6月15日:雄がヒトやサルの進化を引っ張る(6月13日掲載Science誌論文)
2014年6月15日
ダーウィンの考えた進化は、「子孫に伝わる変異が集団の中でランダムに発生し、その変異の中から生殖能力の高い個体が選択され子孫を作るより高いチャンスに預かること」とまとめられる。単細胞動物だとこの概念は個体の優劣ですむのだが、高等動物になると生殖には雄と雌が必要だ。従って、子孫には雄の精子に発生した変異と雌の卵子に発生した変異が複合し、この変異が子供世代の競争の基盤となる。ではこの時の変異は雄雌どちら側から寄与することが多いのか?もし雄(or雌)からの変異が多いとすると、自然選択で選ばれる変異に雄(or雌)がより多く寄与することになる。この問題はこれまでも様々な種で研究されており、ヒトでは雄の精子に発生した変異が、子供世代の変異に多く寄与することがわかっていた。ただ人間の生殖上の選択圧力とは何かなどと考えだすと混乱するだけなので、人間に近くて、自然選択も観察可能なチンパンジーでこれを確認したのが今日紹介するウェルカムトラスト人間遺伝学センターの研究で、6月12日付けのScience誌に紹介された。タイトルは「Strong male bias drives germline mutation in chimpanzees(チンパンジーの生殖系列の突然変異は雄からの寄与が大きい)」だ。研究は3世代9匹のチンパンジーのゲノム配列を調べ、交叉(乗り換え)と呼ばれる大きな染色体の交換と、遺伝可能な生殖細胞系列の新しい変異の数を調べている。即ち親に無い変異は全て新しい変異になる。結果は予想通りで、親の生殖細胞に10−40個位の突然変異が起こり子供に持ち込まれるが、そのほとんどは雄からで、しかも雄の年齢とともに突然変異の数も増えると言うものだ。この結果をそのまま受け取ると、進化は雄の生殖能力の競争レベルの選択圧を色濃く反映し、雌の競争の寄与は少ないと言うことになる。これを裏付けるように、チンパンジーのX染色体は他の染色体に比べ遺伝子の変異が少ないことがわかっている。多くの動物で雄の形態が大きく変化しているのを見ると、なるほどと納得するが、せっかく読んだのに驚くほどのことは無かったと言うのが正直な印象だ。しかし多くの動物種で、強い雄と言えども群れを支配できるようになるのは生殖可能になってから更に時間がたってからだろう。私たちは変異と言うとすぐに悪いイメージを持つが、進化のためには種内に多くの遺伝子の多様性が生まれることが必須だ。一頭の雄が年齢を重ねて競争を勝ち抜き、その後長く群れを支配するシステムは、わざわざ変異が蓄積してから生殖が始まることを意味し、変異の頻度を上げて進化速度を速めると言う意味では合理的に思える。ゲノム解読は野生動物観察にも大きな変化をもたらしつつある。