2024年11月12日
昨日紹介したように、多くのガンでは染色体外 DNA (ecDNA) と呼ばれる、プラスミドのような環状 DNA の形でガン遺伝子や、免疫抑制遺伝子が増幅し、ガンの増殖や免疫系からの回避を助けている。染色体外に存在することで、転写活性が強く、複製開始点を持って勝手に増殖することから、ガンの多様化を後押しすることで、悪性度を高め治療を困難にしている。
今日紹介するスタンフォード大学と Boundless Bio 社からの論文は、このやっかいな ecDNA を持つガンの弱点を見つけて治療する可能性についての研究で、11月7日同じ Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Enhancing transcription–replication conflict targets ecDNA-positive cancers(転写と複製の競合を高めることで ecDNA 陽性のガンを治療する)」だ。
おそらく最初から ecDNA では、転写と複製が同時に進むことに DNA 損傷が起こりやすいという問題を見抜いた上での研究だと思う。片方は ecDNA 有り、片方はなしのほぼ同じガン細胞株を用いて転写を調べると、ecDNA 有りでは数倍の転写が遺伝子を超えて起こっているのがわかる。
次に1本鎖に開いている DNA を読み出すと、転写が激しい部位を中心に、やはり ecDNA 全体にわたって2本差がほどけていることがわかる。もちろん平行して ecDNA の複製も進行することから、当然転写と複製の衝突が予想される。このとき発生する DNA 複製ストレスを複製フォークに結合するタンパク質を指標に調べると、DNA ストレスが ecDNA 有りのガン細胞で高まっていること、さらに衝突の結果、DNA の複製スピードが ecDNA で抑制されていることを確認する。
このようなストレス下に複製が進むと DNA 切断が起こると予想されるが、実際その指標となる γH2AX ヒストンがストレスが起こっている ecDNA に集中して存在することを確認する。
以上、予想通りの結果が得られたので、ecDNA で DNA 損傷が起こりやすいという特徴を生かした ecDNA 有りのガンを抑制する方法を考案している。すなわち、DNA 損傷を残したまま細胞周期を進めることは細胞の破綻につながるので、損傷が検出されると、DNA 複製が正常に起こったかどうかを調べるチェックポイント分子により、細胞周期の進行を止め、修復を待って細胞周期を進める仕組みがある。
ecDNA 有りのガンでは DNA 損傷が多いため、この細胞周期チェックポイント分子への依存性が高いと考えられる。従って、この分子を阻害して細胞周期を進めることで、ecDNA なしのガンより細胞死を誘導しやすいと予想できる。
そこで、チェックポイント分子をノックアウトすると、2-3倍の増殖抑制がかかり、細胞死が誘導される。また、CHIR-124 と呼ばれるチェックポイント阻害剤を添加すると、ecDNA 有りの細胞では細胞死が誘導されやすいことを明らかにしている。
そこで、このチェックポイント阻害薬をベースに、経口投与可能でより特異的な BBI-2779 を開発し、ガンを移植したマウスへの投与実験を行い、ガンのドライバーに対する標的薬と一緒に投与することで、それぞれ単独では得られない強いガン抑制効果が見られることを示している。
結果は以上で、チェックポイント自体は全ての増殖細胞で必要なので、今後抗ガン剤として本当に有効かをさらに詳しく調べる必要があると思う。しかし、ecDNA という厄介者も、他の観点から細胞にとって足かせになる可能性が示され、新しい治療法の開発を期待したい。
2024年11月11日
ガンではよく遺伝子増幅(一つの遺伝子の数が増えること)が見られることがある。例えば乳ガンの HER2 や神経芽腫の MYCN などはガンの増殖力と密接に関係するが、この中の多くがその遺伝子を含む大きな領域がゲノムから切り出されて、染色体外で環状 DNA として勝手に増殖していることがわかっている。これを extrachromosome DNA (ecDNA) と名付けて研究が行われているが、ガンの悪性度と密接に関係していることが知られている。勝手に増幅して、分配されるため、当然ガンの多様性を高めると考えると、当然のことだ。最近、ecDNA について面白い論文を2編目にしたので、今日明日と紹介する。
今日紹介する英国フランシスクリック研究所、ロンドン大学、そして米国スタンフォード大学からの論文は、15000に及ぶガンの全ゲノムデータを解析し直して、ガンで見られる ecDNA の分布や種類について詳しく調べた研究で、11月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Origins and impact of extrachromosomal DNA(染色体外 DNA の起源とインパクト)」だ。
ゲノム解析データで遺伝子増幅が見られる場合、染色体内での増幅と、ecDNA に分けることが出来るが、これをショートリードデータから判断する、データ処理がこの方法のハイライトになるが、こうして ecDNA を特定した場合、ハイブリダイゼーションを用いて、実際に ecDNA が増幅されていることを確認することが出来る。
この研究ではまず ecDNA の頻度について調べ、調べた全てのガンの17%に ecDNA が見られることを明らかにしている。これはかなりの頻度で、同じ遺伝子変異がそろったガンでも、なぜ予後に差があるのかを考えるとき、ecDNA を念頭に置く必要を実感する。
さらに、ecDNA の頻度がさらに高いガンが存在する。中でも HER2 陽性乳ガン、脂肪肉腫、グリオブラストーマでは半数を超えるガンが ecDNA を持っている。面白いことに、血液系のガンでは頻度が低い。
次にどの遺伝子が ecDNA に載っているのかを見ると、ほとんどの ecDNA にはガン遺伝子が乗っており、中には肉腫や乳ガンのように2種類のガン遺伝子が一つの ecDNA に載っていることがある。そして、染色体内でガン遺伝子が増幅しているガンと比べると、増幅度が圧倒的に高く、その結果ガンの適応力が高まっていることがわかる。
さらにやっかいなのは、様々な免疫反応を抑制する遺伝子がガン遺伝子と、あるいは単独で ecDNA として増幅されていることだ。それぞれの意義を完全に解明することは簡単ではないが、ガン組織のゲノム解析に含まれている T細胞の比率を調べると、ガン組織に浸潤している T細胞が少ないことが観察できる。
問題はタンパク質をコードする遺伝子だけではない。ecDNA には様々なエンハンサーやプロモーターなどの遺伝子調節領域が含まれている。染色体外にあることから、その作用にクロマチン構造の制限がなく、転写因子を ecDNA にリクルートすることができるため、ガンの増殖をさらに助けていると考えられる。
ガンの増殖にはガン抑制遺伝子の欠損が重要だが、p53 のように正常分子を抑制できる dominant negative 変異がある場合、ecDNA に載って増幅されると、その効果は強くなる。その結果、細胞の染色体自体も不安定化し、全ゲノム重複まで起こってしまうことがわかる。
ecDNA は独自で増殖するため、多様性が高く、突然変異も独自に蓄積していく。そのおかげで ecDNA を使うとガンのたどった歴史を垣間見ることもできる。ecDNA に共通に存在する変異のタイプを見ると、タバコや紫外線などの外来発ガン因子によるタイプの変異が維持される。それらの上に ecDNA ができてから DNA 修復時の相同組み換え型変異が中心に積み重なっていく。
これらの結果、ステージの進んだガンでは ecDNA が存在する確率が高く、また ecDNA による遺伝子増幅が見られると、明確に予後が悪い。
同じタイプのガンで、ガン遺伝子も同じなのに、経過に大きな差があるのは医師であれば誰でも経験している。今後は ecDNA が存在するかどうかも予後を考えるのに重要な因子として調べていく必要がある。では、これに対応する術はあるのか?明日はそれについての研究を紹介する。
2024年11月10日
ポンペイを訪れたのはケルンに留学中のことで、今から45年近くになる。想像以上に広い領域が発掘されており、街の壁の選挙ポスター、売春宿を示すペニスのサイン、そして公開されている家の中のフレスコ画の生々しさに感激した覚えがある。この遺跡で有名なのは、逃げ遅れて死亡した人たちが灰に埋もれたあと、身体が消失した空洞に石膏を流し込んだボディーキャストで、少数が遺跡でも見学できた記憶がある。実際には様々な場所でボディーキャストが作成され、その姿から考古学的に様々な解釈が行われてきたようだ。
今日紹介するイタリア・フィレンツェ大学、米国ハーバード大学、そしてドイツ・ライプチヒ マックスプランク研究所からの論文は、残されたボディーキャストから骨の断片を集め、核内ゲノム、ミトコンドリアゲノムを読み出し、当時のポンペイ人の人種構成を示すとともに、これまで考古学者が勝手に解釈したストーリーが全く間違っていることを示した面白い研究で、11月7日 Current Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Ancient DNA challenges prevailing interpretations of the Pompeii plaster casts(古代 DNA 解析はポンペイのボディーキャストについて現在広く知られる解釈の間違いを指摘した)」だ。
ポンペイには美しい秘密の儀式のフレスコ画で秘儀荘をはじめとして、家々に名前がつけられているが、今回は秘儀荘の1体 (https://www.alamy.com/plaster-casts-of-a-victim-of-the-eruption-of-the-volcano-vesuvius-that-destroyed-the-city-of-pompeii-image486772542.html?imageid=09220DC7-D29D-4223-8CB3-CBE92EA7CCBC&p=1828032&pn=3&searchId=f8bba17f288e018901a5154b9c507198&searchtype=0参照)、金のブレスレットの家4体(https://pompeiiinpictures.com/pompeiiinpictures/Casts/victims%20bracciale.htm 参照)、そして地下柱廊の家の2体(https://archaeologymag.com/2024/11/dna-evidence-rewrites-history-of-pompeii-victims/ 参照)で、実際に分析されたボディーキャストの写真をウェッブサイトとリンクしておいた。
もちろんボディーキャストだけでなく骨格も出土しており、2022年、最初のポンペイ人のゲノム解析がコペンハーゲン大学から報告され、ローマ帝国人のゲノムに近いことが報告されている。この解析と比べると、キャストの骨を集めた今回の解析は一部の断片を拾い集めたといえる程度だが、それでも5人の得られたゲノムから、イタリア半島からエーゲ海、そして現在のシナイ半島の人のゲノムまで様々な民族の集まりであることがわかり、ミトコンドリアハプロタイプも全て異なっており、当時のローマ帝国の多民族性がうかがわれる。
また、明確な結果が得られなかった一人を除いて、全て男性のボディーキャストであることがわかった。
以上が結果だが、この結果が突きつけた大きな問題は、これまでのボディーキャストについての考古学的説明を全く支持できないことがわかった点だ。
秘儀荘の1体については逃げ遅れた召使いでいいのだが、金のブレスレットの家のかばい合うように倒れた2体については、これまで姉妹が抱き合いながら死んだとされていた。ところがすでに述べたように、両方とも男性で、しかも遺伝的関係は全く見当たらなかった。
極めつけは金のブレスレットの家の2体の子供を含む4体についてのこれまでのストーリーは、全員家族で、金のブレスレットをつけ、一人の子供に最も近いところに位置していたので、この家族の母親とされ、子供を守っていたとされている。また、少し離れたところに位置する子供は、家族から離れてしまった子供とされてきた。ところが、わかったことは全員が男性で、しかもわかる限りで調べた結果は3親等以内の姻戚関係は認められないという結果だ。
これまで、考古学はArcheology=古代学というより、日本語がうまく表現しているように「古代を“考える”学問」に近かったのかもしれない。しかし、ゲノム解析という事実が突きつけられると、考える考古学がもろくも崩れ去ることを示している。面白い。
2024年11月9日
我々のゲノムの半分以上はトランスポゾンやレトロウイルスなどの役に立たないだろうという意味で、 JUNK という汚名を着せられた DNA でできている。ただ、これまで何回も紹介したように、トランスポゾンは様々な状況で役に立っている。最近紹介した例を挙げると、1)受精後の卵割期に LINE-1 トランスポゾンはクロマチンのアクセスをコントロールしており、この転写がないと発生が止まる(https://aasj.jp/news/watch/7308)、2)やはり初期発生でLINEはリボゾームRNAの転写を高めている(https://aasj.jp/news/watch/8669)、などだが、一方でトランスポゾンが転写されると自然炎症が誘導される(https://aasj.jp/news/watch/18549)ことから、リスクも伴う。
今日紹介するテキサス大学からの論文は、トランスポゾンが活性化されて誘導される炎症リスクまで味方につけるケースがあることを示した研究で、18月8日号の Science に掲載された。タイトルは「Retrotransposons are co-opted to activate hematopoietic stem cells and erythropoiesis(レトロトランスポゾンは造血幹細胞を活性化し赤血球を増やすのに利用されている)」だ。
Irv. Weissman 研の大学院生だった Sean Morrison が責任著者で、研究の流儀も Sean らしい感じがする論文だ。研究では造血でトランスポゾンが活性化される状況を調べ、なんと妊娠中の、しかも脾臓にある造血幹細胞で内因性のレトロウイルスや LINE トランスポゾンの発現が上昇することを発見する。一方、妊娠期以外の正常造血では発現は全く観察されない。
次に、妊娠中に上昇するエストロゲンをマウスに注射すると、造血幹細胞の増殖が上がり、それに伴いレトランスポゾンの転写が上昇する。従って、エストロジェン上昇による影響がトランスポゾン転写の重要な原因になっていることがわかる。
次に、なぜレトロトランスポゾンの転写が上がるのかをクロマチンの状態を調べる ATAC-seq で調べると、妊娠やエストロゲン処理でトランスポゾン領域のクロマチンがオープンになっている。
妊娠中やエストロゲン処理により造血幹細胞の増殖は高まるが、トランスポゾンの活性化が造血と関わるかを調べている。面白いのは、妊娠中の脾臓造血が、レトロウイルス治療に使われる逆転写酵素阻害剤で低下することだ。すなわち、トランスポゾンの転写自体ではなく、活性化されたレトロトランスポゾンが逆転写されることが、造血を助けていることになる。
当然考えられるのが逆転写されたDNA断片を感知して起こる炎症の関与で、DNAウイルスを感知する STING、cGAS それぞれをノックアウトして妊娠中の造血を調べると、脾臓での造血が低下する。この経路は、そのまま1型インターフェロンの産生へつながるが、実際 STING 欠損では脾臓造血でのインターフェロン産生が低下し、またインターフェロンαノックアウトマウスでは、妊娠中の脾臓造血が抑制される。
2024年11月8日
昨日に続いて今日も摂食に関わる神経回路について同じ研究室から発表された論文を紹介するが、今回は古くから研究されているレプチンにより刺激される回路の話だ。ただその前に勝手な進化の話を述べておく。
脊椎動物のなかの無顎類と有顎類の違いについての与太話の一つは、顎が生まれて堅いものも食べられるようになると、食べ物のレパートリーも増えて、よりおいしいものを求めて脳が発達する。ただ、食べるものが複雑化してリスクも増えるので免疫系が発達するという話だ。これに加えて今日は、おいしいものを食べられるようになること自体が身体へのリスクとなるので、レプチン、Agouti-related peptide (AGRP) 、そしてmelanocortin (MC) などの摂食を調節する分子サーキットが有顎類から生まれたという話になる。ただ、レプチンシステムが本当に有顎類から見られるのかは調べていないのであしからず。
さて、レプチンは遺伝的肥満マウス ob/ob で欠損する原因遺伝子として Friedman らにより遺伝子クローニングされた分子で、脂肪細胞から分泌されるアディポカインの一つだ。この研究をきっかけに、柳沢さんのオレキシンや、今はやりの GLP-1 など摂食に関わるホルモンの研究分野が広がったといえ、当然ノーベル賞候補だと思う。
今日紹介するのも昨日と同じロックフェラー医科大学、leptin の遺伝子クローニングを行った Friedman 研究所からの論文で、今度はレプチン反応性の新しい神経回路を特定した研究だ。Friedman がこの分野を今もリードしていることを示している。タイトルは「Leptin-activated hypothalamic BNC2 neurons acutely suppress food intake(レプチンにより活性化される視床下部 BNC2 神経は接触を急性に抑制する)」だ。
これまで、レプチンは MC を分泌して食欲を抑制する神経と、AGRP を分泌して食欲を高める神経の両方に作用して食欲を調節していることが知られていた。通常レプチンは MC 神経を刺激し食欲を抑制するとともに、MC の作用に拮抗する MGRP 神経をさらに抑えることで摂食行動を調節、カロリーバランスを保っている。当然レプチンが欠損すると、抑制が外れ肥満になる。
この研究では、これら2種類の経路以外にレプチン反応性の経路が存在するのではと考え、視床下部弓状核の single cell RNA sequencing 解析で、これまで記載されていない basonuclin 2 (BCN2) をレプチン受容体とともに発現する新しいレプチン反応精神系を発見する。(余談になるが、AGRP も MC も色素細胞機能にも関わるが、新しく発見された神経のマーカー、basonuclin 2 もメラニンレベルを調節する転写因子で、この因縁めいたメラノサイトとの関係を考えると、レプチン系は脳幹に存在し神経堤とは関係ないように思えるが、意外と有顎類で発生する神経堤細胞により構成されるのかもしれない)。
次に BCN2 陽性のレプチン反応性神経の機能を、この神経特異的に興奮・抑制を調節できるマウスを用いて調べると、それまでの経験から判断される食べ物の価値に応じて反応が高まり、興奮により20分ぐらいは食欲を抑える働きがある。言い換えると、食の価値に応じて興奮し、一定期間食べ過ぎを抑えることにつながる。そして昨日紹介した BDNF 反応神経のように、反射行動ではなく、食の価値をしっかり判断し、それに応じて接触を抑えることに関わっている。従って、食べ物以外には全く反応しない。また、食べ物がなくなると、全く興奮はなくなる。そして、この神経集団特異的にレプチン受容体をノックアウトすると、接触の抑制が効かず肥満になり、おそらくレプチン欠損の肥満原因の大きな要因を占めると考えられる。
さらに、メカニズムは明確ではないが、興奮するとインシュリン感受性を高め、血糖を下げる効果があるので、代謝を整える働きがある。
以上が結果で、これまで知られなかった新しいレプチン反応性神経の発見により、レプチン回路はより複雑になったが、これまでわからなかった現象の多くが説明できるようになった。また、この回路はGLP-1 とは全く無関係なので、BCN2 の機能も含め、今後も重要な肥満治療ターゲットになるだろう。
与太話に戻ると、顎ができ、賢くなって、外界からのリスクに対する免疫システムができたように、顎の発達した賢い動物が、喜びに任せて食べ過ぎて身を滅ぼすのを、無意識下で自然に抑制する回路を開発して有顎類は生き延びてきたといえる。ただ、人間になってこの回路はおいしいものでの強い欲求のため意識的に弱められ、その代わりにお薬でそれを補うという現象が起きているのかもしれない。
2024年11月7日
GLP-1 受容体刺激剤が様々な疾患に使われるようになったためか、最近食行動の脳回路研究を目にすることが多くなってきた。もちろん最近紹介したように GLP-1 がどの回路を刺激するかという論文も多いが(https://aasj.jp/news/watch/24811)、これにとどまらない。そこで今日、明日と2回に分けて食行動に関わる研究論文を紹介する。
学生時代、統合失調症の患者さんが、時に異食と呼ばれる何でも口にしてしまう症状を示すことがあると習った。すなわち、我々はおなかが空いても木片にかじりつくことはなく、食行動を抑制する回路を持っているが、この抑制がなくなると、木片にかじりつく反射的行動が生まれるというわけだ。ただ、今日の今日まで、異食を調べた研究は読んだことがなかった。
今日紹介するロックフェラー医科大学からの論文は、食べるという運動を直接支配する神経回路について詳しく調べた力作で、読んでいて異食について思い出した。タイトルは「A subcortical feeding circuit linking an interoceptive node to jaw movement(身体の内受容性感覚と顎の動きを結ぶ皮質下食行動回路)」で、10月23日 Nature にオンライン掲載された。
この研究のとっかかりは、神経増殖因子の一つ BDNF やその受容体がが片方の染色体で欠損すると、異常な肥満に陥るという事実で、BDNF がどのように食行動に関わるか、BDNF 発現神経で食行動の変化で興奮が起こる神経を fos 発現を指標として調べ、視床下部腹内側部 (VMH) の一部が過食による肥満マウスで BDNF と fos を療法発現していることを発見する (VMH-bdnf神経) 。
あとはこの神経集団の機能、投射を調べ食行動との関係を事細かに調べているが、あまりに深く実験しているので、おそらく詳細は省いて結論だけを紹介した方がいいと思う。
まず、VMH-bdnf を刺激すると、空腹でも食べなくなる。一方、VMH-bdnf を光遺伝学的に抑制すると、十分食べていてもまだ食物に飛びつく。ただ、この行動は食べ物が近くにあるときだけ起こる反射に似た行動で、空腹により食べ物を探すという行動ではない。しかも、VMH-bdnf が抑制されると、鼻先にあるものは木片でも飛びついてかじる。そして、VMH-bdnf の興奮を記録すると、食べる行動時には必ず低下するが、食べなかったときには上昇していることがわかる。以上の結果から、VMH-bdnf は食べ物に飛びつくのを抑制する神経回路で、これが抑制されると、空腹、満腹に関係なく、しかも見境なく食べ物に飛びつく。
次に VMH-bdnf に神経を送って調節する回路を探ると、明日も話題にする食欲を支配する中心にあるレプチン反応性の神経回路やメラノコルチン経路など、多くの食欲行動に関わる回路が集まっていることを発見する。そして、例えばレプチン回路を刺激すると、VMH-bdnf が抑えられ食行動が上昇するが、この回路が抑制的に働いても、直接 VMH-bdnf を刺激すると、レプチン回路に関わらず食行動を抑えることから、様々な食行動の回路を集めた上で、直接食べ物に飛びつく反応を起こしているのが、VMH-bdnf であることがわかる。
最後に、VMH-bdnf が投射している神経を探ると、顎や舌を直接支配する脳幹神経核 (Me5) と結合して、近くにある食に飛びつくという反射的な反応を抑制することがわかる。面白いのは、VMH-bdnf が抑制されると、顎が勝手に周期的に動くことで、食欲とは無関係の顎の動きを調節していることがわかる。また、Me5 が発生過程で形成されないノックアウトマウスでは、固形物を食べれずに死んでしまうが、液体食だと問題なく食べて生き残れることが知られている。
以上まとめると、食行動は基本的に、代謝状態、快楽・ VMH-bdnf 興奮により抑制することが、安全な食生活に必須であるという結果だ。
食欲とは別に食べるという行動反射があり、それを抑制することで我々の食行動は成り立っているが、これが破綻すると異食につながることを知って、学生時代からの疑問が一つ解けた気がする。明日は本家のレプチン回路についての論文を紹介する。
2024年11月6日
この論文を読むまで知らなかったが、心筋梗塞後眠りがちになることがあり、これは心臓の機能が低下するからだとされてきた。
今日紹介する米国マウントサイナイ医科大学を中心の国際チームからの論文は、心筋梗塞後、白血球の脳脈絡膜への移動を介して眠りが誘導され、これによって心筋梗塞の修復が早まるという、極めて合目的な仕組みを示した研究で、10月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Myocardial infarction augments sleep to limit cardiac inflammation and damage(心筋梗塞は睡眠を促進して心臓の炎症とダメージを抑える)」だ。
この研究ではマウスの心筋梗塞を誘導したあと、睡眠を記録すると、ゆっくりした脳波が発生する徐波睡眠が梗塞1日目から高まり、夜もほとんど活動しなくなり、1週間以上眠りがちになることを示している。
素人考えだと、梗塞による不安や痛みなどで寝られないのかと思うのだが、結果は逆のようで驚いた。この眠りがより能動的な心臓と脳とのコミュニケーションの結果だと考えた著者らは、脳の脈絡膜に TNF を分泌する単球が梗塞直後から集まることを発見する。そして single cell RNAsequencing から、この移動がケモカインにより誘導され、これを阻害すると夜眠らず活動するようになる。実際、心筋梗塞がなくても心筋梗塞後の単球を脳に移植すると、睡眠が促進され、この単球が脳に集まることで誘導されていることを確認している
また TNF を阻害する抗体を全身投与すると、傾眠傾向は抑えられるが、それほど強くない。しかし、TNF のノックアウトされた単球を脳に移植する実験を行うと、眠りの誘導性がほとんどなくなる。また、TNF 受容体がノックアウトされたマウスで心筋梗塞を誘導すると傾眠傾向はほとんど消える。すなわち、神経細胞の中で TNF 受容体を発現している集団が、白血球からのシグナルを受けて睡眠を誘導していることになる。
Single cell RNA sequencing や組織解析から、TNF に反応して睡眠を誘導する神経細胞は概日周期にも関わる視床の外側後部に存在するグルタミン作動性神経であることを突き止める。
では、この眠りの促進の機能的意味を調べるため、心筋梗塞を誘導したあとで誘導される睡眠を、何度も棒でつついて妨げる実験を行うと、心筋梗塞の治りが悪くなる。組織学的には修復が遅れ、繊維化が促進し、機能的に拍出量が低下する。
同じことが人でも見られるか、梗塞後の睡眠を記録すると、よく寝れた人の回復が高いことを確認する。
最後に、眠りにより梗塞の治癒が高まるメカニズムを探り、交感神経がリラックスすることで、炎症性マクロファージの梗塞巣への侵入が防げること、この結果心筋梗塞の損傷治癒が早まることを示している。
結果は以上で、心筋梗塞で眠りがちになるケースがあることに注目した点が面白いが、結果としてはよく寝ることが病気の回復には重要なことを改めて示した研究だと思う。
2024年11月5日
アルツハイマー病の異常 Tau を除去する方法として、神経系で発現している TRIM21 のリングドメインを、標的タンパク質に結合する分子と融合させ、凝集 Tau を分解する試みが進んでおり、このブログでも8月(https://aasj.jp/news/watch/25114) と9月(https://aasj.jp/news/watch/25224)に紹介した。ただ、この方法はこれらの分子をコードする遺伝子を細胞に導入する必要があった。
一方、プロタックと呼ばれる標的分子を使ってユビキチンリガーゼを標的分子にリクルートする治療法は、基本的に小分子化合物が細胞内に入って、ほとんどの細胞に発現しているユビキチンリガーゼと標的分子を結合させ分解する。古くから利用されているのは、骨髄腫の治療に用いるレナリドマイドで、セレブロンと呼ばれるユビキチンリガーゼとイカロス転写因子を結びつけて分解している。
今日紹介する中国精華大学からの論文は、TRIM21 も、レナリドマイドと同じように、化合物で標的タンパク質にリクルートできる可能性を示した研究で、11月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Selective degradation of multimeric proteins by TRIM21-based molecular glue and PROTAC degraders( cTRIM21 を基盤として重合タンパク質を選択的に分解する分子接着剤とプロタック分解因子)」だ。
この研究が面白いのは、最初からプロタックを目指した研究ではないことだ。最初はインターフェロン刺激を受けたガンを選択的に殺す化合物を探索していた。その結果、これまでドーパミン受容体の阻害剤として知られていた ACE (Acepromazine) が8万種類の化合物のスクリーニングで見つかった。
ACE がインターフェロン刺激腫瘍を傷害する過程を調べて、ついに ACE が TRIM21 をユビキチンリガーゼとして他の標的にリクルートすることで細胞障害性を発揮していることを発見する。ただ極めて複雑な実験を繰り返してこの結論に至っている。
まず ACE 自体に細胞障害性があるのではなく、細胞の中で aldo-keto reductase で OH 基が付加された化合物に変換されて初めて細胞障害性を持つようになる。
次に、インターフェロン刺激ガン細胞だけで障害が起こる原因を探ると、インターフェロンが TRIM21 を誘導し、TRIM21 が存在しないと ACE の細胞障害性は消失することがわかった。すなわち、ACE がインターフェロンで誘導された TRIM21 を標的分子にリクルートすることで、細胞障害性を発生している可能性が強い。
そこで TRIM21 と ACE が作用している細胞のプロテオーム解析を行うと、いくつかの核膜孔構成タンパク質が分解されていることを発見する。そして最終的に NUP98 核膜孔構成分子が ACE のによりリクルートされる TRIM21 の標的であることを突き止める。結果だけを手短に紹介しているが、実際には様々なテクノロジーを駆使した実験の結果この結論を引き出しており、かなり高い実力を感じる。
このように、 ACE はそれ自身で核膜孔分子に TRIM21 をリクルートし、その結果核膜孔が破壊されることで細胞が傷害されることが明らかになった。ただ、このままでは薬剤として使用できる対象は限られている。
そこで、例えばセレブロンなどのユビキチンリガーゼを目的のタンパク質にリクルートする、いわゆるプロタックの方法を、ACE にも適用して TRIM21 を NUP98 以外のタンパク質にリクルートし、分解できるかを、ACE に BRD4 転写因子と結合する JQ1 を融合させると、NUP98 を分解する活性はなくなり、代わりに BET1 が分解されることを観察している。そのほかにも、細胞質内に存在する DNA センサー分子 GAS に結合する SLF を融合させ、同じように ACE により GAS が分解することを示している。
結果は以上で、ガン治療薬として発展させる可能性は大いにあるが、やはり TAU 分子と結合する化合物と融合して、TAU を分解する飲み薬の開発へと発展する方が面白いような気がする。現在 TRIM21 を利用するプロタックの研究が進んでいるが、ACE はかなり筋のいいリード化合物であるような気がする。
2024年11月4日
T細胞は MHC に結合した抗原ペプチドを認識して活性化されるが、NK細胞のキラー活性の調節は複雑だ。私の理解の範囲で述べると、NK細胞は KIR と呼ばれる受容体を発現して標的を傷害する。ただこの KIR には抑制型と活性型が存在し、細胞内のシグナルが異なる。抑制型 KIR はクラスI HLA を認識し、刺激を受けると活性を抑える。これが、HLA-I が発現している細胞が NK細胞から守られるメカニズムになる。一方、活性化型 KIR の多くはガンやウイルス感染細胞で起こる変化を捉えていると考えられる。それぞれの KIR は数種類存在するため、その認識は極めて複雑で、しかも抑制型と活性型のバランスで反応が決まるので、理解が難しい。
今日紹介する米国コロラド大学、オーストラリア・モナーシュ大学他いくつかの研究施設が共同で発表した論文は、この複雑な NK細胞のバランスが、場合によっては HLA の多様性を大きく変化させるという面白い論文だが、KIR の複雑性から、現象の背景についてはよく理解できなかった。タイトルは「An archaic HLA class I receptor allele diversifies natural killer cell-driven immunity in First Nations peoples of Oceania(旧人類から受け継いだ一つの HLA クラスI受容体が最初のオセアニア人の NK細胞による免疫を多様化させた)」だ。
この研究ではアボリジニとして知られるオーストラリア、パプア・ニューギニアの人々のゲノムデータから、MHC と抑制型 KIR の多様性について調べている。オセアニアの原住民は、ヨーロッパ人よりずっと早くアフリカから移動したホモサピエンスだが、HLA や抑制型 KIR 分子の多様性は、他の地域のホモサピエンスと特に変わらない。
ところが、KIR3DL1 の一つのハプロタイプ KIR3DL1*114 は、他の民族と異なり、オセアニア人に広く発現されていること、そしてアフリカ人には全く存在しないことから、おそらくデニソーワ人との交雑を通してホモサピエンスに導入されたハプロタイプであることを明らかにしている。さらに、現在のオセアニア人の3割がこのハプロタイプを持つことは、急速に KIR3DL1*114 が選択されてきたことを示している。
そして驚くことに KIR3DL1*114 のホモサピエンスへ流入に伴い、HLA-A*24:02 を持つ人間がオセアニア人の多くを占めるようになっていることで、その比率はなんと46%にも達している。オセアニア人の出アフリカからのコースを辿ってそれぞれの地域でハプロタイプの頻度を辿ると、東南アジアのどこかでデニソーワ人との交雑の後、オセアニアルートで急速に KIR3DL1*114 が増大し、それと呼応して HLA-A*24*02 が上昇していることがわかる。
この共進化のメカニズムを探ると、この KIR/HLA の組み合わせが最も強い結合を示すことがわかった。すなわち、KIR3DL1*114 が導入されたことで、これに最も強く結合する HLA のハプロタイプが増加し、おそらく細胞をNK活性から守ることができる。
ただ、わからないのはここからで、その結果現在のオセアニア人はインフルエンザウイルスに対する感受性が高いことだ。研究でも、この HLA-A*24:02 にインフルエンザウイルスペプチドがが結合した複合体にも、KIR3DL1*114 が強く反応することを示している。KIR3DL1*114 は抑制型 KIR なので、当然ウイルスが感染し、HLA-A*24:02 にウイルスペプチドを提示している細胞は、KIR3DL1*114 によりNK 細胞のキラー活性から守られることになり、ウイルスへ感受性が上がる。
この結果は、確かに現在のオセアニア人がヨーロッパ人と比べてインフルエンザ感染に弱いことを説明するが、逆になぜ現在では感染抵抗性を弱めている、デニソーワ人由来 KIR3DL1*114 と、それに対応する HLA-A*24:02 の組み合わせが集団の中で広がってきたのかを説明できない。おそらく、現在ではウイルス感染性が高いことになってしまっている組み合わせも、他の観点から見ればよほどのアドバンテージがあったと考えられる。
以上、たしかにデニソーワ人由来の KIR が HLA ハプロタイプの頻度を変化させたことは面白いが、何がこの組み合わせのアドバンテージになっているかわからないと、フラストレーションだけが残ってしまう。
2024年11月3日
新生児期に脳は刺激に応じてシナプスを剪定し、脳回路をより外界の刺激に適応するよう変化させる可塑性を発揮する。この重要な過程は、脳への刺激だけでなく、炎症刺激などによっても影響されることが知られている。例えば、この時期に寄生虫に強く晒されると、学習能力の低下が起こることが知られている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、新生児期の神経発達に、寄生虫に対する免疫を担う2型自然リンパ球 (ILC2) が、外界からの感染とは無関係に髄膜内で発達し、この細胞から分泌される IL13 が直接抑制性シナプス形成を促し、主に社会性を発展させることを示し、また IL4/13 と神経回路との関わりを示した興味深い研究、11月1日 Science に掲載された。タイトルは「Group 2 innate lymphoid cells promote inhibitory synapse development and social behavior(2型自然リンパ球は抑制性シナプスを促進して社会性を発展させる)」だ。
ILC2 は新生児期に様々な組織で発達することが知られているが、この研究ではこのとき脳ではどうなっているのか、これまであまり問われなかった疑問にチャレンジしたことがハイライトになる。Single cell RNA sequencing と組織学を組み合わせて調べた結果、脳実質内にまでは侵入しないが、髄膜で生後急速に ILC2 の数が増加し、生後15日ぐらいでピークに達すること、このとき自然に IL-13 や IL-5 といった Th2 型サイトカインを強く分泌することを発見する。この ILC2 の増加とサイトカイン分泌を誘導するメカニズムについてはわからないままだが、おそらく外界からの刺激ではなく、発生の一つの過程として ILC2 が脳髄膜で発達していることになる。
IL-13 受容体は脳細胞で発現していることは何度も報告され、またこのブログでも紹介しているので、ILC2 の新生児期の発達は当然脳発達に影響が及ぶ可能性がある。そこで、ジフテリア毒素を特異的に発現させることで ILC2 を除去する実験を行うと、なんと抑制性シナプス形成が特異的に低下することを発見する。一方、抑制性神経細胞数や興奮性シナプスについては全く影響を受けない。
この効果が IL-13 が直接神経細胞に作用した結果であることを示すために、IL-13 の受容体 ( IL-4Rα と IL-13Rα1 のダイマー) を様々な抑制神経でノックアウトすると、抑制シナプスの減少が観察される。一方、他の細胞で IL-13 受容体をノックアウトしても、抑制性シナプスに影響はない。この結果は、ILC2 の発達と、そこから分泌される IL-13 が発生のシグナルとして、抑制性シナプス形成に関わっていることを示している。
抑制性シナプスと、興奮性シナプスのバランスの乱れは、自閉症や統合失調症の重要な特徴だ。そこで ILC2 を欠損させたとき行動変容が起こるかについて、様々な行動テストを用いて調べている。活動性や、不安症などは認められないが、他の個体との社会性を示す行動テストは ILC2 が欠損すると強く抑制されていた。
以上の結果は、本来は自然免疫細胞として進化してきた ILC2 が、免疫以外の組織の発達に、IL-4 や IL-13 を介して関与するようになり、その一つが脳内の抑制性シナプス形成を促進して、興奮/抑制バランスを安定させる働きを獲得したことになる。もちろん ILC2 は様々な外界の刺激にも反応するので、新生児期の感染は脳発達に影響が及ぶ可能性があるので、これからは発達期の髄膜 ILC2 は注目していく必要がある。