AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 1月25日 オミクロンモンスターはクジャクを彷彿とさせる(1月22日 Science オンライン掲載論文他)

1月25日 オミクロンモンスターはクジャクを彷彿とさせる(1月22日 Science オンライン掲載論文他)

2022年1月25日
SNSシェア

クジャクを見ると、ダーウィン進化アルゴリズムのパワーに驚くとともに、この形が生まれる過程を説明することがいかに難しいか思い知る。人間にとって美しい鳥という観点から見ると、もちろんクジャクは進化の極致を行っている。しかし一方で、動きは鈍くなるし、大きな危険を抱えることになる。これを説明するためには、時間を巻き戻してクジャクの進化が起こった過程と環境を再現する必要があるが、これはほとんど不可能に近い。結局、遺伝子変異を眺めて想像するしかない。

同じような状況がCovid-19禍ではオミクロンに見られた。スパイクだけで語ることが危険であるのは承知の上で言うと、これまで我々が経験してきたα型からδ型まで、遺伝子変異は限られており、段階的な進化が起こったなと感じることが出来る。ところが、昨年現れたオミクロン株はスパイクだけでも15種類の変異が重なっており、これまでの3倍の変位数だ。

メディアではこの変異の数を感染力と直結させているが、生物をかじったことがある人なら、感染という形質から見ると、変異が多いことは逆に感染力が低下する危険につながる方が多いと思ってしまう。まさに、オミクロンモンスターはクジャク進化と同じ問題を抱えている。

幸い様々な方法で、オミクロンモンスターの感染力を調べることが出来るのが今の科学だ。まず、最も気になるスパイクについて、構造解析が行われ、これほどの変異がACE2結合にどう影響しているのかが調べられた。一編は中国北京科学アカデミー研究所からで、現在はまだpre-proofの段階だ。もう一編は、カナダブリティッシュコロンビア大学からで1月22日Scienceにオンライン掲載された。

正直、中国の論文の方が包括的な研究だが、結論は同じだ。

1)ACE2と結合している立体構造を見ると、多くの突然変異を有するにもかかわらず、δとACE2との結合に類似しており、結合表面が他と比べて広い。

2)この結果、ACE2との結合だけで見ると、δ株とほぼ同等、実際にはδの方が少し結合が高い。

3)変異の多くはACE2との結合サイトに起こっている。しかし、そのうちの多くはACE2との結合を低下させる。この低下を補うようにして、いくつかの変異がこの結合低下を代償している。これには、変異により起こるsalt-bridgeの変化が大きく関わっている。

4)δと比較したとき、ACE2との結合力だけが選択圧とは考えられない。カナダのグループは、感染やワクチンにより出来た抗体をすり抜ける選択圧が、これほどの大きな変異を生み出した、すなわちまず抗体から逃れるという性質が形成され、そのあとでACE2との結合で選択が起こった可能性を示唆している。一方、中国のグループは、オミクロンの変異が、他の動物の中で選択された可能性を示唆している。

以上、おそらくスパイクタンパクは極めてダイナミックで、変異による結合力の低下は、他の部分の変異で代償できるように出来ているように思える。

ただ、構造解析だけからは、現在私たちが経験しているオミクロンの感染力を説明するには至らない。

これについては、まだ査読前だが、ロンドン王立大学からの論文が面白い可能性を示している。

この研究は、様々な細胞を使ったウイルスの感染実験を重ねたものだが、現在の感染状況を説明する様々なヒントが、試験管内実験から得られている。面白いところだけ箇条書きにしておく。

1)まず驚くのが、δと比べたとき、鼻粘膜細胞での増殖力が早いが、時間がたつとほとんど同じになる。これはウイルス分泌でも見られ、24時間目では高いウイルス量を排出するが、48時間になると逆転する。

2)この原因は、感染細胞が速やかに細胞死に陥ることと相関しており、δ株の場合、感染後の繊毛が遙かに長く動いているのが観察できる。これが、早い病気の収束に関わる可能性がある。

3)オミクロンはスパイクが分断しやすい変異を有しており、細胞膜同士の融合をしやすいと考えられるが、実際の融合率は低い。実際、融合に必要なTMPRSS2を発現しない細胞でも感染できる。

4)細胞膜融合の効率が落ちた代わりに、IFITMと呼ばれるウイルスがエンドゾームに取り込まれるのを防ぐ分子の影響を受けずに、エンドゾームに感染できる。

5)エンドゾームを感染の入り口にすることで、多くの動物にかかりやすくなる。

なぜエンドゾームに取り込まれて特異性が低下したのに、上気道感染で止まるのかなど、いくつか気になる点はあるが、査読前とはいえ、この論文から学ぶところは多い。

以上、頭の整理という意味で、オミクロンの機能面を整理してみたが、生物学的にも圧倒的な面白さがある、モンスター、当にクジャクが発生したことは間違いが無い。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。