凡人から見るとノーベル賞を受賞するプレッシャーは大変なものだと推察する。すでにキャリアをほとんど終えている場合は別として、現役で受賞すると、さすがノーベル賞と言えるような研究を発表し続けることが要求される。しかし、そんなプレッシャーをものともしない「すごい」と思える受賞者が何人かいる。その一人が2014年グリッド細胞でノーベル賞を受賞したモザー夫妻で、専門外の私でも読んでいて面白い論文が多く、ここでも2-3回紹介した。
モザー夫妻はグリッド細胞のような内的な空間認識だけでなく、内的な時間の脳回路についても研究を進めており、2018年このブログで紹介した Nature 論文で、グリッド細胞が働いている内側嗅内皮質 (MEC) ではなく、外側嗅内皮質 (LEC) に様々な時間感覚で発火する神経細胞が存在し、これがエピソード記憶で働いていることを示していた(https://aasj.jp/news/watch/8870)。
今日紹介する論文はこの続きで、脳内 LEC、MEC、そして海馬の CA1 にそれぞれ1000近い電極を設置されたラットで、LEC で刻まれる内的な時間と外界の経験との関わりを調べた面白い研究で、6月26日号 Science に掲載された。タイトルは「Event structure sculpts neural population dynamics in the lateral entorhinal cortex(出来事の構造が外側嗅内皮質の神経集団の動態を決める)」だ。
まずケージの中で自由に動いているラットについて、10分間 LEC で記録された電極の活動を多次元空間にプロットして、これを2次元圧縮してみると、時間とともに一方向へ移動しているのがわかる。一方、グリッド細胞が存在するMECではこ時間に合わせたこのような変動は全く検出できない。
面白いことに、同じパターンの移動が REM 睡眠時の LEC の活動からも見られることから、起きているときも、寝ているときも LEC では独自の時間が刻まれているのがわかる。この原因を一個一個の神経の活動を分析して調べると、グリッド細胞のように特定の座標にロックされるのではなく、個々の神経がフレキシブルに様々な時間を生み出すとともに、全体に合わせるようにできている。
このフレキシビリティーが重要で、時間の経過中ラットに様々な課題を行わせると、時間経過に従うものの、課題を始めるときには同期した神経細胞の活動が始まるため、時間の刻みが断裂して見えるが、実際には多くの細胞が変化を吸収し、課題が行われている間も同じように時間が刻まれる。このように時間の流れの中に、新しい経験を明確に境界を持った活動にまとめることで、経験の新しい時間を提供している。
これは一つの流れの中に、様々なイベントが経験されるときも同じで、それぞれのイベントは別々の塊にまとめられるが、全体の時間の中で明確に順番が決められる。以上の変化はすべて LEC で起こっており、MEC や CA1 では時間経過を神経活動から抽出することはできない。
以上が結果で、2018年の研究と比べると、現象論ではあるが、より明確に LEC の時間を定義できるようになっている。
個人的な話になるが、モザー夫妻の面白さは、カントのアプリオリの総合判断を脳科学的に説明している点にある。実際、彼のノーベル賞受賞理由の説明文にカント哲学が登場する。その意味で、アプリオリの総合判断の基本、内的な空間座標と時間座標の脳科学はもっと哲学者も学ぶべきだと思っている。
それぞれのイベントは別々の塊にまとめられるが、全体の時間の中で明確に順番が決められる。
以上の変化はすべて LEC で起こっており、MEC や CA1 では時間経過を神経活動から抽出することはできない。
Imp:
カントのアプリオリの総合判断を脳科学的に説明する!