様々な原因で長く続く痛みは、肉体的にも精神的にも私たちを疲弊させてしまう。このため、痛みをとるという技術は、医療にとって最も重要な技術で、これまで様々な方法が開発されてきた。しかし、今もなお慢性的な痛みのスタンダードが麻薬であることをみると、この分野の薬剤開発の進展が遅いことを示している。
しかし、局所原因に起因する慢性痛の伝播については研究が進んでおり、voltage dependent Na チャンネル、特にNav1.7が重要な働きをしていることがわかっている。実際、局所麻酔に使うリドカインはこの分子を標的にしているが、効果は短い。また、これまで開発された薬剤は、Nav1.7以外のvoltage gated Naチャンネルにも結合することから、副作用の問題を抱えていた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校から発表されたNav1.7遺伝子発現を抑制して痛みを抑えるという論文を読んで、なるほどこの手があったかと感心した。タイトルは「Long-lasting analgesia via targeted in situ repression of NaV 1.7in mice (局所的なNaV1.7発現抑制による長期の鎮痛作用)」だ。
確かに、持続的な痛みの原因が局在している場合は、局所を支配する感覚神経のNav1.7発現を抑えてしまうのが最も効果的治療なのは十分納得できる。この分子の変異で無痛症になる人もいるが、生命機能には影響しないこともわかっている。事実、これまでmiRNAを用いたり、shRNAを用いて治療する試みは進められていたようだ。
今日紹介する研究は、ストレートにNav1.7 mRNAを抑えるのではなく、Nav1.7遺伝子領域に結合して遺伝子発現を抑制する一種エピジェネティックな方法をとっている。具体的には、切断活性のないCas9に遺伝子抑制活性のあるKRAB遺伝子を結合させたキメラ分子と、Nav1.7遺伝子を標的にするためのガイド遺伝子を導入する方法、及びNav1.7遺伝子に直接結合できるよう設計したZinc FingerにKRABを結合させたキメラ分子を作成し、それぞれの遺伝子を神経指向性があるAAC9ベクターに組み込んで、脊髄に髄膜内投与し、様々な痛みを抑制できるか調べている。
マウスに脊髄髄膜注射を行っているのには驚くが、結論は明確で、どちらの方法でも様々なタイプの痛みを抑制することができる。また今流行のCas9と比べたとき、標的遺伝子との結合が上手く設計されて居れば、zinc fingerも十分な効果を発揮するし、AAV9ベクターにもパッケージしやすい。さらに驚くのは、鎮痛効果が持続することで、AAV9ベクターはゲノムに組み込まれないものの、zinc fingerの場合なんと300日も効果を発揮している。
今後は、RNAを直接標的とする方法との比較になるが、遺伝子発現のレベルでNav1.7を抑制する方法は、特に局在する慢性の痛みを断つ方法として、将来最も普及することを予感させる結果だ。期待したい。
RNAを直接標的とする方法との比較になるが、遺伝子発現のレベルでNav1.7を抑制する方法は、特に局在する慢性の痛みを断つ方法として、将来最も普及することを予感させる
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痛み調節にも“遺伝子治療”登場でしょうか?