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8月6日:最近の膵臓ガン研究:III RAS阻害剤の開発

2016年8月6日
分子標的薬
他のガンと同じで、膵臓ガンも、早期発見して、手術、あるいは手術と放射線療法の組み合わせで治療するのが完治のための王道だ。ただ発見が遅れるケースが多いため、どうしても抗がん剤に頼らざるを得ない。現在膵臓ガンに使われる抗がん剤は、様々なメカニズムでDNA合成を阻害する薬剤で、ガン以外の細胞も影響を受けるため、副作用が出る。これに対し、それぞれのガンのドライバー分子を標的にした薬剤の開発が進んでおり、分子標的薬と呼ばれている。
膵臓ガンのドライバーRAS
Rasはラットの肉腫を発生させるウイルスから発見された発がん遺伝子で、KRAS、HRAS、NRASの3種の遺伝子どれかに活性化型変異が起こるとガン化することがわかっている。生命科学、特に細胞内のシグナル伝達について学んだことがあれば、最も重要なGタンパク質としてその機能を詳しく教えられたはずだ。
しかし、一般の方にとってはRASは耳慣れない名前だと思う。ここで詳しい講義をする余裕はないので、
1) Rasは細胞内のシグナルネットワークの中心分子で、増殖、分化、代謝、そして細胞死に至るまで様々な過程に関わっていること。
2) K-rasが欠損してもマウスは生まれてくるが、主に貧血が原因で2週間以内に死亡すること。
3) N-ras, H-rasが欠損してもマウスの生命や生殖に影響がないこと。
4) しかし、どのRASも一旦突然変異を起こして活性化されっぱなしになると、発がんのドライバーになること。
5) 人間のガンのほぼ3割がいずれかのRASの変異をドライバーとして使っていること、
6)  そしてほとんどの膵臓癌は変異型KRASがドライバーになっていること、
を知っていただけば十分だろう。
RASに対する分子標的薬の困難
このようにもし膵臓ガンに対する薬剤を開発したいと思うなら、まず変異型RASの阻害剤を開発するのが最も近道だ。もちろん膵臓ガンだけでない。同じ変異が他の多くのガンでも見られる。RAS阻害薬が開発されれば、その恩恵を受ける患者さんの数は膨大な数に上る。
1982年発がん性のある変異RAS 分子が人間のガンで発見されて以来、アカデミア、製薬企業を問わず、多くの研究者がRAS阻害剤の開発に乗り出した。しかし30年経った今日でも、臨床現場で使える活性化RASの阻害剤は皆無で、しかもほとんどの大手製薬会社が開発から撤退してしまった。
この失意の歴史についてはNatureのコラムニストHeidi Ledfordが2015年7月1日発行のNatureに詳しく紹介している。
この歴史から、RAS阻害剤開発の困難は、RASとGTPとの結合が極めて強固な上に、阻害剤が入り込むポケットが見つからないというRASに共通の分子構造にあることがわかる。
RAS阻害剤の開発の現状
もちろん大手が撤退しても、研究は続けられており、最近3年間で私が目にしたKRASを直接標的とした薬剤開発の論文は4編あった(Ostrem et al, Nature 503:548, 2013, Hunter et al, PNAS 111:8895, 2014, Lim et al, Angew Chem Int Ed 53:199, 2014)。いずれも全ての活性化型KRAS変異を対象にする代わりに、KRAS12番目のグリシンがシスティンに置き換わったG12C変異を対象にし、薬剤を変異したシスティンに共有結合させてKRAS機能を抑制する戦略を採用している。ポケットに入り込めないのなら、変異したアミノ酸に直接化合物を共有結合させるというアイデアは説得力がある。しかし残念ながら、これらの阻害剤はまだ試験管内で分子機能を阻害するという段階で、私が調べた限り細胞を用いた実験の報告はない。
少し変わり種では、化学化合物の代わりに、分解性のバイオポリマーに包んだRNAiのタブレットを膵臓ガン患部に植え込む方法で、マウスモデルの膵臓ガンを縮小させる報告も発表されているが(Khvalevsky et al, PNAS 110:20723, 2013)、直感的に臨床応用は難しそうに思う。
この現状を見ると、KRASを直接の標的とする薬剤の開発は今も出口が見えていないと言わざるを得ない。
RAS下流シグナルの阻害剤
代わりに研究が加速しているのがRASを直接の標的にするのではなく、RASの下流で働く分子や、RASにより新たに生まれるガンの弱点に対する治療法の開発で、到底紹介できない数の論文が発表され、研究は加速している。また、治験登録サイトClinicaltrial.govを調べても、40近い治験が進んでいる。当面、患者さんたちが期待をかけることができるのは、この方向の研究だろう。
私が目にした論文から幾つか紹介しよう。
RASが活性化し、増殖が昂まると正常の細胞にはない弱点が生まれてくる。例えばKRASが活性化するとブドウ糖代謝が亢進し、その結果ブドウ糖欠乏に弱くなるため、ブドウ糖類似体を使ってガン細胞を選択的に殺せることが報告されている(Kerr et al, Nature 531:110, 2016)。
今月号のCell Reportsに報告された論文は、KRASにより誘導されるAXSL3は、ガン細胞の脂肪代謝を増殖を促進できるよう編成し直す酵素で、この分子をKRASによるガンの増殖抑制のための分子標的に利用できることを示している。
この方向の研究は、ガンを完全に叩くという目的には合致しないかもしれない。しかし、ガンを弱める目的では今後かなり有望な方法になるのではないかと期待している。特に、糖代謝や脂肪代謝経路の阻害剤については各製薬会社はデータを蓄積しているはずだ。
もう一つの開発方向が、RASの下流で働くシグナル伝達経路を標的にする薬剤の開発で、論文の数も多く、現在の研究の焦点になっていると言える。
最後に、今年私が目にしたこの方向の論文の中で、臨床へ応用への期待が持てるだけでなく、明日からでも治験が始められると思った2編の論文を紹介して終わろう。
最初は4月21日号のCellに掲載されたマウントサイナイ病院からの論文で(Krishna et al, Cell 165:643, 2016)、 KRASの分子構造に似た化合物(Rigosertib)を使ってKRASと下流のシグナル分子が連結できないようにする化合物で、動物実験レベルでは期待できる結果が示されている。この論文の重要性は、この研究に使われたRigosertibが骨髄異形成症候群の治験に使われていることで、膵臓ガンにも当然治験を始めることは可能だろう。
最後はスローンケッタリング研究所からの論文で(Manchando et al, Nature 534:647, 2015)、KRAS下流でシグナルを伝えるMEK分子の阻害剤(Trametinib)とFGFR1の阻害剤(Ponatinib)を組み合わせると、RASをドライバーとするガンの増殖を抑制できることを示している。この研究で使われたTrametinibはすでに悪性黒色腫で利用されており、Ponatinibも白血病治療の治験が進んでいるはずだ。
もちろんこれらの薬剤を膵臓ガンに使うためには、まず治験を進めることが必須だが、RASの下流を標的にする薬剤開発分野は期待できる。
以上を私なりにまとめると次のようになる。
「膵臓ガンに対して現在使われている抗がん剤治療は、出来る限りガンのゲノムを調べ、DNA修復に欠損があるケースを選んで使ったほうがいいだろう。もし、DNA修復機能に異常がない場合は、今の時点で今日紹介したようなRAS下流のシグナルを抑える薬剤の組み合わせのほうが期待できる。今日紹介した論文のように、すでに臨床で使われている薬剤で効果が示される場合は、早期に治験が行われることを期待したい」

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