3月16日:腎臓がんとコレステロール(英国泌尿器科学会誌オンライン版掲載論文)
2014年6月16日
自慢話から始めたい。卒業してから約7年大学で臨床医として働いたが、あまり役に立たつ医者ではなかったと思う。ただ、一つだけ密かに達成感を得たことがある。それは「瀰漫生汎細気管支炎」で寒冷凝集反応が中程度上昇することを発見したことだ。これは現在この病気の診断基準として採用されているが、診断基準として採用されるまでには私の同僚の平田君や上司の泉さんの努力が必要だったようだ。私自身は結果を見ること無く留学してしまった。20年ほどしてたまたま内科の雑誌を見てこの基準が利用されていることを知ってうれしかった。ただ問題は、なぜ瀰漫生汎細気管支炎で寒冷凝集反応が上昇するか、原因が全くわからなかったことだ(現状は調べていない)。臨床のマーカーにはこんなケースが多くあり、診断的価値が多い場合もある。今日紹介する英国泌尿器科学会誌に掲載されたウィーン大学の論文はそんな典型で、腎臓がんとコレステロール値の相関を調べた研究だ。「Preoperative serum cholesterol is an independent prognostic factor for patients with renal cell carcinoma (RCC)(術前の血中コレステロール値は腎臓がんの予後を決める独立した要因)」がタイトルだ。「え、こんなこと」と思って論文を調べてみると、同じ結果は我が国の東京医大のグループによって今年の1月の雑誌Urologyに発表されている。従ってこの論文はその確認をした論文と言うことになる。残念ながら東京医大の研究には気づかなかった。どちらも読んでみたが結果は同じだが、東京医大の研究はコレステロール値を200mg/mlを基準にとった一方、ウィーン大学の研究は対象に選んだ800名ばかりの患者さんの平均値161mg/mlを基準として設定している。この結果、ウィーン大学の方が相関が強く出ているが、結果は同じでコレステロール値が低いと、予後が明らかに悪いという結果だ。例えばウィーン大学の結果だと、腎臓がん全体で見たときの5年生存率が高いグループで88%に対して、低いグループでは62%と大きな差になっている。東京医大はClear Cell Cancerと呼ばれるがんについて調べているが、ウィーン大学の結果では腎臓がんならどのタイプのがんでもコレステロール値との相関があるようだ。東京医大Gは本当かどうか結論するには慎重なようだが、ウィーン大学はこの相関ははっきりしており予後判断に積極的に利用すべきと結論している。なぜこの様な相関が見られるのか、もしコレステロールの値を高く維持できれば経過を良くすることが出来るのか、寒冷凝集反応のときと一緒でまだわからない。しかしこの現象から新しい治療戦略が生まれるかもしれない。論理で説明できなくとも統計的な関連があればそれを真実として利用して行くしたたかな技術が医学だと実感する。