自閉症の科学52 ASD症状を改善させる全く新しい化合物の開発(2月14日 Nature Medicine オンライン掲載論文)
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自閉症の科学52 ASD症状を改善させる全く新しい化合物の開発(2月14日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年2月23日

現在まで、FDAにより認可された自閉症スペクトラムに対する薬剤は存在しない。ただ、様々な症状を抑えるために例えばrisperidoneやaripiprazoleなどが使われることもあるが、副作用も強く、未成年への投与は難しいことが多い。

これに対し、最近注目されているのが便移植による治療だ。ASD児の腸内細菌叢をマウスに移植すると、社会行動や反復行動異常が出現するという結果をよりどころにしており、期待できる結果も報告されている。

ただ便移植治療の問題は、薬剤と違って何を投与しているのかについての明確な指標が無く、結果は運任せになってしまう点だ。もし、便移植の効果のメカニズムがはっきりすれば、この過程に関わる分子を標的にすることで、より科学的治療方法が可能になると期待される。

このゴールを目指して多くの研究が進んでいるが、今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、ASDの腸内細菌叢が行動に及ぼす影響の分子メカニズムを明らかにし、それを標的にした治療法を開発し、ASDに対する治験研究にまでこぎつけた点で、トップランナーといっていいのではと思い、自閉症の科学52として取り上げることにした。

このグループが明らかにした、腸内細菌叢により不安神経行動が現れるメカニズムについては以前紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/19079)、次のようにまとめられる。

1)ASDでは4エチルフェノール(4EP)が腸内細菌叢により多く合成され、それが肝臓を通る間に硫化され4EPSへと変換され、血中4EPS濃度が上昇する。

2)4EPや4EPSはオリゴデンドロサイトの成熟を妨げ、神経のミエリン形成が抑制され、脳内の結合性が低下する。

3)この変化が特に不安神経症に強く表れる。不安神経症は、オリゴデンドロサイトの成熟を促進するclemastine fumarateにより改善する。

以上の結果は、1)オリゴデンドロサイトの成熟、及び2)腸内での4EPの合成、がASD治療の標的になり得ることを示している。

clemastine fumarateは抗ヒスタミン剤として使用されており、ASDに対する治療薬として治験研究へ進むためのハードルは低いが、米国の治験サイトを調べる限りまだ治験には至っていないようだ。トライする価値はあるように思える。

今日紹介したい論文では、もう一つの標的、腸内細菌により合成される4EPを腸内で吸着するために新しく開発された吸着剤を服用することで、不安神経行動や反復行動とともに、ASDの一般評価指標も改善することを示した、期待を抱かせる論文だ。

タイトルにあるように、この治験で使われたのは、食品から発生する毒物を吸着して安全性を守る目的で使われるsequestrant(金属キレート剤)AB-2004で、これを経口で服用することで腸内で発生する4EPを吸着し、便と一緒に排出しようという戦略だ。

まず4EPを合成する細菌叢により不安行動が誘導される系で、AB-2004が血中4EPSを低下させ、期待通り不安行動を抑えることを確認し、安全性とともに有効性を調べるI/II相臨床治験に進んでいる。

様々な指標でASDと確定された、平均12-17歳の男女30人ををリクルート、徐々に服用量を増やしながら、8週間AB-2004を服用させ、まず安全性、そしてASD臨床診断指標の改善や、不安神経行動の改善が見られるのかについて調べている。

結果は素晴らしい。まず、服用が原因と言える様々な副作用は確かに見られるが、いずれも軽度で、最終的に97.5%が計画通り治験を終えてることが出来ている。

次に、AB-2004を投与すると腸内で4EPを吸着して、体内への吸収をブロックでき、最終的に血中の4EPSを約1/3程度に抑えることが確認された。ただ、服用をやめると血中濃度は元に戻る。

次に、マウスで確認されている不安神経行動の改善、さらに刺激に対する過敏性について調べると、両方ともはっきりと改善が見られた。面白いことに、不安神経行動については、AB-2004の服用をやめても、低い状態が続いた。

加えて、社会反応指標(SRS)や異常行動チェックリスト(ABC)でも、著しいとは言えないが一定の改善が見られている。

さらに、機能的MRIを用いて領域間の結合性を調べると、扁桃体と前帯状皮質の結合性が上がっている。これは、4EPSによるオリゴデンドロサイトの成熟抑制と、それに続く神経結合性の低下が、一定程度防げていることを示し、期待できる結果だ。

以上、結果はおそらく期待以上にすばらしく、この結果に基づいて次の治験段階が既に進行しているように思える。勿論今回のデータだけから、無作為化し偽薬を使うた第三相の試験がうまくいく保証はない。しかし、メカニズムから治療まで、論理は一貫しており、また血中4EPSを抑えることは確認されているので、うまくいく可能性も十分期待できる。とすると、FDAが承認する最初のASD治療薬になる可能性は高い。

調べてみると、この治験を進める会社、Axial Therapeuticsには投資が集まっているようで、開発は順調に進んでいるのだろう。不安行動が消えるだけでもいいので、是非成功して欲しい。

自閉症の科学51 ASDでの介在神経の発生を再現する

2022年2月16日

自閉症の科学50で紹介したように、解剖学的にも組織学的にも、脳にほとんど変化が見られない自閉症スペクトラム(ASD)も、よく調べるとシナプス抑制機能を持つ介在ニューロンの数が減少しており、これが神経興奮が起こりやすい状態の原因で、例えば振幅の短い脳波(γ波)の上昇や、同時的な神経興奮(ひどい場合はてんかん)を起こしている可能性が指摘されている(https://aasj.jp/news/autism-science/18807)。

このことは、ASDの理解に、介在ニューロン発生過程の理解が欠かせないことを示しているが、興奮ニューロンと比べると介在ニューロンの発生についてはわからないことが多い。幸い、2月に入ってから介在ニューロンの発生に関わる優れた論文を論文ウォッチで3編も紹介した。そこで、これら3編の論文をもう少しわかりやすくして、まとめて説明することにした。また、このまとめについては明日(2月17日)4時から岡崎さんとYouTubeで詳しく解説する予定にしているので、是非聞いていただきたい(https://www.youtube.com/watch?v=a2s2uRRN0r8)。

わかりやすく説明すると言ったものの、どうしても専門論文の紹介なので、その内容を十分楽しむためには基礎知識が必要になる。まず最低限の知識として、興奮ニューロンと介在ニューロンの発生の差について図を使って確認しておこう。

ganglionic eminence(GE)と介在ニューロン

このつたない図は、発達中の脳を輪切りにしたものだ。図の上部は最も新しく進化してきた新皮質と呼ばれる部分に相当し、ここに存在する神経細胞(黒で描いている)がラディアルグリア細胞(RG)で、脳皮質を形成する主役だ。この細胞は増殖を続けて皮質神経を生産する幹細胞の働きがあり、皮質興奮ニューロンは全てRGに由来している。RGは皮質の脳室側から皮質側まで突起を伸ばしており、分化を始めた神経のレールの役割も果たし、皮質の神経層を形成する。

中間部の旧皮質に続いて、腹側に存在するのがganglion eminence(GE)で、脳室に飛び出しているのでeminence(突起)と名付けられ、外側(LGE)と内側(MGE)、およびこの図には示していない尾側(CGE)に分けられる。介在ニューロンはこのGEで増殖分化し脳全体へ移動して分布する。さらに、誕生後も一定期間介在ニューロンのリクルートが続くことが知られている。

実験動物では、これらの過程はよく研究されているのだが、人間の発生については様々な制限がありわかっていないことが多い。と言うのも、様々な細胞が混在する組織の中で未分化な介在ニューロンを特定することが困難なためだ。

この問題を、MGEで増殖する未熟介在ニューロンを特定する分子マーカーを用いて解決し、14週から39週までの人間の胎児脳内で介在ニューロンが増殖分化する様子を詳しく観察したのが1月28日にScienceに発表されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文だ。

このような研究が可能なのは、死亡した胎児脳組織の利用が許されているからで、LGEとMGEでは異なる介在ニューロンが造られていること、そしてMGEでは未熟な介在ニューロンの幹細胞が細胞塊を形成して細胞を作り続け、この塊を離れた細胞が分化を始めて脳内に移動する様子が克明に記述されている。

重要なのは、周りの組織の密接な指示に従って増殖・分化する興奮ニューロンと異なり、未熟介在ニューロンは細胞集塊形成が始まると独自に増殖環境が出来る点で、この塊から離れることで、自動的に細胞分化と移動が始まるシステムができあがっている。

このことは、未熟介在ニューロンを生きた幹細胞のマウス胎児脳へ移植する実験で、明確に示すことが出来る。ヒト胎児組織から未熟介在ニューロンを取り出し、胎児脳に移植すると、移植されたマウスが生まれてからも1年以上生き残り、生後90日目まではマウスの脳内で増殖し続けることが示されている。さらに、マウス脳内でも増殖細胞の塊から離れた細胞が分化し移動することも観察できる。

この発見は、ASDでの介在ニューロン機能を調べる将来の研究にとって重要だ。もしASDで介在ニューロンの発生に変化があるとすると、未熟な介在ニューロンさえ手に入れば、その変化を細胞レベルで研究できる可能性が生まれた。個体を分子レベルで研究するためには、細胞レベルの実験系が欠かせない。

この研究ではヒト細胞のマウス脳への移植が方法として用いられたが、試験管内オルガノイド培養(脳組織と似た立体培養)を用い、介在ニューロン発生をて再現することも可能だ。このことを示すのが、つぎに紹介するオーストリア科学アカデミー研究所からの論文だ。

最初の論文では、正常発生でも、未熟介在ニューロンはあたかもガンのように自律的に増殖していることが示された。これは発生過程と発ガン過程が紙一重であることを教えてくれる。2番目の論文は、mTOR と呼ばれる細胞内代謝の核になる分子の活性が上昇することで、介在ニューロンのもつ自律的増殖能力の抑制が効かなくなり、結節性硬化症として知られる多発する良性腫瘍が生まれることを示した重要な貢献だ。

結節性硬化症とは、mTORの機能を調節するTSC遺伝子が片方の染色体から失われることで、胎児や乳児の全身に様々な良性腫瘍が発生する遺伝病だ。脳内では上衣下巨細胞性星細胞腫(舌を噛みそうな専門用語なので気にしないで読み飛ばして)と呼ばれるグリア腫瘍とともに、皮質内に結節が発生する。患者さんは腫瘍だけでなく、ASD症状やてんかんを発症することが知られており、結節性硬化症でも介在ニューロンの発生異常が背景にあるのではと疑われていた。腫瘍形成については、TSC遺伝子の機能が失われることで腫瘍が発生する典型的ガン抑制遺伝子欠損による腫瘍で、TSCの発現が低下し、mTORが過剰に活性化することで、腫瘍が発生すると考えられている。

この研究の目的は、まず結節性硬化症でおこる皮質内結節(Cortical Tuber)を試験管内で再現することだ。この目的のために、著者らはTSC2遺伝子が半分欠損している2人の患者さん由来iPSを樹立。オルガノイド培養法を用いてiPSから脳組織を誘導し、患者さんと同じ皮質内結節が形成されるか調べている。このとき患者さんのiPS細胞の遺伝子変異を、クリスパー遺伝子改変技術を用いて正常化し、コントロールとして用いている。これにより、遺伝的に多様な人間とはいえ、一つの遺伝子だけに着目してその機能を調べることができる。

結果だが、培養開始後90日目まで、TSC2欠損の影響はほとんど見られないが、オルガノイドの成熟が徐々に進み110日目になると、TSC欠損グループでは結節性の増殖が高まることが明らかになった。さらに結節の細胞の性質を詳しく見てみると、ほぼ全てが先の論文で紹介した3つのGEのうち尾側GE(CGE)で増殖する未熟介在ニューロン(CLIP)に対応することが明らかになった。すなわち、介在ニューロンが皮質に移動しても増殖を続けることで皮質内結節が発生する。

正常の介在ニューロンが元々高い増殖力を有することはすでに見た。しかしこのように高い増殖力があっても皮質内結節は発生しない。なのに、mTORの活性を抑えるTSCの発現が半分になるだけで皮質内結節が100%起こってしまうのかについては次のように説明される。

未熟介在ニューロンでは増殖に必要な高いmTOR活性を維持するため、もともとTSCの発現が低く抑えられている。すなわち、腫瘍と紙一重の状況にある。そこに片方の染色体のTSCが欠損してしまうと、CLIPのmTOR発現はさらに高いレベルに変化し、腫瘍性結節が形成されることになるわけだ。

以上、これまで謎の多かった結節性硬化症の皮質内結節の由来が明らかにされ、これがCGE由来介在ニューロン発生過程異常として理解できるようになったことは、ASDの理解にも重要なヒントになる。

  • まず結節性硬化症の患者さんで、皮質内結節とともにてんかんやASDが高発することは、ASDが介在ニューロンの発生異常に起因することを示している。
  • 患者さんではmTORの活性がさらに高まった結果、脳内で作られる未熟介在ニューロンの数は増えていると思われるのに、生まれてきた患者さんでは、てんかんのように介在ニューロンの活性低下が起こっている。すなわち、いくら未熟介在ニューロンの数が増えても、正常分化が起こらないと介在神経欠乏になる。
  • TSC欠損の影響は他の介在ニューロンに見られてもいいのに、CGE由来介在ニューロンだけで異常が見られることは、介在ニューロンの発生過程が多様であることを示しており、ASDを理解する上でも、介在ニューロン分化の多様性を頭に置いておく必要がある。

ただ、試験管内の実験系がそのまま人間のASD発生過程を反映できるかはまだまだ分からない。これらを裏付けるかのような研究が、最後に紹介したいハーバード大学からの研究だ。

欠損すると巨頭症の様な脳の発生異常とともにASDを併発することが知られている3種類の遺伝子、SUV420H1、ARID1B、CHD8に着目し、これら遺伝子欠損に見られる共通の障害を脳のオルガノイド培養を用いて調べた研究で、2月10日Natureにオンライン掲載された。

この研究が注目した3種類の遺伝子は、遺伝子発現を調節するクロマチンの調節に関わる遺伝子で、TSCのように直接細胞増殖に関わる遺伝子ではない。しかし、欠損すると巨頭症などの発生障害とともにASDを発症する。すなわち、ASDを発症させる共通の発生異常が起こると考えられる。

研究の目的は、ASDにつながる共通の発生異常を再現し、メカニズムを解析することだ。このために、それぞれの遺伝子を、同じiPS細胞株で欠損させ、欠損細胞の脳オルガノイド培養を行い、そこで見られる異常を調べている。

人間の脳のオルガノイド培養と簡単に述べているが、この研究でもなんと6ヶ月以上、人間の胎児発生と同じぐらいの時間をかけた培養で、大変な努力だ。

詳細は省いて結論だけを述べると、

  • 3種類の遺伝子が関わる過程は異なってはいるが、最終的にはオルガノイドの中のGABA抑制性細胞の比率を増加させる点で共通している。
  • オルガノイド内の抑制性ニューロン増加を反映して、オルガノイド中の興奮神経の活動が抑制される。

この結果も、ASDに介在ニューロン発生異常が存在するという点では共通だが、少なくともオルガノイドの中では、介在ニューロン優性の現象、すなわちニューロンの興奮抑制が起こっているという点で、以前このHPで紹介した(https://aasj.jp/news/autism-science/18807)、ASD児の脳を典型児と比べると、抑制性ニューロンの数が低下しており、脳が過興奮の状態にあるとする結論と異なっている。

詳しくは調べていないが、SUV420H1変異の児童でもてんかんを発症することが知られており、時間がたつと抑制ニューロン優性から、欠乏へと変化する可能性はある。

また介在ニューロンの過剰、欠乏の両方で同じASDやてんかん症状が出ると考えることもできる。実際、MECP2遺伝子の欠損(Rett症候群)と過剰のMECP2重複症は、ともにASDとてんかんを示す。 このように、発生過程と、実際の患者さんでの脳までにはまだまだわからないことは多い。しかし抑制性介在ニューロンはASDの重要な標的細胞として確立したことは確かだ。

自閉症の科学50:感覚異常と抑制性介在神経細胞 (1月5日号Science Translational Medicine掲載論文)

2022年1月16日

(この記事は、1月9日論文ウォッチで紹介したものに加筆してよりわかりやすくし、自閉症の科学50として再掲したものです。)

典型人と比べたとき、自閉症スペクトラム(ASD)では脳ネットワークに何か共通のの違いがあることは疑う人はいない(共通の違いという点が重要!個別に見れば脳ネットワークは一人一人違っている)。

ASDはスペクトラムと称されているように、多様性が高く、神経多様性概念が拡がるきっかけになった。また、遺伝要因や個人の変異を調べるゲノム研究でも多様性が明らかで、多くの頻度の高い遺伝子多型とともに、希な変異も発症に関わる、多様な状態であることもわかっている。

このような多様性にもかかわらず、ASDには、社会性、言語能力、行動などで共通の症状が存在している。すなわち、このような症状の元になる脳回路の変化が存在する。にもかかわらず、現在まで「これが典型児との違いです」と病理学的に明確な変化が示されたことは全くない。

ただ最近になって、典型児と比べたときASDではGABA作動性の抑制性介在神経の数や活性に違いがあるのではと言う証拠が示されるようになってきた。

注1) GABA作動性抑制性介在神経は、短い範囲をカバー(神経軸索の長さが短い)するニューロンで、GABAを神経伝達因子として用いて、シナプス興奮を抑える役割を持つ。これにより、神経興奮と抑制のバランスが維持される。発現している分子(パルブアルブミンとソマトスタチン)の差で2種類に分けられる。

幸い最近、ASDと介在神経についてまとめた総説がシカゴのノースウェスタン大学から発表されたの図1)。まずこれにもとづいて、ASDの介在神経異常についてまとめ、その後で新しい論文を紹介してみよう。

  1. ASD死後解剖例の解析から、解剖学的にはほとんど異常は認められないが、パルボアルブミン(PV)陽性介在神経の低下が見られる。
  2. ASD様の症状を発症する遺伝子欠損マウスモデルでも、介在神経数の低下が見られる。
  3. 遺伝子多型解析でASDとの相関が認められる多くの遺伝子が、介在神経とその発生途上で発現が見られる。
  4. MECP2遺伝子欠損によって起こるRett症候群などでは、介在神経機能低下による、脳領域の過興奮(時にてんかん)や、同期的興奮が見られる。
  5. 介在神経が強く関与する振幅の短いγ波がASDでは上昇し、感覚異常やコミュニケーション異常に関わっている。

以上がまとめで、ASDに見られる感覚異常とGABA作動性介在ニューロンがつながってきたことは、薬理学的治療の可能性まで視野に入る重要な進歩だと期待されている。

このHPでも、脳内には到達しないGABAシナプス刺激剤を投与すると、モデルASDマウスの感覚異常が改善され、ASD様症状が抑えられることを明らかにした論文(https://aasj.jp/news/autism-science/11245)や、細菌叢がASDの症状に関わるのもGABA作動性の抑制神経の活動が低下しているためである可能性を示す論文を紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/10310)。

今日紹介する英国キングズカレッジからの論文は(図2)、ASDのGABA 作動性抑制神経と、感覚異常に注目し、治療可能性まで示した重要な研究で、1月5日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「GABA B receptor modulation of viual sensory processing in adults with and without autism spectrum disorder(ASDおよび正常成人の視覚処理はGABA B受容体により変化させられる)」で、「自閉症の科学50」として紹介する。

この研究を紹介する前に、Spatial Suppressionと、プロトンMRSと呼ばれる脳内分子測定法について少し解説する必要がある。

注2)Spatial suppression:図3に示すように、コントラストの差や、背景と対象物のパターンの類似性などにより、対象物の見え方が異なる。このように、背景や対象物を変化させて、同じ対象物でも見づらくなることを、spatial suppressionと呼んでいる。不思議なことに、ASD児ではspatial suppressionにあまり影響されないことが知られている。

注3)プロトンMRS:正直、原理については私も理解できていないが、特定の場所に含まれる分子を、組織を傷害すること無く核磁気共鳴を用いて測定する方法で、代謝や神経伝達物質の測定に用いられる。この研究では視覚野でのGABAの量を測定している

例えば対象物のコントラストを下げたり、逆に背景のコントラストを落としたりしてspatial suppressionにより視覚認識を邪魔すると、典型人の認識力はsuppressionが高いほど当然低下する。ところが、ASDの人では、このような低下があまり認められないことが知られていた。

この研究の目的は、ASDでspatial suppressionが低下することを確認することと、GABA作動性ニューロンの活動低下が相関しているか調べることだ。このため、実験では典型人、ASDを3群に分け、1群は何もしない、2群は少ない量のGABAシナプス刺激剤、そして3群に高量の刺激剤を服用してもらい、spatial suppressionテストを行ったときの脳波を記録、視覚認識が低下するかどうかを調べている。

この実験により、

1)典型人でspatial suppressionによる視覚認識低下がGABA刺激で改善するのか、

2) ASDで予想されるspatial suppressionの感受性低下がGABA刺激で改善するのか、

について答えることができると期待される。

結果だが期待通りで、GABA刺激剤を投与していない場合、典型人ではspatial suppression が高めると、視覚野での脳波の変化をキャッチできるが、ASDではこの変化が見られない。すなわち、ASDの視覚認識は、spatial suppressionに影響されない。

ところが、高い濃度のGABAを刺激する薬剤を投与したグループでは、この反応パターンが逆転し、ASDではspatial suppressionに強く影響を受けるようになるのに、典型人ではspatial suppressionの影響が消える。

解釈は難しいが、この結果はGABA刺激の量が、spatial suppression の程度を調節していることをはっきりと示している。すなわち、ASDでも典型人と同じレベルにGABA刺激を高めてやると、視覚の認識異常が正常化することがわかる。

典型人で同じ量のGABA刺激剤を服用すると、spatial suppressionが見られなくなるのは、おそらく刺激が過剰になると回路がうまく働かないことを示しているのだろう。すなわち、介在ニューロンの一定レベルの活動が、spatial suppressionには重要で、GABA量が低くても、高くてもうまく働かないが、ASDではこのレベルが低いと結論できる。

このようにGABAの量によりspatial suppressionが調節されていることを確認した後、プロトンMRS技術を用いて、spatial suppression課題を行っているときの、視覚野でのGABA濃度を測定している。結果は完全に期待通りで、spatial suppressionによる脳波の変化と、GABA濃度の間には強い相関が見られる。そして、ASDでは、GABA濃度の上昇が見られない。

以上の結果から、ASDの視覚感覚異常には、GABA抑制性神経の活動の低下が深く関わることが証明されたと思う。以前紹介したように、マウスモデルでは体性感覚野異常にGABA作動精神系が関割ることが示されており((https://aasj.jp/news/autism-science/11245)、おそらくほとんどの感覚で抑制性介在神経異常がASDで見られると考えて言いように思える。

脳内のGABAレベルを上げることが可能かどうか私には判断できないが、 細菌叢への介入を通して、GABA作動性の抑制神経の活動を正常化する可能性を示す論文も存在している(https://aasj.jp/news/watch/10310)。その意味で、GABAを標的にした様々な治療法開発も視野に入ってきたのではと期待している。

正月早々、面白い論文を2編も紹介でき、満足している。

 自閉症の科学49:自閉症幼児はお母さん言葉への反応が低下している(1月3日 Nature Human Behaviour オンライン掲載論文)

2022年1月14日

(この文章は、1月8日論文ウォッチで紹介したものを、解説を加えて自閉症の科学として再掲載した文章です。)

久しぶりに自閉症の科学として紹介したいと思った二編の論文を、新年早々見つけることができた。すでに論文ウォッチとして1月8、9日連続して紹介したが、おそらく理解しづらい点も多いと思うので、自閉症の科学として、できるだけわかりやすく書き直すことにした。

最初の論文は、Mothereseと呼ばれる、お母さんが幼児に話しかける時に使う心のこもった呼びかけに対する、自閉症スペクトラム(ASD)幼児の反応を脳科学的、行動学的に調べた、カリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文だ。1月3日Nature Human Behaviourにオンライン掲載され、タイトルは「Neural responses to affective speechi, including motherese, map onto clinical and social eye tracking profiles in toddlers with ASD(Mothereseを含む気持ちのこもった言葉に対する神経反応は、自閉症幼児のアイトラッキングによる臨床的、社会的反応と対応している)」だ。

  • 最近のASDに関する論文では、神経多様性の観点から、ASDと正常グループと分けることはせず、典型グループとASDグループと分けるようになっている。ここでもこの表現を踏襲する。

注)まずタイトルにあるmothereseから説明しよう。Mothereseはあらゆる文化で見ることができる、幼児に話しかける時、自然に使ってしまう、ゆっくりしたテンポで、抑揚のついた、うわずった声の独特の話し方のことを指す。そう聞けば誰でもどんな話し方か思い当たるのではないだろうか。これは幼児への話しかけに使われるのだが、大人が聞いても、ほっとするし、実際脳の反応も異なることが報告されている。

もし感情と言葉が合体したMothereseの脳への影響が普通の言葉と違うとすると、他人とのコミュニケーションが苦手な自閉症スペクトラム(ASD)の子供では、Mothereseに対する反応も、典型児とは異なっている可能性がある。この可能性を、脳の機能的MRI(fMRI)と、視線を追いかけるアイトラッカーを用いた行動記録から調べたのがこの研究だ。

注)fMRIは、活動している脳領域の血流が上昇することを利用して、脳の活動を調べる方法。言葉の場合、読んだり聞いたりしているとき、あるいは言葉を使って書いたり話したりしているとき、いずれも、脳のどこが活動しているかがわかる。測定時に頭を固定する必要があるため、じっとできる大人では起きているときに測定することができるが、それが難しい幼児では通常睡眠時に測定する。睡眠中でも、音を聞くと脳は反応し、fMRIで記録することができる。

この研究ではまず、

  1. 比較的淡々とした文章、
  2. 少し心を込めた文章、
  3. Motherese文、

を女性に読んでもらったテープを作成し、これらを聞かせたときの印象や脳の反応を調べている。

それぞれの語り方を成人に聞かせると、成人もMothereseを聞いたときに最も気持ちがこもった印象を持つことを確かめている。すなわち、それぞれの語り方にこもった感情の違いを感じることが出来る。

ところが、3種類の語り方を聞かせたときの典型成人と幼児の脳(言語に関わる領域)の反応をfMRIで調べると、それぞれの語りかけに対する言語領域の反応はほとんど変わらない。ちょっと不思議な気がするが、感情と言語とを別々に処理していると解釈できる。

ところが、2歳前後の典型児およびASD児の睡眠中に同じテープを聴かせ、典型児とASD児の言語領域の反応の違いを調べてみると、ASDの幼児では全ての語り方に対する言語野の反応が低下している。

以上の結果は、感情がこもったMonthereseですら、言葉に対してASDの子供の言語領域がうまく反応してくれないことを示しており、ASDの幼児には感情を込めて話しかければいいという単純な話が通らないことを示している。睡眠中の実験であることを考えると、生まれついて語りかけられる言葉に対する反応に問題がある可能性が高い。

とは言え、典型児ですら言語領域の反応はばらついている。そこで、個々の児童の言語領域の反応と、Vinelandと呼ばれるコミュニケーションや、社会性を評価する指標の相関を調べてみると、典型児でも、個々人のレベルでは特に左側の言語領域の反応が、個人の社会性や言語能力と相関していることがわかった。

そこで、ASD児でも、それぞれの話しかけに対する行動学的な差がないかを調べるため、テープが聞こえる方向に視線を向け、固定するかどうかについてアイトラッカー(視線の変化を記録できる装置)を使って調べると、典型児ではMothereseの方により強い関心を示すのに、驚くことにASD児では、他の語り方に比べてMonthereseに対する反応がさらに低下していることがわかった。すなわち感情がこもっている言葉と他の言葉を区別できているのに、感情がこもっている方を嫌っている印象がある。

このように、個々人の行動を調べていくと、期待したように典型児ではMothereseに対する関心が高いことがわかったので、Mothereseに関心を示す程度を指標化して、fMRIの反応の違いと相関させてみると、これまでのテストでは感情と相関しないように見えた言語領域、特に左側の反応が、典型児でも相関を示すことが分かった。ところが、このような相関はASD児では全く認められない。

以上の結果から、平均値で比べると感情と言語に対する反応が相関しないように見える典型児でも、個々人を比較すると、ある程度の相関が見られることがわかる。しかし、ASDではMothereseを嫌っているように見えるが、それが脳の言語に対する反応とはっきり相関しない。

そこで最後に、fMRIでの脳の反応、言語能力や社会性について調べた指標、アイトラッカーによるMothereseへの関心、など様々な要因を統合できるSNF-Louvainアルゴリズムを用いて個々人を分類すると、典型児からASD児までを4群に分けることが出来、それぞれの群は、この研究で調べた様々な指標をうまく反映できていることを明らかにしている。

結果は以上で、正直私にとっても理解しづらい論文だという印象が強かった。ましてや、一般の方がそれぞれの結果をすっと飲み込むのはさらに難しいはずだ。しかし、読み終わってからじっと考えてみるといくつか重要なポイントが浮かんでくる。

  1. まず、問題はあるにせよ2歳時点で、典型児とASDをかなり正確に分離する方法が見つかったこと。将来医学的な介入を考えるとすると、早ければ早いほど介入が成功する可能性は高い。
  2. 典型児では、Mothereseのように感情がこもった言葉でも、言語領域の反応は、感情が抑えられた言葉に対する反応と変わりが無い。すなわち、言語野の反応は感情とは無関係に反応する。 
  3. アイトラッカーを用いた関心の高さを指標にすると、典型児は言葉にこめられた感情を感知することが出来る。これがあらゆる文化でMothereseが存在する基盤になっている。
  4. しかし、この感情が言語にかぶさって来ることを、ASD児は嫌っている。従って、単純に愛情を持って話せばASD児とコミュニケーションを図れると考える根拠はない。
  5. 眠っているときに言葉に対する反応がASD児で低下していることは、ASD児の脳が生まれたときから持っている、典型児との違いであることを示している。

かなりわかりにくい論文だが、ASD児、特に幼児の理解という点では様々なヒントが得られるような気がする。

次回は、ASDと抑制性神経細胞について考える。

6月4日 自閉症のゲノム研究4:縦列反復の役割が注目され始めた (自閉症の科学48)

2021年6月4日

自閉症のゲノム研究最終回は、自閉症との関連で最近注目が集まっているTandem Repeat(TR: 縦列反復)の話を取りあげる。専門家でなければ、TRと聞いてもピンとこないのが普通だ。 しかし、TRによって起こる病気、特にCAGといった3塩基の繰り返し数が増大して起こるいくつかの病気の名前については耳にしたことがあるのではないだろうか。最も有名なのはハンチントン病(以前はハンチントン舞踏病とも呼ばれていた)で、おそらく耳にしたことのある人は多いと思う。他にも、このHPで何度か紹介している、自閉症症状を伴うFragile X症候群も、TRが病気の原因になっている。

ハンチントン病の場合、ハンチンティンと呼ばれる分子をコードする遺伝子の中にあるCAG(グルタミンのコード)が繰り返すTRのCAGリピートの数が上昇し、グルタミンがつながったポリグルタミンが細胞内に発現して神経毒性を発揮することで、神経細胞が変性することが知られている。一方、Fragile XはCGGが繰り返すTRのリピート数が増大することで、その領域がメチル化され遺伝子がオフになってしまい病気が起こる。(https://aasj.jp/news/watch/8091)

他にも様々なタイプのTRが存在し、メカニズムは異なるが、細胞や組織の機能を障害し、知られているだけでも50種類以上の病気に関わることが明らかになっている。ただ、Fragile Xを除くと、これまでTRと自閉症との明確な関わりが疑われたことはなかった。

しかし、TRは発生過程でリピートが増減することで、これまで議論してきたde novoの変異に相当する変異を誘発できる。しかも完全なde novoの変異と異なり、リピート数が増減する結果として病気が起こる場合でも、その基盤になるTR自体は親から受け継ぐことから、兄弟姉妹で発症がみられ遺伝性があるように見えても、両親は正常といった、遺伝性の特定が難しかった変異を説明することができる。

そして何よりも、Fragile XのようにTRがエピジェネティックな過程を介して病気を発症させる場合、あらかじめリスクのあるTRを特定して、リピート数の変化やエピジェネティックな変化を抑制し、病気を抑えることも将来可能になると考えられる。(エピジェネティックについての説明はFragile X 記事を参照してください:https://aasj.jp/news/watch/8091

このように自閉症に関わるTRを特定する重要性ははっきりしていたが、実は私たちのゲノムの半分はこのような繰り返し配列から構成されているため、病気と関係すると推定できるTRを発見することは簡単ではなかった。

この困難にチャレンジして、自閉症に関わるTRが存在するかもしれない可能性を示したのが、昨年10月、および今年1月に、それぞれカナダのトロント大学、およびカリフォルニア大学サンディエゴ校から発表された論文だ。

これらの研究が可能になったのは、多くの自閉症のゲノム解析が進んだこと、そして自閉症と相関があることをはっきりと指摘できるTRを発見する情報処理法が開発されたことによるが、詳細は省く(事実、論文の大半は方法の妥当性についてのデータで占められており、私のような素人では判断できない困難が想像できる)。

結論は両方の論文とも同じなので、カリフォルニア大学の論文についてのみ紹介するが、

1)25種類の遺伝子に自閉症児のみにみられるTRを特定することができた。

2)25種類のうちの半分の遺伝子では、自閉症との関わりがあるde novoの突然変異が既に特定されている。すなわち、TRは確かに自閉症に関わるde novoの変異と同じ作用を持つ。

3)TRはこれまで遺伝性が明確でなかったASDの1.6%の原因と考えられる。

4)これらはすべて頻度の低い、いわゆるレア変異に相当する。

ある程度知識がないと、なかなか理解しづらい話だと思うが、ASDゲノムを調べるための新しい方法が加えられたと考えて欲しい。今後それぞれのTRについて、ゲノム研究2で紹介したような、機能を調べる研究が必要で、ぜひその上で、予防や治療手段の開発が可能になればと期待している。

以上、4回にわたって最近急速に進み始めたASDのゲノム研究を紹介した。生殖細胞の形成過程、あるいは発生過程でまれに起こるde novoの変異を知ることが、ASD発症メカニズムを理解するために欠かせないこと、そのため多くのASDの人が参加する、大規模ゲノム研究が着々と進んでいることを理解してもらえれば、この記事を書く目的は十分果たせたと思う。

5月28日 自閉症のゲノム研究3:発生過程での体細胞遺伝子変異を調べる(自閉症の科学47)

2021年5月28日

今回から少し難しい内容になりますがご容赦ください。

これまで、1)自閉症スペクトラム(ASD)特異的に見られる102個の遺伝子突然変異を特定した論文(https://aasj.jp/news/autism-science/15576)、そして、2)このリストの中の遺伝子変異が脳発生に関わっていることを、カエルやヒトiPSを用いて示した研究(https://aasj.jp/news/autism-science/15595)をとりあげて、最新のゲノム研究がASDにどう迫っているかを紹介してきた。

この2編の論文で研究された遺伝子の多くは、de novo変異と呼ばれ、親から伝わった遺伝子変異ではなく、多くは親の精子や卵子の発生過程、場合により本人自身の初期の発生過程で起こってきた変異で、これが脳ネットワーク形成に影響を及ぼし、ASD発症の決定的後押しをしていると考えられるようになってきた(図1)

図からわかるように、このようなde novoの変異を特定するためには、ASD本人で見られた遺伝子変異が、親兄弟には存在しないという消去法を用いざるを得ない。逆に、de novoの変異が本当に発生していることを示そうと思うと、1)精子や卵子の発生過程、2)受精卵からの個体発生の過程に焦点を当て、ASDに関わるレア変異が起こっていることを示す必要がある。

ところが、例えば精子形成過程でASDに関わる変異が起こることは理論的には予想できても、実際に起こっていることをDNA解析で示すのは簡単ではない。というのも、もともとDNA解析には読み間違いが伴うため、何度も読み直してコンセンサスを取ることで、正しい配列を決めるように設計されている。例えば変異が1%の確率で見られるとしても、それを遺伝子解析時の読み間違いとして見落とす可能性があった。

幸いシークエンサーの精度が上がったおかげで、例えば200回繰り返し読んだ時、2%以上の頻度で現れる変異の場合は、読み間違えではないと認定できるようになってきた。これを利用して、ASD児の父親から提供を受けた精子ゲノムを解析し、父親の精子形成で発生した結果、子供に伝達されたde novoの変異を探したのが、最初に紹介する論文だ。

この研究では、ASD児を持つ8家族について、ASD児にのみ見られるde novo変異を912種類特定し、この変異をお父さんの血液や、精子で見つけることができるかを調べている。

もし変異がお父さんの発生途上で生じた場合は、精子だけでなく血液細胞にも見られる。一方精子だけに認められる場合は、精子の元の細胞が他の細胞から分かれた発生後期に変異がおこったと考えられる。一方、精子を作る元の細胞から精子細胞ができる場合にも変異は起こるが、これは頻度が低く、200回繰り返してゲノム配列を読んだ程度では見つけることは難しい。

事実特定されたde novoの912変異のうち、父親由来の染色体上の変異はほぼ半分の501個で、そのうち20種類が父親の精子あるいは血液で発見されている。すなわち、大半のde novoの変異では発生時期を特定できないが、少なくとも4%では、確かに父親の精子形成過程でde novoの変異が発生したことが確認されたことになる。さらにASD児に見られるのと同じ変異が、今回の調べた精子にも存在していることは、この変異が精巣内の精子を作る幹細胞に存在し、持続的に変異精子を作り続けていることを示している(このような状況を変異と正常のモザイク状態と呼んでいる)。

このような変異の多くは、ASD発症に重大な影響を及ぼす変異であることも確認しており、これまで2回にわたって述べてきたように、ASDの発症にde novo変異が大きな役割を負っていることが確認された。このように発生過程で起こった変異は、父親の精子として常に作り続けられるが、幸いほとんどはその頻度は低く、繰り返し子供に伝達されるリスクは低い。しかし今回特定された20変異のうち2変異は、それぞれ14.7%および8.9%という高い頻度のモザイクになっており、これほど高い頻度で存在すると、一定の確率で子供に伝達されることが予想される。

このような場合、同じ変異は精子だけでなく、血液でも見られることから、父親の発生初期過程で起こった変異で、多くの組織に同じ変異を持つ細胞が分布していることが予想できる。

これ以上詳しくは説明しないが、de novoの変異の一部は、親の生殖細胞発生過程のどこかで生じたもので、発生初期に発生した変異ほど、複数の子供に伝達される危険が高いことがわかる。以上の結果から、ASD児のde novoの変異を特定し、同じ変異が父親の精子(母親では同じ検査はできない)で見られる頻度を確かめることで、変異が子供に繰り返し伝達されるリスクがわかることを示唆している。

以上は通常の遺伝形式でなくても、de novoの変異が父親の発生過程で起こり、組織内で変異細胞のモザイク状態が形成されると、de novoの変異として子供に伝達されることを示している。もちろん父親だけでなく、母親の卵子形成過程でも同じことが起こっていい。

これに対し、父親の精子にも、母親の卵子にも、問題になるde novoの変異がなくとも、子供の初期発生過程でde novoの変異が起こり、それが脳細胞で発現して、ASD発症に寄与する可能性も存在する。

この可能性を調べたのがボストン小児病院からの論文だ。

ASDは高次脳機能に関わる状態なので、この研究ではASDと診断され、何らかの理由で亡くなった方59人の脳組織について、全ゲノムを250回繰り返し読むことで、子供の発生過程で起こったde novoの変異が、脳で働いてASDの原因になる可能性を調べている。この精度で遺伝子配列を読んだ場合、受精卵が5-6回分裂して32-64細胞に達するまでに起こった変異であれば、de novoの変異として検出できる。

ASD、正常を問わず一定の確率(一回の細胞分裂あたり2−3変異)でde novoの変異は生じる。変異をさらに詳しく調べると、正常人でも50%で、機能が障害される変異を持つ細胞が2%以上の確率で存在することもわかる。すなわち、正常の脳など存在しないことがわかる。

しかし、変異の性質を調べていくと、ASDの脳では、脳機能に関わる遺伝子の発現に関わる遺伝子の変異の頻度が多いことも明らかになった。すなわち、脳の発生過程でたまたまこのような変異が起こってしまうと、ASDのリスクが高まることを示している。結果、ASDの人を調べると、症状につながる変異の頻度が高まっていることになる。

以上が結果で、前回2回に分けて紹介したde novoの変異が、どのように発生するのかが分かってもらえたのではないだろうか。DNAシークエンサーの進展により、これまでほとんど不可能だったレベルのASDゲノム研究が可能になっているのをみると感慨が深い。

次回は、変異の中でも、特に最近注目されてきたTandem Repeat(縦列反復)のリスクについての論文を紹介する。

5月6日 自閉症のゲノム研究2:自閉症と相関するレア変異の機能を調べる(自閉症の科学46)

2021年5月6日

数万人規模で自閉症スペクトラム(ASD)とその家族のエクソーム(翻訳されて機能的タンパク質をコードする遺伝子部分)を比べた研究により、家族には存在せずASDの人だけに発見され、おそらくASD発症を強く後押ししていると推察される遺伝子変異が102種類発見されたことを、前回紹介した(https://aasj.jp/news/autism-science/15576)。

1)家族には見られず、ASDの人にだけ発見されること、2)そのほとんどが脳組織で発現していることから、 ASD発症に関わる可能性はかなり高いと言えるが、残念ながら状況証拠を超えない。刑事ドラマに例えると、一つ一つの分子について、しっかりと「裏を取って証拠固めをしないと、起訴には持ち込めない」段階だ。では、どのように証拠固めをすればいいのか。今日から、2回に分けて、そんな証拠固めのしかたについて紹介していくことにする。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、まさに前回紹介した研究に啓発され、見つかった遺伝子の機能を特定しようとした研究で、現時点で可能な証拠固め実験の典型とも言える論文だ。

説明の前に、ある遺伝子がASD発症に関わることを示すためにはどうすればいいのか考えてみよう。

ゲノム研究から、同じ遺伝子の変異が、1)複数のASD患者さんで発見され、2)患者さん以外には発見されないとすると(すなわち前回紹介した論文)、この遺伝子がASD発症に関わると決めるための強い証拠と言っていい。ただこれだけでは、どのような過程を経てその変異がASD発症につながるのかを理解したことにはならない。このためには、それぞれの分子の機能を細胞レベル、組織レベルで調べる必要がある。

すなわち遺伝子変異からASD発症までには、遺伝子情報から変異タンパク質への翻訳、変異分子により生じる細胞変化、細胞レベルの変異による脳のネットワークの変化、そして最終的に行動変容と続く複雑な過程があり、この理解が必要になる。

幸い現在では、ASD患者さんで発見されたのと同じ遺伝子変異を導入した実験動物を作成することは可能で、モデル動物レベルではあるが、この過程を詳しく調べる方法は確立している。時間はかかっても、発見された102種類の遺伝子変異を、細胞レベル、脳組織レベル、そして行動レベルと調べていけば、時間はかかるが102通り(おそらく同じ経路に異なる分子が関わっているので、実際にはもっと少ない)のASD発症への道を理解し、うまくいけば治療法の開発まで進める可能性はある。

しかし、せっかちはどこにでもいるものだ。特に研究者には多い。一つずつ総当たりなどと悠長なことを言わず、102種類の中から優先順位をつけて研究スピードを上げられないか調べたのが今日紹介する研究者たちだ。

まず彼らの基準で選んだASDとの相関確率の高い遺伝子トップ10種類選んで(前回紹介した論文のリストには、このうち7種類がトップ10に入っている)、スピード重視でこれら遺伝子の機能を同時並行的に調べる可能性を探っている。

そこで登場したのがアフリカツメガエルだ。最近この動物を用いた発生研究は下火になっているが、一時は発生学=カエルの研究と言っていいほど重要なモデル動物だった。なぜカエルを持ち出してきたかと言うと、複雑だったアフリカツメガエルのゲノム解読が終わり、さらに昨年ノーベル賞に輝いたクリスパー技術を使うことで、この動物でも遺伝子操作が可能になったことが大きい。

実際には、受精卵が一回分割したところで、片方だけの遺伝子をノックアウトしている。カエルの場合、最初の分割でできた細胞は、左右の体に別れて発生するので、同じ個体で、遺伝子を変異させた側と、正常側を比べて、脳発生での遺伝子の機能を知ることができる。

クリスパー技術のおかげで、ガイドと呼ばれる標的遺伝子に対応するRNAを必要数用意しておけば、一度に10種類の遺伝子ノックアウトの効果を流れ作業で調べることができる。しかも、アフリカツメガエルの脳が発生するまでの時間は5日もあれば十分だ。

結果は驚くべきものだった。10種類の遺伝子全てで、機能欠損させた方の脳の大きさが変化する。遺伝子により大きくなる場合もあるし、逆に小さくなるケースもある。すなわち、遺伝子ごとに作用は異なるが、いずれも脳の初期発生に関わっていることがわかる。もう少し細胞レベルで詳しく調べると、全ての遺伝子で、未分化な増殖細胞の比率が、成熟した神経細胞と比べて上昇していることがわかった。すなわち、未熟細胞の増殖が続いて、神経細胞の成熟が遅れていることがわかる。

調べた10種類の遺伝子でほぼ同じ結果が得られたとは、大変わかりやすい結果だ。しかしカエルで脳発生の異常を誘導できたからと言って、同じことがそのままヒトでも言えるとは限らない。

ここで登場するのが、山中さんたちが開発したiPSだ。カエルと比べるとちょっと時間はかかるが、ヒトiPSで遺伝子機能を欠損させた後、神経細胞まで試験管内で分化させ、様々なことを調べることができる。

10種類の遺伝子全ては調べるのは大変なので、とりあえず5種類の遺伝子の機能を欠損させたiPSから神経細胞を誘導してみると、カエルと同じで増殖する未分化細胞が増え、成熟した細胞が減っていることがわかった。

以上のことから、人間でもASD患者さんだけに見られるde novoの変異があると、未分化細胞の増殖が高まり、成熟細胞が減っているのではと推察できる。

実を言うと、この結果はある程度予想されていた。例えば以前紹介したように、一部のASD患者さんでは脳体積の増加が見られることが知られている(https://aasj.jp/news/watch/6509)。さらに、遺伝子変異は特定できていないASD患者さんのiPSから神経細胞を誘導すると、たしかに未分化細胞の増殖が長く続いて、神経細胞成熟が遅れることも報告されている(https://aasj.jp/news/watch/3774)。

詳しくは述べないが、今回明らかにした10種類の遺伝子の脳での発現や機能を基盤にして、前回紹介した102種類の遺伝子の相互関係をコンピュータで調べると、なんと98種類の分子を一つのネットワークにまとめることができること、そしてその多くが未分化な神経細胞が存在するsub-ventricular zoneでネットワークを作っていることも明らかにしている。

以上、完全に理解していただけたか少し不安だが、ゲノム研究で発見されたASDに強く関わる遺伝子が、神経発生時期に、細胞の増殖と分化に関わっており、この遺伝子の変異で、少し未分化細胞が増えすぎて、成熟が抑えられると結論できる。もちろん、同じような解析を続ければ、ASDで変化が起こる他の過程もわかるだろう。

以上の結果で十分面白いと思うが、この論文の著者らはさらにせっかちで意欲的だ。解析した中からDYRK1A遺伝子を選び、この遺伝子が欠損したカエルの脳発生異常を治療できる薬剤をスクリーニングしている。その結果、なんと女性ホルモン(エストロジェン)が、神経細胞の増殖に必要なシグナル分子shhを抑えて、脳の異常を正常化することまで示し、胎児期のエストロジェンで発生異常の一部を直せるかもしれないと結論している。カエルでもうまく使うと、ASD治療のヒントが得られると言うわけだ。

ゲノム研究での発見をできるだけ早く治療開発にまで結びつけたいと言う気持ちが伝わる力作だが、読者の皆さんにとっても、研究の流れを理解する格好の例になったのではと期待する。

次回は、ASD患者さんだけで発生するde novoの変異を、人間でどう研究すしたらいいのかについての論文を紹介する。

自閉症のゲノム研究1:ASDの人にだけ見られる変異(de novo変異)を探す(自閉症の科学45 )

2021年5月4日

自閉症の科学再開の手始めは、マスク着用についての論文で、一般の人にも理解しやすいテーマだった(https://aasj.jp/news/autism-science/15523)。

これに対し、今日から何回かに分けて紹介したいと思っている領域は、自閉症スペクトラム(ASD)のゲノムについての研究領域で、おそらく、日々ASDと向き合っておられる臨床の先生方でも理解しづらい領域だと思う。それでもこの分野は最近急速な進展を見せており、ASD理解には避けては通れない。そこで、この分野の進展をできるだけわかりやすく紹介して、この進歩を感じ取って欲しいと思っているが、はっきりいって自信はない。わかりにくい点があれば、遠慮なくメールで質問して欲しい。

さて、今回のコロナ禍が始まったばかりの頃、「自閉症とゲノム」と言う講義を配信した(https://www.youtube.com/watch?v=wVrq5COGwcY&t=427s)。今回はこの時紹介した論文から始めようと思っているが、このYouTubeを見ていただいた北山さんから、「自閉症は遺伝子の多様性とごまかしてみても、変異体なのですね」という、胸にグサッとくるコメントをもらった。

考えてみると、ゲノムにしても遺伝にしても、生物の違いを追求する学問で、いくら差別的な言い回しを避けようとしても、この領域では区別や差別を避けて通れない。かわりに、ASDを遺伝的に区別する研究の意義をよく説明していく以外方法はない。

ASD に限らず、今の医学で、病気に関わる遺伝子の変化を発見することの意味は大きい。例えばガンを考えて見よう。普通、身体の細胞はむやみやたらと増えないように制御されている。ガンではこの制御が効かない点で、普通の細胞と区別されるが、この増殖性の区別を遺伝子の突然変異という区別にまで遡ることができる。このおかげで、今度は変異した分子を抑える薬物を使ってガンだけを区別して殺すことができる。すなわち、区別することで初めて、治療が可能になる。

ガンと比べると、ASDは、脳の神経ネットワーク形成というまだまだ科学及ばない領域の多い超複雑な過程の結果として現れる変化だ。だからこそ、確実な区別、すなわち遺伝学的な違いを求め、それを手がかりに複雑な過程を攻めることが重要になる。また、ASD発症に関わる具体的遺伝子が少しづつわかってくると、ASDの違いが脳発生の早い時期から見られることがわかってきた(これについてはこのシリーズで紹介していく)。

さて、ここまでASDのゲノムや遺伝子といった言葉を使ってきたが、少し説明が必要だ。一般的には遺伝子やゲノムと聞くと、親から子へと伝わる遺伝情報を思い浮かべるのが普通だが、ASDの発症に関わる遺伝子というとき、必ずしも親から子供へと伝達される遺伝情報を意味しない。すなわち、ガンと同じように、患者さんだけで新たに起こった変異(de novo変異)がASDの発症に大きな役割を演じていることが最近わかってきた。

もちろんAutism(自閉症)という診断名を提唱したカナーが述べているように、ASDの患者さんと同じ性質は親にも見られることが多く、また一卵性双生児でASDになる一致率は、10倍以上高まることから、親から子へと伝達できる生殖細胞レベルの遺伝要因が関わることは間違いがない。

事実、ゲノム研究が可能になった最初の頃の研究は、ほとんど親から子へと伝わる生殖細胞系列の変異に焦点が絞られていた。しかし最初のゲノム研究からASDと相関するとして発見された多くの変異は、ASDに特異的とは言えない変異が多かった。すなわち、正常人にも一定の確率で見られるため、変異というより、人間集団に見られる多様性の一つと考えることができる。そのことから、普通に見られるという意味で、コモン変異と呼んでいる。

ただ最近では、親から子へと伝わるコモン変異だけではASD発症には至らず、ASD発症を後押しする新たに起こった遺伝子変異が、ASD発症に必要ではないかと考えられるようになった。このような変異は稀にしか起こらず、普通、正常人では見つからないレア変異だ。

両親兄弟には存在しない変異がどうしてASDで見つかるのか不思議に思われるかもしれない。ただ、先に述べたガンのケースと同じで、母親の卵子、父親の精子ができる過程で起こる突然変異は、子供だけにしか現れないし、受精後でも早い段階で起こった突然変異は、多くの細胞に影響を及ぼし、結果として個体レベルで異常の原因になる。事実、このような変異はASD に限らず、多くの遺伝子の病気で見ることができる。ぜひ、親から子へと遺伝する病気と遺伝子の病気とは、必ずしも同じでないことを覚えておいて欲しい。

ではこのようなレア変異の重要性はどうしてわかってきたのだろうか?

実はこの背景に、ゲノム解読コストが下がり、病気の有無にかかわらず、詳しいゲノム解析が行われた人の数が急速に増加したこととがある。すなわち、調べる対象者の数を増やせば、当然稀なレア変異が見つかる確率は上がる。

これをフルに利用して、両親や兄弟には存在せず、ASDの子供だけに存在するレア変異を探索したのが、これから紹介するマサチューセッツ工科大学を中心に様々な研究機関が参加して行われた国際研究だ(図1:なおこの論文はウェッブサイトで完全に公開されているので、図などはぜひ参考にして欲しい。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7250485/)。

この研究では、遺伝子の中でも身体の中で働くタンパク質に翻訳されている遺伝子(エクソームと呼んでおりゲノム全体の5%程度)だけに焦点を当てて、ASD発症に関わりそうなレア変異を探している。

このためには、多くのASD患者さんのエクソームを親兄弟のエクソームと一緒に解読して、ASDだけで見られる変異を探す必要がある。この論文ではなんと1万人以上のASD患者さんと、2万人の正常人を調べ、ASDだけに見られるレア変異を探索している(私のような引退科学者にとって、これほどの数の人の遺伝子配列を解析できると言うだけで感動してしまう。正直なところ、この進歩に頭を追いつかせようと毎日青息吐息で走り続けているが、いつまでもつだろうか?)。

このような大規模解析を行うと、病気とは関わりなく親兄弟にはない新しい変異を見つけることができる。すなわち、私にも、あなたにも、このようなde novo変異は必ず存在する。だからASDで見つかったからといっても、それがASD発症に関わるかどうかはわからない。そこで様々な条件を加えて、最初のリストからASD発症に関わりそうな遺伝子に絞るコンピュータ上の作業が必要になる。例えば、他のASD患者さんで繰し同じ遺伝子の変異が見られる場合はASD発症に関わる確率が上がる。

この研究では、様々な条件をコンピュータで検討して、ASD発症に関わる可能性が9割以上という遺伝子を102種類特定している。このうち60の遺伝子は、これまで関連が指摘されたことがないということから、1万人以上の対象者を調べる大規模研究の重要性がよくわかる。

しかし102種類の違う遺伝子の変異がリストされるとは、多すぎないかと心配になる。同じ自閉症が現れる病気でも、MECP2遺伝子のde novo変異で起こるレット症候群(例えばhttps://aasj.jp/news/watch/6414を参照して欲しい)では、同じ解析を行えば、必ず原因遺伝子はMECP2に収束してくる。一方、臨床的な自閉症症状の有無だけを条件に探索を行うと、102種類もの遺伝子がリストされることは、ASDが実に多様な状態、まさに自閉症スペクトラムと考えられていることと一致する。

しかし、この研究で明らかになった102種類の遺伝子は全てASD発症に関わっているのだろうか?

実を言うと、この論文から明確な答えは得られない。ただ、いくつかの理由から、全てとは言わないまでも、かなり多くの遺伝子が実際ASD発症に関わっているのではと結論している。

理由その1

リストされた遺伝子の多くが発生の初期に脳で発現している。しかも、神経発生の遺伝子のスイッチを調節する遺伝子が半分以上を占め、残りの遺伝子も神経同士のコミュニケーションに関わる遺伝子が多い。この結果は、これまでASDが脳発生での神経ネットワーク形成異常で発生すると言う考えと合致する。

理由その2

細胞レベルでこれらの遺伝子の発現を調べると、抑制性神経細胞や、興奮性神経細胞に強い発現が見られる。これもASDが脳神経細胞の以上であるとする考えと合致する。

理由その3

リストされた遺伝子の多くは、他の精神疾患でも本人に新たに起こった変異として特定されているケースがある。

他にも、これらの遺伝子のASD発症への関わりについて、様々な証拠を提出しているが、これらは全て状況証拠だ。すなわち、せっかくゲノム解析からASDの発症に関わる可能性のある遺伝子を選び出せても、一つ一つの遺伝子の機能から分かりやすいシナリオを皆さんに示すことは、これほど脳科学が進んだ現在でも難しい。結局「レア変異はコモン変異より直接的にASD発症に関わる可能性が高い」ことを示して、論文は終わっている。

では、このような遺伝子の機能を推察し、自閉症との関わりの解明を目指して、少しでも前進するにはどうすればいいのか。次回は、この問題に取り組んだ論文を紹介しながら、自閉症のゲノム研究を見て見よう。

4月30日 自閉症児のマスク着用を促すプログラム(自閉症の科学44)

2021年4月30日

連休のstay homeを利用して、新型コロナウイルスパンデミックで、コロナ論文を読む時間が増えた結果、乱れてしまった生活のリズムをもとに戻そうと試みている。その手始めに、一年中断していた「自閉症の科学」論文紹介を始めることにした。ゲノム研究などでは紹介したい論文も集まってきたので、連休中に紹介しようと思っているが、急速に深刻度を増す新型コロナウイルス感染状況を考え、まず自閉症児のマスク着用について発表された論文を紹介することにした。

イギリス型、南アフリカ型と呼ばれている変異ウイルスが蔓延し始め、今回のパンデミックは新しいステージに入ったように思う。特に、ウイルスの感染性を調べる実験から、変異型ウイルスは、細胞への入り口になるACE2により強く結合することがわかっており、入り口が少ないため感染自体が起こりにくかった児童への感染が、多数見られるようになってきた。当然自閉症児にも同じ危険が迫ってきている。その意味で、一般児が行っている日常の新しいルーチンは自閉症児にも習慣づけることが重要になる。

気になって「自閉症」と「マスク」でグーグル検索を行うと、自閉症など発達障害によってマスクの着用が難しいことを周りの人は理解すべきだと言う、「自閉症児の困難を理解しよう」と言う記事がほとんどで、マスクを着けてもらうための具体的な対策について述べた記事はほとんど見つからない。

具体的対策が示されている記事として見つけることができたのは、ノースカロライナ大学の作成した自閉症児支援法を訳したPDFを掲載している大阪大学のサイト(http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kokoro/pdf/for%20Parents.pdf)だけだった。ただ、この記事もマスク着用については、

休校明けの学校ではマスクの着用が求められるようですね。マスクがいやというお子さんも多いです。なぜお子さんがマスクを嫌がっているでしょうか?もしマスクのにおいを嫌がっているようであれば、洗える布マスクの方がおすすめです。マスク用の香りづけスプレーもあります。耳にかけるゴムが痛いという方には、マスクのゴムを耳にかけるような商品もあります。もし手に入らなければ、クリップを使ってマスクのゴムを首にかける方法もあるようです。調べてみてくださいね。(上記サイトPDFより引用)

と書かれているだけで、マスク着用を日常に取り入れると言う点で、アドバイスとしては弱い気がする。大事なのは、日常生活で自閉症児をできるだけ感染から守ることで、自閉症児の問題を理解するだけでは不十分だ。必要なのは、マスクを着用して外出できるようにするプログラムだ。

そこで、論文検索サイトで同じようにASDとface maskでサーチすると、今年に入って3篇の論文が同じJournal of Applied Behavior Analysisに発表されていることがわかった。

読んでみると、科学的な治験というより、マスク着用を促すためのプログラムを作成して、数人の自閉症児で確かめてみた観察研究だ。行動学の専門用語が多く、門外漢の私には理解不足の点も多いが、なんとか自閉症児にもマスク着用を促したいと言う強い気持ちが伝わってきた。

もちろんマスク着用のためのプログラム自体は全く思いつきで作られたわけではない。自閉症児に医療上の必要から心電図モニターを持続的に装着してもらう目的で既に使われてきた行動強化のためのプログラムを基礎に考案されたものだ。いずれにせよ、パンデミックが始まって1年以上経過してようやくこのようなプログラムが発表されたことから、簡単な作業でないことがわかる。

3篇の論文だが、まず最初にSilvermanらがマスク着用を促せるプログラムを発表し(図1)、

図1 Silverman論文。(オランダ、ベルギー、ニュージーランド共同論文)

続く2篇(図2、3)は、基本的にこの論文の結果の再現性を確認した論文になっている。そこで、全てを紹介することはやめてSilverman論文のプログラムだけを紹介しておく。

図2 Lillie論文 (米国アイオワPier自閉症センター)

図3 Halbur論文(ネブラスカ大学、ウィスコンシンマーケット大学)

この研究では、マスク着用が難しい六人の自閉症児とその介護者に、リモートで指示を与えながら、論文のTable2で示されたプログラム(図4)を全てのステップが連続してうまくいくようになるまで根気よく続けている。

各ステップを説明した英語は難解な文章ではないので、おそらく皆さんに理解していただけると思うが、念のため訳しておく。

図4 マスク着用を促すためのプログラム。

Table 2の訳

  • マスクを子供の周り30cm以内に5秒待つ。
  • 次にマスクを子供の周り15cm以内に近づけ5秒待つ。
  • マスクの紐に触る。
  • マスクの紐をつかむ。
  • 紐を一方の耳にかける。
  • マスクのもう一方の紐を片手、あるいは両手で引っ張って、もう一方の耳にかけてフィットさせる。
  • マスクの上についているアジャスターを押したり引っ張ったりして、鼻にアジャストさせる。(ここは介護者がやり方を教える必要がある)
  • マスクをかけた後少なくとも3秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも5秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも10秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも30秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも60秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも150秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも5分待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも10分待つ。
  • マスクを外す。

マスクを着ける過程を本当に細かく分解して、根気よく教えると言うプログラムになっている。このような建て付けの行動強化の意味については、専門家の解説を聞きたいところだ。

当然、それぞれのステップができたときには、子供の好きなおもちゃなどを提供し、行動を強化することも行っている。具体的には、「マスクを着けよう」と声をかけて、ステップごとに励ましながら指導するが、うまくいかないとまた最初に戻ると言うことを繰り返している。セッションの間、低酸素にならないかなど、身体的状態はしっかりモニターしており、特に問題は起こっていない。

結果だが、子供ごとに拒否行動を起こすステップは異なっているが、最終的には全員ステップ15までやり遂げている。

他の2篇も、例えば好きなマスクを選ばせる過程を入れたり、フェースシールドも加えたり、よくできた時にはおもちゃだけでなく好きなお菓子を提供して行動を強化したり、あるいは間違った行動を抑制する操作を加えたり(escape extinctionと行動学では呼ばれている)など、いくつかの改変は加えていても、基本はSilverman論文とほぼ同じプログラムを採用しており、同じように参加者全員が10ー15分マスク着用を許容することができている。

もちろんこの10ー15分間のマスク着用がそのまま次の段階、すなわち外出時や学校でのマスク着用の許容につながっていくのかは示されていない。たかだか15分のために、これほど努力する必要はないと言う意見もあるだろう。しかし、学童も含め世界中がマスク着用をルーチンにしている以上、自閉症児についても社会の一員として、なんとかこのルーチンを守ってもらおうとする努力に私は感心した。

今回示されたプログラムは、やはり専門家の指導に基づいて進める必要があると思う。いずれの論文も、両親を含む介護者とリモートでコミュニケーションを図りながらプログラムを進めているので、多くの子供に同時にプログラムを受けてもら得る可能性がある。我が国でも、自閉症児の行動についての専門家から、同じようなプログラムが発信されることを期待したい。

本題からは外れるが、以前、自閉症児は、人の顔を見るとき、目よりも口を注視すると言うことを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/686 、およびhttps://aasj.jp/news/watch/753)。これから考えると、マスク着用がルーチンになった現在、自閉症児はマスクを着用した人の顔にどう反応しているのか理解することは重要だ。是非我が国の行動学者も、自閉症とマスクの様々な問題について、検討を進めて欲しいと思う。

物心つく前の乳幼児がテレビを見る行動から何がわかるか(自閉症の科学 第43回)

2020年4月25日

私たちの子供の頃と違って、ほとんどの家庭にテレビやビデオがあり、乳児がいても、かなりの時間試聴されていると思う。とすると、私たちの世代と、テレビ以降の世代で、物心つく前の乳児期の経験はかなり違っている様に思える。

もしテレビがただの風景と同じなら、何の差も生まれないが、テレビやビデオ画面上での映像が物心つかない乳児にとって、風景とは全く違う内容を持つとすれば、その影響を知りたいと思う。

今日紹介するフィラデルフィアにあるDrexel大学からの論文は、米国で生活環境の幼児の発達への影響を調べる目的で追跡されている子供たちの中から2152人を選んで、乳児期にテレビやビデオ画面に興味を持つことが、性格にどのような影響を持つかを調べた研究で、4月20日JAMA Pediatricsオンライン版に掲載された。

研究は極めて単純で、12ヶ月時点で、保護者(92%は実の親で、他祖父母など)に、「お子さんはテレビを見ますか?」「お子さんと一緒に絵本を見ますか?」と聞いた後、18ヶ月時点でもう一度「この1ヶ月を振り返って、1日何時間ぐらいテレビをみていますか?」と聞く。

そして2歳児になった時、M-CHAT(日本語版:https://www.ncnp.go.jp/nimh/jidou/aboutus/mchat-j.pdf)で自閉症スペクトラム(ASD)様症状を示すか、あるいは将来のASDリスクを調べ、乳児期でのテレビの試聴や、保護者との遊びの時間と、M-CHATによる性格診断との相関を見ている。

結果は明瞭で、12ヶ月時点で、保護者がテレビやビデオを見ていると答えた子供は、より多くのASD様症状を示すが、ASDになるリスクスコアは変わらない。しかし、18ヶ月時でテレビを見ている時間とASD症状やリスクはほとんど相関がなかった。これに対し、12ヶ月時点で保護者と一緒に絵本を見たりする時間が長いと、ASD様症状は低下することもわかった。

以上をまとめると、

  • 物心つく前にテレビを見る様になる子供は、ASDリスクが高まるわけではないが、ASD様の症状が現れる、すなわASD様の性格が現れる。
  • 一方、保護者と一緒に遊ぶ時間が長いほど、この様な症状の出現を防ぐことができる。
  • 18ヶ月を越すと、テレビを見ることとASD症状とは関係がなくなる。

くれぐれも間違わないでほしいが、1歳までにテレビを見る子供は、ASDのリスクがあるという話ではない。今の所言えるのは、私たち世代の経験したことのない乳児期のテレビという風景が、ASD様症状の出現と何らかの関係ありそうだという観察結果だけだ。もちろん、テレビが原因でASD様症状が出るとも、ASD様傾向を持つのでテレビに興味を示すとも結論できない。しかし、できる限りテレビという人工的風景を避け、子供との時間を持つことはASD症状の出現を防げる可能性を示していると思う。簡単な観察研究だが、典型児、ASD児を問わず、乳児期のあり方の一つのヒントを示している様に感じたので、自閉症の科学として紹介することにした。