久しぶりにネアンデルタール人のゲノムを解読し、またそれまで明らかでなかった新しい古代人デニソーワ人の存在を証明したペーボさん論文を紹介する。ペーボさんは現在沖縄科学技術大学院大学にも所属されているので、OISTも研究場所に入っている。
前回紹介したペーボさんの論文はネアンデルタール人由来の遺伝子が新型コロナウイルスの重症化や、場合によっては抵抗力に関わることを示した論文だったが、今日の論文はペーボさんのライフワークになっている、現生人類と古代人類の脳の違い、特に言語の発生をゲノムから探る研究方向で、7月29日 Science Advances にオンライン掲載された。タイトルは「Longer metaphase and fewer chromosome segregation errors in modern human than Neanderthal brain development(現生人類の脳発生では、ネアンデルタール人より中期が延長してエラーが減少している)」だ。
これまでと同じく、私たちホモサピエンス(HS)とネアンデルタール人のゲノムを比較して、HSが出始めて現れた変化を特定し、その機能の変化をもう一度ヒト細胞やマウス細胞を用いて検証する研究手法だ。
今回ペーボさん達が注目したのは、細胞分裂時のチェックポイントに関わる遺伝子で見られる、現生人類特異的変異だ。というのも、類人猿と人間のiPS由来脳オルガノイド培養での細胞分裂を比べると、細胞が二つに分かれる分裂期の中期で、人間の神経細胞の方が時間がかかることを発見していたからだ。時間がかかる方が効率が悪いと思ってしまうかもしれないが、中期は紡錘体微小管と染色体が正確に結合するまで分裂を待たせるチェックポイントの役割があり(spindle assembly checkpoint:SAC)、このチェックポイントがうまく働かないと分裂時のエラーが増え、染色体レベルの大きな変異が入りやすい。従って、この過程に関わる遺伝子の変化は、分裂時の大きなエラーにつながる可能性が高い。
この過程に関わる分子を HS とネアンデルタール人で比べると、KIF18a と KNL1 、そして SPAG5 で、類人猿とネアンデルタール人の間には変化がないが、HS だけで起こったアミノ酸変化が全部で6種類のアミノ酸置換を特定している。
面白いことに、マウスも類人猿、ネアンデルタール型なので、実験ではマウスのアミノ酸を人間型に置き換え、新皮質の神経細胞増殖を調べると、KIF1a、 KNL1 それぞれの置換により少しではあるが、中期の延長が見られる。そして、KIF1a,、KNL の変異が合わさると、はっきりと中期の延長が見られることが分かった。
逆に、ヒト iPS の KIF1a、KNL1 をネアンデルタール型に変化させ、脳のオルガノイドを形成させた後、神経細胞の分裂を観察すると、今度は中期が短縮している。すなわち、現生人類の脳神経細胞は、ネアンデルタール人より中期のチェックポイントに時間がかかることがはっきりした。
最後に、この差の細胞学的基盤を調べ、HS 型の分子が合わさると、キネトコアでの SAC の数が増え、染色体の分離時のエラーが起こりにくい、すなわちチェックポイントがより厳しくなることで安全性が高まっていることが明らかになった。
以上が結果で、せっかくマウスが出来ているので、マウスの脳機能を是非知りたいところだが何も言及がない。ひょっとしたら、賢いマウス生まれたという論文が近々発表されるのだろうか。期待したい。
類人猿と人間のiPS由来脳オルガノイド培養での細胞分裂を比べると、細胞が二つに分かれる分裂期の中期で人間の神経細胞の方が時間がかかることを発見した。
Imp:
分裂期中期に要する時間差も一つの違い。
知能がupしたマウスが誕生すると面白いです。