9月7日 アグリンは関節軟骨を再生する特効薬になるか?(9月2日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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9月7日 アグリンは関節軟骨を再生する特効薬になるか?(9月2日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年9月7日

関節軟骨の損傷は修復に長期間を要し、しかも積極的介入がないと完全に元に戻ることはできない。これは、軟骨組織から血管網が排除されており、細胞の増殖を維持しにくい構造になっているのと、軟骨幹細胞の再生能力は大人ではほとんど失われているからだ。このため早くから軟骨再生は再生医学の開発が進んでいた。実際、2000年に再生医学のミレニアムプロジェクトをスタートした頃は、培養関節軟骨による再生医学は再生医学の一つのモデルとして考えていた。

今日紹介する英国Queen Mary 大学からの論文は、マウスモデルとはいえひょっとしたら軟骨再生の重要な転換になるかもしれないと期待させる研究で9月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Agrin induces long-term osteochondral regeneration by supporting repair morphogenesis (アグリンは修復形態形成をサポートして骨・軟骨の長期再生を誘導する)」だ。

こんな話が今頃出てくるのは不思議なぐらいだが、この研究ではヒト軟骨損傷を動物に移植して障害した後24時間で誘導される分子の中にアグリンを発見し、このアグリンが軟骨再生に利用できないか研究を進めている。

アグリンはシナプス形成時にアセチルコリン受容体を集合させる機能から名前がつけられたプロテオグリカンで、おそらく関節軟骨に発現しているとは誰も予想できないことが、これまでこの分子の関節再生の機能についてほとんど研究が行われなかった理由だろう。ただ、名古屋大学のグループが以前にアグリン受容体として働くLRP4を軟骨細胞株に過剰発現させると、Wntシグナルが抑えられ、細胞が増殖することを示しており、おそらくこの研究から、アグリンが軟骨再生を促すのではと着想した様に思う。

まず軟骨細胞株を用いた実験で、アグリン刺激によりCamKII/CREBシグナル経路が活性化し、その結果Wnt/βカテニンシの下流のシグナルが抑えられ、その結果軟骨細胞の増殖が高まることを確認している。

そして次にマウスの大腿骨関節軟骨に1.8mmの深さの傷を0.8mmの長さにつけた後の治癒プロセスを追いかけている。もし何もしないと、軟骨は全く再生せず、骨の過剰再生と間質の増殖が見られるだけにとどまり、関節の機能は損なわれる。ところが、コラーゲンゲルにアグリンを混ぜて関節に注射すると、骨だけでなく軟骨が再生するのが確認できた。重要なことは、ある程度形態を保ったまま再生が起こった点で、機能回復という点では理想的な再生を誘導できる可能性がある。

さらに、大型動物モデルとして羊の大腿軟骨をに、深さ5mm、長さ8mmの傷をつけ、アグリンの効果を調べている。この条件でも効果は絶大で、アグリン投与群でだけSafraninOで染色される軟骨組織が形成され、羊の活動性も高まる事が示されている。

あとはこの効果の分子メカニズムについて詳しく検討しており、このシグナル回路は骨髄の間質幹細胞には働かず、軟骨組織に存在するGdf5陽性軟骨幹細胞特異的に働いていること、Wntシグナルを抑制して増殖にスイッチを入れるだけでなく、CREBを始めアグリン自体の作用で、形態形成プロセスが誘導される結果、他の増殖因子とは違って異所性に軟骨が形成されたりする心配なく、損傷治癒が起こることを示している。

羊の実験で見ると、もちろん治癒は完全でない様に思うが(素人判断)、それでもかなり期待を持たせる結果ではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日 相分離によるcAMPシグナル調節(9月17日号 Cell 掲載論文)

2020年9月6日

cAMPはシグナル依存的に合成され、重要なシグナルメッセンジャーとして様々な過程に関わっていることは教科書的知識になっている。ただ、cAMP自体は細胞内を素早く拡散するため、例えば様々なG タンパクシグナルが並行して働いている細胞で、シグナル特異性をどう保証するかが問題になっていた。幸い、cAMPを細胞内で検出する方法が開発され、cAMPは細胞の中のコンパートメントに濃縮されており、これがシグナルの特異性や恒常性に必要であるという概念が示されてきた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンデイエゴ校からの論文は、このコンパートメント化がPKAの調節部位RIαが相分離することで可能になっていることを示した研究で9月17日号Cellに掲載された。タイトルは「Phase Separation of a PKA Regulatory Subunit Controls cAMP Compartmentation and Oncogenic Signaling(PKAの調節サブユニットの相分離によりcAMPのコンパートメントかと発ガンシグナルが調節される)」だ。

cAMPがコンパートメント化されていることはすでに知られていたので、問題はコンパートメント化のメカニズムの解明だった。その意味で、正に相分離は誰もが思いつく高い可能性と言えるが、それを証明するためには相分離をガイドする分子、cAMPやPKA活性の細胞内での検出、そして相分離の機能的意味を調べるための様々な方法や材料を確立するために時間がかかったのだと想像する。

その困難を乗り越え、この研究ではPKA複合体を形成する分子の中のRIα分子がcAMPと結合すると相分離を起こし、そこにcAMPをコンパートメント化することをまず明らかにしている。すなわち、外からのシグナルによりcAMPが合成されるとそこでRIαの相分離が起こり、cAMPがコンパートメント化され、そこから周りにシグナルを伝えるという可能性が示された。

様々なセンサーを用いて、PKAの活性やcAMPの局在を調べた結果、この相分離体によりcAMPは細胞質内のcAMP濃度を調節する働きをしており、一方でcAMPを分解するフォスフォディエステラーゼにより、cAMP濃度が低いコンパートメントが維持されることで、一種のセカンドメッセンジャーcAMPの細胞内での勾配がうまれ、シグナル特異性が形成されることを示している。

ただ、ここまでならなるほどで終わるのだが、最後にPKAのカタリティックドメインがDNAJB1遺伝子とキメラを形成するために発生する特殊なFibrolamellar Carcinomaと呼ばれる肝臓ガンの癌遺伝子を細胞に導入した時、相分離が阻害され、その結果PKAシグナルのコントロールが効かずに細胞増殖が高まるという結果を示し、確かに相分離によりcAMPのコンパートメント化がcAMP のシグナル多様性維持に必須であること示し、構造、機能、病理を網羅する研究に仕上がっている。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日 コロナウイルス最強の武器を分析する(9月4日号 Science 掲載論文)

2020年9月5日

コロナウイルスにコードされている分子を知れば知るほど、ウイルス進化の巧妙さに惚れ惚れしてしまう。特にホストの自然免疫を防ぐために発達させた、二重三重のメカニズムは、コロナウイルスの様な複雑なウイルスの複製やウイルス粒子のアッセンブリーがいかにホストのアタックを受けやすいかを物語っている。逆にいうと、この防御を一つでも破ればコロナウイルスの増殖を抑えることができる。

今日紹介するミュンヘン大学からの論文はコロナウイルスの防御機構の中でも最大の武器と言えるNsp1の機能と構造の関係を明らかにした研究で9月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Structural basis for translational shutdown and immune evasion by the Nsp1 protein of SARS-CoV-2 (新型コロナウイルスのNsp1タンパク質による翻訳の抑制と免疫回避の構造的基礎)」だ。

タイトルにあるNsp1がコロナウイルスがホスト細胞のメカニズムをコントロールするために開発した最大の武器で、新型コロナウイルスに限らず、これまでのSARSなどの研究で、ホストのリボゾームに結合してホストの翻訳をほぼ完全に停止し、さらにエクソヌクレアーゼ活性でホストmRNAの分解のスイッチを入れる活性を持っている。一方、ウイルスRNAは特殊な5‘配列で、この阻害を受けないため、感染した細胞の翻訳システムを全て自分のために使うことができる。その結果、当然ホストの自然免疫システムは機能せず、ウイルスは安全に増殖することになる。

この研究ではNsp1タンパク質のC末端に突然変異を導入する実験で、Nsp1がこの部位でリボゾームに取り付くことを確認した後、クライオ電顕を用いて構造解析を行っている。結果をまとめると、

  • Nsp1は翻訳が始まる前のリボゾームにC末端で結合するが、2種類の結合状態が形成される。
  • 一つはCCDC124と呼ばれるタンパク質が結合した状態で、結合している他のタンパク質の性質から、リサイクルされる過程のリボゾームにNsp1は結合する。
  • もう一つの状態はCCDC12のかわりにLYARという分子が結合した状態で、EF1AとtRNA複合体も結合した、これまで知られていなかった状態で、その機能ははっきりしない。
  • いずれの状態も、Nsp1C末端が結合した結果、ホストのmRNAが入り込む隙間が完全に埋められる。
  • その結果、Nsp1遺伝子を導入すると、用量依存的にインターフェロンβの転写が抑制されるが、C末に変異を入れたNspではこの作用がない。

以上、構造の苦手な私にもわかりやすくデータが示され、コロナウイルス最強の武器Nsp1のことがよくわかった。

残念ながらこれだけで、なぜウイルスRNAは翻訳されるのかは解明されていないと思う。しかし、コロナウイルスのNspタンパク質が最初一本のペプチドとして作られる必要性と関わる様に感じた。

この研究で説かれた構造を見ると、Nsp1の機能を阻害することはそう簡単ではない様に感じる。ただ、これほど複雑なシステムを持っているコロナウイルスなら、遺伝子ノックダウンのためのRNA薬も結構使えるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月4日 自然免疫に関わるDNAセンサーSTINGの起源(9月2日 Nature オンラン掲載論文)

2020年9月4日

細菌やウイルスの感染に対する防御の第一線では、外来DNAを感知してインターフェロンなど自然免疫系が活性化されるが、この中心を担うのがGAS-STINGシステムだ。外来DNAが侵入してくるとGASがDNAをcyclic nucleotideが2個結合したcyclic di-nucleotide(CDN)を合成する。このCDNが小胞体に結合しているSTINGを活性化し、TBK1/IRF3下流シグナル分子を介して、インターフェロンなど自然免疫系が活性化される極めて巧妙なシステムだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文はSTING分子の起源は一部の細菌に見られる、CDNを感知するという全く同じ機能をもった分子であることを示した論文で9月2日号のNatureに掲載された。タイトルは「STING cyclic dinucleotide sensing originated in bacteria (STINGのcyclic di nucleotide感知機能はバクテリアに由来する)」だ。

この研究はSTINGに一定の相同性を持つ分子が一部の原核生物にも存在することの発見から始まっている。しかも細菌のSTINGはcyclic nucleotideにより活性化される免疫システム分子が集まっているオペロン上に存在していることを発見した。しかも細菌のSTINGは自然免疫の活性化に関わるToll like receptorと相同なドメインが結合したセンサーと、エフェクターが合体した構造を持っている。

この研究では、再構成した細菌STING分子を、構造学的、生化学的に詳しく調べ、

  • 人間のSTINGと異なり、CDNの一つcyclic GMP-AMP 特異的に結合すること。
  • STINGをcGAMPを合成している大腸菌に導入すると増殖を抑制すること
  • 活性化されるとtoll like receptor によりNADをnicotinamideに分解すること、
  • 活性化されると鎖のように連結して機能を発揮すること、
  • 牡蠣のSTINGでもtoll like receptor様エフェクターと結合していること、

などを明らかにしている。

以上の結果から、もともとSTINGは細菌が外来のウイルスを防御する仕組みとして獲得したDNA センサーで、toll like receptorドメインによるエフェクター機能も備えていた。おそらく、水平遺伝子伝搬によりそのままメタゾアに移行して、独自の進化をはじめ、toll like receptorドメインの代わりに小胞体膜上に発現するドメインを獲得するとともに、様々なCDNを認識する様に変化した進化のシナリオを提案している。

一般の人にはわかりにくいと思うが、自然免疫としてのGAS/STINGについてある程度知識があれば、重要な発見であることがわかる。単純にアミノ酸配列を比較するだけで無く、構造から機能にいたるまで、総合的な解析が行われており、新しいことを学んだという実感が得られる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月3日 膵島移植で拒絶を避けるgood idea(8月28日号 Science translational Medicine 掲載論文)

2020年9月3日

色々論文を読んでいると、good ideaと思わず微笑んでしまう論文に出会うことができる。このような論文は基本的に新しい発見とは無関係で、すでによく知られているメカニズムを上手に利用する仕方を提案するものが多い。

今日紹介するジョージア工科大学からの論文はまさにこのような例で、1型糖尿病治療に行われる膵島移植の拒絶を防ぐ面白い方法についての前臨床研究で8月28日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Immunotherapy via PD-L1–presenting biomaterials leads to long-term islet graft survival (PD-L1を発現したバイオマテリアルによる免疫治療は膵島移植の長期生着を可能にする)」だ。

PD-1に対する抗体を用いたガンのチェックポイント治療は、PD-1シグナルによる免疫反応抑制を抑えるもので、ガン抗原に対する免疫反応の枯渇を防いで治療を行う。これを逆から見ると、PD-1を活性化すれば免疫反応を抑えることができることを意味し、移植臓器に対する拒絶反応を抑える一つの方法になりうる。

PD-1を活性化し、免疫を抑える分子の一つがPD-L1で、この分子を発現しているガンは、免疫抑制効果が高く、予後が悪い。これを抑えるのが、本庶先生が開発したPD-1に対する抗体だが、逆にPD-1を活性化して免疫を抑えたい場合は、PD-L1を抗原とともに提示することが必要になる。

この論文の著者らは、PD-L1を結合させたポリエチレングリコールジェルを作成し、これと移植する膵島を混合して移植することで、移植片に対する拒絶反応を抑制できるのではないかと着想した。大きな臓器では無く、β細胞の小さな塊を移植する膵島移植を考えると、たしかにgood ideaだ。これまで細胞側に遺伝子を導入するなど様々な可能性が考えられてきたが、新しい工学的発想を感じる。

あとはうまくいくかどうかだが、膵島とPD-L1ジェルが存在すると、試験官内で抑制性のTregが誘導され、また膵島に対する直接の細胞性障害活性を抑えることもできる。

そして何より、組織適合性がない膵島を脂肪組織に移植した時、このジェルがあると、移植後1ヶ月ぐらいまで、移植した半数の膵島の生着が維持される。さらに、糖尿病を誘導したマウスに移植した場合、7割ぐらいの個体で、糖尿病の発症を抑制できる。

あとは、本当に膵島に対する免疫寛容が成立したのかなど、最新の方法で確かめているが、詳細は省く。前臨床研究としてはコンセプトが確認されたと結論していいだろう。

あとはどの段階で人に応用できるかだが、現在のような門脈に膵島を注射して肝臓に生着させる場合にジェルが使えるかどうかの検証、あるいは門脈をやめて、膵島を脂肪組織に移植する方法が可能かなど、検討が必要になるだろう。

一見小さなアイデアに見えるが、個人的には発展性があるgood ideaだと感じている。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月2日 進む新型コロナウイルススパイクの構造解析(9月3日号 Cell 掲載論文)

2020年9月2日

「With コロナ」という言葉は、今後私たちが新型コロナウイルス感染の恐怖と共に生きなければならないという消極的な意味に聞こえる。しかし、ウイルスを地上から撲滅できなくても、新型コロナウイルス治療法開発により恐怖は解消することは間違い無く、既存薬も含めて治癒率の高い治療法が年内には提供されるようになると私は楽観視している。この確信の根拠については、ウイルスがコードする各タンパク質を標的とする薬剤の開発状況を調べた「希望」のチャートを作成しつつあり、完成すれば皆さんにも提供したい。

しかしこの中で最も希望が持てるのが、ウイルスが細胞へ侵入するときに必須の分子スパイクタンパク質に対するモノクローナル抗体治療だと思う。例えば米国の治験登録サイトClinicalTrials.govでcovid-19 and monoclonal antibodyをキーワードに検索すると、なんと47の治験がリストされている。そのうち既に第3相に入った治験も17存在することを知ると、多くのモノクローナル抗体薬が既に開発が終わり、嬉しいことに熾烈な開発競争が進んでいることがわかる。これほど多くのモノクローナル抗体を開発できる理由の一つが、感染した患者さんのB 細胞から直接抗体遺伝子を分離できるため、最初から人型の抗体が使える点だろう。少なくとも利用可能なmAb薬は年内に出てくると勝手に予想している。

一方で抗体の標的となるウイルス側分子スパイクについての研究も驚くべきスピードで進んでいる。スパイクの研究は、抗体の臨床結果を解釈する意味で欠かせない。この研究分野で気になるのが、スパイクが結合する分子のレパートリーが増えてきている点で、ACE2のみならず、ニューロピリン、CD209、そしてなんとMERSウイルスが侵入に使うDPP4まで、新型コロナのスパイクと結合できることを示す論文が発表されている。今後これらのスパイク結合分子の役割について理解を深めることは重要だ

このような現象をしっかり理解するためには、スパイクタンパク質の構造と生化学をしっかり理解することが必要で、今日紹介する2編の論文は、この問題が徹底的に解析されていることを知る意味で格好の論文だと思う。

最初の英国MRCからの論文はクライオ電顕を用いてウイルス上に発現されているスパイクタンパク質の構造を解析した研究で8月17日にNatureにオンライン出版された。

もちろん、精製したスパイクタンパク質の構造解析に関しては多くの論文が存在し、治療抗体の開発に必須の情報を提供している。しかし、このグループはさらに進んで、実際のウイルス粒子上のスパイクの構造を解析している。結果は、これまでの構造解析結果を大きく変えるというものではないが、一つのウイルス粒子の中に、細胞側と融合する前のスパイクと、融合後のスパイクが同時に存在している図や、異なる立体構造を示すスパイクタンパク質が共存しているのを見ると、本当に驚く。

この論文を読んで感じるのは、新型コロナに関しては、これで十分と思うのでは無く、やり残しのないよう、徹底的に研究し尽くすという研究者の意気込みだ。この意気込みを見ると、希望がふくらむ。

それを示すもう一つの例が米国Fred Hutchinsonがんセンターから9月3日号のCellに発表された論文だ。

これまでウイルスの変異により、抗体が効かなくなったり、ウイルスの感染力が高まったりすることが指摘されているが、基本的にはウイルスゲノムの変異から適当に推察しているに過ぎないことが多い。

この研究ではスパイクタンパク質を構成する全てのアミノ酸を、それぞれ16種類の別のアミノ酸に置き換えた膨大な遺伝子ライブラリーを作成し、全てを酵母細胞表面に発現させて、1)安定的なタンパク質として発現できるか、2)ACE2との結合性、の2種類の指標で評価している。すなわち、可能な全てのスパイク分子の変異とその形質についての、網羅的チャートと材料が整った。

当然多くの変異は機能的タンパク質の合成を阻害するため、酵母表面に発現できなくなる。とはいえ、ほかのタンパク質と比べるとスパイクタンパク質の多くのアミノ酸残基は変異によっても影響されにくく、逆にいうと多くの変異が許容されることがわかる。この多くの変異が許容できる可塑性が、コロナウイルスの細胞侵入に様々な分子が使われる理由になっているのだろう。このライブラリーを使うと、ほかの動物への感染性も網羅的にテストすることが可能で、ウイルス進化を知るためにも重要なリソースになる。

また、現在流行中のウイルスゲノムをこのチャートに照らして、感染性を推察することができる。今回人為的に作成した変異の中には、安定に表面に発現できるようになる変異、あるいはACE2とより高い親和性を持つ変異などが見つかっており、まだまだ高い感染性をもつウイルスが出現する可能性を示唆しているが、幸い同じような変異はまだ流行中のウイルスには存在していないことも確認できる。これまで、ゲノムと流行度に基づいて、適当に行われてきた感染性の評価も、このチャートのおかげで正確な予測ができるようになるだろう。

この研究では調べられていないが、このライブラリーはニューロピリンなどほかの分子との結合の評価にも使えることから、ゲノムと病気の進展の関係についての研究が一段と進むと期待できる。

他にも多くの可能性を秘めた研究だが、私が強調したいのは、このレベルまで新型コロナウイルスについては研究が進んでいる点だ。このような進展を逐一伝え、新型コロナウイルスも近いうちに克服できることを示していくのも、メディアの重要な役割だと思う。その意味でこのブログは、楽天主義を貫くことにしている。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月1日 Fragile X治療の可能性(9月3日号 Cell 掲載論文)

2020年9月1日

Fragile X はRNA結合タンパク質で翻訳の抑制に関わることが知られているfmrp遺伝子に存在するCGGリピートにより遺伝子がメチル化され発現が抑制されることで起こることがわかっている。Jaenishらはクリスパー技術を用いて脱メチル化することで治療可能であることを示し、根治のための遺伝子編集技術に期待が集まっている(https://aasj.jp/news/watch/8091)。

ただ実現にはまだまだ克服しなければならない壁が多く、fmrp欠損による形質を解析して治療可能な標的を見つけることも重要だ。今日紹介するイェール大学からの論文はfmrpが欠損した神経細胞に見られるミトコンドリア異常を特定し、Fragile Xの新しい治療法を示唆する重要な研究で9月3日号のCellに掲載された。タイトルは「ATP Synthase c-Subunit Leak Causes Aberrant Cellular Metabolism in Fragile X Syndrome(Fragile X症候群ではATP 合成酵素のCサブユニットのリークにより細胞の代謝異常が起こっている)」だ。

この研究で着目したのはFragile Xやfmrpノックアウトマウスで神経細胞のミトコンドリアが小さく形態異常を示すという点で、fmrpによる翻訳異常の結果、ミトコンドリア機能が障害されているのではと研究を進めている。

私も初めて聞くようなミトコンドリアの機能テストを行った結果、ミトコンドリアでATP合成に関わる分子複合体のCユニットの合成が高まり、他のタンパク質とリンクしないチャンネルを形成してプロトンを逃してしまっていることがわかった。データは示されていないが、fmrp による翻訳抑制が働かなくなって、Cユニットの合成が高まってしまったと考えられる。

このミトコンドリアでのプロトンの漏れと、ATP合成の低下は、細胞全体の代謝の再プログラム化を促し、例えば糖代謝に関わる様々な酵素の合成が上昇している。重要なことは、dexpramipexoleによりこの漏れを修復するとこれらの代謝異常が回復する点で、代謝異常が翻訳の異常ではなく、ミトコンドリア機能異常に起因していることがわかる。さらに、Cユニットの発現をノックダウンで低下させると、期待通り様々な酵素の合成が低下し、代謝も元に戻ることを確認している。

最後にイオンチャンネルの漏れを抑えるより強い化合物CsAを用いて、fmrp欠損神経細胞だけでタンパク合成の上昇が抑えられ、ミトコンドリアの形態が正常化することを確認している。

最後にFragile Xモデルマウスを用いて、dexpramipexole投与によりシナプスの形態が正常化し、毛づくろい、巣作り、運動性などに見られた行動異常が正常化することを示している。

実際には、ミトコンドリアの専門家による極めて精緻なプロの研究で、詳細を省いてエッセンスだけを紹介したが、fmrp欠損による翻訳等の異常により最も強く障害された過程を特定し、その過程を正常化することができる、現在他の病気に使われている薬剤を特定した研究とまとめることができる。

これまでFragile Xの研究は何度も紹介してきたが、様々な分野のプロフェッショナルを巻き込んで研究が進んだ結果、治療への糸口がはっきりしてきたように感じる。期待したい。

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8月31日 2本目のX染色体がアルツハイマー病を抑える(8月26日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月31日

哺乳動物の性染色体は女性XX男性XYだが、性とは関係ない機能を担う遺伝子も存在するX染色体からの遺伝子発現量を男女で合わせるために、女性のそれぞれの細胞でどちらかのX染色体を不活化して、男女とも一本のX染色体だけから遺伝子が発現するよう巧妙に調節されている。とは言え例外も存在し、X染色体上にあっても不活化を受けない遺伝子も存在する。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はX染色体に存在するのに不活化を受けない遺伝子KDM6Aがアルツハイマー病の進行を遅らせることを示した論文で8月26日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A second X chromosome contributes to resilience in a mouse model of Alzheimer’s disease (2番目のX染色体がマウスのアルツハイマー病モデルの抵抗力に寄与している)」だ。

一般的に女性のほうがアルツハイマー病(AD)の患者さんが多いことが知られている。しかし、一旦ADにかかると男性の方が早く死亡するし、進行も早い。この研究の目的はこの理由を明らかにすることだ。

まずADにかかると男性の方が本当に早死にするのか調べる目的で、多くの論文検索を行い、男性の方の死亡リスクが1. 63倍に増加していることを確認している。そして、アミロイドタンパク質を過剰発現させたマウスモデルでもオスの方が早期に死ぬこと、そして症状の進行が早いことを確認し、以後マウスでこの原因を確かめようと研究を進めている。

この差が性ホルモンでないことを去勢したマウスで確認し、また遺伝子操作で染色体と形質が一致しないマウスを比べた実験からY染色体がこの差の原因でないことを確かめた後、X染色体の数が原因ではないかと着想し、XXYやXOなどの個体を調べ、X染色体が2本ある場合は全てADの進行が遅れることを発見している。

こうなると当然X染色体不活化を受けない遺伝子がAD進行抑制に関わると考えられるが、この研究では遺伝子抑制を抑えるメチル化ヒストンを脱メチル化酵素Kdm6aが最も可能性が高いと狙いを絞って、研究を進めている。

期待通り、Kdm6aはメスでADの主座といえる海馬で発現が高く、またオスの海馬にKdm6a遺伝子を直接導入して過剰発現させると、空間記憶能力の低下を抑制することが明らかになった。

これと同じことが人間で起こっているかどうか確かめるのは難しいが、Kdm6aの遺伝子発現が高いSNPを持つ個体について調べると、認知症の進行が抑えられる傾向にあることがわかり、ヒトでもKdm6aの脳内での発現量がAD進行に重要であることを明らかにしている。

以上、性差というと単純にホルモンのせいにできない場合もあること、また新しい治療のためのヒントが見つかったように思う。

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8月30日 自由行動の研究を可能にする光遺伝学(8月19日発行 Neuron 掲載論文)

2020年8月30日

光遺伝学により、特定の場所の神経集団の記録や刺激が可能になって、動物を生かしたまま様々な行動の神経回路を調べることが可能になった。それでも、通常の光遺伝学ではマウスは光ファイバーで繋がれており、どうしても自由が制限される。この点を改善しようと様々な方法が開発されており、以前鉄と結合するフェリチンと、トルクを感じて開くTRPV4を結合させ、磁石で鉄が引っ張られると興奮するというエレガントなシステムを用いて、ドーパミンによる褒賞回路の刺激を磁石によりOn/Offする系を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/4961)。 ただ、すでに4年以上経つがそれほどポピュラーになっていないのは、この系を必要とする研究が少ないことと、トルクを発生させるのに強い磁場が必要で、ケージの中で自由に行動している場合、スウィッチコントロールが難しいからだろう。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は神経刺激にはこれまで通り光を使うが、ファイバーにつながった光源と磁気に反応するリードスイッチを用いて、自由に行動しているマウスでの脳内に、必要な時に光を点滅させる方法を使って、オキシトシン分泌神経を刺激した研究で8月19日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Wireless Optogenetic Stimulation of Oxytocin Neurons in a Semi-natural Setup Dynamically Elevates Both Pro-social and Agonistic Behaviors(半自然的実験環境で行動するマウスのオキシトシン神経をワイヤレス光遺伝学刺激使って刺激することで社会的と同時に敵対行動も高める)」だ。

この研究が面白いのは、磁石でコントロールできる光遺伝学システムを全て手作りで構築している点だ。言われてみれば、光ファイバーからLEDライト、リードスイッチなどは例えば秋葉原に行けば皆揃うだろう。これを見ると、光遺伝学も随分成熟し大衆化した技術になったと感慨が深い。

この研究で光遺伝学的に刺激対象にしたのが視床下部の室傍核にあるオキシトシン分泌神経で、比較的自由に動ける環境でオキシトシンの分泌を誘導することで、内因性のオキシトシンの行動への影響を見ている。

また行動時にオキシトシン神経に入力される自然の刺激への反応を見るために、光遺伝学で神経興奮を完全にコントロールするのではなく、自然の反応への閾値を下げるためのStep-Function Opsinを用いて行動実験を行なっている。

オキシトシンは他の個体に対する社会性を高めるということで自閉症の治療にも使われているという点で、行動操作研究の格好の対象といえ、この選択はよく理解できる。ただ、最近の研究でオキシトシンは必ずしも社会性を高めるだけでなく、状況によっては反社会的な行動も高めることが知られるようになった。

そこで新しい技術を使って、自由に行動するマウスのオキシトシン閾値が下がったらどうなるかを調べている。

詳細は省略して結果をまとめると、

  • 大きなケージ内で縄張り意識を獲得させた後、他のマウスと出会った時の攻撃性を調べる実験を行うと、オキシトシン神経の興奮を高めると攻撃性は強く減少し、この変化はオキシトシン受容体の阻害で元に戻る。
  • 一方、餌場や水場を他のマウスと共有する半自然的環境で同じ実験を行うと、向かい合ってコンタクトをとる社会的行動も、逆にお尻を追いかける反社会的行動もオキシトシンにより増強することが明らかになった。

以上の結果は、オキシトシンを社会性ホルモンと決めつけるのは問題で、おそらく様々な社会行動を際立たせる効果を持つと考えた方が良いことを示唆している。もちろん、尻を追いかけ回すことも、ある意味では社会性が高まると言えなくはないので、自閉症をオキシトシンで治療するアイデアは今も間違っていないと思うし、今回示された友好的、敵対的を問わず社会との関係が高まるなら、より期待が持てるように思うが、将来は深部脳刺激と同じように、オキシトシンの閾値を下げる治療もあるかもしれないと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月29日 メタボ改善のための新しい秘策(8月26日号 Science Translational Medicine 掲載論文

2020年8月29日

これまでの研究で褐色脂肪組織の熱生成を高めることで、代謝を改善し、肥満を防げることがわかっている。この熱生成を調節する核になっているのがアンカプラー分子と呼ばれるミトコンドリアのプロトン勾配を、ATP合成に使わずに、熱として発散するのを可能にする分子で、熱生成に最も関わるUCP1は褐色脂肪細胞にしか発現しない。ただ、長期間寒さにさらされるような状況では白色脂肪組織にもUCP1が発現した褐色脂肪細胞の性質が現れ、ベージュ脂肪組織と呼ばれている。

今日紹介するジョスリン糖尿病センターからの論文は、白色脂肪細胞でUCP1を強く誘導しベージュ化した後、それを移植することで全身の代謝を改善できないか調べた研究で、8月26日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「CRISPR-engineered human brown-like adipocytes prevent diet-induced obesity and ameliorate metabolic syndrome in mice (CRISPRによる遺伝子操作を行なった褐色様脂肪細胞は、マウスの食事による肥満を抑えメタボリックシンドロームを改善させる)」だ。

この研究ではヒト白色脂肪組織から樹立した細胞株のUCP1遺伝子をプロモーターにCas9で導かれた転写活性化分子で誘導できるよう遺伝子操作を行い、正常と比べてタンパク質レベルで20倍のUCP1が発現する細胞株を樹立している。この細胞をHUMBLEと名付けているが、HUMBLEは正常の褐色脂肪組織と同じような性質を持ち、しかも外部からの刺激なしにUCP1分子を強く発現している。また、ATPの代わりに熱が作られる状況に反応して、ミトコンドリアの増殖や機能が高まっている細胞にリプログラムされている。

この細胞をヌードマウス胸骨付近に移植すると、脂肪組織を形成し長期間維持できることがわかった。そしてなによりも移植されたマウス個体ではインシュリン分泌は変化がないものの、糖代謝が改善され、血中脂肪が低下、熱の生成が高まることが明らかになった。また、高脂肪食による肥満も強く抑えることができる。

個体での全ての効果を移植した細胞だけで説明できないので、ホスト側の脂肪がリプログラムされた可能性を調べ、移植した細胞から分泌される代謝物が体内の褐色脂肪組織を活性化させ、代謝改善に寄与することを示している。

最後にこの分泌因子について追求し、アルギニン代謝経路から合成されるNOが、赤血球により全身に運ばれ、局所褐色脂肪酸を活性化して代謝改善の方向に動員されることを示している。

もちろん同じ効果は厳しいトレーニングと食事制限により可能だと思うが、操作された自分の脂肪細胞を移植するだけでこれほどの効果が得られるなら、実際の臨床に用いられる日も近いような気がする。

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