このブログでも、サルから人間の進化、特に脳の進化については論文を紹介してきているが、この目的のために single cell RNA sequencing を用いた論文は、今日紹介するイエール大学からの論文が初めてだと思う。タイトルは「Molecular and cellular evolution of the primate dorsolateral prefrontal cortex(霊長類の背外側前頭皮質の分子細胞学的進化)」で、8月25日 Science にオンライン掲載された。
これまで人間の脳の進化を調べた論文のほとんどは、脳各部の遺伝子発現を調べた研究だった。しかし、脳細胞は同じに見えても多様化して居ることを考えると、細胞レベルと分子レベル同時に進化を調べることが出来る single cell RNA sequencing(scRNAseq はうってつけの方法で、今まで調べられなかったのが不思議なぐらいだ。
ただ、異なる種の scRNAseq のデータを同じ土俵に展開し、詳しく比べるアプリケーションの開発など、決して簡単ではなく、大変な研究だと思う。実際には、死亡したヒト、チンパンジー、アカゲザル、そしてマーモセットの前頭葉、特に背外側前頭皮質を切り出し、そこから核を取り出し scRNAseq を行って、ヒトへの進化で見られる細胞種の変化、あるいは同じ細胞種での遺伝子発現の変化を捉えようとしている。
出てきたデータは、膨大で、しかもそれぞれの変化の生物学的意味については到底理解するには至らないので、実際には説明しづらい。とりあえず、面白いと思った点だけを列挙することにする。
- それぞれの種特異的に存在する細胞があるか?という点についてまず検討が行われている。その結果、5種類の種特異的な細胞が特定されている。その中にはマーモセットだけに見られるものもあり、新しい細胞種が進化とともに増えるというわけではない。ただ、霊長類のみに見られる細胞は、アストログリア系の細胞で、神経細胞自体でないのは面白い。
- 興奮神経、抑制性神経、アストロサイト、ミクログリアなど、ほとんどの細胞種やそのサブタイプは、全ての種で共通に存在するが、発現する分子でははっきりとした違いが見られる。今後それぞれの違いの意味について調べる長い道のりが待っている。
- 中でも面白いのは、人間だけに見られるソマトスタチン発現抑制性神経の中に、ドーパミン産生に必要な分子を全て備えたグループが存在し、ソマトスタチンからドーパミンへのスイッチ可能な細胞が脳全体に分布していることで、ひょっとしたら大化けする発見になるかもしれない。
- もう一つ、この方法を用いることで、これまで言語に関わり、神経に発現している遺伝子 FOXP2 が、神経だけでなく、ミクログリアに発現していることも明らかになった。
- さらに、神経細胞での FOXP2 発現の調節機構を探ると、霊長類の進化とともに、FOXP2 の発現調節機構、及び FOXP2 による遺伝子発現調節変化が見られており、この生物学的意味を言語誕生と合わせて調べる価値は十分ある。
- 最後に、自閉症やパーキンソン病と言った神経疾患と相関する分子についても、発現に進化に連動した変化が見られる物があるので、今後重要な課題になる。
以上、答えはないが、今後調べるべき多くの問題を提示した重要な研究だと思う。
霊長類の進化とともに、FOXP2 の発現調節機構、及び FOXP2 による遺伝子発現調節変化が見られており、この生物学的意味を言語誕生と合わせて調べる価値は十分ある。
Imp:
言語に関わる可能性のある遺伝子発現を進化なぞらえてしらべられるとは。。。興味深いです。