意外なことや例外は科学の世界にいくらでも存在するのはわかっているが、いつも思うのは、例外に出会ったとき、間違いと片付けずに、その現象を調べてみる人がいることだ。私の記憶に一番残っているのは、βカテニンで、カドヘリンと協調して接着斑形成に関わることが明らかになった頃、βカテニンを認識する抗体が核も染色していることが気になって、専門家に聞いたことがある。その時の答えは、抗体のアーティファクトということだったが、その後 βカテニンの核移行は Wntシグナルの重要な過程であることがわかり、この事実を核に新しい細胞生物学が再構成された。
さて、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、免疫学者ならおなじみの核内で様々な状況で生まれる RNA-DNA ハイブリッドを核に形成されるR-ループが細胞質に移行して自然免疫を誘導することを示した研究で、12月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「R-loop-derived cytoplasmic RNA–DNA hybrids activate an immune response(R-ループ由来の細胞質RNA-DNAハイブリッドが免疫反応を活性化する)」だ。
一般の人にとっては R-ループと言われても何のことかわからないと思う。転写によって生成された RNA と核内DNA がハイブリッドを形成するとき、RNA より長い DNA のハイブリッド形成しなかった部分が作る構造で、実際にはこの発見がイントロンの発見につながっている。免疫学では、このループ形成がクラススイッチ分子 AID の作用に必須であることが知られており、R-ループが様々な生物過程で積極的に利用されている一つの証拠になっている。ただ、これらは全て核内の現象で、R-ループは速やかに RNAse により解消され、核外に出ることはないと考えていた(私だけかも知れないが)。
この研究では、R-ループを認識して RNA を分解する RNaseH1 を蛍光標識して細胞を染めると、細胞質にもかすかな染色が認められることに気がつくところから始まっている。そこで、R-ループレベルを高めることが知られているヘリカーゼ、SETX や BRCA1 を阻害すると、細胞質の染色も強くなることから、Rループが細胞質に存在することが明らかになった。
これをさらに明らかにするために、核と細胞質を分離し免疫沈降を行い,細胞質内での R-ループ存在を確認した後、その RNA 及び DNA配列を決定し、細胞質に存在する R-ループは、まず核内で出来た R-ループが一定のプロセスを経て細胞質へと移行することを明らかにする。
しかし全ての核内 R-ループが細胞質へ移行する訳ではなく、配列からかんがえておそらく同じ DNA で、異なる転写がぶつかり合う convergent transcription の際に形成される R-ループが選択的に細胞質へ移行することがわかった。そして、様々なノックダウンや阻害剤を用いた研究から、このような convergent transcription 特有の物理的性質を持つ R-ループは RNaseH1 に抵抗性で、半減期が長いため、XPG や XPFエンドヌクレアーゼがリクルートされ、切れた断片が核膜の輸送システムを用いて細胞内へ排出されることを明らかにしている。
こんなことが起こると当然心配になるのは、細胞質に存在する安定な DNA-RNA ハイブリッドにより自然免疫系が活性化されることだが、実際 R-ループは cGAS と TLR3 により探知され、自然免疫が活性化され、炎症や細胞死が誘導されることを示している。
以上のことから、細胞質の R-ループが上昇するような遺伝子変異は当然、細胞の変性や炎症の元になることが考えられ、実際 HIV感染から細胞を守る SAMHD1 が欠損する Aicardi-Goutieres 症候群の病態はR-ループの量が上昇するためと考えられることを示している。
以上が結果で、一般の人には申し訳なかったが、私の頭の中では様々なメカニズムを勉強し直せる、一年を締めくくるにふさわしい論文だった。おそらく多くのまだメカニズムのわからない疾患の手がかりにもなると思う。
今年一年、ご愛読ありがとうございました。
1;細胞質の R-ループが上昇するような遺伝子変異は細胞の変性や炎症の元になると考えられる。
2; HIV感染から細胞を守る SAMHD1 が欠損する Aicardi-Goutieres 症候群の病態はR-ループの量が上昇するためと考えられる。
Imp;
R-ループの細胞質移動が明らかに!
(追伸)
2022年も数々の貴重な情報の配信ありがとうございます。
1報/日x365日/年x4年=1460報の科学論文に触れました。
来年も記録更新目指します!