来週2月21日夜7時から恒例のジャーナルクラブを開催します。今回はいつも参加いただいている堀尾先生とのメールのやり取りから、「癌と代謝」を取り上げることにしました。実際には重要ですが極めて大きなテーマで、まとめるのは並大抵ではないと思います。そこで、2年前Cellに掲載されたFinleyさんの優れた総説を柱に据えて、最近の面白い論文をいくつか選びます。直接参加したいみなさんはzoomアカウントを送りますのでリクエストしてください。

来週2月21日夜7時から恒例のジャーナルクラブを開催します。今回はいつも参加いただいている堀尾先生とのメールのやり取りから、「癌と代謝」を取り上げることにしました。実際には重要ですが極めて大きなテーマで、まとめるのは並大抵ではないと思います。そこで、2年前Cellに掲載されたFinleyさんの優れた総説を柱に据えて、最近の面白い論文をいくつか選びます。直接参加したいみなさんはzoomアカウントを送りますのでリクエストしてください。
運動能力を高めるために行われるドーピング薬に赤血球を増加させるエリスロポイエチンまで含まれるが、最も広く使われているのがアナボリックステロイドだと思う。恥ずかしいことに、この作用は全てアンドロゲンに反応する核内受容体を介するとこれまで思っていた。しかし、精子がプロゲステロンに反応して Caチャンネルが活性化されるという発見以降、核内受容体だけでなく、G共役型の受容体がステロイドホルモンに反応することが知られていたようだ。
今日紹介する中国山東大学からの論文はアナボリックステロイドとして筋肉増強にも使われた5αジヒドロテストステロン (DHT) に反応する Gタンパク共役受容体 (GPCR) を特定し、その構造解析を元になんと筋肉だけに作用を持つ薬剤を開発した研究で、1月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Identification, structure, and agonist design of an androgen membrane receptor(アンドロゲンに反応する膜型受容体の特定、構造、そしてアゴニストデザイン)」だ。
この研究では取り出した長肢伸筋が DHT に反応して筋力を増大することを確認したあと、筋肉が発現する GPCR のリストを作成、それぞれの遺伝子を細胞に導入して反応性を調べる方法で、GPR133 を特定する。
DHT やアナボリックステロイドとして用いられるメテノロンと GPR133 との結合を生化学的に確かめたあと、クライオ電顕を用いた構造解析を行っている。DHT と GPR133 の結合が、縦に突き刺さる形と、横に入り込む形の2種類検出されたという結果から、メテノロンも含めて極めて入念に構造解析を行い、メテノロンと DHT の機能的違いの構造基盤などを明らかにしている。さらには、このような構造の基礎がわかったおかげで、様々な GPCR とステロイドホルモンとの共通結合様式も明らかになった。ただ、この部分はかなり専門的なので、詳細は省く。
この研究のハイライトは、GPR133 と DHT との結合解析に基づいて、小分子化合物を設計し、GPR133 に結合・刺激可能だが、核内受容体に影響が殆どない化合物AP503 を特定したことだ。
分離してきた筋肉に AP503 を作用させると30分で cAMP のレベルが上昇し、筋肉収縮力が上昇する。そしてマウス筋肉に注射すると、直後から筋肉増強作用が観察できる。またオスメス関係なくこの作用は現れる。そして、DHT 投与による核内受容体の活性化で見られる前立腺の変化などは全く見られない。この作用機序についてもマウスで確かめており、GPCR活性化、cAMP上昇、PKA活性化を介することを確認している。
結果は以上で、この研究の本来の目的が新しい筋肉増強剤の開発だったかどうかはわからないが、少なくとも投与後すぐ効果があり、核内受容体活性化による副作用のない増強剤が開発できたと結論できる。もしこの薬剤に副作用が全くないとしたら、アスリートに使用は許可されるのか、気になる。
2014年、カナダの Sauvageau は試験管内で人造血幹細胞の増殖を誘導できる化合物 UM171 を発見した。すでに10年経ってはいるがまだ臍帯血増幅の臨床試験段階のようで、FDA などの認可には至っていないようだ。これは作用メカニズムが完全に詰め切れていないこともあるが、これまでの研究でヒストンデメチレース LSD1 と CoREST分子の複合体に E3ユビキチンリガーゼをリクルートして分解する分子糊として作用している可能性が示唆されている。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、UM171 の分子糊としての機能を詳細に解析した研究で、2月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「 UM171 glues asymmetric CRL3–HDAC1/2 assembly to degrade CoREST corepressors(UM171 は CRL3−HDAC1/2 非対称的複合体を CoREST レプレッサー分子に糊付けして分解する)」だ。
分子糊として働き標的分子を分解するためには、ユビキチンリガーゼを標的分子に連れてくる必要がある。この研究では、UM171 を作用させた細胞で分解される分子のなかから、直接 UM171 と結合する分子をリストして、最終的に分解される CoREST分子を含む複合体の構成を調べている。というのも、分子糊は分子同士を接着させるというより、分子のポケットに入り込んでタンパク質自体の構造を変化させ、新しい構造にユビキチンリガーゼをリクルートするからだ。すなわち、分解される個々の分子とUM171 との関係を見ていたのでは実像が見えてこない。
まず UM171 により分解されるのはこれまで提唱されていた LSD1 と CoREST だけではなく、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC1/2 も含むこと、そして分解の引き金を引くユビキチンリガーゼは KBTBD4分子を有する E3ユビキチンリガーゼがであることを特定する。
このように、LSD1、HDAC、そして CoREST の複合体に UM171 が潜り込んで、タンパク複合体の構造を変化させることで KBTBD4/E3ユビキチンリガーゼがそれを認識するという奇跡のようなことが誘導されていることがわかる。そして、分解の時間経過などから HDAC が KBTBD4 と直接結合していることを明らかにする。
さらに驚くことに、UM171 により誘導される構造変化は細胞内に存在するイノシトール6リン酸をもう一つの分子糊として使って HDAC と KBTBD4 の結合を高めることを示している。この結果、KBTBD4/E3リガーゼは LSD1/CoREST/HDAC複合体にリクルートされ、全ての分子を分解することができる。
あとは、分子構造から得られたデータを元に、アミノ酸を改変して、それぞれの分子が結合している領域を確認している。
結果は以上で、UM171 の分子機能が構造的に明らかになったことは、なぜ造血幹細胞の増殖が誘導できるのかの分子メカニズムを知る上で重要だ。これまでの研究でも、エピジェネティックな変化が細胞を増殖させていることはわかっていたが、今回の研究で、ヒストンメチル化だけでなく、アセチル化も合わさったエピジェネティック変化が起こることが明らかになり、研究の進展が期待できる。
しかし、イノシトール6リン酸も含むこれだけ多くの分子が関わる分子糊が発見されたこと自体が私にとっては驚きで、人間の努力が奇跡を可能にしていることがわかる。次は、このような分子糊を構造予測により設計できるか、新しい課題が生まれた。
ハンチントン病はハンチンティン (Htt) 遺伝子のコーディング領域の CAG 繰り返し配列が増加して、その結果異常タンパク質(ポリグルタミン)や RNA が形成され、細胞ストレスを誘導するだけでなく、特に線条体の神経細胞で大きな転写プログラムの変化が起こり、細胞死に陥るため、踊るときの様な動きが不随意に出てしまう病気で、症状から以前は舞踏病と呼ばれていた。
年齢とともに CAG 繰り返し配列が増大するプロセスについては、CAG リピートがヘアピン構造をとりやすく、これが複製されている方の DNA鎖におこる結果リピート数の複製間違いが起こること、そしてこの不安定化に DNA 上のストレスを感知するミスマッチ修復機構が関わることが知られている。おそらく専門でないと理解できない複雑なメカニズムが関わっている。
ただ、この説明だけではなぜハンチントン病は脳の中でも線条体の特定の神経細胞だけで異常が起こるのかはよくわかっていない。
今日紹介する UCLA からの論文は、CAG リピートとミスマッチ修復機構、そして転写異常を統合的に捉えようとした面白い論文で、2月11日 Cell にオンライン掲載された。まだまだ詳細を詰める必要はあるが、ハンチントン病を理解するための新しい視点を与えてくれる。タイトルは「Distinct mismatch-repair complex genes set neuronal CAG-repeat expansion rate to drive selective pathogenesis in HD mice(特定のミスマッチ修復機構が神経細胞の CAG リピートの拡大率を決めてハンチントン病も出るマウスの細胞選択的な異常を決める)」だ。
この研究ではゲノム解析からハンチントン病発症に影響があるとされているミスマッチ修復酵素がノックアウトされたマウスを作成し、これと CAG リピートが発症を誘導するだけの140個を持ったモデルマウスと掛け合わせ、CAGリピートが存在することで起こる線条体の転写異常を調べるところから始めている。
結果、140リピートがあると5000近くの遺伝子発現に影響があり、年齢とともに増加するが、ミスマッチ修復酵素の中でも Msh3 や Prm1 をノックアウトするとこの異常が解消することを発見する。また、この転写異常はクロマチン構造が開いてしまう変化に起因すること、そしてこの変化はこれまでハンチントン病で犯される神経として特定されていた中型有棘神経細胞だけに起こることを示している。すなわち、CAG リピートが存在してミスマッチ修復機構が働くと、メカニズムはまだわからないが、かなり大きなクロマチン変化が起こり、転写異常が起こることが示された。ミスマッチ修復機構はどの細胞にもあるのに、線条体中型有棘細胞だけでこれが起こるのもメカニズムはわからないが、今後重要なポイントになる。
さらに驚くのは、これらの細胞だけでリピートの数がさらに増大することで、140リピートから260リピートまで時間とともに上昇を続ける。そして、この結果としてリピートを持つ RNA の凝集が細胞上で認められるようになる。重要なのはこの凝集は140リピートでは足りないことで、これが中型有棘細胞で見られるようになるということは、この細胞だけでリピートの増大が起こることがわかる。このことはわざわざ中型有棘細胞を精製してリピート数を数える実験で確認している。そして、この拡大は Msh3 がノックアウトされると起こらない。
すなわち、有棘細胞特異的な転写異常は140リピートで十分だが、この転写異常を背景に、Msh3 依存的に CAG リピートの数が増大し始めると、新しい細胞変化を誘導し、細胞特異的変性が起こるとしている。実際、新たなリピート増大により起こる転写の変化には神経機能を担う分子が多く含まれている。
結果は以上で、まだまだ詳細なメカニズムについてはわからないままだが、今後の研究方向と、さらには治療開発のための新しい道を指し示した素晴らしい研究ではないかと思う。少なくとも私の頭の整理には大きく役立った。
アルツハイマー病 (AD) の殆どは遺伝性が認められないが、明確な遺伝的変異で起こる AD も明らかになっており、その一つがアミロイドを細胞膜から切り出すプレセニリン遺伝子の変異で、これにより βアミロイド(Aβ)の蓄積が早まり、いわゆる若年性AD が生じる。この遺伝性AD の発見により、アルツハイマー病には Aβ の蓄積が必要であるとする Aβ仮説が認められるようになった。
しかし、このブログでも紹介したが、同じプレセニリンの変異を持っていて Aβ が蓄積しているにもかかわらず、AD を発症しないケースが発見されている。一つは ApoE3 に生じた変異 (Christchurch変異) 、あるいは Reelin遺伝子の変異を合併している場合で、この変異により通常のADで見られる異常Tauタンパク質の脳内への伝搬が防がれて、Aβ蓄積にもかかわらず症状が出ない。この結果から、AD の症状は Aβ蓄積により異常Tau が脳全体に広がることが必要であるとする AD の Tau異常症仮説が示唆される。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、プレセニリン遺伝子変異を持つ家族の研究から発見された遺伝子変異にもかかわらず発症が防がれている1例についての研究で、2月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Longitudinal analysis of a dominantly inherited Alzheimer disease mutation carrier protected from dementia(アルツハイマー病の優性遺伝要因を持つにもかかわらず認知症が防がれた症例の長期の解析)」だ。
この研究はプレセニリン2の変異が発見された家族を追跡する DIAN と名付けられたコホート研究で、すでに4世代まで追跡が続いているが、これまで13例の発症が確認され、発症は45歳から50歳(平均49.3歳)だ。現在も発症前のキャリアーが9人存在し、これらはまだ発症年齢に達していないが、この研究で紹介された1例だけは変異を持っているにもかかわらず71歳まで発症が見られず、通常の生活を送っている。
ゲノムも含めてこの家族のデータが存在するため、このケースが発症しない原因についてより詳しい追求が可能と考えられ、発症年齢を遙かに超えた2011年(61歳)から2021年(71歳)まで、長期的な追跡が行われている。
ApoE や Reelin遺伝子変異が合併した例と同じで、この例でも Aβ の脳内の蓄積は強く認められるものの、異常Tau は側頭葉に限られ、脳全体に伝搬しておらず、Aβ から Taunopathy への転換が防がれていると結論できる。
ただ、ApoE や Reelin には変異がなく、他の要因で発症が防がれていると考えられる。そこでこのケースに特異的な変異の存在が探索され、3種類の特有の変異が見つかった。ただ、これらが明確に AD発症を防いだのかどうかについてはわからない。面白いのは Tauタンパク質の44番目のチロシンがヒスチジンに変わる変異が確認されており、これが異常Tau の発生を抑える可能性は存在する。
次に環境因子だが、最も特徴的なのはこのケースがディーゼルエンジンの技師で、仕事で何年も高温環境に晒されていた点で、暑さのためホースから水を浴びて冷やさざるを得ないほどの職場環境が特定された。もちろん推察でしかないが、この環境により神経でヒートショックタンパク質が誘導されたことが異常Tauの伝搬を抑えた可能性がある。
他には殆ど明確な要因は認められていない。従って、今後はこれらの要因を動物実験や、ゲノム研究から確かめていく作業が待っている。しかし、このような希なケースを発見するという意味で、ゲノムのわかった集団のコホート研究は重要だ。
論文を読んでいて、著者の視点とは違ったところに目が向いてしまうことはしばしばだ。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、肺の繊維化のメカニズムを追求した論文だが、読んでいて肺線維症と骨形成の類似性に驚いた。タイトルは「RUNX2 promotes fibrosis via an alveolar-to pathological fibroblast transition(RUNX2は肺胞線維芽細胞から病的線維芽細胞への転換を促進して繊維化を誘導する)」で、2月5日 Nature にオンライン掲載された。
論文自体は、様々な分子マーカーラベリングを用いて、マウス肺線維症モデルで異常増殖する線維芽細胞の系譜を特定し、その細胞が異常増殖を始めるシグナルを、single cell 解析とノックアウトを駆使して調べるオーソドックスな研究だ。ただ、その過程で肺線維症を促進している分子が骨形成に関わる分子とオーバーラップするのに驚いた。
まず胎児期肺の増殖線維芽細胞のマーカーとしてレプチン受容体 (LEPR) を使っているが、LEPR は成熟後の骨形成と脂肪細胞への分化経路で骨形成を促進している。このマーカーは肺の様々な線維芽細胞に発現しているが、LEPR に加えて様々な分子マーカーを用いた研究から、肺線維症で異常細胞へと転換するのは肺胞の線維芽細胞であることを確定する。
この細胞がマウスではブレオマイシン刺激やシリカ刺激により、異常増殖と分化が誘導されるが、この異常化を標識する分子が骨芽細胞特異因子として知られるペリオスチン (POSTIN) と骨芽細胞分化を誘導するカプリング因子として知られる CTHRC1 で、私の勝手な印象だが肺の異常線維芽細胞とはまさに骨芽細胞に近いことになる。実際、ペリオスチンを線維芽細胞でノックアウトすると、肺線維症の発生を抑えることができる。
そして極めつけは RUNX2 だ。この分子は異常線維芽細胞と正常を比べることで特定されたが、Runx2 遺伝子ノックアウトマウスでは骨形成が完全に阻害されることが知られている。肺線維症でも、Runx2 を肺の線維芽細胞でノックアウトしておくと肺線維症の進行を抑えることができる。
これはマウスだけではなく、人間の突発性肺線維症のデータベースを調べると、RUNX2、ペリオスチン、CTHRC1 全て発現が見られる。
結果は以上で、もちろんこの研究では肺線維症に関わる他の遺伝子についても調べているが、論文で強調しているのはこの3種類の分子と言っていい。ここからは私の勝手な印象になるが、まさに骨形成に関わる遺伝子プログラムのスイッチが入ることが肺線維症を誘導していることになる。
現在、突発性肺線維症の薬物療法としては、それぞれ標的がはっきりしないニンテナニブとビルフェニドンが用いられるが、特にニンテナニブは骨代謝の影響が示されている。全て線維芽細胞のバリエーションだと考えればそれでいいのだが、肺線維症と骨形成のつながりは、将来の薬物治療の可能性を広げる気がする。
さらに妄想を広げると、骨は硬骨魚類から存在するが、成熟後も骨形成を活発に維持する必要が生まれたのは、脊椎動物が陸上に上がって骨髄ができてからだ。もちろん、陸上に上がるには肺の形成が必要になる。そう考えていくと、肺線維症と骨形成は大きな進化の枠で捕らえることができる。
今月のジャーナルクラブは、2月21日19時から、いつも参加いただいている堀尾先生のリクエストに応えて、ガンと代謝について最近の研究を概観してみたいと思っている。ガンは正常細胞と競争して高い増殖力を維持するために、代謝レベルのリプログラミングが起こっている。逆に言うと、この過程でアキレス腱が生じて、そこを標的にすると治療が可能になる。そのため、世界中でガンの代謝リプログラムについての研究が進んでおり、正直どうまとめればいいのか現在苦慮しているところだ。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、新しい発見というわけではないが、ともかく代謝を変化させることでガンの増殖を抑えることができることを素朴な発想で示した研究で、2月4日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Implantation of engineered adipocytes suppresses tumor progression in cancer models(人為的操作を加えた脂肪組織を移植することでガンの増殖を抑えることができる)」だ。
脂肪組織の移植というのは少しセンセーショナルだが、結論的には代謝の活発な褐色脂肪組織はガンと競合することで増殖を抑えられるというのが結論になる。
実際、2年前カロリンスカ大学のグループが、担ガンマウスを耐えられるギリギリの摂氏4度で維持すると、熱を発生するために褐色脂肪組織が活性化され、ガンの増殖が抑えられることを発表しているが(Nature 608, 421,2022)、寒さに耐えさせる代わりに褐色脂肪組織を人工的に誘導して移植してガンを抑える可能性を追求した。
この研究の最も重要なメッセージは、転写を活性化する CRISPRa を用いて、体内から取り出した脂肪細胞で3種類の遺伝子を活性化すると、褐色脂肪組織に対応する脂肪組織を誘導できるというエンジニアの方法だろう。
こうしてできた脂肪組織をガンを移植した場所に移植すると、ガンの増殖を抑えることができる。大事なのは、これが移植した脂肪組織によって全身の代謝が変化するからで、脂肪組織でグルコースの取り込みが高まり、脂肪の分解が進む結果、ガンのグルコースや脂肪酸の利用率が低下し、さらに代謝状態が変化するためインシュリン感受性が高まり、インシュリンレベルが低下することもガンには痛手になる。
従って、脂肪組織はガンの近くに移植する必要はなく、離れた場所でも効果が見られる。逆に、せっかく脂肪組織を移植しても、高脂肪食やグルコースの取り込みを高めるとガンの増殖を抑えることはできない。
結果は以上だが、これを示すため様々なガンのモデルを用いている。また、人間の脂肪組織の移植も行って、人間でもこの治療が可能であることを示唆している。
脂肪組織を取り出して、培養細胞株を樹立、それに遺伝子導入して褐色脂肪組織のオルガノイドを形成するなど、Biotechnology としては面白いが、翻って考えるといくら移植しても我々が持っている脂肪組織の量にはかなわない。従って、もし脂肪組織の一部でも褐色細胞へリプログラムできれば、ガンを抑える可能性はあり、実際寒さに晒してガンを抑える研究はそれを示している。また、ガンの末期悪液質が始まると急速に脂肪組織が減少し、ガンの抑制が効かなくなるのは誰もが認識している。このように、ガンの代謝は難しくもあるが、わかりやすい側面もある。さて、21日どうまとめるか。
一昨日紹介した IL-27 のように、ガンや感染に対するキラーT細胞の活性を長続きさせるための様々なシグナルが探索されている。ただ、そのシグナルによって細胞内に引き起こされる過程についての研究は簡単ではない。基本的には様々なシグナルによって転写される遺伝子レパートリーが変化するが、それと同時に代謝も大きくリプログラムされる。
今日紹介する米国ソーク研究所からの論文は、転写と代謝がエピジェネティックな機構を介して密接に統合されていることを示した研究で、2月7日号の Science に掲載された。タイトルは「Nutrient-driven histone code determines exhausted CD8 + T cell fates(栄養素により誘導されるヒストンコードがCD8T細胞の疲弊を決定する)」だ。
タイトルを見ると栄養素を変えるとT細胞のプログラムを変えられると受け取ってしまうが、この研究が最初に調べたのは、これまでも何度も紹介してきたT細胞の刺激が続くと、T細胞の反応を落とし疲弊させるプログラム (Tex) が誘導される現象で、いかにエフェクターT (Tef) を維持し、Tex を抑えるかの方策を探っていた。
両者の転写を比べる実験から、acetyl-CoA synthetase2 (ACSS2) の発現が Tex で低下することを発見する。ACSS2 は酢酸から Acetyl-Co Aを合成する酵素で、acetyl-CoA合成にはもう一つATP-citrate(ACLY)によるグルコース由来のクエン酸からの経路が存在するので、通常気にしないのだが、著者らはこれに興味を抱いた。そして様々な実験を重ねて、この変化の上流や下流を詳しく調べているが、複雑なので全てすっ飛ばして結果だけを箇条書きにする。
以上が結果で、代謝と転写が極めて複雑に関わっていることを見事に示した力作だと思う。
ただ、この研究はこれまで紹介してきたキラー活性維持研究を深く理解するためにも重要なヒントを示してくれる。例えば、試験管内でキラー活性を維持するためにはグルコースの利用を抑えるといいことがわかっているが、この結果から ACLY 経路を高めてしまった結果と言える。しかし代謝はややこしく、いつも頭が混乱する。
インシュリン分泌が低下する糖尿病でも2型糖尿病の発生前には、長いインシュリン抵抗性と呼ばれる身体の組織のインシュリンに対する反応が低下する前段階が存在する。それでも、ブドウ糖の取り込みなどインシュリンのシグナルは必要で、インシュリン抵抗性のヒトが同じレベルの反応を維持するためには、より多くのインシュリンを必要とする。これが膵臓のβ細胞の過労働を強いて、最終的にインシュリン分泌が低下する糖尿病へと発展する。
インシュリン抵抗性自体は、様々な原因によりインシュリンシグナル経路活性が低下することだが、問題になる組織として膵臓、肝臓、筋肉、そして脂肪組織をこれまで考えてきた(もちろん専門家は違うだろうが)。しかし、今日紹介するドイツ・バードナウハイムにあるマックスプランク研究所からの論文は、インシュリン抵抗性理解の鍵が血管内皮のインシュリン抵抗性発生にあることを示した研究で、2月7日号 Science に掲載された。タイトルは「Endothelial insulin resistance induced by adrenomedullin mediates obesity-associated diabetes(アドレノメデュリンによる内皮のインシュリン抵抗性肥満による糖尿病を媒介する)」だ。
血管内皮はもちろん糖尿病で傷害される最も重要な細胞だが、インシュリン抵抗性に関してあまり議論されている論文は読んだことがなかった。この研究では血管内皮のインシュリンシグナルを傷害すると、筋肉でのインシュリン効果が低下するという現象に興味を持って研究を始めている。すなわち、インシュリンが筋肉や脂肪組織に届けられるのも血管を介してのことで、血管でのインシュリンシグナル抵抗性は、インシュリンを届ける機能に繋がるのではないかと考えた。
このときインシュリンに反応して血流を高めるのにNOを産生するNOSが関わっているが、これを抑えるシグナルを探索する過程で、最終的に脂肪から分泌されるアドレノメデュリンとその受容体がこの過程を抑えていることを発見する。すなわち、アドレノメデュリンが血管のインシュリンシグナルを抑制=インシュリン抵抗性の元凶であることを発見する。
シグナル経路の解析により、アドレノメデュリンは G共役型受容体を介して cAMP合成、それに続く PKA分子活性化、そしてインシュリン受容体のリン酸化を抑制する脱リン酸化酵素 PTPB を活性化することでインシュリンシグナルを抑えることを明らかにする。
さてここまでは、血管内皮でも、肥満により脂肪細胞から分泌されるアドレノメデュリンによってインシュリン抵抗性が発生するという話だが、問題は血管内皮のインシュリン抵抗性の発生が全身にどこまで影響を持つのかという点になる。
そこで血管内皮のアドレノメデュリン受容体を必要な時にノックアウトできるマウスを作成し、高脂肪食を投与して肥満を誘導したあと、この受容体をノックアウトすると、コントロールでは耐糖能の低下が見られるのに、血管内皮へのアドレノメデュリン効果を断ち切ったマウスでは、耐糖能は正常に保たれていることがわかった。耐糖能検査でグルコースの取り込みを行うのは主に筋肉なので、この結果は血管内皮のインシュリン感受性を維持することで、肥満マウスの筋肉のインシュリン反応性も維持できたことになる。また、アドレノメデュリン阻害ペプチドにより、耐糖能を維持できることを示している。
以上の結果から、インシュリン抵抗性はまず血管内皮での発生が問題で、インシュリンによる内皮のNOS活性化とその結果としての拡張、血流上昇が抑えられるため、インシュリンの筋肉への到達が遅れ、筋肉が正常にインシュリンに反応できたとしても耐糖能が低下することを明らかにしている。もちろんインシュリン抵抗性は他の要因でも誘導できるので、最終的には全ての組織でインシュリン受容体機能の低下が見られるようになるとおもうが、内皮の重要性について改めて認識した。
免疫チェックポイント治療が広く使われるようになって、ガンに対する免疫を維持させることの重要性が明らかになり、このブログでも何度も紹介したように、サイトカインや抗体など様々な方法でこれを実現しようと試みが続いている。
今日紹介する Genentech 社からの論文は、IL-27 が抗原特異的キラー細胞を特異的に高める作用を介して、ガン免疫療法の新しい可能性を開くことを示した研究で、2月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「IL-27 elicits a cytotoxic CD8 + T cell program to enforce tumour control(IL-27はCD8陽性細胞障害性T細胞を誘導して腫瘍抑制を支援する)」だ。
Genentech といえば私が現役だった20世紀の終わりから21世紀にかけて急成長したバイオテックベンチャーの代表で、組み換え生理活性ペプチドや抗体薬を多く世に出してきた。当然のことながら、現在はガンに対する薬剤の開発により力を入れている。
この研究ではヒトのメラノーマ組織でCD8キラーT細胞が活性化していることが明確な組織とそうでない組織でサイトカインの発現を調べ、ガン組織でキラーT細胞活性を高めているサイトカインのリストを作っている。すると、強い炎症に伴うインターフェロンγ や IL-32、そして腫瘍内リンパ組織形成に関わる LymphotoxinA/B とともに、IL-27 がリストされてきた。
IL-27 はマクロファージや樹状細胞由来で、キラーT細胞やNKT細胞を活性化することが知られていたが、同時に IL-10 を誘導して抑制性T細胞も誘導してしまうことが知られており、ガン免疫に対する効果は限定されると考えられてきた。しかし IL-27 を抑制するとガンの増殖を助ける方向に作用し、T細胞から IL-27 受容体をノックアウトするとガン抑制効果が消失するので、もう少し可能性を確かめようと研究を進めている。
マウス大腸ガンを移植したあと、IL-27 遺伝子をコードするプラスミドを直接肝臓細胞に導入して肝臓細胞に IL-27 を分泌させると、見事に腫瘍を拒絶することに成功している。こんな乱暴な投与をしてサイトカインの副作用はないのかと心配するが、もともと IL-27 は炎症を抑制することが知られており、IL-27 が高いレベルに保たれていても、マウスの体重はコントロールより増えるぐらいで、副作用はないと結論している。
あとは single cell RNA sequencing などで、IL-27 が T細胞のキラー活性を高め、増殖を促進する一方、免疫反応を抑えるフィードバックは抑えることを示して、まさにいいことずくめのサイトカインであることを示している。
ただ、プラスミドを直接肝臓に導入するのはヒトでは難しいので、IL-27 に抗体の Fc部分を結合させた体内寿命の長い IL-27 を作成、様々な腫瘍モデルを使って、容量依存的に腫瘍を抑制できる可能性を示している。マウスでは1Kgあたり10mgの一回投与でほぼガンが完全に抑制できているが、人間だと500mgぐらいが必要になる。
以上は全てマウスモデルなので、ヒトにも使える可能性を示す目的で、ヒトのガンデータベースから腫瘍組織で IL-27 レベルの高い人とそうでない人に分けて予後を再検索すると、IL-27 が高い患者さんでははっきりと生存率が高いことを示し、人間への応用も有望であることを示している。
サイトカインの抗ガン作用など調べ尽くされているように思えるが、まだまだ調べ尽くせておらず、思いがけない宝の山が残っていることを示す研究だと思う。治験へのハードルは高くないように思うが、期待したい。