オーストラリア・モナーシュ大学から発表された我が国の大村さんが開発した抗寄生虫薬イベルメクチンが、試験管内の実験系ではあるが新型コロナウイルスの細胞内での増殖を止めるという論文がメディアを騒がせている。イベルメクチンは寄生虫のクロライドチャンネル阻害剤として働いて、寄生虫を麻痺させると思っていたので、この意外な組み合わせに驚いた。
なぜイベルメクチンで新型コロナウイルスが抑制できるのか知りたくて早速この論文を読んで、そのメカニズムの可能性を学ぶとともに、面白い引用文献も見つけたので今日はこれを紹介する。タイトルは「The FDA-approved Drug Ivermectin inhibits the replication of SARS-CoV-2 in vitro. (FDA が認可した薬剤イベルメクチンはSARS-CoV-2の複製を阻害する)」で、Antiviral Researchにオンライン出版された。
もともとイベルメクチンは構造的には極めて複雑で、クロライドチャンネル阻害以外の作用を持っていても良さそうにおもえる。この論文を読むまでは全く知らなかったのだが、このグループはイベルメクチンが細胞質のタンパク質を核内へ運ぶ分子インポーチンと結合して、核内移行を抑制すること、そしてこの結果様々なウイルスタンパク質の核内移行が阻害され、エイズウイルスや、デングウイルスの増殖が低下することを示していた(以下の論文)。
また、この結果を受けてタイではすでにイベルメクチンをデングウイルス治療に使う360人規模の治験が進んでおり、抗ウイルス薬としてのイベルメクチンはすでに臨床段階にある(https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02045069)。
このような背景のもとに、この研究では新型コロナウイルスの細胞内での増殖をイベルメクチンが抑制できるか調べており、サルの腎臓由来Vero培養細胞に新型コロナウイルスを感染させ、48時間後にイベルメクチンを添加、その後のウイルスの増殖を調べている。
結果は報道の通りで、ウイルスの増殖が24時間で1000分の1に低下する。また、服用可能な濃度でこの効果が得られることを示している。
問題があるとしたら、人間の肺細胞での感染実験でないことだが、この点はすぐ実験的に分かることだろう。
この研究ではどのウイルスタンパクの作用が阻害されているのかについても明らかではない。仮説として、ウイルスの増殖に直接関わるタンパク質ではなく、ウイルスに対する自然免疫作用が核内でインターフェロンなどを誘導するのを抑えるタンパク質のインポーチンとの結合が阻害され、その結果抗ウイルス反応抑制が外れて、二次的にウイルス増殖抑制が復活すると考えている。
これだけでは分かりにくいと思うので、もう少し説明しよう。この仮説を調べていて驚いたのだが、SARSウイルスはエボラウイルスとほぼ同じメカニズムを用いて(https://aasj.jp/news/watch/2023)インターフェロン誘導に必要なSTAT1の核内移行を抑制することが2007年に報告されている(実際にはSARSの論文の方が先)。
すなわち、インポーチン(KPNAが分子記号)はウイルス感染により活性化されたSTAT1を核内に移行させるのに必須だが、SARSウイルスのORF6はインポーチンと競合的に結合してこれを阻害するため、インターフェロンなどの自然免疫が働かずに、ウイルスが増える。イベルメクチンが存在すると、このORF6(おそらく新型コロナウイルスでも同じ?)のインポーチンへの結合が阻害され、この結果STAT1の機能が復活し、ウイルスに対する自然免疫が回復するというシナリオだ。
引用されている文献から見ても、著者らの提案の可能性は高いと感じた。ただ、本当にインターフェロンの産生がイベルメクチンで回復するのかはすぐわかるので是非調べてみたらいい。
最後に、STAT1の作用がSARSのORFで抑えられることは初めて知ったが、とするとエボラと同じメカニズムが存在するため、新型コロナウイルスはサイトカインストームが急速に進むタチの悪いウイルスであることも理解できる。新型コロナウイルスではまだこの点の検討は行われていないが、どちらかについてすぐわかるだろう。もしSARSと同じようにORF6がこの役割を担っているなら、イベルメクチンだけでなく、ORFとインポーチンの結合をより特異的に阻害する化合物も開発できるかもしれない。インポーチンを研究しているグループならかなり早く化合物までたどり着けるような気がする。ORF6がサイトカインストームの引き金に関わるなら、サイトカインストームが荒れ狂うタイプのウイルスについての理解と治療方法がわかるかもしれない。勉強になる論文だった。
注 読者から2μMの濃度に到達するためには現在の100倍程度必要ではないかという指摘がありました。この論文でも高濃度が必要であることはわかっているようで、議論しています。一方、現在進行中のタイのデングウイルスに対する治験では200-400μg/Kgを投与しているので、通常の濃度です。可能性としては、ネブライザーで肺に直接到達させることも可能かもしれません。
ORF6でサイトカイン産生が抑制されているのにサイトカインストームが起こるのでしょうか?
エボラもそうなのですが、STAT1だけが抑えられたため、ホスト側はこれを代償しようとして他のサイトカインがとめどなく分泌されることになります。
あらたな希望の光=我が国の大村さんが開発した抗寄生虫薬イベルメクチン。
想定されている作用機序=イベルメクチンがORF6(おそらく新型コロナウイルスでも同じ?)のインポーチンへの結合を阻害
⇒インポーチン復活⇒STAT1核内移行復活⇒ウイルスに対する自然免疫が回復する。
Imp:
コロナ肺炎、志村けんさんの事例で痛感しました。
普通のインフルエンザ肺炎とは、明らかに違います。
大変分かりやすい説明をありがとうございます。
オルベスコの効果などやはりサイトカインストームのコントロールが肝ですね。
貴重な情報をありがとうございます。イベルメクチンは20年以上前疥癬の治療で内服したことがあり、安全な薬です。製薬会社の利益は少ないため、無視されないことを願っています。予防的内服での効果を期待しています。
通常の100倍程度を投与する必要があるのが問題で、STAT阻害だけに絞って有効な分子を設計し直せないでしょうか?
貴重な情報をありがとうございます。イベルメクチンは20年以上前疥癬の治療で内服したことがあり、安全な薬です。製薬会社の利益は少ないため、無視されないことを願っています。特に予防的内服での効果を期待しています。
ネットで探したusefulness of ivermectin in COVID-19 illness Amit N. Patel et alによれば150mcg/Kg 1xで有効とのことです。論文のレベルはわかりませんが。
全く無知な人間ですが、質問させてください。
私は動物を沢山飼っており、たまたまイベルメクチンを所有しています。
普通に飲むだけでは効果はないのでしょうか?
予防効果はないと思います。重症化してからの話だと思います。
わかりやすくまとめていただきありがとうございます.ただ一点疑問に思いました.
前述の文献にあるようにイベルメクチンがインポーチンを阻害するのであれば、
STAT1の核内移行も抑制されてしまいそうですが、
そこに矛盾はないでしょうか?
STAT1核内移行が抑制されインターフェロンが出なくなるので、ウイルスにとっては有利です。ただ、ホストの方はそれを補うべく他の経路を使ってウイルス排除を試みるため、サイトカインストームが悪化します。エボラも同じです。
私も 獣医師で 犬の マイクロ フィラリヤ 感染予防に アイバメクチンの 錠剤を 愛犬家の 患者さんに お分けして フィラリヤ 感染予防に 努めて 居ります 。アイバメクチン錠剤は , 大分 多く 在庫は , 用意して 有ります 。愛犬か家の ワンちゃんの フィラリヤ感染症予防に 役立てばと 思って 居ります 。
返答いただきありがとうございます。
つまりイベルメクチンはインポーチンの働きを阻害する、ということではなく、
むしろORF6に阻害されていた働きを復活させる、という可能性が示唆された、
という理解でよかったでしょうか?
その通りです。インターフェロン産生が復活します。
この記事によると、
” MedinCell bets on ivermectin to fight the COVID-19 pandemic ”
https://born2invest.com/articles/medincell-ivermectin-fight-covid-19-pandemic/#.Xqpqeldwx-M.email
フランスのMedinCellという会社は、イベルメクチンを新型コロナの予防目的で使うことを考えているようです。
私が住んでる国では只今人用のイベルメクチンは品切れ状態です。動物用のイベルメクチンを飲んでも問題ありませんか。またその場合の内服量を教えて頂きたくお願いします。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58982730S0A510C2000000/
イベルメクチンの新しい話が出てきました。
”では、もし仮にイベルメクチンが新型コロナウイルスに有効であるとしたら、どのような作用機序が考えられるのか。花木センター長は「コンピューターを利用したシミュレーションでは、イベルメクチンは、新型コロナウイルスのメインプロテアーゼに対する結合親和性が報告されている。メインプロテアーゼは、ウイルスのゲノムから翻訳された蛋白質を切断し、機能させる酵素。そのため、イベルメクチンがメインプロテアーゼを阻害することでウイルスの複製を抑制できると考えられる」と説明する。”
コンピュータの構造解析だけで無責任なことは言わないほうがいいでしょうね。実際には実験が行われており、インポーチンと結合してSTAT1の核内移行を抑制するORFの結合をイベルメクチンが阻害することで、STAT1が正常に働き、インターフェロンでウイルスを抑えられるということです。
ウィルスによるSTAT1の核移行阻害の知見はやはりエボラの方が早いようです。上に挙げられたSARSの2007年の論文を読みましたが言及されています(ref47)。本来の宿主コウモリでこの機構がどういうバランス(宿主とウィルスの鬩ぎ合い)になっているのかは興味深いですね。
Reid, S. P., L. W. Leung, A. L. Hartman, O. Martinez, M. L. Shaw, C. Carbonnelle, V. E. Volchkov, S. T. Nichol, and C. F. Basler. 2006. Ebola virus VP24 binds karyopherin α1 and blocks STAT1 nuclear accumulation. J. Virol.80:5156-5167.
文芸春秋で大村先生の論文を読みました。素人ながらコロナウイルスに対抗できる仕組みも理解できました。しかしながら、テレビ局では毎日大勢の専門家が発言しているにも関わらず本薬による治療の可能性への言及を私は一度も聞いたことがありません。予防薬、治療薬が存在しない中で無視されるのは何か別の理由があるのか疑問に思っています。