急性脳障害で救命措置を施した後重要なのは、意識レベルを診断することで、特にいわゆる植物状態と最小意識状態を区別することだ。外界との相互作用がある程度取れているケースでは完全ではないが意識回復が可能だが、植物状態の場合、稀なケースを除いて回復は望めない。
診断には観察が重要だが、両者を見分けるのは簡単ではない。ところが、今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は2種類の匂いを嗅がせて一回の吸入量を計るだけで、かなり正確に診断できることを示した研究で、4月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Olfactory sniffing signals consciousness in unresponsive patients with brain injuries(匂いを嗅ぐ行動は脳障害の患者さんの意識状態を示している)」だ。
研究では、意識混濁で、植物状態と診断された患者さんと、最小意識状態と診断された患者さんにシャンプーの香料に使われるいい匂いと、魚が腐ったような不快な匂いを嗅がせたとき、嗅いだ後の呼吸吸引量が変化するかを調べるという極めて簡単な研究だ。
結果は明瞭で、最小意識状態と診断された患者さんでは良い匂い、悪い匂いとも吸引量が低下する。快、不快を問わずこの反応は見られることから、特に認識が行われているようには見えないので、反応的な感覚といえる。ところが、植物状態と診断された患者さんでは匂いを嗅がせても呼吸に何の変化もない。
この発見が研究の全てだ。私はもう現場については全く知らないが、確かに匂いを使う意識検査はあまりないように思う。患者さんを集めるのは大変だと思うが、特に脳波検査など近代的な検査を全く行わず2つの匂いを用意するだけで、Natureに掲載されるというのは羨ましい限りだろう。
それでも読み進むと、この重要性がよくわかってくる。このテストは平均値が重要ではない。最初最小意識状態だったのに、その後植物状態に落ち、また最小意識状態を経て完全に回復したケースで、それぞれの時期の意識状態診断はこのテストの診断と一致する。
また意識レベルも、強い匂いを嗅いだ後、匂いのない脱脂綿を嗅がせた時に見られる吸気量の変化を、匂いへの単純な反応ではなく匂いの認知を反映する指標とすると、ほとんどの最小意識状態の患者さんは匂いを認識できていることを明らかにしている。
そして、植物状態として診断された患者さんの中で、匂いに対する反応が見られたケースは、単純な反応だけでなく、認識に基づく反応も存在し、驚くことに全例が最小意識状態へと回復している。
これに勇気付けられ、脳損傷後すぐに匂いへの反応を調べ、長期経過との相関を調べると、匂い反応が残っていた患者さんんは8.3%が経過観察中に死亡した一方、匂い反応が見られなかった患者さんでは63.2%が亡くなっている。すなわち、極めて簡便だが、予後と相関する検査ができたといえる。
専門ではないが、臨床的には重要な発見だと思う。ただ、著者らは意識という脳研究の大問題にもこの系は寄与すると考えている。すなわち、このテストを受けて完全に回復した人たちが、匂いを嗅いだことをどう覚えており、どのように表象しているのか、言われてみるとおもしろい。
匂い反応が残っていた患者:8.3%が経過観察中に死亡。
匂い反応が見られなかった患者:63.2%が亡くなっている。
⇒匂い反射、極めて簡便で、予後と強く相関する検査のようだ
Imp:
嗅覚=視覚や聴覚とは違い、感情に関する部位(扁桃体)、記憶に関する部位(海馬)、複数の感覚に関する部位(前頭眼窩野)、視床下部、視床、
といった脳の他の部位とつながっているとのこと。
匂い反応が残っている≒この嗅覚回路が残存している≒脳障害の程度が軽い・・ということ?
下記、論文ワッチ、連想します。
https://aasj.jp/news/watch/12429