以前顧問をしていたJT生命誌研究館でブログを連載していたが、2014年クリスパー手法を紹介するとき、生物が外来遺伝子流入と戦うだけでなく、それを積極的に利用してきたことを「水平遺伝子伝搬」というタイトルで書いた(https://www.brh.co.jp/salon/shinka/2014/post_000009.php)。この時、例に挙げたのが、昆虫と共生するボルバッキアからの遺伝子伝搬の研究を紹介したが、希とは言え、何十億年もの進化が終わった後も、種を超えて遺伝子が伝搬し、使われるのを見ると、生命は DNAという情報メディアを介して親戚なのだとつくづく思う。
今日紹介する杭州・浙江大学からの論文は昆虫の種を超えて見られる水平遺伝子伝搬 (HGT) を、昆虫のゲノムデータベースを用いてカタログ化し、その進化と機能について調べた研究で、7月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「HGT is widespread in insects and contributes to male courtship in lepidopterans(HGTは昆虫の間では広く見られ鱗翅類ではオスの求愛行動に関わる)」だ。
この論文もそうだが、生物情報の処理力で中国は高い能力をつけてきたと感じる。この研究では、218種類の昆虫ゲノムから得られる蛋白質のアミノ酸配列を昆虫相互とともに、細菌、カビ、ウイルスの配列と比べることで、1410種類の HGT と思われる遺伝子を特定している。
予想通り、これらの HGT の8割はバクテリアから、13%がカビから、そして残りは植物やウイルスから来ている。また、蝶や蛾などの鱗翅目で最も多く見られている。このように、バクテリアと共生し、そこから遺伝子を取り込むのは昆虫の特徴かも知れない。
さて、こうしてカタログ化した HGT が信頼できることを検証した後、次に注目したのが、バクテリアの遺伝子には存在しないイントロンが HGT で昆虫に取り込まれると HGT 遺伝子に挿入され、特に繰り返し配列が多いイントロンが挿入される点だ。
ゲノムを比較して、まずイントロンが昆虫自体のゲノムから導入されることを確認した後、HGT 後イントロン挿入により、遺伝子は長く複雑な構造に変化していくことを明らかにするとともに、同じステージの遺伝子発現データベースから、イントロンの存在によって遺伝子発現レベルが上昇していること、すなわちホストに合わせた遺伝子調節システムが進化していることを明らかにする。
ここまではほとんどデータベースを用いた情報処理技術を駆使した研究だが、最後に、リステリア菌から由来して、現在ほとんどの蝶や蛾に存在する
HGT の一つを選び、この遺伝子を鱗翅目の一種コナガ(Plutella xylostella)でノックアウトし、その機能を探っている。長い話を短くすると、この遺伝子はアルコールデハイドロゲナーゼに属するのだが、ノックアウトされるとオスの求愛行動が低下し、その結果卵の孵化確率が低下することを明らかにしている。
残念ながら、何故この遺伝子が求愛行動に関わるかは明らかになっていないが、リステリアの、しかも代謝に関わる酵素なので、面白い課題が新たに生じたように思う。
いずれにせよ、はっきりと課題が設定できれば、インフォーマティックスでここまで出来るのかと言うことをつくづく感じる研究だ。
予想通り、これらのHGTの8割はバクテリアから、13%がカビから、そして残りは植物やウイルスから来ている。
imp.
遺伝子水平伝播!
昆虫の擬態にも関与してると想像します。