最近病気の解析にヒトのiPSやES細胞、他様々な細胞から分化させたミニ臓器を用いている論文をよく見かける。このミニ臓器(オルガノイド)の開発には、亡くなった笹井さんや、現在慶應大学医学部の佐藤さんなど、日本の研究者の貢献は大きい。中でも、人間の脳は最も研究が難しいため、オルガノイドは人間の脳疾患の研究に欠かせないツールになっている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はその典型で、X染色体上に存在するメチル化DNA結合分子MECP2をコードする遺伝子欠損によっておこるレット症候群をの治療薬を脳のオルガノイドを用いて探索した研究でEMBO Molecular Medicine e12523にオンライン出版された。タイトルは「Pharmacological reversal of synaptic and network pathology in human MECP2-KO neurons and cortical organoids(MECP2遺伝子が欠損したヒト神経細胞と脳皮質のオルガノイドに再現されるシナプスとネットワークの異常は薬剤により正常化できる)」だ。
この研究ではレット症候群の患者さんから幹細胞を作成したのではなく、レット症候群と同じ突然変異を導入したES細胞を、元のES細胞と比べている。これにより、遺伝的背景を同じにできるので、両者の違いは全てMECP2遺伝子欠損による結果とみなすことができる。
まず正常及びMECP2欠損の神経細胞を誘導し、遺伝子発現について両者を比較すると、グルタミン酸受容体シグナルに関わる分子を筆頭として、シナプス形成に関わる遺伝子の発現が軒並み低下していることがわかる。
これらの遺伝子異常、特にシナプスシグナルの異常に効くと想定される向神経薬を14種類を選んで、正常神経細胞には影響が少なく、MECP2欠損神経細胞でシナプス形成に関わる様々な分子の発現を高める化合物を探索した結果、痴呆の進行を抑える効果があるとしてすでに用いられており、GABA受容体に結合する化合物ネフィラセタムと、アセチルコリン受容体のアゴニストPHA 543613が、神経細胞レベルで見られるMECP2欠損の効果を正常化できる可能性があることが示唆された。
次に、正常細胞と変異細胞が混じった患者さんの脳を再現するために、ES 細胞から分化させた神経幹細胞を混合して、オルガノイドを形成し、細胞数、神経興奮などを調べると、それぞれの薬剤は高い効果を示している。
最後に、ノックアウトES細胞から2ヶ月かけて脳オルガノイドを作成し、これに2つの薬剤を添加すると、オルガノイド内での細胞増殖が正常化するだけでなく、シナプス形成や神経伝達因子合成過程に関わる分子の発現が正常化し、細胞間に形成されるシナプス数、及びオルガノイド内での神経興奮数も正常の半分以上にまで回復することを示している。
以上試験管内では、結構有望なしかもすでに利用されている薬剤を突き止めたことになるが、共に神経伝達に直接関わる分子であることから、可塑性の強い幼児を対象とする点で、臨床応用までは慎重な道筋が必要だと思う。しかし、期待したい。
1:ノックアウトES細胞から2ヶ月かけて脳オルガノイドを作成する
2:これに2つの薬剤を添加すると、オルガノイド内での細胞増殖が正常化する
3:シナプス形成や神経伝達因子合成過程に関わる分子の発現が正常化する
4:細胞間に形成されるシナプス数、オルガノイド内での神経興奮数も正常の半分以上にまで回復した
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オルガノイドの典型例。