ウイリアムズ症候群とは?
まずほとんどの読者は、ウイリアムズ症候群について聞いたこともないと思う。しかし発症メカニズムも全く異なっているのに、なぜかウイリアムズ症候群は自閉症スペクトラム(ASD)と対比して語られることが多い。この理由は、両者が社会性という点で全く逆の症状を示すからだ。
ウイリアムズ症候群(WS)の原因はよくわかっており、7番染色体の一部が大きく欠損することで起こる遺伝病だ。欠損する領域には、26種類の遺伝子が存在しており、知能だけでなく、実際には様々な身体の発達障害をがおこる。ただWSが注目される最大の理由は、知能発達の遅れにも関わらず(IQの低下がある)、言葉を話す能力が極めて高い。そして「天使のように愛くるしい」と形容される人懐っこさを示し、初めての人でも不安を持つことなく近づく社交性を同時に持っている。
これに対し、ASDは知能発達は正常でも、言葉を話すのが苦手で、他の人と接するのを極度に嫌う。すなわち、WSとは真逆の症状を示す。
この結果から、話し言葉の能力には、他の人と交流したいというモチベーション、すなわち社会性が重要な要因であることが想像される。このため、ASDとWSから言語と社会性の関係が理解できるのではと研究が続けられている。
犬はウイリアムズ症候群?
一部の遺伝的ケースを除いて、多くの遺伝子が複雑に絡み合うASDと違って、WSでははっきりと同じ領域の遺伝子欠損が認められる遺伝病だ。ただWSでは最大26種類もの遺伝子が欠損するため、どの遺伝子が社会性に関わるのか絞り込む作業が必要だ。最近の多くの症例の解析から、社会性にはGtf2遺伝子が重要な働きをしていることがわかってきた。すなわち、大きな欠損があってもGtf2i遺伝子が残る場合は、社交性の変化は見られない、あるいは欠損でもGtf2i遺伝子が欠損した場合だけ、社交性が高まることがわかってきた。
更に驚いたのは、2017年プリンストン大学のグループが、オオカミとペットとして飼われるようになった犬の遺伝子を比べ、なんと犬ではGtf2iを含むWS領域に構造的な変異が起こっていることを発見した(von Holt et al, Science Advances 3:e1700398, 2017)。すなわち、オオカミを飼いならして、人になつく様に犬をペット化する過程で、このWSに関わる遺伝子の発現が意図せず変化させたという、嘘のようなしかし納得の話だ。
Gtf2i遺伝子の機能をマウスで調べる
このように、高い社交性に関わる遺伝子が特定されてくると、その遺伝子を操作する動物実験が可能になる。神経細胞だけでGtf2i遺伝子を欠損させたマウスを用いて、マサチューセッツ工科大学のグループは、WSのメカニズムを調べNature Neuroscience4月号に掲載した(Barak et al, Neuronal deletion of Gtf2i, associated with Williams syndrome, causes behavioral and myelin alterations rescuable by a remyelinating drug (ウイリアムズ症候群に関わるGtf2iの神経細胞特異的ノックアウトは再ミエリン化薬剤で治療可能な行動とミエリンの変化の原因)Nature Neuroscience 22: 700, 2019)。
この研究では前頭葉の興奮ニューロン特異的にGtf2i遺伝子をノックアウトしたマウス(cKOs)を作成し、WSと比べながら調べ、以下のような結果を得ている(少し説明が専門的になるので読み飛ばしてもらえればいい)。
- WSでは大脳皮質の縮小が見られるが、Gtf2iを神経で欠損させても同じような皮質の現象が見られる。
- WSは高い社交性と、不安の欠如が見られるが、cKOsの行動解析でも、同じように、他のマウスに対する高い社交性と不安行動の低下が見られる。
- cKOsの遺伝子発現を調べると、なんと低下する遺伝子の7割がミエリン合成に関わる分子で、実際脳のミエリンの厚さが低下して、神経伝達速度が低下していることがわかった。そこで、WSの脳の遺伝子発現とミエリンを調べると、cKOsと似たミエリン厚の低下と、ミエリン関連遺伝子の発現低下が見られた。
- カリウムチャンネルをブロックして神経伝達機能を高めるアミノピリディンを投与すると、運動機能が正常化し、さらに社会性が高いという変化も正常化する。
- オリゴデンドロサイトの分化を誘導しミエリン形成を高めることが知られており、現在はアレルギー症状改善に用いられるクレマスチンを投与すると、ミエリンの厚みが増し、社会性も元に戻る。
- Gtf2iを片方の染色体のみ欠損させた、よりWSに近いモデルマウスでもWSと同じような症状とミエリン形成異常が起こる。
要するに、WSの精神発達障害のかなりの部分はGft2i遺伝子の欠損で説明でき、しかも薬剤による治療可能性があることを示した画期的研究だと思う。特に運動障害も正常化することから、社交性や不安感状の欠如のみならず、多くの症状を改善できるかもしれない。
また、WSを調べることで、分子、神経ネットワーク、社会性などの行動を結ぶメカニズムを理解することが可能になる。こうして得られた知識は、間違いなく裏返しの症状を示すASDの理解と治療にも役立つと期待している。