今日は久しぶりにゲノム解析の話を取り上げる。少し難しいかなとは思うが、ASDやADHDを病気ではなく、脳の多様性として捉える時のカギになる分野で、まだまだ研究は始まったばかりだ。その意味で、多くの読者が無理してもフォローして欲しいなと願っていいる。
自分の小学校時代を思い返すと、「じっとするのが苦手、思ったことを口にする、整理整頓が苦手で、忘れ物が多い」という、注意欠如/多動症(ADHD)ともいえる性格を持っていた。担任の先生も心配したのか、一度だけだが学校の指示で児童相談所で診察を受けた覚えがある。今ならADHDと診断がついていたと思うが、幸い学業や学校での生活には全く問題を感じておらず、その後いくつかの症状は治ることなく続いて今に至っている。
実際、現在ADHDの発症頻度は5%を超えていると言われており、普通にみられる性格のタイプと言ってもいい。あまりに普通で境がはっきりしないためか、ASDについては多くのゲノム研究が発表され、100を超す遺伝子多型が発見されている一方、ADHDに関連する遺伝子多型の解析は遅れていた。しかし、一卵性双生児を用いた研究からADHDの一致率は高く、精密な多型解析の必要性は高い。また、片方がASDと診断されたケースで、もう片方がADHDと診断されることも多く、両者の状態の遺伝的背景に何らかの共通性があるのではと考えられてきた。
これらの問題を解決しようと、デンマーク・オーフス大学と、ハーバード大学を中心とする国際グループは、各国の多型解析データベースを統合してASD、ADHDの遺伝子多型解析を行い、今年相次いでNature Geneticsに発表した。詳細は省くが、ADHDも多くの遺伝領域の多型が重なり合った結果生まれる神経多様性の一つの状態であることが確認され、またADHDと診断される高いリスクに関わる多型も12種類特定された。しかし期待に反して、こうしてリストされた高いリスク遺伝子多型の中にはASDの多型とオーバーラップするものはほとんど存在しなかった。
ただ、これまで疾患のリスクに関連するとして特定されてきたほとんどの遺伝子多型は、タンパク質に翻訳されない部分(イントロン)に見られる多型で、特定の一つの多型を取り出してその意味を調べても、その意味はほとんどわからずじまいで終わることが多い。そのため、2種類の病気の遺伝背景を知ろうと思うと、多くの小さな変異を積み重ねた結果を計算して関係を推測する必要があり、まだまだ時間がかかると思われる。
そこで著者らは、小さな遺伝的変化を基礎にした遺伝子多型の研究から少し離れて、タンパク質の大きさが変化するような稀な変異に絞って、ASDとAHDHで調べたのが3番目の論文だ。一部の明確な遺伝子変異が原因のASDと異なり、ほとんどのASDでは、まずタンパク質の大きな構造変化を伴うような変異は存在しないと考えられてきた。このグループは、よく調べればそんな変異も見つかるのではと、何千人もの血液サンプルから、タンパク質に翻訳される部分を全て解読して、大きな変異を探索した。
詳細は省いて結論だけをまとめると、
- 典型児と比べると、ASDもADHDもこのような稀な変異が見られる頻度は高い。
- ASDとADHDでリストされる変異遺伝子にはほとんど差がなく、稀で大きなタンパク質の構造変異に限ればASDもADHDもほぼ同じ。
- もっとも多くのケースに見られたのが、神経発生時の細胞骨格の形成に必要なMAP1A遺伝子の変異で、ASDやADHDに神経発生時の変化が関わる可能性が示された。
となる。「視点を変えれば、ADSとADHDは高い遺伝的共通性を持っている。おそらく、タンパク質の構造変化を伴う様々な遺伝子の変異の上に、小さな遺伝的変化が積み重なって特徴的な症状が形成される」が結論だろう。
これまでタンパク質に翻訳される遺伝変化が原因で起こるASDのケースは、稀とはいえ知られている(例えばレット症候群)。これらの遺伝子変異ほど高い決定性はないとはいえ、今回トップ15にリストされたASD,ADHD両方に見られる変異も、神経細胞機能に何らかの影響を及している可能性がある。とすると、それぞれの分子の機能を丹念に調べることで、ASDやADHDの新しい理解へと進展するような予感がする。
「だからなんなの?」と言われそうだが、タンパク質の構造が変化する変異は研究が易しい。その意味で、私はこの研究の重要性は大きいと感じている。おそらく、理系の学生さんにとっても難しい内容かもしれないが、今後もできるだけASDのゲノム研究の進展は紹介していくつもりだ。