脊髄損傷治療領域でのローザンヌ工科大学の成果が著しい。2018年、硬膜外電気刺激 (EES)とリハビリを組みあわせて、慢性の脊損患者さんの自立歩行を可能にした前臨床と臨床研究の成果に関する Nature 論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/9166)、その後、AIを取り入れたさらに高度なプログラムと、複数の平面電極を駆使して、手術の日から足が動くようになる EESシステムを開発し、臨床応用が始まっていることについては脊髄損傷を受けた友人達と、Youtubeで解説した(https://www.youtube.com/watch?v=3X5s4CrfkGQ)。
同じグループが、今度は EESによってなぜあれほどうまく歩けるようになるのかという素朴な疑問に答える画期的な研究を11月9日 Nature にオンライン掲載した。タイトルは「The neurons that restore walking after paralysis(麻痺の後で歩行能力を回復させる神経細胞)」だ。
EESは驚くべき技術だが、経験とAIに依存しており、脊髄で何が起こっているのかはわかっていない。このグループは、EESの成功にあぐらをかかず、この点の解明を進めていた。
面白いことに、EESにより多くの脊髄神経の活性が低下する。これが、EESで歩くときに必要な神経だけにリプログラムされたのではと考え、まずマウスで人間のEESと同じモデルを作成し、最終的に EESに反応して歩行を可能にしている神経細胞の特定を試みている。
まず脊髄細胞を single cell RNA sequencing で分類し、これらを組織上でマッピングできるようにした上で、EESにより最も活性化される細胞を探索している。実際にはAIを用いた大変な努力だと思うが、その結果ついに後核と前核のボーダーにあり、毛様体脊髄路に太い神経を送っている神経細胞を特定する。
あとは、この細胞を光遺伝学的に活性化したり、抑制したりして以下の結果を明らかにしている。
- この神経細胞は正常歩行にはあまり関与しない。
- この神経を抑制すると、EES刺激でも麻痺したままになる。
- この神経細胞はEES歩行時に最も活性化される。
- 硬膜外からの刺激でなく、この細胞を光り遺伝学的に刺激することで、EESと同じ効果を発揮し、歩行させることが出来る。
わかりやすいように極めて単純化して紹介したが、要するに正常では脳幹からの刺激を受ける程度で、大きな役割がない神経細胞が、麻痺後の神経刺激に反応して、新しく歩くためにリプログラムされるという結果だ。なぜ EESであそこまでうまく歩けるのか理解できないモヤモヤが晴れた。この細胞がわかったことで、ひょっとしたらさらに高いレベルの脊髄損傷治療が可能になるのではと期待される。ますます発展して欲しい。
正常では脳幹からの刺激を受ける程度で、大きな役割がない神経細胞が、麻痺後の神経刺激に反応して、新しく歩くためにリプログラムされる。
Imp:
後核と前核のボーダーにあり毛様体脊髄路に太い神経を送っている神経細胞がリプリグラミングされていたとは。。。
脊損の新たな治療標的が!?