睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2相が存在することは、専門家以外にも広く知られている。また、レム睡眠が私たちが覚醒時に獲得した記憶を統合して強固にするために必須の過程であることも広く知られている。即ち海馬や前頭全皮質もシナプス結合が一夜にして大きく変化することを示す。実際、シナプスを支える細胞構造、スパインの形態を観察すると、特定のスパインが形態的にも大きくなり、しっかりとしたシナプス結合が形成する一方で、最終的に剪定されてしまうスパインも存在する。機能的にも、レム睡眠は記憶を強固にするだけでなく、記憶を積極的に消失させる、忘れる過程にも関わっている。
このように、レム睡眠のメカニズムは、一般に語られる以上に複雑で、わかっていないことが多い。今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文は、強い感情を伴う重要な記憶の強化に焦点を当て、この記憶強化に関わるレム睡眠の神経回路を調べた研究で、神経科学になれていないと少しわかりにくいかもしれないが、学ぶところの多い研究だ。タイトルは「Paradoxical somatodendritic decoupling supports cortical plasticity during REM sleep(逆説的細胞樹状突起デカプリングがレム睡眠中の皮質可塑性を支持している)」で、5月13日号 Science に掲載された。
この研究では電極で脳波を記録しつつ、前頭全皮質の錐体細胞の興奮をマウス睡眠中にモニターする実験をまず行って、レム睡眠時は、目が動くなど覚醒時に似ているにもかかわらず、錐体細胞の興奮がノンレム睡眠時より低下していることを発見する。一方、樹状突起に焦点を当てて局所の興奮を見ると、逆にレム睡眠では樹状突起の興奮がノンレム睡眠と比べて強く上昇していることが明らかになった。すなわち、樹状突起と細胞体のデカプリングが明らかになった。
これは、記憶の強化を錐体細胞が覚えるのではなく、樹状突起のスパインの局所ネットワークの変化によることを考えると、デカップリングにより刺激や興奮が局所でとどめることが重要で、意にかなった結果であることがわかる。当然、このデカップリングを積極的に進める仕組みがあるはずで、この研究ではまず錐体細胞と樹状突起を別々に支配している制御する抑制精神系の興奮とレム睡眠について調べている。
結果は明確で、樹状突起を直接調節する抑制精神系の活動はレム睡眠時に低下しているが、細胞体を直接抑制する神経の活動はレム睡眠で上昇していることがわかった。すなわち、細胞体の興奮を選択的に抑えることでデカップリングが実現している。面白いことに、ノンレムからレム睡眠に移行するときは、細胞体の抑制を上げて、樹状突起の抑制を下げる方向に反応が起こるが、レム睡眠から覚醒するときには、逆に細胞体への抑制が低下し、樹状突起を抑制する神経細胞の興奮が高まる。これを見ると、睡眠がいかに大変なプロセスかがわかる。
次に、この細胞体を抑制する神経細胞のスイッチを調節するのが、視床から皮質への投射回路であるという可能性について、神経投射の追跡および活動記録を行い、細胞体抑制型神経は、視床腹側基底核から投射を受け、腹側基底核の興奮によりこのスイッチが入ることを明らかにしている。
次に細胞体抑制神経に投射している視床腹側基底核の細胞の活動を光遺伝学的に抑える実験を行い、視床細胞興奮が抑制されてもレム睡眠は起こるが、細胞体の活動は抑制されないこと、即ちデカプリンが出来なくなることを示している。
この条件で、恐怖発作でフリーズするという感情的要因の強い記憶の強化について調べると、レム睡眠は起こっていても、記憶の強化が全く起こらず、マウスは恐怖経験を忘れていることが明らかになった。すなわち、レム睡眠自体ではなく、レム睡眠時に細胞体と樹状突起の活動をデカップリングさせて、シナプスの再構成を局所でとどめることが、記憶の強化に必須であることを示している。
以上が結果で、レム、ノンレムという区分だけでなく、その間に様々な複雑な過程を組み入れることで、毎日記憶を整理し、必要なものを強化、他は忘れることが出来るようになっていることを示す、面白い生理研究だ。
レム睡眠自体ではなく、レム睡眠時に細胞体と樹状突起の活動をデカップリングさせて、シナプスの再構成を局所でとどめることが、記憶の強化に必須であることを示している。
imp.
記憶強化にレム睡眠が必要な科学的証明!