我が国で「基礎だ、応用だ」と、しかし補助金のみの配分方法以外に案が聞こえてこない不毛の議論が進んでいるうちに、中国の生物科学、特にゲノム研究は様々な生物へと広がりを見せ、他国には追いつけないところまで到達した様に思える。例えば、シロクマの進化を調べた論文や、高地に住む動物のゲノムを比べた論文はここまで研究が広がっているのかと驚いた記憶に新しい。配列決定をするだけの研究だと見下す人もいるかもしれないが、配列がないと、インフォーマティックスも進まない。国家的に計画しているというより、科学に対するエネルギーがほとばしっているのだろう。結局基礎、臨床を問わず、我が国の現状を変えるには、補助金行政では得られないエネルギーの爆発をもう一度点火する方法を考える必要があると思う。
そんな例が先週号のScienceの3編の論文にはっきりと現れた。全て中国からの論文で44種類の反芻動物のゲノムを比べた研究だ。ともかく数多くのゲノムを比べることで、反芻動物特異的な臓器の進化についてシナリオを創造することができる。3編のうち最後の北西大学からの鹿の角がどう進化したかのシナリオについての研究を紹介する。タイトルは「Genetic basis of ruminant headgear and rapid antler regeneration(反芻動物の頭飾り鹿角の迅速な再生能力の進化)」だ。
私たちは鹿の角も、牛の角も同じ角として扱っているが、再生能力があるのは鹿の角だ。この研究では、頭飾りとしての角全体の進化と、鹿角にみられる再生能力を持った角の進化を、44種類の反芻動物のゲノムから推察した研究だ。
具体的には角の発生時に発現する遺伝子の中から、角の進化とともに最も強く選択された遺伝子を探す手法で、進化のキー遺伝子をリストし、現在知られているそれぞれの遺伝子の機能を考慮して、進化のシナリオを書いている。詳細は省いてシナリオだけを紹介しよう。
角の進化で選択される遺伝子リストを動物間で比べると、おそらく一回のイベントで角の進化が始まると考えられる。なかでも、本来はカエルの神経提細胞の分化に関わっていたOTOP3遺伝子とOLIG1に角を持つ動物に共通の変異が生まれて、角ができたと考えている。
このイベントをきっかけにして神経提細胞の移動に関わる重要な遺伝子が、角の原基に集まる様にプログラムし直される。これらの変化が集まって、角進化が可能になっている。
次に、角のある種が進化してから、それぞれ独立に角を失ったの種類のゲノムを調べると、もともと生殖細胞分化に関わるシグナル分子RXFP2の遺伝が偽遺伝子になっていることを発見する。このことから、生殖細胞発生遺伝子も、角発生に動員されていることがわかるとともに、この分子により角のオス・メスの差が生まれることも想像できる。
次に、鹿で角の再生能力に必要な遺伝子の進化も検討している。簡単に言ってしまうと、私たちが骨肉腫で遭遇する癌遺伝子のいくつかを、急速な角の再生に利用していることがわかる。ただ、そのままだと癌になるので、鹿ではがん抑制遺伝子と、増殖に伴うDNA 損傷の修復遺伝子が変化して、コントロールの効いた角の再生を可能にしている。これが、鹿では癌の発生が普通の反芻動物より強く抑制されている原因の様だ。
話は以上で、よくできたシナリオだ。もちろんこのシナリオが正しいか、実験的に調べることが今後行われるだろう。様々な動物へのクリスパーを使った遺伝子改変も中国の得意分野だ。おそらくこのエネルギーで、角の生えたマウスをつくろうと工夫を重ねる研究者もいる様に思う。
中国の勢いが止まらないようです。