IL-2 は脊髄動物進化の後期に現れたサイトカインで、そのシグナルは複雑だ。というのも、受容体はα、β、γの3ユニットからできており、それぞれは独自のシグナルを誘導する。また、細胞分化の過程で、それぞれの発現が異なり、例えば未分化なT細胞ではαの発現が低くIL-2の作用が限られる。しかも、同じ受容体を使うほかのサイトカイン、IL15やIL7まで存在しており、生体でこれほど複雑なシグナル系がうまく利用されているのは驚くべきことだ。ただ、医療に使うという点ではこのような複雑なシグナル系に阻まれて、かなり最初に発見されクローニングされたサイトカインであるにもかかわらず、臨床応用はほとんど進んでいない。
これに対し、3種類の受容体を区別して刺激する方法の開発が進んでおり、これまで紹介したようにモノクローナル抗体でβγ受容体刺激をブロックし、IL-2が最初にαに結合できるようにする方法、あるいは逆にαに結合せずにβγだけに結合するよう設計し直し、キラーだけを誘導できるようにしたIL-2などが開発されている。
今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、IL-2を人為的に変異させて受容体の結合を変化させることで、ガン治療に最適のキラーT細胞を培養できる可能性を秘めたサイトカインの開発で、9月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「An engineered IL-2 partial agonist promotes CD8 + T cell stemness(操作したIL-2の部分的アゴニストはCD8陽性T細胞の幹細胞的性質を促進する)」だ。
このグループは受容体とIL-2の構造解析を元に、IL-2の受容体結合性が変化した遺伝子変異体を作成し、α受容体が存在しなくても強くβγを刺激できるH9と呼ぶ変異IL-2を2012年に開発していた。この論文はその延長で、H9の129番目のアミノ酸を変異させて、γ受容体への結合を低下させ、よりβ下流シグナルだけが活性化できるようにしたH9Tの作用の解析だが、結果はおそらく期待以上で、増殖力を維持した幹細胞型、あるいはメモリー型のT細胞特異的な増殖に成功している。この分野はそのまま臨床応用につながり、競争が激しいので、論文掲載までの抵抗が大きかったようで、なんと論文掲載までにまる2年を要している。
さて結果だが、H9TでT細胞を培養すると、エフェクターへの分化を抑えたまま、キラーT細胞を増殖させることができる。すなわち、キラー活性に関わる分子、サイトカイン、さらにチェックポイント分子の発現は全く起こらないまま、細胞の増殖が続く。
クロマチンの構造を調べるATAC-seqで調べても、幹細胞型のクロマチン構造を維持したまま増殖が持続していることがわかる。さらに驚くのは、増殖細胞の代謝を調べると、IL-2で刺激した細胞と比べると、糖分解が抑えられたエネルギー代謝へとシフトしていることがわかる。この原因をさらに探ると、H9T刺激では、STAT5の活性化が抑えられており、これがチェックポイント分子の発現低下や代謝の変化につながっていることが明らかになった。
かなり割愛して紹介したが、まとめると、γ受容体への結合を低下させ、β受容体により選択的に結合するよう操作したIL-2変異体は、γ受容体下流のSTAT5活性化を抑えることで、チェックポイント分子の発現を低下させ、また未分化段階の嫌気的なエネルギー代謝が維持され、結果として分化が低下し、自己再生能力の高い幹細胞的性質を維持したままT細胞の増殖を維持させることが明らかになった。
最後にH9T を用いてメラノーマ抗原とともに試験管内で増殖させたT細胞の抗ガン活性を、マウスメラノーマ移植モデルで確かめると、IL-2で増殖させたT細胞と比べ、高い抗ガン活性を発揮する。また、CD19抗体をキメラ受容体として用いるCAR-Tを、H9Tで増殖させると、通常のIL-2を用いて増殖させたT細胞と比べて、極めて高い抗ガン作用を持つことを示している。
以上、腫瘍浸潤T細胞の試験管内での増殖、CAR-Tの試験管内増殖、さらにはガン抗原による試験管内での刺激・増殖、によるガン治療の可能性に大きく道を開くサイトカインが開発できたのではと期待できる、面白い論文だった。
生体でこれほど複雑なシグナル系がうまく利用されているのは驚くべきことだ。
ただ、医療に使うという点ではこのような複雑なシグナル系に阻まれて臨床応用はほとんど進んでいない。
Imp:
継ぎはぎ・継ぎはぎの偶然による“進化”の結果。
人間の意図に基づいて“再配線”を行う時代(合成生物学)が到来。