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9月4日識字障害の脳ネットワーク(Biological Psychatry9月号掲載論文)

2014年9月4日
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識字障害は文字を読んで意味を理解することがうまく出来ない症状を指し、不思議なことに表意文字を使う我が国では少ないが、欧米ではかなり高い頻度で見られる。症状だけ聞くと、文字を理解する発達が遅れているのではと思ってしまうが、実際には視覚と言語に関わる領域の結合様式の発達の違いだけを反映した結果で、脳発達全体の遅れなどでは決してないことがわかっている。事実、識字障害を持っていたことがわかっている有名人は、ダビンチ、エジソン、アインシュタインなど数えきれない。識字障害を持つ人は想像力に優れ、大局観があることから、経営者としても成功することが多いらしい。メリアン・ウルフ著の「プルーストとイカ」という本は、文字の歴史を概観した後で、私たちが文字を学習する過程でどうしても視覚的構成力を犠牲にせざるを得ないこと、それに抵抗して視覚構成力を残そうとしているのが識字障害の方々の脳であることを教えているが、実際脳内で何が起こっているのか興味は尽きない。今日紹介するエール大学識字障害センターからの論文は識字障害の背景にある脳ネットワークについて正常人と比較した研究で、Biological Psychiatry9月号に掲載された。タイトルは「Disruption of functional networks in dyslexia: A whole brain, data-driven analysis of connectivity (識字障害での脳機能ネットワークの中断:全脳レベルでのネットワーク結合をデータに即して解析する)」だ。研究では識字障害をもつ子供と成人の脳活動をMRIを用いて測定し、正常人と比べている。具体的には文章を黙読したときの脳全体の活動を記録、興奮の時間経過などから結合している部位同士をコンピュータを使って特定し、文字を読む時に活動している脳ネットワークを再構築している。結果は少なくとも私の想像に近く面白い。次のようにまとめることが出来るだろう。1)識字障害があると、注意を集中して文字を読む時に必要とされる視覚回路と前頭葉の繋がりがうまく働かない。2)言語を統合する中枢は左脳に偏って発達するが、この左脳化が識字障害があると遅い。実際には言語に関わる部位が長く右脳各部位と結合を続けるようで、これが創造性を高めるのに役立っているのかもしれない。ただ、この左脳化は時間はかかっても最終的に達成できる。これもほとんどの識字障害が成人するとなんとかその障害をマネージできるようになるのと一致する。3)脳全体の情報を統合する領域として現在後部帯状回が注目されているが、正常人が文字を読む時はこの部位は視覚と最も強い結合を持つのに、識字障害があるとこの繋がりは弱く、様々な場所とつながったままになっている。これも文字に集中することが難しい症状と理解し得る。4)文字の形を認識するために必要な視覚文字形成領域が特定されており、この領域と視覚野との結合は年とともに強まることが知られているが、識字障害があると成長後もこの結合性の発達が遅い。代わりにこの部位は右脳視覚野や、聴覚野との結合を黙読中も維持している。何か代償回路が発達しているようだ。5)識字障害をもつ成人は、黙読中も言語野が発音に必要な脳領域と強く結合している。これは、識字障害の方々が黙読するときの困難を克服するために心の中で発声する習慣を身につけていることと一致し面白い。全て出来すぎているのではと疑いたくなる、納得のデータだ。ヒトの脳の研究は確かに難しい。しかし様々な脳機能の障害がはっきりわかるのも人間だ。特に言語のようにヒト特異的な情報システムが脳ネットワークからどのように生まれたのかは21世紀の課題だ。是非生きている間に少しても言語発生過程を理解したと言う実感を得るため、苦労して論文を読んでいる。

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