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自閉症の科学56回 脳構造の解剖学的変化から自閉症スペクトラムを眺めてみる(6月3日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2022年6月17日
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2006年、英国University College Londonの研究者が、ロンドンのタクシードライバーの海馬灰白質が、同じ路線を繰り返し走るバスドライバーと比べて大きいと言う面白い論文を報告した。灰白質は神経細胞の数に相当するので、この結果は鍛えれば海馬の神経細胞は増やせられるのではと、大きく報道された。

ロンドンのタクシードライバーは資格基準が最も厳しいとされているが、この結果は解剖学的変化をある程度脳の機能と相関させられることを示している。

このことから、MRIを用いて微妙な脳構造の違いを特定し、ASDの早期診断が可能かを調べる研究が続けられており、論文ウォッチでも以下の2論文を紹介している。

  • 両側の後頭回、右側楔状葉、そして右側舌状回の表面積の増大を指標にすることで12ヶ月からASDの診断が可能かもしれない(https://aasj.jp/news/watch/6509)。
  • 脳の230箇所のMRI画像を数値化して機械学習させることで、診断が可能になる(https://aasj.jp/news/watch/6973)。

ただ、これらの研究はASDを典型児から区別することだけを目的としていた。

しかし、ASDはスペクトラムと呼ばれるように極めて多様だ。またゲノム研究からも、典型児にも一定の頻度で見られる、一種の性格を反映すると考えられる頻度の高い多型(コモンバリアント)と、ASD発症の後押しになっているような、ASD特異的と言ってもいい稀な多型(レアバリアント)が混じっていることが示唆されている。すなわち、ASDの理解には、ASD特異的な変化と、ASD内の多様性に対応した変化を分けて調べることが望ましい。

今日紹介するボストンカレッジからの論文は、ASDのMRIデーータベースを用いて構造解析データを機械学習させるとき、contrastive learning(対照学習)を用いることで、ASDに関わる脳構造の特徴と、ASD内での多様性を区別して特定できることを示した研究で、6月3日Nature Neuroscienceに掲載された。

機械学習の話なので、ほとんどの議論が、ASD全体で共有される特徴と、ASDの間に見られる多様性を区別して捉えるためには、対照学習が遥かに優れていることの証明に費やされている(対照学習については是非自分で調べてほしいが、写真などの違いを自動的に比較し、似ている程度で分類していく機械学習法ぐらいに理解してもらえれば良い)。実際、対照学習法を用いて区別したASD特異的変化は、MRI撮影に使ったスキャナーの差にほとんど影響されないが、ASD間に見られる多様性の一部を説明できることを示している。すなわち、どこで検査したかはASDの診断には影響しないが、ASD間の多様性の原因になることは頭に入れておく必要がある。

一方、ASDの診断に使われる様々な指標は、全てASD特異的変化と強く相関するが、ASD内の多様性とは関係しないことも明らかになっている。すなわち、長年磨き上げられてきた信頼できる診断基準と、ASD特異的変化の関係を今後研究することの重要性がわかる。

ASD特異的差を除いた後の、ASD間で多様性が見られる脳領域は、かなり広い範囲に及んでおり、個々の領域の変化の意味と他の症状との関連については全く議論されていない。ただ、予想通り、ASD特異的な差と異なり、それぞれの領域の変化は、連続的で、どこまでが病的でどこまでが正常と線は引きにくいことが示されている。

以上が結果で、要するに対照学習により、ASD診断に関わる脳構造の変化と、個人間の変異を分けることができるということが結論で、ここで示された現象の意義については、全て今後の研究に投げているように思う。とはいえ、個人的には性格とオーバーラップする脳構造の多様性がなんとか抽出できるようになったことは、私たちのASD理解に新しい視点を与えてくれたと期待して、少し難しい論文だが、紹介する。

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