだ LPC をポスファチジルコリンに転換して利用していることを明らかにしている。

結果は以上で、最終的にエネルギーとして果糖が使われているわけではなく、肝臓で副産物として合成される細胞膜の成分フォスファチジルコリンの材料を提供され、分裂に利用していることが示されている。エネルギーだけでなく、様々な材料を使い尽くそうとするガンの姿を見ることができるが、逆から見ると、ガンは兵糧攻めに弱いことになる。繰り返すが、ガンと診断されたら間違ってもコーンシロップを含む飲料や食品は避けた方がいい。

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12月6日 自閉症で高率に見られる CPEB4 スプライシング異常の生化学的解析(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月6日
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自閉症のゲノムについては解析が進み、レアバリアントとコモンバリアントが統合された一つの状態が神経回路形成に影響して起こると考えられている。一方で、自閉症の細胞で見られる頻度の高い変化を捉えようとする試みも行われ、その一つが2019年、このブログで詳しく紹介したスペイン・オチョア分子生物学研究所からの研究(https://aasj.jp/news/autism-science/11072)で、自閉症神経細胞ではCPEB4 と呼ばれる mRNA の polyA の長さを調節する分子のエクソン4番が飛んでしまっている率が高く、この結果神経機能に関わる様々な分子の翻訳が低下すること、その結果マウスでは自閉症に見られる症状が現れることを示した素晴らしい研究だった。

ただ、ではなぜ小さなエクソンが欠失した分子が少し増えるだけでかなり大きな翻訳の変化につながるのかの詳しいメカニズムは示されていなかった。今日紹介するスペイン生物医学研究所からの論文は、2019年の論文の続報で、CPEB4 の小さなエクソンが相分離やタンパク質の凝集の調節に関わることを示した研究で、12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mis-splicing of a neuronal microexon promotes CPEB4 aggregation in ASD(神経細胞で CPEB4 のミクロエクソンがスプライス異常を起こすことで CPEB4 の凝集が起こることが ASD に関わる)」だ。

CPEB4 のように特定の標的分子がない場合は、その量の調節が重要になる。これまでの実験で、この量の調節に CPEB4 の相分離が重要な役割を演じていることがわかっていた。余談になるが、以前紹介したように MECP2 も相分離によりクロマチンの構造を決めており(https://aasj.jp/news/watch/13574)このバランスが崩れることで、多くの遺伝子の発現が上昇したり、抑えられたりして病態を形成しているようで、相分離は今後の研究の重要な鍵になりそうだ。

研究ではまず GFP で CPEB4 を標識し、神経細胞の定常状態で相分離して存在していること、そしてこの相分離が神経の脱分極に伴う pH 変化により誘導され、相分離体は CPEB4 を隔離して機能を抑制する働きがあることを示している。

次に、自閉症で高率見見られる BPEB4 エクソン4欠損(Δ4)の相分離を調べると、Δ4 分子は相分離から溶けでやすいことがわかった。とすると、機能が高まっていいはずなのになぜ翻訳の低下が起こるのかを相分離だけでは説明できない。CPEB4 の分子構造は相分離だけでなく、タンパク質凝集にも関わることを示しているので、次に凝集塊の形成をしらべると、Δ4 では不可逆性の凝集が形成されやすく、しかも少しだけ存在するだけで相分離体の中で正常な CPEB4 も巻き込んだ凝集体を形成し、CPEB4 機能を抑制していることがわかった。

この凝集体形成には CPEB4 のヒスチジンクラスターによることがわかるが、Δ4 に存在するアルギニンクラスタがこれを抑制していると考えられる。とすると、Δ4 ペプチドだけでもヒスチジンクラスターによる凝集を阻害できると考えられ、Δ4 を模したペプチドを Δ4 欠損分子に加えると、凝集形成を抑えることができる。

以上、このペプチドを用いて治療できるかどうかわからないが、なぜ神経症状が中心なのか、なぜ少しの Δ4 欠損分子の存在が翻訳異常を誘導するのかなどがよくわかる研究だと思う。

しかし MECP2 といい CPEB4 といい、神経細胞では相分離、タンパク質凝集という視点から以上を見直すことの重要性がクローズアップされた感がある。

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