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11月23日 えっ!小脳が食欲を調節する?(11月17日 Nature オンライン掲載論文)

2021年11月23日
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次回「生命科学から読む哲学書」は、デカルト、ライプニッツと来て、当然スピノザになる。スピノザの著作を読むと、あまり生命科学とは関係がありそうにないのだが、全体として眺めたとき、全く新しい自然観で人間精神を位置づけたというストーリーが頭に浮かび、これに沿って現在執筆中だ。彼の、人間の身体も精神も大きな自然から生まれてきたという、統合的自然観は、現代の生物学に最も近い。だからこそ、彼は生涯の最後に、それまで神の領域として考えられてきた「倫理」をテーマに選び、自然から精神まで統合的自然観の中に位置づけた「エチカ」を書いたのではと思っている。

このときスピノザが自然と精神をつなぐ糸として注目したのが、我々生命体の感情、欲望だが、この領域の最近の研究を見ていると、身体と精神が本当にうまく統合されているのがよくわかる。最も研究が進んでいるのが食欲で、カロリーバランスという身体的要求性と、快、不快といった食べ物に対する感情、さらには理性が統合された食欲調節機構ができあがり、研究もかなり進んでいる。まさに、「生きるために食べるのか、食べるために生きるのか」という古くからの疑問が、このシステムの中に相反せずに凝縮している。

とはいえ、まだまだわからないことは多い。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、小脳の深部神経核という意外な場所の神経が、食欲調節のかなり上位の機能を担っているという驚くべき研究で、11月17日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Reverse-translational identification of a cerebellar satiation network(逆トランスレーショナル研究により小脳の満腹ネットワークを特定する)」だ。

この研究は、DNAメチル化によるインプリンティング異常として有名なPrader-Willis症候群の患者さんに見られる過食に関わる脳領域を、fMRIを用いて特定することから始めている。これまでの研究で食欲に関わるサーキットとして、視床下部、辺縁系、そして前頭皮質がよく知られていたためか、Prader-Willis症候群の過食も、これらの領域が関わるとされていた。しかし、食事を摂取したときの神経活動の注意深い比較から、Prader-Willis症候群で活動が最も変化しているのが、小脳の深部神経核であるという驚くべき結果を得ている。すなわち、この領域の機能が低下すると過食に陥る。食欲のような意識と無意識が合体した脳回路が関わる場合、人間でしかわからないことが多いことが、この研究の重要なメッセージだ。

後は、マウスを用いて小脳深部核と食欲との関わりを調べ、

  1. 小脳深部核前部のSpp1,Miat, Crhr1などを発現するグルタミン作動性神経の興奮が、食欲を抑える。
  2. この神経核興奮による抑制は、神経的な感覚(空腹など)と関係なく、一定のカロリーを摂取したことを感知した腸内の迷走神経を感知しておこる。
  3. 空腹に反応する弓状核agouti受容体神経を刺激すると、摂食が誘導されるが、このとき小脳深部核を同時に刺激すると摂食が抑えられる。すなわち、小脳深部核による調節が上位にある。
  4. 食事にありついたご褒美回路として知られるドーパミンとの関係を調べると、小脳深部核刺激は、線条体のドーパミンレベルを高め、食べたときにご褒美効果反応を鈍らせることを示している。
  5. ドーパミンが低下すると神経性食思不振に陥ることが知られており、ドーパミンレベルを上げて食欲を抑えるというのは一見矛盾しているように思えるが、食事に対してドーパミンのレベルが上がり下がりすることが重要で、ドーパミンがないとこの反応は消失するし、逆にドーパミンレベルが高いと、食事ごとの反応が鈍ると考えられる。

以上が結果で、食事の量の感知と、食欲という感情をつなぐ重要な回路がまた一つ見つかったことになる。スピノザへと思いが馳せる面白い研究だった。

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