TGFβシグナルは様々な線維症などの主役であることがわかっているが、薬剤の開発は難しい。というのも、このシグナルを抑制すると全身の強い炎症が副作用として起こることがわかっている。そのため、肺線維症をTGFβ阻害剤で治療する試みは全て頓挫している。
これに対し、今日紹介するGenentech社からの論文は、流石に伝統ある創薬ベンチャーと思わせる発想でこの難題に取り組んだ力作で、8月4日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「TGFβ2 and TGFβ3 isoforms drive fibrotic disease pathogenesis(TGFβ2 と TGFβ3アイソフォームは線維症の病因となる)」だ。
この研究はTGFβシグナルには3つのアイソフォーム、TGFβ1、TGFβ2、TGFβ3が存在し、最終的なシグナルは同じ経路に集約されるので、TGFβ1シグナルに比して、残りのアイソフォームの研究がほとんど行われていないことに着目している。そして、TGFβ1以外のアイソフォームを抑制することで、TGFβ1抑制により発生した副作用なしに一定程度繊維化を止めることができるのではと着想した。あとは、さすが伝統的創薬ベンチャーの仕事と思わせる実験を重ねて、マウスの線維症モデルを治療する前臨床にまでこぎつけている。
- 肺線維症が起こっている組織では3アイソフォームすべてが発現しているが、TGFβ1は血液系細胞で発現しているのに対し、TGFβ2、TGFβ3はともに線維芽細胞で発現している。また、それぞれは不活性化型で分泌されるが、活性化させるメカニズムは異なっており、TGFβ2、TGFβ3の活性化の閾値が低い。
- TGFβ2、TGFβ3を組織特異的にノックアウトしたマウスでは、ブレオマイシンにより誘導される肺線維症が抑制されている。そして何よりも、TGFβ1を抑制することで起こる副作用が全く起こらない。
かなり割愛したが、要するにTGFβ1ではなく、TGFβ2、TGFβ3アイソフォームを抑制する戦略で肺線維症が抑えられる可能性をマウスモデルで示している。これでも面白いのだが、さすがGenentechで、なんとそれぞれのアイソフォーム特異的に、TGFβシグナルを抑制するモノクローナル抗体を開発し、TGFβ2、TGFβ3特異的、さらには両方の機能を抑制できる抗体の開発に成功している。
さらに分子結晶解析で抗体の作用を調べ、TGFβ2、3両方のシグナルを抑制する4A11抗体の作用が、TGFβの立体構造を変化させ受容体結合がうまくいかなくなるアロステリック作用によることまで確認し、肺線維症、および肝臓繊維化モデルを用い、4A11抗体投与が完全ではないにせよ、強く繊維化を抑制できることを示している。
以上が結果だが、驚くのは、このために抗体の体内動態まで調べて投与量を決めている点、4A11だけでなくTGFβ2、TGFβ3特異的な抗体もキメラ抗体として使えることを示唆している点、さらにはモノクローナル抗体をラットだけでなく、ウサギを使って作っている点など、持てる技術を総動員できる創薬企業から学ぶことは多い。
要するにTGFβ1ではなく、TGFβ2、TGFβ3アイソフォームを抑制する戦略で肺線維症が抑えられる可能性をマウスモデルで示している。
Imp:
重要だけど複雑な活性化機構・細胞内シグナル伝達経路のため、“良い創薬標的なの?”と尻込みしてしまう
TGFβに果敢にチャレンジする精神に拍手!
このような報告をみると、日本の大学のように大学院生を中心に研究するスタイルは、限界に来ているような気がする。ベンチャー企業に期待する風潮もあるが、よい手立てはないものかと考えてしまいます。