障害されると顔の認識ができなくなる相貌失認症が起こる脳の「顔領域」は、記憶したイメージからのトップダウンの神経活動と、視覚刺激からのボトムアップの活動を統合する領域で、私たちの社会生活には欠かせない。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、アカゲザルの顔認識をさらに細かくカテゴリー化して、親しい顔にだけ反応できる神経細胞を特定し、その性質を調べた論文で、7月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「A fast link between face perception and memory in the temporal pole (脳側頭極での顔の感知と記憶の早い結合)」だ。
研究は、アカゲザルに様々なカテゴリーの人間やサルの顔写真を見せ、特定のカテゴリーに反応する神経細胞を、一個づつ電極を刺して調べる、今では古典的ともいえる方法で行われており、私のようなロートルには懐かしい。
ただ、無闇に電極を刺すわけではなく、最初に機能的MRIを用いて、あらかじめ反応する領域を大まかに決めておいて、次に電極で神経活動を記録すると言う順序で行っている。実際には、これまで顔領域として知られている、側頭極の下側(anterior-medial area :AM)と、最近馴染みの顔に反応する領域ではないかと示唆されている側頭極上部(temporal pole area:TP)に焦点を絞って記録を行なっている。
あらかじめ用意した270種類の写真を猿に見せながら、それに対する個別の神経反応を記録すると言う、いわゆるムスケルアルバイトで、ほとんどコンピュータによる処理が行われていない点も、ロートル向きだ。
結果は極めて満足できるもので、これまで知られていたようにAMは、人間であれサルであれ、見ているのが顔であれば反応する神経が存在しており、一方TPには馴染みのあるサルの顔だけに反応する神経が存在することを発見している。すなわち、TPは馴染みがあると言う記憶を、網膜から得た形の感知と繋げている。
一旦細胞が特定できると、様々な実験が可能になる。例えば、写真のコントラストを落として細部がわからなくして、徐々にコントラストを上げていくと、TPの馴染み細胞はコントラストがないと細部がわからず反応できないが、コントラストが上がると徐々に反応が高まる。一方、AM細胞は、コントラストがなくても顔とは認識できるので、コントラストにかかわらず一定の反応を示す。
今度は、写真全体にマスクをかけて、霧で見えないような状態から順々に霧をはらしていくと、TPもAMも霧が晴れ始めた時点で反応が始まる。
さらに面白いのは、馴染みかどうかの判断だが、輪郭、目、口、鼻など部分で記憶しているわけではないが、顔の輪郭を外しても全ての部分が残って居れば馴染みとして反応する。一方、顔のカテゴリーに反応するAM神経は、輪郭、目、鼻などの部分にも反応できる。ただ、なぜか口には反応しない。
最後に、顔認識の後馴染みの認識がくるのか、階層性について様々な実験を行って調べ、それぞれのリンクは独立して感知されたインプットに即座に反応するのに役立っていることを示している。
結果はこれだけで、馴染み細胞を見つけただけで、どうつながっているのか全く不明のままだと言う人もいるかもしれないが、馴染みとは何かを考えさせる意味でも面白い論文だった。おそらく馴染みと、顔の特定とはかなりリンクしていると思うので、知り合いかどうかわからないといった症状を示す人を集めてくると、新しい相貌認識異常の定義も可能かもしれない。
1:馴染みかどうかの判断だが、輪郭、目、口、鼻など部分で記憶しているわけではない。
2:顔の輪郭を外しても全ての部分が残って居れば馴染みとして反応する。
3:顔のカテゴリーに反応するAM神経は、輪郭、目、鼻などの部分にも反応できる。ただ、なぜか口には反応しない。
Imp:
ヒトの顔を視る時、“目”周囲に視点が集中します。
“目は口ほどに物を言う”ことに関係しているのでしょうか?