AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 1月24日 過敏性腸症候群を実験的に再現する(1月13日 Nature オンライン掲載論文)

1月24日 過敏性腸症候群を実験的に再現する(1月13日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月24日
SNSシェア

症状の程度は様々だが、過敏性腸症候群と診断を受けた人は、かなり多いのではないだろうか。特に潰瘍や細胞浸潤を伴う炎症のようなはっきりした病理所見がないのに、腸の運動が更新して腹痛や下痢を訴える病気で、これまで自律神経の反応の問題と片付けられてきたように思う。

今日紹介するベルギー・Leuvenカソリック大学からの研究は、全てではないにしても過敏性腸症候群(IBS)が、食品に対するIgEによる1型アレルギー反応が原因である可能性を、臨床的、実験的に示した研究で1月13日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Local immune response to food antigens drives meal-induced abdominal pain(食物抗原に対する局所免疫により食事に伴う腹痛を誘導する)」だ。

まず読んでいて20世紀を思い出す極めて古典的な免疫研究が、Natureに掲載されたのに驚いた。おそらく、この病気の患者さんが多いのに、明確な原因がはっきりしていなかったからだろう。

この研究では、IBSの多くの患者さんが、発症前に細菌性の腸炎を起こした経験を持つことに注目して、食物抗原と細菌感染が重なると、食物抗原に対するトレランスが破綻し、食物抗原に対する局所的な1型アレルギー反応が成立し、IBSが発症するという仮説に基づいて、まずマウスでIBSを再現することを試みている。

結果は期待通りで、マウスの腸の動きをモニターするトランスミッターを埋め込み、IBSをリアルタイムでモニターできるようにし、このマウスにCitrobacter rodentiumを感染させ大腸炎を誘導し、同時に卵白アルブミン(OVA)を経口摂取させると、OVAを摂取するたびにIBSが再現できる。重要なことは、このアレルギー反応が局所的で、皮膚にOVAを注射しても、反応は起こらない。

重要なことは、IBSと同じで病理学的にも炎症所見は少ない。そして、IgEに対するモノクローナル抗体を投与すると症状を抑えることができるし、逆にOVAに対するIgE抗体を投与しておくと、同じ症状を誘導できる。すなわち、症状は全て食物抗原に対するIgEによる1型アレルギーであることがわかる。これを裏付ける様に、腸管に存在するB細胞のレパートリーを調べると、OVAに対するIgEを産生している細胞が存在する。

以上のことから、感染と抗原感作が重なると、局所で抗原特異的IgE合成経路が成立し、これがマスト細胞と結合して、抗原が入ってきた時にマスト細胞からヒスタミンをはじめ様々なメディエーターが分泌され、これが痛み受容体の閾値を下げて、腹痛を誘導し、また自律神経に働き腸の動きを亢進させるというシナリオが成立した。他にも、このトレランスの破綻と持続的IgE産生システムの成立に、細菌が持つスーパー抗原が関わることも示しているが、詳細は省く。要するに、IBSをかなり正確に再現できるモデルが完成した。

この分野をフォローしているわけではないので間違っているかもしれないが、病気モデルを初めて作ったという点では高く評価できる。ただ、これだけではNatureに採択されなかったのではないだろうか。著者らも、モデルの完成に満足することなく、最後にこのモデルの妥当性を、IBSと健常人を使った一種の人体実験で確かめている。すなわち、直腸鏡を用いた抗原チャレンジテストを行い、自分では食物アレルギーを認識していないIBSの患者さんだけで、様々な食物抗原に対する反応が見られること、この反応がマスト細胞を介していること、バイオプシーでIgEが結合したマスト細胞が神経端末の近くに存在することを明らかにし、モデルマウスでのシナリオが人間でも起こっていることを示している。

残念ながら、IgE産生するB細胞の数は健常人と患者さんで差がなかったので、局所が腸管免疫組織を含む局所化、あるいは粘膜直下をさすのかなど、今後調べる必要があるが、これまで実験的に示されたことがないなら、重要な貢献だと思う。しかし、直腸鏡を用いる抗原チャレンジテストまでやってのける執念には脱帽。

  1. okazaki yoshihisa より:

    感染と抗原感作が重なり局所で抗原特異的IgE合成経路が成立⇒マスト細胞と結合し抗原が入ってきた時にマスト細胞からヒスタミンなどのメディエーターが分泌⇒痛み受容体の閾値を下げ腹痛を誘導し自律神経に働き腸の動きを亢進させる
    Imp:
    IBSの引き金の候補:IgE
    アレルギーの一種だった!?

  2. T K より:

    とても興味深く拝見させていただきました。
    以下は素人の体験談ですので,不適切でしたらネットに出さずに削除いただくか,編集していただいて掲載していただくのでも構いません。
    病院で診断してもらったわけではないので過敏性腸症候群かどうかはわからないのですが,私はある特定の食事をすると(特定のレストラン,特定のメニューなど),ひどい時には30分以内(まさに食事をしている最中)にひどい下痢に見舞われるようになりました。一番酷かった頃には,食事をした時に限らず普段から下痢っぽくなり,毎朝のように下痢をしておりました。
    ところが,たまたまビタミンEのサプリメントを摂るようになったところ,日常の下痢がピタリとおさまりました。長年,ビオフェルミンなどを飲んだりしてなんとかならないかと苦しんでいたのですが(多少の効果ありましたが十分ではありませんでした),ビタミンEは私にとっては本当に効果覿面でした。さすがに,ビタミンEを摂りながら,その「特定の食事」を試してみる勇気はありませんので,そちらも抑えられるのかはわかりません。
    どなたかに研究してもらえないかと思いつつ,素人の1体験ではなんともならないかなと思っておりました。先生のこの論文ウォッチを拝見し,もしかしてと思いビタミンEとIgEに何か相関がないのかネットで検索してみましたら,「ビタミンEはIgE産生の抑制」などの情報を見つけ,どうなのだろうと気になりましたので,コメントを残させていただきます。
    ビタミンEは大量にとりすぎると血管系によくないことがある?との記事を読み,今はサプリメントを取るのをやめましたが,症状はおさまった状態です。それでもたまにお腹が緩くなることがありますので,そんな時はチョコやアーモンドを摂るようにしています。
    参考になれば幸いです。

    1. nishikawa より:

      IgEの合成や効果はビタミンEとは無関係です。また、ビタミンEが一般的にIBSに効くというわけではないと思います。実際、IBSの患者さんの毎日の食事を調べた論文があり、百八十人ぐらいの数ですが、患者さんの方がビタミンEの摂取量が高いという結果でした。しかし、今は調子が良さそうですから、自分にはビタミンEが合っていたと考えておけばと思います。とは言え、同じことが他の人に当てはまるかはわかりませんが。

  3. T K より:

    お返事ありがとうございます。
    そうですね,私にとってはどういうメカニズムかはわかりませんがビタミンEが効いたと思っておりますが,他の方に通じる現象なのかはわかりませんので,読まれた方に誤解を招いて欲しくはないです。食事をした時のレスポンスが早いですし,周りからは「神経的なものでは?」と言われたりしていたもので,不思議に思っております。
    アレルギーの事とかは全く知識がないのですが,以下の論文があるようです。この実験系のアレルギー反応は食べ物への反応・下痢とはまた違うメカニズムなのでしょうか?的外れでしたらすみません。
    Biosci Biotechnol Biochem
    . 2003 Oct;67(10):2176-82. doi: 10.1271/bbb.67.2176.

    1. nishikawa より:

      radical scavengerなので、抗炎症効果も期待できるとは思います。

  4. 松岡芳子 より:

    消化管免疫と細菌叢と疾患の関連は、次々と新知見が出ており、治療や健康食品に応用されているようですが、医療現場の実際とはかけ離れてもてはやされている感じすらします。細菌叢との相互作用、消化管アレルギー、自己免疫疾患などを概観できる総論等は新しく出ていますか?少し頭を整理するお助けを!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。