3月24日 突発性肺線維症を誘導する環境要因 (3月17日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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3月24日 突発性肺線維症を誘導する環境要因 (3月17日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年3月24日

現役の頃は、ガンや様々な病気を誘導する環境要因についての疫学研究が盛んで、多くの疾患原因物質が特定された。ただ、それぞれの要因が病気を誘導するメカニズムについて明らかにすることは簡単ではない。例えば6年前に紹介した慢性ベリリウム症の場合、ベリリウムが特定の人の組織適合性抗原に入り込んで新しい抗原になることが示され、これまで疫学的に積み重ねられてきた多くの現象が一挙に解決した(https://aasj.jp/news/watch/1783)が、この解明には、最新の免疫学を駆使した解析が必要になる。

今日紹介するアラバマ大学からの論文は突発性肺線維症、すなわち原因不明とされてきた肺線維症の多くが、喫煙と外気中の大気汚染物質カドミウムによるのではないかというこれまでの疫学的研究結果を、最終的に試験管内や動物実験を組み合わせたメカニズム解析で確認した研究で、疫学からメカニズムへの研究方向を代表するのではないかと思う。タイトルは「Citrullinated vimentin mediates development and progression of lung fibrosis(シトルリン化されたヴィメンチンが肺線維症の発生と進行を媒介する)」で、3月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。

この研究までに、肺線維症発症には、遺伝的要因とともに、喫煙、大気汚染中のカドミウムが関わることが、疫学的に指摘されており、喫煙で発生するカーボンにカドミウムが吸着して、線維芽細胞を刺激する可能性が示唆されていた。

この研究ではまず、突発性肺線維症と診断された患者さんの肺組織を調べ、カーポン粒子とカドミウムの量がほとんどの患者さんで高値を示すことを確認する。

もちろん、これらが直接肺を障害して炎症を誘導するとは考えにくいので、彼らが研究してきた炎症誘導分子、シトルリン化されたタンパク質が、カドミウム・カーボン粒子により誘導され、肺線維症が誘導されるとする可能性を次に追求している。

まず、突発性肺線維症の肺組織中のシトルリン化ヴィメンチンとカドミウム。カーボン粒子の量が正比例し、さらに両者が高値であるほど肺線維症が重症化することを発AKTやPAD2分子を誘導することで、シトルリン化ヴィメンチンの分泌を高めることを突き止める。

次は誘導されたシトルリン化ヴィメンチンの炎症誘導作用を検討し、肺線維芽細胞をTLR4を介して刺激し、増殖、浸潤活性の高まった肺線維症型の線維芽細胞へと変化させ、コラーゲンの産生、TGFβ1をはじめとする様々な炎症性サイトカインの分泌が誘導され、繊維化が起こる可能性を示した。また、様々な分子阻害剤を用いた実験から、それぞれの過程に関わるシグナル分子(例えばNFκBなど)を特定している。

これら試験管内の研究に基づき、最後にマウスを用いた肺線維症誘導実験を行い、

  • カドミウム・カーボン粒子を吸わせることで、マウスに肺線維症が誘導できる。
  • シトルリン化ヴィメンチンを投与しても、肺線維症を誘導できる。
  • カドミウム・カーボン粒子で誘導される肺線維症は、試験管での実験で特定されたPAD2依存性で、PAD2ノックアウトマウスでは発症しない。
  • カドミウム・カーボン粒子で誘導する肺線維症はTLR4ノックアウトマウスでは起こらない。

を示し、疫学、試験管内実験から得られたシナリオが、実験動物マウスで成立していることを示している。

以上、疫学からメカニズムへの研究が地道に進んでいることがよくわかるとともに、このシナリオが正しければ、肺線維症に対して様々な介入ポイントが存在し、治療や予防が可能になると期待できる。ちなみに、喫煙率が低下している国々では、実際に肺線維症の発症は低下したのだろうか?

カテゴリ:論文ウォッチ

3月23日 メラノーマに巣食うバクテリアがガン免疫抗原になる(3月17日 Nature オンライン掲載論文)

2021年3月23日

細菌が貪食により細胞内に取り込まれるだけでなく、それぞれ独自のメカニズムで細胞内に侵入し、場合によっては赤痢菌の様に細胞膜を超えて隣接した細胞へ移動できる細菌まで存在する。当然、細菌に触れる細胞や腫瘍に関して、細菌が侵入していないか興味がある。さらに、細菌によっては、細胞内に侵入することでガン転移を誘導することまで知られている。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、メラノーマにも細菌が侵入し、場合によってはガン特異的抗原として働く可能性を調べた研究で3月17日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Identification of bacteria-derived HLA-bound peptides in melanoma(メラノーマ内でバクテリア由来のHLA結合性ペプチドを特定する)」だ。

なぜこの様な研究を着想したのか気になるところだが、ガン細胞に細菌が侵入できるなら、細菌由来分子が一種のガン抗原としてホスト免疫の対象になってもいいのではないかと考え、9人の患者さんから17種類のメラノーマを分離、細胞を精製してその中に存在する16SリボゾームRNAから、細菌が存在しているかどうか確かめるところから始めている。

全体で40種類のバクテリアを検出しているが、そのうちいくつかは、同じ患者さんの原発、転移巣で共通に見られ、さらに患者さんを超えてメラノーマ共通に存在するバクテリアも発見されている。

次にこれらのバクテリアがガン細胞特異的抗原として働けるかどうか調べるため、バクテリアが合成するタンパク質由来ペプチドと、9人の患者さんに発現している組織適合抗原との結合性をコンピュータで計算している。結果、常在菌として知られるStreptococcus captis、 Staphylococcus aureus、 Fusobacterium nucleatamの3種のバクテリアが合成する多くの、特に疎水性の高いペプチドが、メラノーマによりて提示される抗原ペプチドとして機能できることを示している。

抗原として機能する可能性のあるペプチドが本当にガン抗原として作用するのかについては、2人の患者さんの患部からリンパ球を取り出し、ペプチドに対する反応をインターフェロンの分泌で調べ、確かにバクテリア由来の分子がガン抗原として振る舞えることを示しているが、そう強いデータではなく、今後の研究が必要だろう。

これら臨床的研究をバックアップするため、患者さんから分離したメラノーマ細胞株と、蛍光ラベルしたFusobacteriumを共培養して細胞内への侵入が確かに起こることを示し、さらに組織適合性抗原と結合しているペプチドを分離する方法で、バクテリア由来ペプチドが確かに細胞表面に提示できることまで示している。

以上の結果から、メラノーマでは常在菌が侵入している場合が多く、これがガン抗原として使えるかもしれないと結論している。確かに発想はユニークで、結果も矛盾しないが、しかし実際の臨床でこの様なペプチドを使うための明確なスキームがないと、論文のための論文で終わる様な気もする。

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3月22日 X染色体不活化の維持機構(4月1日号 Cell 掲載論文)

2021年3月22日

男性と異なり、女性ではX染色体が2本存在するため、発生初期に片方の染色体全体のクロマチン構造をXistと呼ばれるノンコーディングRNAを用いてヘテロクロマチン状態に転換し不活化することで、遺伝子発現量を調整している。このエピジェネティックな染色体不活化は、主にDNAメチル化を介しているため、いったん成立するとXistなしに維持できると考えられてきたが、最近になりXistを生後にノックアウトする研究で、Xistを用いた不活化を維持する機構が必要であることが示された。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はヒトB 細胞についてXist維持機構を解析し、また維持機構が破綻することで、自己免疫病が発生することを明らかにした研究で4月1日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「B cell-specific XIST complex enforces X-inactivation and restrains atypical B cells(BXist複合体がX染色体不活化を維持し、異常なB細胞出現を抑える)だ。

まず、ヒトB細胞のXistを75%レベルまでノックダウンをおこない、発現が変化する遺伝子を調べる実験により、成熟後のB細胞では、Xistなしでも不活化が維持される遺伝子と、Xistが常に必要なXist 依存性遺伝子に別れること、特にB細胞機能に必要な遺伝子ほど、Xistへの依存性が高いこと、そして成熟B細胞でのXist 依存的遺伝子抑制はヒストンの脱メチル化を通して行われることを明らかにする。すなわち、細胞特異的な機能に必要な遺伝子、たとえばB細胞の場合、自然免疫に関わるTLR7などは、一旦成立したメチル化の程度が低下するため、これを維持するXist依存的なヒストン修飾機構が働いていることが示唆される。

この新しい機構を探るため、B 細胞でXistと結合するタンパク質についてクリスパーを用いたノックアウト実験を行い、ヒストン修飾を介するX染色体不活化の一般的維持機構に関わる分子以外に、B細胞特異的にTLR7を不活化するTRIM28を発見し、これがXistを核とする分子複合体と結合して、プロモーター上でRNAポリメラーゼの機能をストップさせることで、転写を抑制することを明らかにしている。

これらの結果は、X染色体不活化が、発生時に確立したメチル化の維持だけではなく、Xistをガイドとして用いる様々な遺伝子抑制機能を使って行われていることを示し、X染色体不活化=XistによるDNAメチル化という、私の単純な理解を改めさせてくれたが、この研究ではさらに、B細胞ではこの不活化維持機構の破綻が、自己免疫型の異形B細胞の分化を促し、女性のみでおこる自己免疫病の原因になることを示している。

簡単にまとめてしまったが、様々なテクノロジーを駆使して膨大なデータに裏付けられた力作で、勉強になった。

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3月21日 ゲノムからキリンの長い首の秘訣は解けないが、代わりに多くの病気について学ぶことができる(3月17日号 Science Advanes 掲載論文)

2021年3月21日

2016年、ナッシュビル動物園とタンザニアの研究機関からキリンと同じファミリーのオカピのゲノムが解析され、FGF受容体1が、キリンの長い首の秘密の一端ではないかと言う論文がNature Communicationに掲載された(DOI: 10.1038/ncomms11519)。しかし、100万人単位で遺伝子多型を集めても、ゲノムから形質を予測することは難しいことから分かる様に、この論文で示された結果だけでは、なかなか長い首の秘密は解けないと言うのが印象だった。

今日紹介する中国西安にある西北工業大学を中心とする国際チームからの論文は、同じキリンのゲノム研究ではあるが、これまでよりさらに正確にゲノムを解読し、進化のスピードの速い遺伝子から長い首の秘密を探ろうとした研究で、3月17日号のScience Advancesに掲載された。タイトルは「A towering genome: Experimentally validated adaptations to high blood pressure and extreme stature in the giraffe (高くそびえるためのゲノム:キリンの高い血圧と極端な形態に対する適応を実験的に確かめる)」だ。

これまでのゲノム解析は遺伝子構築までは明確にされておらず、改善の余地が大きかったが、この研究では、まずゲノム自体の解析をlong readやHi-Cデータなども組み合わせて徹底的に行い、15本と言う一見少ない染色体が、どの様に融合分散を繰り返して進化したのかまで、明らかにしている。

その上で、牛やオカピなどとの比較から、遺伝子の中で強く選択を受ける遺伝子や、進化速度が速いと考えられる遺伝子をリストすると、これまで指摘された以上の数、それぞれ101個、359個の遺伝子がキリンの進化で大きく変化していることを突き止める。その多くは、骨格の形成に関わる遺伝子や、特殊な形態を支えるための様々な遺伝子になるが、以前の研究では進化に関わったとしてリストされた遺伝子数が、それぞれ7個、17個であるのと比べると、圧倒的に数が多い。結局、長い首の秘密を知るには、これらの遺伝子全てを統合して形質を予測する情報と技術の開発が必要になるが、時間がかかると思う。

それでもこの研究では、マウスのFGFR1をキリン型に置き換える実験を行なって、骨格が変化しないか調べている。残念ながら首や骨格は長くならないどころか、発生過程では逆に骨格の発達が抑えられるぐらいだ。しかしその後正常に発達し、成熟後は骨密度が高いことが明らかになり、足の細いキリンが重い体重を支えられる秘密がわかる。

圧巻は血圧の実験で、キリンは元々血圧が高いことが知られているが、キリン型FGFR1マウスでは血圧は正常だが、アンジオテンシンで高血圧を誘導すると、キリン型マウスは全く動じないで正常血圧を維持できる。すなわち、FGFR1の変化一つで、高血圧を防げると言う、医学にとっては思いがけないヒントが提供された。

この様に変化のスピードの速い遺伝子を調べていくと、1)血小板活性化に関わる遺伝子、2)心臓拍出量に関わる遺伝子、3)心筋の機能に関わるイオン輸送に関わる遺伝子、4)血圧維持に関わるアドレナリン受容体遺伝子などが、大きく変化していることが明らかになり、あの体を支えるためには、並大抵の変化では到底対応できないことがわかる。

しかし話はこれだけでは済まない。周りを見渡す身体的構造は、当然視覚や聴覚能力の進化を促すはずで、実際視覚、聴覚の異常を伴う遺伝子疾患に関わる遺伝子変異で起こるアッシャー症候群の遺伝子が、他の動物と比べて大きく変化していることもわかる。逆にアッシャー症候群の理解にキリンゲノムが役に立つのではと期待できる。

さらに、あの体で寝るのは大変だと思うが、元々キリンは睡眠時間が短いようだ。驚くのは、これに合わせて、私たちの該日周期を決めているPER1、2も大きく変化しているだけでなく、眠りに関わる遺伝子の進化の跡も見られる。

以上、本当はまだまだ面白い話が出てくる様に思えるが、リストされた遺伝子の関与はほとんど想像しているだけで、今後FGFR1で行なった様な地道な実験が必要になるだろう。

ダーウィンとラマルクの異なる新仮説の説明にキリンは最もわかりやすい例として利用されるが、これからも進化を考えるとき、間違いなく使い続けられると確信する面白い論文だった。

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3月20日 リンパ球が小腸での炭水化物吸収を促す(3月19日 Science 掲載論文)

2021年3月20日

昨日紹介した血液での増殖ドライバー変異が、回り回って動脈硬化を促進するといった話を読むと、なんとなく風が吹くと桶屋が儲かる話を思い出してしまう。その意味では、今日紹介するイェール大学からの論文は、さらに風と桶屋の話に近い。

タイトルは「γδ T cells regulate the intestinal response to nutrient sensing(γδT cellが小腸での栄養の感知に対する反応を調節している)」で、3月19日号Scienceに掲載された。

人間を始め、多くの動物は雑食だが、人間を除くと肉食から得られる脂肪と炭水化物、草食から得られる炭水化物が同時にバランスよく摂取されることなどまずありえない。しかも、次にいつありつけるかもしれない食物を最大限に吸収するためには、入ってきた食物の種類を感知して、それに合わせた消化を行う必要がある。

今日紹介する研究は、最初炭水化物を摂取したときに、小腸の遺伝子発現がどう変化するか調べるところからスタートしている。

炭水化物を摂取させると、期待通り小腸上皮の遺伝子発現が、炭水化物の代謝に対応できるようリプログラムされる。そして、このプログラムの書き換えは、細胞がより未熟な上皮に変化することで行われ、炭水化物摂取を止めてもその細胞は維持されるが、5日サイクルで新しい細胞へと置き換わることで元に戻ることがわかった。すなわち、普通はタンパク質・脂肪型の消化システムが、炭水化物摂取で炭水化物型に変化する。

当然この感知システムは小腸上皮に備わっていると思うが、上皮だけのオルガノイド培養では、この変化は誘導できない。そこで、他の細胞が関与すると踏んで、小腸に多いリンパ球の関与がないかと、リンパ球欠損マウスを調べると、炭水化物に対する反応が低下していることを発見する。さらに、様々なノックアウトマウスを調べ、最終的に小腸の固有層に存在するγδ T cell細胞が、このセンサーの働きをしていることを発見する。

この発見が、この研究のハイライトで、その後様々な実験を重ねて、γδ T cellが炭水化物センサーとして働くメカニズムを追求しているが、風と桶屋的なごちゃごちゃした話で終わってしまっている。

概要を紹介すると、炭水化物を感知するのは上皮細胞で、Jagged2を発現すると、γδ T cell上のNotchを刺激する。また、小腸上皮のセンサー細胞であるタフツ細胞も、炭水化物に反応してプロスタグランディンを分泌してγδ T cellを刺激する。この結果、まだよくわからない経路でγδ T cellが、自然免疫に関わるILC3のIL-22分泌を抑制する。このIL-22は通常脂肪・タンパク質型食事に備えるために炭水化物型代謝を抑えているが、この経路で抑制されることで、小腸上皮が炭水化物対応型に変化する。

おそらくもう少しスッキリしたシナリオを期待して研究を進めていたのだと思うが、そうは問屋が卸さず、結局風と桶屋以上に複雑な話になってしまった。しかし、γδ T cellがないと、カーボは摂取しにくいことは間違いない。農耕へと進んで、炭水化物型の食事へと移行した人間の進化を考えると、追求しがいのある面白い問題だと思う。

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3月19日 動脈硬化にも発ガンのメカニズムが関わる(3月17日号 Nature 掲載論文)

2021年3月19日

学生の頃は、病気を代謝、炎症、変性、腫瘍と分けて考えていた。ただ、その後それぞれの過程の分子メカニズムが明らかにされるにつれ、境界はますます不明確になってきている。特に、ほとんどの細胞に炎症メカニズムが備わっているという認識が浸透した後は、炎症はほぼ全ての領域にかぶさってきている。

当然発ガンや進展、転移に炎症が深く関わることが明らかになっているが、発ガン機構が直接炎症に関わるという逆の話はあまり聞いたことがなかった。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、血液細胞の遺伝子変異により増殖が高まることで動脈硬化リスクが上がるという面白い研究で3月17日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The AIM2 inflammasome exacerbates atherosclerosis in clonal haematopoiesis(クローン性の造血による動脈硬化をAIM2インフラマゾームが増悪させる)」だ。

これまで見逃していたのだが、Tet2欠損により血液前駆細胞の増殖活性が上昇すると、それにつれて動脈硬化のリスクが高まることが知られていたようだ。このTet2欠損などによる血液細胞のクローン性の増殖は、老化の指標として現在最も注目されている分野で、当然高齢者で血液細胞のクローン性増殖が増えると、動脈硬化巣に増殖性の高いマクロファージがリクルートされ、動脈硬化を悪化させる可能性は十分納得できる。

この研究では、血液前駆細胞の体細胞突然変異により、マクロファージの増殖が亢進し、これが引き金となって動脈硬化が進む可能性を研究するモデルとして、血液細胞の増殖が高まるJak2遺伝子の617番目のアミノ酸がバリンからフェニルアラニンに変異したVF変異をマクロファージに導入し、このマウスの骨髄細胞を動脈硬化が起こりやすいLDL受容体欠損マウスに移入する実験系を用いている。VF変異は白血病の原因にはならないが、かなり高い頻度で一般の人で見られる変異なので、臨床的にも重要なモデルだと思う。

結果だが、Jak2-VF変異を持つマクロファージは、早い段階で動脈硬化を発症し、さらに大きなネクローシスを伴うプラークを形成することが明らかになった。一方、例えば好中球の増殖が同じVF変異で起こっても、動脈硬化に全く影響はない。

この発見がこの研究の最も重要なメッセージで、今後大きなネクローシスを伴う動脈硬化を見た場合、血液のクローン性増殖が背景にあるかどうかを頭に置いて患者さんを見る必要があることになる。

後は、VF変異で起こってくる硬化巣の特徴と、そのメカニズムについて、主にノックアウトマウスを組み合わせた遺伝学的アプローチを用いて、

  • Jak2-VF変異は動脈硬化巣でのマクロファージの増殖を高めるだけでなく、代謝が活性化され、活性酸素によるDNA損傷まで誘導することで、AIM2インフラマゾーム依存性の炎症を誘導し、その結果IL-1βの分泌と共に、マクロファージ自体はgasdermin活性化により細胞死に陥る。このため、VF変異が関わる動脈硬化巣は、大きなネクローシスを伴う。
  • このメカニズムに基づいて、様々な介入方法が考えられるが、VF変異の場合はマクロファージ増殖と活性化のサイクルを止めるIL1β阻害が一番有効で、細胞内のインフラマゾームだけを標的にしても、マクロファージの増殖が続くため、ネクローシスは抑えられても、動脈硬化は進む。
  • これまで、Tet2欠損によるクローン性増殖に伴う動脈硬化では、インフラマゾーム(NLRP3)阻害が効果を示すことが示されており、クローン性増殖による動脈硬化の場合、ガンと同じように、増殖のドライバーを確かめて治療する必要がある。

私にとっては思いもかけない話だったが、読んでみると納得でき、この分野の新しい展開になるような予感がする。

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3月18日 手話の認識に関わる脳領域 (Human Brain Mapping 2月号掲載論文)

2021年3月18日

人間に抽象的なシンボルを用いてコミュニケーションを可能にする言語能力が、生まれつき備わっていることを示す最も雄弁な例が、ニカラグアで親から捨てられ、何の教育も受けずに暮らしていた聾唖のストリートチルドレンが、施設に収容された時、自然にその施設全体で共有される手話が発生したことで、現在もなお言語発生の謎を探ろうと研究が続いている。この例から想像できるのは、抽象的なサインを理解するための脳領域が生まれつき存在し、言語がどのようなインプットで入ってこようと、信号はこの領域で処理され、理解されることになる。したがって、音を通して入ってくる言語も、手話などのサインを通して入ってくる言語も、最後は抽象的サインを処理する同じ領域で処理されると考えられ、両方の言語を理解する時活動する脳領域を比べる研究が続けられている。

今日紹介するドイツ・ライプチヒのマックスプランク人類認知脳科学研究所からの論文は、これらの研究から生まれた機能的MRIのデータを再解析した研究で2月号のHuman Brain Mappingに掲載された。タイトルは「Functional neuroanatomy of language without speech: An ALE meta-analysis of sign language(音を用いない言語の機能的神経解剖:手話のALEメタ解析)」だ。

当然手話を理解するとき活動する脳領域の研究は進んでおり、口頭言語と同じ領域の多くが共通に使われていることも知られている。この研究では、そのような論文で公開されている機能的MRIデータを、タイトルにもあるactivation likelihood estimation(ALE)と呼ばれる、異なる測定画像のボクセルを同じ座標に調整し直し、反応の確率マップを作成する方法を用いて、手話、身振りによるコミュニケーション、そして口頭言語を理解するとき活動する脳領域を調べ直している。

結果をまとめると、

  • 手話の認識には、言語に関わる最も有名なブロカ領域(BA44、BA45)が両側で動員され、他にもいくつかの領域が関わる。
  • BA44、BA45は当然だが、これらの領域のいくつかは口頭言語でも反応が見られる。同様に、身振りの理解に関わる領域と共通の領域も特定できる。
  • 両側のBA44、BA45が反応するが、反応の程度から、口頭言語と同じで、左脳優位の処理が行われ、特に抽象的なサインの理解に関わるBA44は完全に左脳のみ使われている。

これらの結果を総合して、手話の理解について次のようなシナリオが示されている。

聾唖の方が手話を理解するとき、視覚信号はブロカ領域を中心に両側の脳半球で処理され、そこで抽出された抽象的サインについては、左脳のブロカ領域他で処理される。特に最初の処理で動員される右脳のブロカ領域は、手話の認識にのみ働いており、口頭言語処理では、上側頭回の役割に相当する。

以上、言語に関わる脳の研究も着実に進んでいる。

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3月17日 脳血管全体を定量的に観察できる標本(4月7日号 Neuron 掲載予定論文)

2021年3月17日

脳から血管だけを残して他の細胞を取り去った立体標本を見ると、その美しさに驚くが、各局所の実測となると、顕微鏡の観察範囲に限定されるため、毛細血管レベルの詳細に至るまで、立体血管標本を使って計測することは簡単ではない。しかし、機能的MRI では脳の神経活動を局所の血流上昇で測定しており、様々な計測が行える脳血管立体標本の必要性が高まっている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、立体血管標本を2光子共焦点顕微鏡で観察して、それをコンピュータで再構成し、脳全体の血管の構築を毛細管レベルで調べた研究で、4月7日号のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Brain microvasculature has a common topology with local differences in geometry that match metabolic load(脳の微小血管は代謝の必要性にマッチした局所的幾何学的違いを備える共通の立体構造を持っている)」だ。

この研究では、まず脳血管を壊さないように蛍光タンパク質で還流した後固定、こうしてできた標本を240ミクロンの立方体に分解して、2光子共焦点顕微鏡で血管の立体構築を再構築し、脳全体(約50000個の立方体に当たる)を、コンピュータで完全に結合させて、1ミクロンの解像度で分析できる、しかも全体が犯されることなく再構成された立体標本を完成させている。すなわち、立体標本は、実際に作成し、それを計測可能な標本にするため、部分観察を統合して、コンピュータ上に移していると言える。

このおかげで、毛細血管の走行や密度が脳の各箇所でどう変化しているのかなど、動的ではないが正確な測定が可能になり、脳機能の構造的背景が明らかになった。私はこの分野は全く素人だが、やろうとしたことはわかる。そして、50000個もの部分ごとに血管の完全立体標本を画像化し、さらにそれを脳全体へ再構成することがどれほど大変な作業かがわかる。

その結果、

  • ねじれが少なく、比較的ストレートに伸び、ループが小さいデザインで血管ができており、一部の毛細血管が機能しなくなっても、可塑性が維持できる。
  • これまで想像されてきたように、神経の構築に合わせて血管の分布も構築されており、これが脳領域の血管構築の違いの小本になっている。
  • 各領域で、血管の長さが調整され、実質への酸素などの供給が一定に維持できるようになっており、脳組織の酸素分圧は進化とともに低下している。

などが示されているが、実際には課題に合わせてこのデータを使うことで、脳血管の機能を深められる、発展的なプラットフォームが完成したと言えるだろう。

方法論については、ほとんど理解できていないとは思うが、全体を詳細にわたって観察し、測定したいという本当の解剖学がここにあると思う。

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3月16日 Risdiplam: RNAスプライシングを調節する画期的飲み薬(3月11日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年3月16日

1型脊髄性筋症は、MSN1と呼ばれる運動神経の生存に必須の遺伝子変異により、生まれた時から筋肉を動かすことができず、ほとんどの子供が1歳までで亡くなるという悲惨な病気だ。しかし、運動神経に子供が元気に歩くところまで回復させることができる遺伝子治療法が開発され、大きな話題になった。さらに、現在利用できる2種類の治療薬の初期費用コストがいずれも1億円を越すと聞いて、医療費高騰問題のシンボルになっている。

このように、遺伝子変異による病気の場合、対応する遺伝子や遺伝子断片を導入するしか治療方法がなく、直接標的の細胞に遺伝子を導入する治療法になり、決して飲み薬で治すことなど難しいように思う。

これに対し、ロッシュ社は脊髄性筋症を治療できる飲み薬の開発にチャレンジしており、その第2−3相の治験論文が3月11日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Risdiplam in Type 1 Spinal Muscular Atrophy(1型脊髄性筋症に対するRisdiplam)」だ。

なぜ遺伝子変異による病気を飲み薬で治せるのか?

まず、SMN遺伝子はSMN1以外にSMN2が存在し、SMN1変異があっても、正常なSMN分子を合成できる。ただ、SMN2は元々イントロンの配列のせいで7番目のエクソンがスプライシングの際に飛んでしまうため、ほとんど役に立たない。このエクソンスキップを抑えることができれば、SMN2を復活させ運動神経死を防ぐことができる。実際、エクソン7近くの特定部位にアンチセンス遺伝子を結合させてエクソンスキップを抑え、機能的SMN2遺伝子を復活させる遺伝子治療が、ヌシネルセンで、髄膜注射で神経に導入する。

同じことを、小分子化合物でできないかチャレンジして開発されたのがRisdiplamで、スプライシング自体がRNAと結合タンパク質の3次元構造に基づいていると考えると、それを阻害する小分子化合物があってもいいと思うが、特異性など二の足を踏む要素が多いにもかかわらず、チャレンジを続け、2014年ついにマウスの脊髄性筋症モデルを治療できることをScience に発表した。

メカニズムを完全に特定するのは難しいようだが、2016年にNature Communicationに発表された論文では、この分子がスプライスに関わるhnRNPGがエクソン7に結合するのを阻害して、エクソン7が飛ばないSMN2分子が合成できることを示している。

Risdiplamは、その後サルを用いた前臨床研究、そして臨床研究を経て昨年8月FDAの承認を得ており、現在いくつかの治験が並行して進んでいるが、この論文では最重症の、幼児発症のケース21人について、用量を変えて毎日薬剤を服用させたオープンラベルの治験結果が報告されている。

前臨床試験から予想されたとはいえ、驚くべき結果で、この薬剤を服用することで血中のSMN2レベルが上昇、維持される。そして、治療途中で肺炎で亡くなった人を除くと、全て平均寿命の10ヶ月を超えて生存しており、最長例では3歳になっている。しかもほぼ全例自分で飲み込むことができ、全く呼吸補助を必要としていない。

この研究の最も重要な目的の一つは副作用を確かめることで、最も深刻な問題は肺炎(3人が亡くなっている)だが、もともと筋肉の働きが低下しているため肺炎は起こりやすく、オープンラベルで対照がないため、副作用かどうかはわからない。ただ、白血球減少が見られていることから、感染症には最も注意する必要がある。いずれにせよ、ほとんどの患者さんで治療が継続していることは、副作用の問題はなんとかコントロールできる範囲と考えていいだろう。

結果は以上で、科学的にはスプライシングを遺伝子特異的に飲み薬で制御する画期的な薬剤が実現したというだけでなく、RNAワールドの広がりを感じさせる。一方臨床サイドから見ると、遺伝子治療、アンチセンス治療、そして小分子化合物とレパートリーが揃った脊髄性筋症で、どの治療が最後に残るのかが問題になるように思う。飲み薬は有利なようにも思うが、一生飲み続けることを考えると、個人的には最終的に、遺伝子編集へと収束するように思う。

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3月15日 炎症性腸疾患に真菌:Debaryomyces hanseniiが関わる(3月12日号 Science 掲載論文)

2021年3月15日

潰瘍性大腸炎やクローン病は炎症性腸疾患(IBD)と総称され、腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)により炎症を抑えるT細胞が減少していることが、粘膜損傷後の炎症を長引かせる結果発症すると考えられている。腸内細菌叢の重要性については、腸粘膜を損傷する実験系で、腸内の細菌叢を抗生物質で除去してしまうとIBDが発症する実験モデルが利用されるが、この場合、炎症を促進する側の要因については明確ではない。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、その要因に真菌の一種Debaryomyces hanseniiが関わることを示した研究で3月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Debaryomyces is enriched in Crohn’s disease intestinal tissue and impairs healing in mice(Debaryomycesはクローン病患部に存在し、マウスの損傷治癒を障害する)」だ。

この研究で炎症促進要因としては最初から真菌に焦点を絞っている。抗生物質投与と粘膜損傷を組み合わせたIBDモデルに、一般の抗炎症剤を投与してもIBDを抑えることはできないが、アムホテリシンBと呼ばれる抗真菌剤を投与すると、損傷治癒が正常化し、IBDが起こらないことを発見する。すなわち、真菌が炎症促進に関わることを明らかにした。

そこでマウスのIBD病巣部の真菌について調べ、IBD発症群前例でDebaryomycesがほぼ100%を占めることを発見する。また、Debaryomycesは抗生物質処理で上昇することから、細菌叢によって通常抑えられているのが、細菌叢除去で増殖し、炎症を誘導すると考えられる。

次にDebaryomycesがIBDの原因であることを明らかにするため、正常マウス(抗生物質処理をしない)にDebaryomycesを食べさせる実験を行い、Debaryomycesだけで損傷が起こること、さらには硫酸デキストランで誘導する腸内損傷の修復が抑制されることを示している。

次に、炎症が誘導されるメカニズムを調べ、Debaryomycesがマクロファージに貪食されることで、TLR3などを介して自然免疫反応が誘導され、1型インターフェロンが誘導され、CCL5ケモカインを介して白血球浸潤が続き、修復が抑えられIBDが発症するシナリオを示唆している。

最後に、実際のクローン病患者さんの組織を培養や遺伝子検査で調べ、クローン病患者さんのみでDebaryomycesの比率が上昇していること、病巣から分離したDebaryomycesによりマウスの損傷治癒が遅れること、そしてそれをアムホテリシンBで抑制できることを示し、Debaryomycesが人間のIBDの原因になっている可能性を示している。驚くことに、患者さんの血中にはDebaryomycesに対するIgA抗体の上昇が見られ、さらにこのレベルとCCL5レベルが相関するらしい。

以上の結果は、腸内細菌叢は炎症を抑制するT細胞を誘導するだけでなく、Debaryomycesの増殖を抑えることで、腸内の炎症抑制に関わっているが、これが乱れると、Debaryomycesが増殖して、IBD発症の引き金を引くという可能性を示している。

シンプルなシナリオで、しかも様々な介入点、抗真菌剤、CCL5などが示されているので、人間で検証することは容易だろう。ぜひIBD治療の切り札を開発して欲しい。

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