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10月8日 リプログラミング問題 (10月14日号 Cell 掲載論文)

2021年10月8日
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山中さんが米国Wislerでの会議で初めてiPSの話を公開したとき、たまたま座長を務めていたが、あのときの会場の興奮は忘れることはない。しかし、日本に帰ってこの話を宣伝しても、「アーチファクトにすぎない」という厳しい反応が多かった。その後、外国であまり騒ぐのでJSTも支援が必要ではないかと考えたようで、当時の理事長が本当にノーベル賞級の仕事かとわざわざ聞いてきたのを覚えている。

その後の経緯はもう紹介する必要はないだろうが、発生学の原則に反するリプログラミング問題は常に厳しい批判にさらされてきた。ただ、山中iPSはリプログラミング問題を受容する閾値を下げたことは間違いない。その結果現在まで、様々なリプログラミング研究が発表されてきた。

特に最近のトピックスは、脳内で遺伝子操作を行うと、グリア細胞を神経細胞にリプログラムできて、パーキンソン病まで治療可能であるとする研究だ。もともと、アストロサイトと神経細胞が転換可能であることは、私が現役時代、Raffらにより試験管内で示されており、本当なら素晴らしいというイメージで見てきた。

今日紹介するテキサス大学からの論文は、脳内のグリア細胞を遺伝子操作で神経へリプログラミングできるという研究が、ほぼ全てアーチファクトを見ているに過ぎないことを示した研究で、10月14日号のCellに掲載された。タイトルは「Revisiting astrocyte to neuron conversion with lineage tracing in vivo(体内でアストロサイトから神経への転換を追跡した実験を再検討する)」だ。

はっきり言って、体内でのグリア・神経リプログラミング全否定の論文で、これまでの実験に使われた方法論を再検討し、結果は再現できるが、結果の解釈は完全に間違っていると結論している。

  1. 多くの実験で、アデノウイルスをベクターとして用い、グリア特異的プロモーターを発現に用いた遺伝子導入システムが用いられているが、遺伝子の発現がグリア細胞特異的という前提で全てが解釈されている。しかし、ゲノム操作で細胞系列をラベルした実験と組み合わせると、この前提が全く間違いであることがまず示されている。すなわち、グリア特異的と考えていた遺伝子操作が神経細胞でも起こっており、局所で現れた遺伝子導入された神経細胞は、元々神経細胞だったという話になる。
  2. 遺伝子転換に用いたNeuroD1は、神経分化に影響がない突然変異型でも、同じ実験結果が得られる。すなわち、NeuroD1本来の効果が現れたとは考えられない。
  3. これまで転換を誘導しやすくすると考えられている脳の損傷は、全くアストロサイトの分化に影響しない。
  4. ではなぜグリア特異的プロモーターが神経細胞で働いて、神経細胞を標識してしまうのか?これについては、アデノウイルスで神経に導入されたNeuroDが、アデノウイルス自体の刺激とともに、利用したGFAPプロモーターを神経細胞内でも活性化してしまって、あたかもNeuroDによって神経が誘導されたとように見えてしまう。
  5. これまではNeuroD1を用いる実験の否定だったが、さらに最近話題になった、クリスパーを用いてPTBP1をノックダウンする実験についても追試を行い、アデノウイルスを用いたノックダウン実験自体が再現できないだけでなく、ノックダウンできても神経転換は起こらないことを示している。

実際、PTBP1ノックダウン実験は、パーキンソン症状が治療できるというところまで示した研究で、これが全否定されたことの失望は大きいと思う。いずれにせよ、リプログラミングには常にこのような、時によってはねつ造とすら考えざるを得ない問題が伴うことを再認識させてくれる、面白い論文だった。

最後に個人的な印象だが、最初の頃の実験は別として、最近2年に集中しているNeuroDやPTBP1とリプログラミングの論文は、研究室の所在はともかく、全員が(今日紹介した論文も)中国名が責任著者を占めているのが気になった。おそらく、早く情報を仕入れて論文に仕上げるスタイルの研究が、中国ネットワークで形成されているように思う。まさに中国が科学大国になってきた証拠だが、このスタイルからはトップジャーナルの論文は出ても、山中さんのようなオリジナルな研究は出る確率は低いので、コップの中の嵐と冷静に見ておればいいだろう。

  1. okazaki yoshihisa より:

    脳内のグリア細胞を遺伝子操作で神経へリプログラミングできるという研究がほぼ全てアーチファクトを見ているに過ぎないことを示した研究
    Imp:
    がっかりさせる論文ですが、真実を突き留めた興味深い論文です。
    生命科学研究に発生しやすい“勘違い”の例ですが、やはり実在するんですね。

  2. N.H. より:

    今回の論文で、PDの遺伝子治療の可能性は、現段階で全くなくなったということでしょうか?
    て、その一つがなくなったということであればいいのですがそれともPDの遺伝子治療にはいくつかの方法があっ。。。

    1. nishikawa より:

      現在治験が行われている、ドーパミン合成経路遺伝子を導入する方法は、エビデンスもありそのまま続いています。

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