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自閉症の科学21 ASD児童の言語学習にとってバイリンガル環境は有害か?

2019年8月25日
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毎月少なくとも1報は自閉症に関する研究を紹介したいと、ノルマを課してきたが、今月はなかなか紹介したいと思う論文に出会えなかった。ゲノム研究などは進んでいるのだが、大筋でこれまでの研究を越えず、ただただ複雑になっている印象が強い。そんな時「自閉症スペクトラムの児童にとって2ヶ国語環境は有害か?」と、私が考えもしなかった問題に疑問を持って調べた論文に出会ったので、紹介することにした。

自閉症スペクトラム(ASD)の症状は多様で個人差も大変大きいが、社会性の障害、反復行動とともに、言語障害の3症状が決め手になって診断される。個人的には、社会性、あるいは他の人とのコミュニケーションの難しさが、全ての症状の原点にあるように思う。実際、言語障害の程度や内容は結構多様で、ASDと診断されている人でも、ほとんど気がつかない場合もある。また重度の言語障害があると診断されても、多くの著書を発表している東田直樹さんや、米国のIdoさんのように、文章を書かせたら普通の人よりはるかに高い言語能力を発揮する人もいる。すなわち、ASDは言語に問題があると単純に決めてしまうことは極めて危険で、言語についてはASDでも高い可能性がひらけていると個人的には思う。

ASD=言語学習障害と単純に思い込んでしまった一つの例として、「ASDの児童にとってバイリンガル環境は有害だ」という考えがある。すなわち一つの言葉でも学習に苦労するのに、2ヶ国語なら余計混乱するだけで、なるべく一つの言語に絞るべきだとする考えがあったようだ。確かに言われてみると、一理あるような気がする考えだ。

この思い込みに対して、社会や学校の環境がフランス語と英語が並立するモントリオールの公立学校に通うASDの学童について、バイリンガル環境に問題があるかどうかを調べたのが今日紹介する、モントリオールのマクギル大学の論文で、12月号のAutism Researchに掲載された。タイトルは「Bilingual Children with Autism Spectrum Disorders: The Impact of Amount of Language Exposure on Vocabulary and Morphological Skills at School Age (バイリンガルなASDの子供:学童期での言語への暴露量が語彙や言語構築力に及ぼす影響)」だ。

確かにバイリンガル環境でのASDの子供達の言語学習について、普通の環境のASDと比べてみるというのは着想が面白い。ただ、残念ながらこの研究では、バイリンガルと、モノリンガルのASDを科学的に比べるという研究が行われたわけではない。モントリオールの公立学校というバイリンガルの環境に通う子どもについて、言語能力を決めている要因をASD児童と典型的児童で調べただけの研究だ。言い換えると「モントリオールの子どもについての調査を示すので、あとは自分で考えて」と言った、ちょっと突き放した論文になっている。

実際には30人余りの知能発達障害の見られないASDの子どもについて、言語能力の調査を詳しく行っている。その結果、2ヶ国語環境のモントリオールの学童に関して、第一言語(フランス語)のボキャブラリーを決めているのは、典型児もASD時も、言語に触れている時間が最も重要で、あとは年齢、IQ、そして作業記憶と続く。また、言語構築の能力については、作業記憶が最も重要だという結果だ。もちろん、ASD児では典型児と比べた時、同じボキャブラリーを獲得するためには、より長い時間言語に触れる必要性があり、学習に苦労はしている。しかし、時間をかければ、十分高い言語能力を獲得できる。ボキャブラリーに関していえば、医師により言語障害と診断されている場合でも、言語に触れれば触れただけ、ボキャブラリーは増えることが明らかにされている。

ところが、言語構築力については、言語障害と診断されている児童の場合、言語に触れる時間が長くてもあまり改善しないという結果になっている。構築力が記憶を一時保持する作業記憶を反映しているとすると、この結果はASDの言語障害を理解するカギになるかもしれない。ただ、言語障害の軽度なASDの場合、典型児と大きな差が認められないことも示されている。まだまだ研究しがいがありそうだ。

以上のことから、少なくとも社会性や人付き合いに問題があっても、言語障害が強くないASD児童では、典型児と比べて言語が身につくための条件にほとんど違いがないことから、言語学習のためにはまず言語に触れることが重要で、バイリンガル環境が言語学習を妨げることはないと結論している。そして、ASDでも十分バイリンガル能力を獲得できるので、バイリンガル環境を避ける理由は全くないとも結論している。

もちろんこの研究はまだまだ不完全で、最終的な結論は、やはりパリの児童とモントリオールの児童を同じ条件で比べるなどの調査が必要だと思う。とはいえ、個人的感想を述べると、ASDの児童は、人付き合いが苦手でも、決して言葉を嫌っているわけではないことはこの研究からも明らになったと思う。その意味で、ASDと診断されても言語に触れる時間を十分取ることが重要だと思う。しかし、このような個人的感想も本当は全て科学的に確かめられるべきで、聞き流しておいてほしい。その意味で、バイリンガル環境とASDを結びつけた着想には感心させられたし、今後も研究を進めてほしいと思う。

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