炭水化物をグッと抑えた食事からカロリー摂取するケトンダイエットは、サッカーの長友選手による宣伝効果もあって、普及が進んでいる。それだけでなく、これまで紹介してきたように、難治性のてんかんや発達障害にも効果があることが示されているが、要するに糖質なしで脂肪を燃やして持続できる身体へと、からだをプログラムし直してくれる。だとすると、単純なカロリー代謝の問題ではなく、本当は複雑な分子カスケードが誘導されている気がする。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はケトン体が幹細胞のエピジェネティックスを変化させて未分化性の維持に働く仕組みを示した研究で、今後のケトン食の利用を考える上でも大きな示唆になる研究だと思う。タイトルは、「Ketone Body Signaling Mediates Intestinal Stem Cell Homeostasis and Adaptation to Diet (ケトン体のシグナルは腸管幹細胞のホメオスターシスと食事に対する適応を媒介する)」で、8月22日号のCellに掲載された。
この研究はマウスの腸管細胞の遺伝子発現を調べていた時、ミトコンドリアでケトン体合成の最初の過程に関わるHMGCS2が幹細胞特異的に強く発現しているという発見に始まっている。
そこで、ケトン合成が幹細胞でどのような働きがあるのか調べる目的で、まずこの酵素を腸管や腸管幹細胞でノックアウトしたマウスを作成すると、腸管の幹細胞システム全体が崩壊し、また試験管内でのオルガノイド形成が強く抑制されることを発見する。すなわち、幹細胞の自己再生が抑えられ、分化が早く誘導され、その結果幹細胞システムの維持や再生がうまく動かなくなる。
次はこの現象のメカニズムを探る必要があるが、著者らはHMGCS2ノックアウトによりパネット細胞が6倍近く増加することに着目する。というのも、Notchを抑制すると同じことが起こることがこれまで広く知られていた。そこで、Notchの下流遺伝子の発現をHMGCS2ノックアウトマウスと比べると、Notch阻害と同じ遺伝子が動いていることを確認、またNotch抑制をHes1レポーターでも確認している。
期待通りHMGCS2ノックアウトの効果はケトン体を外から加えることで正常化するので、ケトン体を試験管内のオルガノイド形成で加える実験系を用いて、ケトン体がヒストンアセチル化阻害剤と同じ効果があり、幹細胞でケトン体が枯渇するとヒストンのアセチル化が低下することを確認している。すなわち、ケトン体がヒストンアセチル化酵素を阻害することで、Notch転写を介して幹細胞の自己再生をコントロールしていることが明らかになった。
最後にケトン食と糖質食を食べさせる実験で、ケトン食が腸管の幹細胞システムを活性化する一方、糖質食は幹細胞維持機能を阻害することを示している。
これらの実験は、ケトン体がなぜ大きな細胞レベルの変化を誘導するのかの一つの理由を教えてくれる。すなわち、ヒストンというエピジェネティック過程を直接阻害することで、多様な変化を誘導できることを示している。
腸管の幹細胞について言えば、ケトン食で幹細胞が維持されるとすると、一つ懸念されるのは発がんを促進しないかだし、逆に期待できるのは老化を防ぐかという問題だ。腸管について言えばHMGCS2ノックアウトマウスがあるので、この問題に対する答えはすぐ出てくるだろう。注視する必要がある。
ケトン体がヒストンアセチル化酵素を阻害し、Notch転写を介して幹細胞の自己再生能を維持する
Imp:
ケトン体の有無という状態の変化により幹細胞内のルール(遺伝子ネットワークルール)が変化する。
ルールを決めるルールを決めるルール。。。。
細胞を統べる法則は物理法則と違って不変ではないようです。
オルガノイド⇒癌だけでなくこんな所でも活躍してるんですね。