8月2日、読売新聞は国立国際医療センターの研究グループの研究について、「低血糖起こす糖尿病患者、心筋梗塞リスク高い」という見出しの記事を掲載した。
(http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130801-OYT1T00906.htm )
例のごとく、実際の研究方法の紹介が不十分であるため、わかりにくい記事だが、紹介された結論は重要だ。低血糖発作を起こす危険の高い患者さんに対しては、血糖を正常化する事だけを目標にして治療を行うと逆効果になる事を警告する仕事だ。論文にも書かれているように、患者さんに会わせて治療する事の重要性が示されている。
科学報道ウォッチを始めるまでこの様な臨床論文を読む事はあまりなかった。この論文を読んで最も驚いたのは、これまで発表された論文をサーチし、その分析からこの結論がえられている事だ。すなわち、この研究は、自分自身でフィールドを設定し、患者さんをリクルートして研究を行っている訳ではない。文献を検索し、報告されたデータを注意深く科学的に分析し、結論を出している。この仕事からわかる事は、世界中の病院で蓄積し続ける患者さんのデータがいかに大事であるかと言う当たり前の事だ。もちろん、各医療機関では医療に関わる専門家が、一人一人の患者さんのデータを正確に記載する。即ちこの科学性が、他の専門家にも利用可能なデータの蓄積を可能にしている。
この記事に関して8月9日に紹介したPatientLikeMeをもう一度考えてみよう。前にも述べたが、このいわば患者さんのフェースブックサイトには、それぞれの患者さんが丁寧に記載したデータが大量に蓄積し続けている。しかし、患者さん達のほとんどは専門家ではない。これまで、患者さん自身が記載すると言うだけで、科学的に意味がない主観的データとして排除されて来た。勿論、アンケート調査と同じで、うまくサイトが設計されておれば、十分正確な情報をえる事が出来る。実際、幾つかの論文がこのサイトで公開されている患者さんが記載したデータを元に出版され始めている。例えば、Natrure Biotechnologyに2011年掲載されたPaul Wicksらの論文( Nature Biotechnology, 29巻、5号、411ページ) では、PatientLikeMeサイトのALS患者さんのが記載したデータだけを元に、炭酸リチウム治療は効果がない事を結論している。勿論、私はこの結論がすぐ鵜呑みに出来るとは思っていない。当分はこれまでの研究手法との比較が必要だろう。事実この仕事で扱われた薬剤の効果については、その後2重盲検法を使った研究が行われ、同じ結論が出ている。この様な繰り返しで、主観的データの利用の可能性を探す事が重要だ。しかしこれらの研究では、科学性に疑問があるデータとして、これまで医学が排除して来た患者さん自身の記載するデータを再評価すると言う新しい方向が示されている事だ。この方向の本当のポテンシャルは、気分や、その時々の感じと言った、いわゆる主観的な感覚(クオリアと呼んでも良い)まで対象にする新しい科学の芽がここにある点だ。特に精神的な病気、あるいは病気になる事によるそれぞれの気分などを考える科学への途方もない可能性がある。更に言えば、医学・生物学が人文科学と本当の意味で統合される可能性がある。今後も、この様な新しい動きについては折にふれ紹介していきたい。