AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 6月3日:再び自閉症スペクトラムと腸内細菌(5月30日号Cell掲載論文)

6月3日:再び自閉症スペクトラムと腸内細菌(5月30日号Cell掲載論文)

2019年6月3日
SNSシェア

自閉症スペクトラム(ASD)の症状に、腸内細菌叢の変化が関わっているという可能性を初めて読んだとき、細菌叢フィーバーを反映しているだけで、いつかこの熱も冷めるのではと思っていた。ところが、あれよあれよといううちにこの分野はASD研究の重要な分野として成長しており、いまやASD児への細菌叢移植治療が行われるようになっている。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文はこの分野での実験研究の一種の集大成ともいえる話で、初めは又かと読み始めたが、読んでいるうち結構真剣になってきた。ただ、結び合わされているデータは全て統計的解析で、結果を実感できない難点は感じてしまった。タイトルは「Human Gut Microbiota from Autism Spectrum Disorder Promote Behavioral Symptoms in Mice (ASDの腸内細瑾叢はマウスの行動学的症状を促進する)」で、5月30日号のCellに掲載された。

この研究は計画がよく練られているのに感心する。ASDの細菌叢の活性を、ASDの便を無菌マウスに移植して調べる点はこれまでの研究と同じだが、この研究では移植された細菌叢の胎児発生や発達期の影響を調べるため、便移植したマウスを掛け合わせてできた子供の行動を調べるという、念のいった研究を行っている。

結果だが狙った通り、ASD の便を移植された親から生まれ育ったマウスは、反復行動が高まり、自発運動は減り、社会性も低下する。ただ優位差はあっても、典型児の便を移植したマウスの子供と比べた時のデータの重なりは大きい。

次にこの変化の原因になった細菌叢の中で、ASDと強く相関しているバクテリア種を調べると、今度は明確にASDではほとんど存在しないバクテリア種、逆にASDのみで上昇が見られるバクテリアを特定できる。ただ、例えば免疫機能で慶応の本田さんが行っているような、特定の菌を移植してASDを誘導するという実験は行なっていない。将来ぜひこの方向の研究も進めてほしいと思う。

代わりにこの研究では、行動異常を示したマウスの脳での遺伝子発現を調べ、なんと560もの遺伝子の発現が変化していること、特にRNAスプライシングに関わる遺伝子の変化が大きく、詳細は省くが脳神経活動に関わる重要な遺伝子のスプライシングバリアントが行動異常と相関していることを示している。もともとゲノム研究からも、ASDではスプライシングに関わる遺伝子の多型が多いことが知られているので、納得しやすい結果だ。

次に、大腸と血清のメタボローム解析を行い、抑制性GABA神経の刺激や抑制物質が変化していることを発見する。中でも、GABA受容体を刺激する5-aminovaleric acid(5AV)とタウリンの低下が、大腸と血清で見られることを発見している。すでにASD児の血清中でタウリンが低下していることについては、我が国のグループも示しており、この状態が便移植でマウスで再現できていることを示している。また、このような代謝物の変化を腸内細菌叢の代謝の変化と相関させることも行なっており、5AV,タウリンの合成についてはっきりした差が見られているが、詳細は省く。

最後にこの結果から治療可能性を探るために、タウリンや5AVを妊娠中から発達期にかけて餌に混ぜて食べさせる実験を行い、どちらもASD様症状が改善し、しかも抑制性神経の活性が高まる結果、前頭前皮質の神経興奮性が高まることまで確認している。おそらく5AVの作用はこの論文が初めてと思うが、タウリンは何度も指摘されており、特に驚く結果ではない。

結果は以上で、結局この研究のハイライトは便移植したマウスを交配して生まれたマウスを調べたという徹底性で、この解析から示された結果は、タウリンの影響などこれまである程度知られていた現象をつなぎ合わせたという印象が強い。

基本的には、細菌層が変化して、GABA作動性の抑制神経の興奮が下がり、その結果神経興奮性が高まって、様々な症状が出るのがASDであるというシナリオを踏襲している。しかし、多くのデータは、典型児とASDでの重なりが多く、有意差検定のデータはなかなか直感しにくい。とはいえ、腸内細菌叢の違いが、脳の転写レベルの変化につながり、ASDの症状を誘導、あるいは悪化させることを示し得る実験系を用いており、腸内細菌の重要性を示すという点では包括的な良い研究だと思う。

このように、多くの論文は細菌叢への介入による治療法の開発の重要性を示している。ぜひ明確な介入プロトコルをこの分野の研究者が集まって決めて治験を進めることを強く期待している。

  1. Okazaki Yoshihisa より:

    細菌叢への介入による治療法の開発の重要性を示している

    細菌叢研究と疾患の関連。
    最近ブームですが、内心では複雑すぎて現代科学の範疇外かと思ってましたが。。。。。
    衰えを知らないようです。
    もしかして、本命なのかも???

  2. artkqtarks より:

    論文自体は読んでいないですが、この論文に対する多くの批判はすでに目にしました。化学、薬学系のブロガーのDerek Loweがわかりやすいブログ記事を書いています。
    https://blogs.sciencemag.org/pipeline/archives/2019/05/31/autism-mouse-models-for-the-microbiome

    Twitterでの批判も多く、データを自分で解析してみたら統計的有意は見られなかったという人もいます。

    近年、論文の再現性が非常に問題になっています。以下のNatureの記事ではその原因としてpublication bias、 low statistical power、 P-value hacking and HARKing (hypothesizing after results are known)を挙げています。
    https://www.nature.com/articles/d41586-019-01307-2
    ASDも細菌叢もネズミの行動も複雑でばらつきがあると想像します。P-value hackingやHARKingによって一見統計的に有意な結果が出る危険性があると思います。

    1. nishikawa より:

      当然の指摘だと思います。しかし一方で、細菌叢移植やケトン食など人での治験がすでに始まっているので、実際の治験をよくプランしてもらうのが重要です。
      私から見たとき、この論文は特に新しい概念を出せているわけではなく、これまでの話をうまくあとづけたという印象です。結局べん移植後に交配して、その子を調べた点のみが買いだとおもいます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。