アンギオテンシン変換酵素(ACE)は、アンギオテンシン(AT)Iを分解してATIIに変換し、血管の緊張性を上げ血圧を維持する機能を持っている。このATIIをさらに変換して、今度は血管をリラックスさせる作用を持つのがACE2で、今回のパンデミックでもっとポピュラーになった生体分子だろう。
このACEと血圧調節については、臨床でも揺るぐことのない事実で、今も多くの人が(私もだが)、ACE阻害剤や、ATIIが結合する受容体の阻害剤を高血圧治療として服用している。既に長期間のデータがあり、効果とともに安全性の高い薬剤と言えるのは、血圧のサーキット以外にACEが働いていないからだと思っていた。
ところが今日紹介するミネソタ大学からの論文は、なんとACE阻害剤が脳内麻薬として知られるエンケファリンを切断して、脳の報償系に作用しており、ACE阻害剤が報償回路に影響する可能性を示した驚くべき結果で、2月24日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Angiotensin-converting enzyme gates brain circuit–specific plasticity via an endogenous opioid(アンギオテンシン変換酵素は脳内麻薬物質を介して脳の回路特異的可塑性の閾値を決める)」だ。
前脳に存在する側座核は基本的に抑制ニューロンからなるが、ドーパミン受容体を発現しており、ドーパミン報償回路の核となっていることが知られている。この研究では、ACEが側座核神経の中のドーパミン受容体1(D1R)を発現している神経に特異的に発現していることに着目し、この機能を調べる目的で、降圧剤として利用されているカプトプリルを脳スライスに転化すると、D1R発現細胞のみで、神経興奮が長期に抑制できることを観察した。すなわち、ACEが機能している。
この機能がATIからATIIへの変換ではないことを確認した上で、ACEが分解するペプチドを探索すると、脳内麻薬物質として知られるエンケファリンの一つ、MERFを切断する作用を持つことを発見する。さらに、D2Rを発現する側座核神経でこのMERFを強く発現していることも明らかにしている。
機能的実験から、カプトリルで処理するとMERFの切断が抑制されるため、細胞外のMERF濃度が上昇すること、ACEが抑制されるとMERFの刺激閾値が低下し、D1Rを発現する側座核神経の興奮が抑制されることが明らかになった。すなわち、ACE阻害は側座核での脳内麻薬物質を高め、D1R発現抑制ニューロンの興奮を抑えることが明らかになった。
最後に個体内でD1R発現細胞の興奮抑制効果を調べる目的でカプトリルの全身投与の脳機能への効果を調べると、
1)合成麻薬フェンタニルのうつ誘導作用効果が強く抑制される、
2)カプトリル自体は大きな行動変化を誘導することはない、
3)しかし社会性の上昇が見られ、μオピオイド報償回路の刺激が高まっている、
ことなどを明らかにしている。
以上、個体レベルでもACE阻害剤により、一見脳内麻薬が高まっている状態が生まれていることが示された。これを副作用というのか、うれしい効果というのかは人それぞれだろう。実際、うつ病の方がACE阻害剤を服用して、良くなったという報告はあるようだ。おそらく我々高齢者にとっては、良い効果の方が多いかもしれない。今はAT受容体阻害剤を服用しているので、次からACE阻害剤に変えてもいいなと思い出した。
1:個体レベルでもACE阻害剤により、脳内麻薬が高まっている状態が生まれていることが示された。
2:うつ病の方がACE阻害剤を服用して良くなったという報告はあるようだ。
Imp:
ACE阻害薬と鬱病の関係。。。意外です。
高血圧で薬を飲んでいる友達が、「以前は怒りっぽかったけれども、薬を飲んでいると怒りが抜けていく感じ」だと高血圧の薬の効果を語っていて、不思議だったんですが、脳への影響のせいだったのかも。
ACE阻害剤は脳関門通れるんですね。
それはすごい。